それぞれの祖父
サイカたちは、奉行所の一室に閉じ込められていた。
ミカド紋の入った脇差しを持ち、甲冑まで身につけているとはいえ、まだ子供。しかも連れは、女の子と猫だった。
どうやら脇差しを盗んだのではないかと怪しまれ、取り調べを受けることになったらしい。
『おい、サイカ。オレ様はいつまでも大人しくこんなところにいるつもりはないぞ。龍を閉じ込めるとは、いい度胸だ』
「サイカ、どうするにゃ? 暴れたら都にいられなくなるにゃ」
「爺ちゃんの脇差しも取られたままだし、もう少し我慢してくれ。みんな」
その時、部屋の外から男の声がした。
「坊主。お前だけ出ろ。取り調べをするそうだ」
「取り調べって、俺は何も悪いことしてないぞ。あんまり疑うなら、しまいには怒るからな」
「威勢のいい坊主だな。まあいい、早くしろ。奉行がお待ちだ」
サイカは男に連れられ、奉行のいる部屋へ通された。
正面に座っていた奉行が、じっとサイカを見つめる。
「坊主では話しづらいな。名はなんと申す?」
「へんっ。俺の名前はサイカだ。それより早くここから出してくれ。脇差しも返してくれよ」
「ふむ、サイカと申すか。では聞こう。その脇差しは、どこで手に入れた?」
「あれは爺ちゃんにもらったんだよ。爺ちゃんは昔、侍だったんだ」
「ほう、侍とな。では、その爺さんの名はなんと申す?」
「爺ちゃんの名前?」
サイカは腕を組み、首を傾げた。
「ずっと爺ちゃんって呼んでたからなぁ……えーっと……」
しばらく考え込む。
「たしか……飯篠家直だったはずだ」
奉行の表情がわずかに変わった。
「……飯篠家直?」
「ああ。ここから普通に歩けば四、五日くらいかかる村に、今も婆ちゃんと住んでるぞ」
奉行は傍らに置かれていた台帳を開き、頁をめくった。
やがて、その手が止まる。
「……確かに。飯篠家直殿、東の村に隠居とある」
奉行は台帳から顔を上げ、改めてサイカを見た。
「歳を取られたとはいえ、あのお方が、このような幼子に脇差しを盗まれるとも考えにくい」
「だから、爺ちゃんにもらったって言ってるだろ」
「うむ。ひとまず、お主たちの都への滞在を許そう」
「ほんとか!」
サイカの顔がぱっと明るくなる。
「ただし、念のため村へ使者を出し、家直殿にも確認を取る。それまでは脇差しをこちらで預からせてもらう」
「えー……返してくれないのかよ」
「確認が取れ次第、必ず返そう」
奉行は傍らに控えていた役人へ目を向けた。
「この者たちを解放してやりなさい。それと、宿も手配してやれ」
「はっ!」
奉行は再びサイカを見る。
「サイカ殿。疑ってしまったことは、すまなかったな」
急に「殿」と呼ばれ、サイカは首を傾げた。
「よく分かんないけど……まあ、出してくれるならいいや」
*
サイカたちは奉行所を出ると、役人に教えてもらった宿へ向かって歩き始めた。
「よかったですね、サイカ様。疑いが晴れて」
「ほんとだにゃ」
『ふん。もう少しで、ここに台風が来るところだったぞ』
「物騒な龍でやすね。あっしなら穴を掘って逃げられたでやす」
シルフィードが、すっとベヒモスへ視線を向ける。
「…………」
ベヒモスは何も言わず、そそくさとセツナの鞄へ潜り込んだ。
サイカはその様子を見て笑う。
「まあ、宿まで手配してもらったし、よしとするか。腹減ったー!」
*
都の一角にある屋敷。
「父上。少し見ていただきたいものがございます」
吉備津彦は、手のひらに載せた小さな石を差し出した。
父親は面倒そうに目を向ける。
「なんじゃ、騒々しい。ただの石ではないか。これがどうかしたのか、吉備津彦……いや、今は桃太郎であったな」
「先日、蜘蛛の妖を討った際、額に埋め込まれておりました。取り出した時には、紫色に輝いていたのです」
「……紫色?」
父親の表情が変わった。
吉備津彦は静かに頷く。
「はい。ですが、数刻ほどで光を失い、今はこの有様です」
父親は石を受け取り、じっと見つめた。
「わしの父を討った、あの四つ角の者も……紫色の力を使っておった」
「やはり、父上もそう思われますか」
「ああ。まだ彼奴と決まったわけではない。だが……無関係とも思えぬ」
吉備津彦は拳を握った。
「もし奴が再び動き始めたのであれば、この桃太郎が必ず討ち取ります」
「ならぬ」
即座に返された言葉に、吉備津彦が顔を上げる。
「父上?」
「お前はまだ若い。あの男の恐ろしさを知らぬ」
父親は石を机へ戻した。
「わしの父は、奴に深手を負わせながらも敗れた」
その声には、押し殺した怒りが滲んでいた。
「今回は、わしが動く」
「しかし父上は、すでに隠居の身――」
「隠居したからとて、刀まで捨てた覚えはない」
「ですが――」
「吉備津彦」
低い声が、その言葉を遮った。
父親は息子をまっすぐ見据える。
「わしは一度、父をあの男に奪われておる。今度はお前まで失うつもりはない」
吉備津彦は何も言えなくなった。
父親は静かに立ち上がる。
「今回は、わしが指揮を執る。よいな」
しばらくの沈黙の後、吉備津彦は深く頭を下げた。
「……分かり申した」




