ジュラの思惑
ジュラは、先ほどの戦いを宝玉越しに見ていた。
ジェイドを埋め込んだ鬼と、シルフィードたち二匹の戦いを。
「奴らにジェイドを埋め込めれば……オレ様の野望も一気に近づくか」
宝玉を見つめ、口元を歪める。
「それにしても……あの一族以外に、まだあれほどの力を持つ奴らが、この国にいたとはな」
ジュラは兵士を呼びつけた。
「ジェイドは到着したのだな。残った一つを奴に埋め込め」
兵士の表情が強張る。
「し、しかし……奴は……我々では手に負えません」
ジュラは兵士を睨みつけると、その身体を蹴り飛ばした。
「ふむ……今ここで死にたいのかな」
兵士は恐怖で身体を固くする。
「い、いえ……」
「なら行け」
「はっ」
兵士は慌てて立ち上がり、部屋を後にした。
ジュラは再び宝玉へ目を向け、ゆっくりと手に取った。
しばらく眺めたあと、喉の奥で低く笑う。
「……もう少しだ」
その笑い声は、静かな部屋の中に不気味に響いていた。
*
シルフィードはベヒモスを背中に乗せ、宿へ向かって空を飛んでいた。
「あの鬼の額で光ってたのは、前に言ってた石と同じでやすか」
「ああ、間違いない。あそこが奴らのアジトだ。サイカのところへ急ぐぞ」
シルフィードはさらに速度を上げた。
「しっかり掴まってろよ」
「怖いでやすよ〜」
*
桃太郎家の広間では――。
吉備津彦は代々桃太郎家に伝わる甲冑と鉢金を身につけていた。
腰には、初代桃太郎が酒呑童子を討った際に使ったと伝えられる刀が差されている。
国継の前で姿勢を正した。
「父上。拙者、桃太郎家当主として、お供させ――」
その時だった。
「桃太郎ーーっ」
一匹の猫が勢いよく飛びついてきた。
完全に意表を突かれた吉備津彦は、反射的にその身体を抱き止める。
よく見ると、昨日セツナたちと一緒に馳走を囲んだ、三つ目の妖の猫だった。
国継がその様子を見て笑う。
「あっははは。お前ともあろう者が、まったく動けぬとはな。この妖、お前に心底気を許しておるようじゃ。わしですら、飛び込んでくるまで気配が分からなんだわ」
しばらくして、サードは我に返った。
吉備津彦の腕から、するりと床へ降りる。
吉備津彦と国継を交互に見つめるうちに、途切れていた記憶が次々と蘇ってきた。
「……すまなんだ。取り乱してしまった」
「サード殿。それは一体、どういう意味でございますか」
「桃太郎……いや、吉備津彦だったのう」
サードは懐かしそうに目を細めた。
「あたしは昔、桃太郎を主人と認め、共に旅をした仲間の一匹じゃ」
「桃太郎と共に酒呑童子を倒したと言われている妖――それが、あたしだにゃ」
吉備津彦と国継の表情が変わった。
「あの頃のあたしは、ケルベロスと呼ばれておった。世間を騒がせ、一匹狼のように好き勝手に生きておった」
サードは遠い昔を思い返す。
「荒れておったんじゃ。誰も信用せず、近づく者には牙を剥いた。そんな時、あたしの前に桃太郎が現れた」
「もちろん最初は敵意を向けた。彼奴も他の人間と同じだと思って、刃向かった」
サードは少し笑った。
「じゃが、彼奴はあたしを討とうとはせなんだ。それどころか、暴れるあたしを強く抱きしめよった」
吉備津彦が目を見開く。
「抱きしめたのですか」
「ああ。今でも何を考えておったのか、よく分からん」
懐かしそうに目を細める。
「じゃが……桃太郎という男は、不思議と心を強く惹きつける男じゃった」
国継が静かに頷いた。
「初代桃太郎様は、暴れ回る妖さえ手懐けたと伝えられておる」
「最初は興味半分でついて行っただけじゃった。じゃが、桃太郎と一緒にいるのが楽しくなってな」
サードの声が少し柔らかくなる。
「いつの間にか、彼奴を主人として認め、従うようになっておった」
「酒呑童子を倒した後も、この屋敷で一緒に暮らした」
ふっと笑う。
「彼奴の嫁には、よく悪戯をしたものじゃ。今思えば……嫉妬じゃったのかもしれんな」
だが、その笑みはゆっくりと消えていった。
「じゃが、人には寿命がある」
吉備津彦も国継も、何も言わない。
「桃太郎が亡くなった後、あたしはこの屋敷を出た。彼奴が救ったこの国を、自分の目で見て回りたくなってな」
サードは俯いた。
「いろんな場所へ行った。いろんなものを見た」
少し間を置く。
「それでも……悲しみだけは消えなんだ」
広間に静寂が落ちる。
「だから、あたしは――桃太郎に関する記憶を、自分で封印したんじゃ」
*
一方、サイカたちの泊まる宿では――。
戻ってきたシルフィードとベヒモスが、洞窟で起きたことをサイカに話していた。
「あの鬼の額には紫色の石が埋め込まれていた。間違いなく、あそこが奴らのアジトだ」
「まあ、オレ様にかかれば楽勝な相手だったけどな」
「あっしも、きっちり戦ったでやすよ」
「二人とも、ありがとう。よくやってくれた」
サイカは地図へ目を落とした。
「あとはサードが戻り次第、四本角のところへ向かう」
そして、セツナへ顔を向ける。
「セツナは悪いけど、この宿で待っててくれるか」
セツナは静かに首を横に振った。
「いえ。わたしも一緒に行かせてください、サイカ様」
一度、言葉を止める。
「……いえ、サイカ」
サイカは少し目を見開いた。
セツナはもう一度、今度は迷わず呼んだ。
「わたしも一緒に行きます。サイカ」




