サードの涙
鬼の武器が、シルフィードめがけて振り下ろされる。
シルフィードはその場で竜巻を纏い、一気に解き放った。
「吹き飛ばせ――暴風流!」
周囲の石を巻き込みながら、激しい竜巻が鬼へと突き進む。風と無数の石が、鬼の身体を切り刻んでいく。
鬼は一瞬怯んだ。
だが、すぐさまシルフィードへ向かって棍棒を振り上げる。
その時――。
ガンッ!
棍棒を大きな岩の手が受け止めた。
いつの間にか、ベヒモスの身体は大量の岩を纏っていた。その姿は鬼よりも大きな人型となり、人でいう顔の部分から、ベヒモスの小さな顔だけが覗いている。
「今度は、あっしの番でやす!」
ベヒモスは鬼の棍棒を片手で押さえ込むと、もう片方の拳を勢いよく叩き込んだ。
ドゴンッ!
鬼の身体が吹き飛び、岩壁へ激しく叩きつけられる。
「やったでやす! あっしの力、見たでやすか!」
鬼は崩れ落ちそうな身体をなんとか支え、片膝をついた。
だが、シルフィードは目を細める。
「ふん……まだだ。奴はまだ動いている」
ゆっくりと、鬼が立ち上がる。
「やっぱり起き上がってきたか。なら、凍らせてやる」
その時、シルフィードは自分がつけたはずの傷が、すでに消えていることに気づいた。
「……傷が?」
鬼の額に埋め込まれた紫色の石が、先ほどよりも強い光を放ち始める。
「面白い……なら、これでどうだ!」
シルフィードの周囲に白い光が広がり、辺りの空気が一気に冷え込んでいく。
「凍りつけ――極寒流!」
凍てつく冷気が鬼の身体を包み込む。
次第に動きが鈍くなっていき、やがて全身が完全に凍りついた。
「今でやす!」
ベヒモスが地面を蹴る。
岩の巨体のまま、凍りついた鬼へ一気に体当たりした。
ガシャァンッ!
鬼の身体が無数の破片となって砕け散る。
「やったでやす!」
だが、シルフィードは砕けた鬼を見つめたまま、周囲へ目を向けた。
「……侵入がバレてるな。それに、この狭い場所じゃ戦いにくい」
すぐに判断を下す。
「ベヒモス、一度戻るぞ。背中に乗れ」
「あい。分かったでやす」
ベヒモスを覆っていた岩が、ガラガラとその場に崩れ落ちていく。中から、いつもの小さなベヒモスが姿を現した。
ベヒモスはシルフィードの背中へ飛び乗る。
「しっかり掴まってろよ。飛ばすぜ!」
シルフィードは地面を蹴り、一気に洞窟の外へ飛び出した。
*
国継が離れに籠ってから、数刻が過ぎた頃。
桃太郎もまた戦いに備え、奉行所へ役人数名の手配を願い出ていた。
屋敷へ戻ると、自室で座禅を組む。
静かに目を閉じ、全身に気を巡らせながら精神を統一していく。
壁際には棚が設けられ、それぞれ異なる神を祀った小さな社がいくつも並んでいた。
その一つには、火の神カグツチが祀られている。
桃太郎はしばらく呼吸を整えたあと、ゆっくりと目を開いた。
そして蔵へ向かう。
甲冑と鉢金を手に広間へ戻ると、そこにはすでに支度を終えた父・国継が静かに座っていた。
*
一方、宿では――。
サイカはセツナの話を最後まで聞くと、その目をまっすぐ見つめた。
「セツナは、セツナだろ。何者だろうが関係ない。今、俺の前にいるセツナは大切な仲間だ」
少し笑って、自分を指さす。
「それに俺なんか、西瓜から生まれたサイカだぞ」
「そうだにゃ。あたしからしたら、三十年なんて大した年月じゃないにゃ。歳を取らないくらいで気にすることないにゃ」
「……ありがとうございます。サイカ様、サード様」
セツナの目は、少しだけ赤くなっていた。
そんなセツナを見て、サードも自分の昔を振り返ろうとした。
その瞬間――。
桃太郎家の屋敷が、ふいに頭の中を横切った。
柱。広間。庭へ続く廊下。
思い出せそうで、思い出せない。
だが、どうしても確かめたくなった。
「サイカ、セツナ。あたし、ちょっと出かけてくるにゃ。確かめたいことができた」
「なら、一緒に行くぞ。なあ、セツナ」
「これは、あたしの問題だにゃ。大丈夫。一人で行ってくるにゃ」
*
サードは桃太郎家へ向かって走っていた。
胸の奥にあるのは、懐かしさ。
なのに、なぜか不安でたまらない。
こんな感覚は初めてだった。
屋敷へ着くと、サードは塀を見上げる。
「……勝手にお邪魔するにゃ」
ヒョン、ヒョンと塀を飛び越え、屋敷の中へ入っていく。
なぜか足は迷わなかった。
やがて、一つの離れの前で立ち止まる。
中を覗くと、一枚の古い絵が飾られていた。
桃の印を身につけた男と、その傍らに並ぶ仲間たち。
「これが……昨日話してた、初代桃太郎かにゃ」
サードは、じっと絵を見つめた。
その瞬間――。
頬を、何かが伝った。
「……え?」
一滴。
また一滴。
気づけば、涙が止まらなくなっていた。
「なんなんだにゃ……これは……」
理由が分からない。
悲しいのか、嬉しいのかさえ分からない。
ただ、胸の奥だけが締めつけられる。
涙で滲む目のまま、サードは離れを後にした。
すると、昨日食事をした広間に国継の姿が見えた。
そして、その隣に――。
サードの足が止まる。
考えるより先に、身体が動いた。
「――っ!」
一直線に駆け出し、その人物へ飛びつく。
そして、屋敷中に響くほどの声で叫んだ。
「桃太郎ーーっ!」




