初めてスキルを使ったが手がぬっとりした。
ひと足先に村へ戻ったサイカは、火比べの矢倉を見つめていた。
鬼が人を襲うといわれているこの世界で、火比べは鬼から村を守るための儀式とされている。矢倉の前には高く木が組み上げられ、その上で赤々と燃える炎が空へ向かって揺れていた。
祈祷師は肩から斜めに掛けた大きな数珠を高々と持ち上げ、炎へ向かって声を張り上げる。
「龍の神、ドラゴンよ。我らの村をお守りくだされ――」
火比べの炎と、祈祷師が張る結界が鬼を村へ寄せつけない。
サイカも、そう教えられてきた。
祈祷師へ目を向け、小さく呟く。
「あと二年か……」
手の甲に浮かぶ西瓜の印と「100」の数字へ目を落とした。
スキルがあり、鬼が存在し、伝説の生き物までいる世界だ。だから祈祷師の結界も、本当に村を守っているのだと思っていた。
「サイカー! 待ちなさいよ!」
後ろから弥生姉ちゃんの声が響く。
振り向くと、そこには――鬼のような顔をしたお姉ちゃんが仁王立ちしていた。
やばい。
「お姉ちゃん、遅〜い。待ちくたびれたよー」
サイカは六歳児らしい笑顔で誤魔化した。
「しょうがないわねー、アンタって」
弥生は呆れながらも、すぐに笑顔を浮かべる。
しばらく二人で火比べを眺めていたが、ふと弥生を見ると、その手は強く握られていた。
――今度こそ、守る。
「あっ、私、もう手伝いに行かなきゃ」
弥生は何事もなかったように笑い、サイカへ手を振ると田んぼの方へ歩いていった。
サイカはその背中をしばらく見つめ、拳を反対の手のひらへパァンと叩きつけた。
「よっしゃあ……!」
爺ちゃんの畑へ向かおうとしたところで、矢倉から降りてきた村長と鉢合わせた。
「村長、こんにちは!」
「おお、サイカか。今日も爺さんと稽古か?」
「うん!」
村長は笑いながら、サイカの頭をぽんと叩いた。
「精が出るのう。いつか、この村を守れるくらい強くなっておくれ」
「任せとけ!」
*
「爺ちゃ〜ん、今日もやるぞー!」
畑仕事を終えた爺ちゃんが、鍬を置きながら振り返った。
「毎日毎日、飽きずによくやるのう。わしはもう腰が痛いんじゃが……」
そう言いながら、顔はどこか嬉しそうだ。
二人は木刀を手に、いつもの稽古を始めた。
「どおりゃーっ!」
サイカが上段から木刀を振り下ろす。
爺ちゃんは片手の木刀を軽く合わせ、そのまま絡め取るように弾き飛ばした。
カランッ、と木刀が地面へ転がる。
「ちくしょぉ! もう一回だぁー!」
「ほっほっほ。昨日より踏み込みは速くなったが、まだ力任せじゃ」
「だったら、もう一回!」
「まったく……腰が、いたた……」
爺ちゃんが腰を押さえた。
「いまだ!」
サイカは一気に間合いを詰める。
だが爺ちゃんは腰を押さえたまま、片手の木刀で軽く右へ払った。
ガンッ!
サイカの木刀が地面を叩く。
「いったぁ……爺ちゃん、腰痛いんじゃなかったの!?」
「腰は痛いぞ」
*
神さまは、きび団子は万能ではないと言っていた。
試しに村の犬ポチへ食べさせてみたが、特に変化はなかった。もともと懐いていたから分からなかっただけかもしれない。
だから今日は、その力をもっと試すつもりだ。
山の奥へ行き、強そうな獣を仲間にする。
――待っているだけなのは、前世で充分だ。
毎日の稽古と畑仕事のおかげで、急な山道を登ってもサイカの足は止まらなかった。
やがて山頂付近まで来ると、向こう側に大きな川が見える。
――川辺なら、動物が水を飲みに来るはずだ。
「行ってみるか」
ただ、爺ちゃんからは山の反対側へは絶対に行くなと言われていた。村の周辺はドラゴンに守られているが、その向こうは守りの外だという。
それでもサイカは足を止めなかった。
強い仲間が必要だ。
弥生姉ちゃんを守るために。
山を下り、大きな川へ出る。
少し離れた場所で、真っ黒な巨大狼が水を飲んでいた。
「……でかいな」
そのそばには、ひと回り小さな狼もいる。小さいといっても、普通の狼ほどの大きさはあった。
「よし……試してみるか」
サイカは拳を握り締め、右手を空高く掲げた。
「俺の右手に集え、きび団子の力! 魂の叫び! レッツ・キビダンゴォォォ!」
掲げた右手に、生暖かくてぬるっとした感触が現れた。
恐る恐る手を開くと、一個のきび団子が乗っている。
「……出た」
小さい方の狼が鼻をひくつかせ、こちらへ近づいてきた。
一度だけ振り返って巨大狼を鋭く睨むと、巨大狼はその場から動かなくなる。
――あれ? こっちの方が偉いのか?
近くまで来たところで、サイカは気づいた。
「……目、三つあるじゃん」
狼の額には、もう一つ目があった。
サイカは少したじろぎながら、きび団子を狼の前へ放り投げる。
すると近くの茂みが大きく揺れ、巨大なクマが姿を現した。クマが団子へ近づこうとした瞬間、三つ目の狼が低く唸る。
「グルルルル……」
クマはぴたりと止まり、しばらく睨み合った末に森の奥へ逃げていった。
「……強っ」
三つ目の狼は何事もなかったように団子へ目を戻した。口元からは涎が垂れている。
「……これ、食べてもよいのか?」
「喋った!」
一瞬驚いたものの、サイカはすぐに思い直した。
――まあ、異世界だし。なんでもありか。
「美味しい団子をお持ちしました。どうぞ召し上がってください」
三つ目の狼が、じろりとサイカを睨む。
「なんか怪しくないか、お前。毒でも入ってるんじゃないか?」
そう言いながらも、涎は止まっていない。
「ちょっと仲間になるだけです」
「……仲間になるだけか?」
「はい」
「なら問題ないな」
――いいのかよ。
三つ目の狼は、ぱくりときび団子を口に入れた。
もぐもぐ、ごくん。
一瞬の沈黙。
「…………ぬぬ?」
三つの目が一斉に見開かれる。
「仲間になるだとぉぉぉぉぉ!」
叫び声が山中に響き渡った。
「うわあああ!」
サイカは慌てて耳を塞いだ。
しばらくして視界が落ち着くと、三つ目の狼がすぐそばまで寄っていた。
「すまなんだ、主人」
「……今、主人って言った?」
「ああ。どういうわけか、お主に逆らう気が起きん」
「きび団子、効きすぎじゃない?」
三つ目の狼は胸を張った。
「あたしは、この山の主だ。よろしく頼む、主人よ」
「山の主!?」
巨大な狼も、クマも、こいつには逆らわなかった。
どうやら、いきなりとんでもないのを仲間にしてしまったらしい。
その時、サイカの手の甲が淡く光った。
「ん?」
西瓜の印へ目を落とす。
「……九十九?」
百だった数字が、一つ減っていた。
サイカは三つ目の狼を見る。そして、もう一度手の甲を確認した。
「もしかして……仲間が増えると減るのか?」
もちろん、神さまの声は聞こえない。
「あ……俺の名はサイカ。これからよろしくな、相棒」
「ああ、よろしく頼む。主人」
「だから、主人じゃなくて相棒な」
「それは無理だ、主人」
「きび団子、やっぱり効きすぎだろ……」




