西瓜と桃
サイカたちは宿に荷物を置き、飯処へ向かっていた。
通りを歩いていると、どこからともなく団子を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。
「クンクン……美味そうな匂いだにゃ」
「美味そうでやす」
「いい匂いですね、サイカ様」
シルフィードは宿で留守番をしている。一人と二匹は足を止めると、揃ってサイカの方をじっと見つめた。
「……なんでみんな俺を見るんだよ」
サイカは路銀の入った袋を取り出し、中身を確認する。
「よし。飯前だけど食べるか。シルフィードもこれなら食べるだろうし、お土産にもなるからな」
「やったにゃ!」
サイカたちは団子屋の軒先にある腰掛けへ並んで座った。
「団子を四つ。それと、持ち帰りを一つお願い」
店主へ注文すると、セツナが楽しそうに通りを眺める。
「なんか、旅をしてるって実感が湧いてきますね」
「思い出せないにゃ……けど、昔にもこんなことがあった気がするにゃ」
「あっしは団子を食べるの初めてでやす。楽しみでやすなぁ」
そんな話をしていると、通りの向こうから身なりのいい若い侍が歩いてきた。腰には刀。額には鉢金。近づくにつれ、その中央に刻まれた【桃】の家紋がはっきりと見えてくる。
若い侍はサイカたちへ目を向けると、ふと足を止めた。
「小僧。お主、妖を連れておるな」
「え?」
「そこの猫だ。今のところ危害はなさそうだが、気をつけた方がよい」
サードの耳がぴくりと動く。
「あたしは猫の妖ではないにゃー!」
「ちょっ、サード!」
サイカは慌ててサードの口を塞いだ。
若い侍は目を細めたが、それ以上追及せず、今度はセツナへ視線を移した。
「そちは、この坊主の姉であるか? いやはや、美しい方よ」
セツナは少し驚いたように侍を見つめた。
「私は、えっと……弟のサイカ様たちと、世界をまわる旅をしています」
「はて。弟を『様』とな? まあよい。そちが良ければ、我が屋敷へ招待しよう」
「やったー! 路銀も心配だったし、飯も食えるー!」
サイカが真っ先に喜びの声を上げる。
セツナは侍へ微笑み、丁寧に頭を下げた。
「お侍様、ありがとうございます。みんなを招待していただいて」
「……みんな?」
侍は一瞬たじろいだが、すぐに平静を装った。
「あ、いや……うむ。まあよいか。皆を招待しよう。そこの猫と土竜も気になるしな」
「あたしは猫じゃないにゃ!」
「あっしも、ただの土竜じゃないでやすよ」
「……やはり気になるのう」
侍は二匹を見たあと、改めてセツナへ向き直った。
「拙者は、今代の桃太郎を務めておる」
「桃太郎……様?」
「うむ」
「私はセツナと申します。よろしくお願いします、桃太郎様」
その頃、宿で留守番をしているシルフィードは――。
『俺様をいつまで待たせるつもりだ』
と、呟いていたとか、いなかったとか。
*
その頃、桃太郎の父は、都周辺の警戒を強めてもらうため奉行所を訪れていた。
入口へ近づくと、役人の一人が気づいて声をかける。
「これは、桃太郎家のご隠居様。どうなされました?」
「ちと、お奉行に話があってな。いてはるかな?」
その時だった。
奉行所の奥から、一人の飛脚が脇差を抱えて出てきた。桃太郎の父は、その鞘を見た瞬間に足を止める。
「飛脚よ。その脇差、ちと見せてくれんかの」
「へい」
飛脚から受け取った脇差を手に取り、鞘に刻まれた紋を確かめると、桃太郎の父の表情が変わった。
「これは……帝の紋。それに、この鞘の拵えは……家直様の脇差ではないか。なぜお主がこれを運んでおる?」
すると、奉行所の奥から奉行が姿を現した。
「これはこれは、桃太郎家のご隠居。どうなされました?」
「ちとな。少々よからぬ動きがありそうでな」
桃太郎の父は奉行へ向き直る。
「蜘蛛の妖について調べてみたが、どうやら厄介な相手が動き出したかもしれん。都の周辺まで警戒を広げてもらいたくてな」
「厄介な相手……ですか」
「ああ。それとな――」
手にしていた脇差を奉行の前へ差し出した。
「家直様に何かあったのか? 家直様は、かつて帝の指南役を務めた御方ぞ。わしも昔、ずいぶん世話になった」
奉行は少し間を置いてから、これまでの顛末を詳しく語った。
話を聞き終えた桃太郎の父は、しばらく黙って脇差を見つめる。
「……そうか。家直様のご子息が都におるのなら、我が屋敷へ招かねばなるまい。それと、周辺の警戒の件は頼んだぞ」
「はっ」
*
桃太郎とサイカたちは、桃太郎家の屋敷を訪れていた。
「でっかい屋敷だなぁ、桃太郎さんよ」
「本当に大きなお屋敷ですね。サード、ベヒちゃん」
「あっしは屋敷より飯でやすよ」
サードは一人、屋敷の中をゆっくりと見回していた。
柱や梁、広い庭。そして、壁に掲げられた【桃】の家紋。
サードは少しだけ首を傾げる。
「いい屋敷だにゃ……あの家紋は、いつから使ってるのかにゃ?」
桃太郎が足を止めた。
「妖にも家紋が分かるのか。益々怪しい猫の妖よ。お主、随分と長く生きておるな?」
「おい。妖じゃなくて、ちゃんとサードアイって名前があるんだから失礼だぞ」
「サイカと申したな。そちは一端の口を叩きよるのう」
「サイカ、あたしは気にしてない。あたし自身、最初は名などいらんと言ってたからにゃ」
「ほう……」
桃太郎はサードをもう一度見た。
だがサードは、再び【桃】の家紋へ目を向けていた。
「セツナ殿、ごゆるりとしておってくれ。拙者は女中に食事のことを伝えてくる」
「ありがとうございます、桃太郎様」
桃太郎はサイカたちを広間へ案内すると、部屋をあとにした。




