なんとか転生できた俺は西瓜太郎と命名されそうになる
お婆さんが川で洗濯をしていると、川上から大きな西瓜が、どんぶらこ、どんぶらこと流れてきた。
一方、その頃――西瓜の内部。
(……暗い。狭い。そして甘い。というか、汁で溺れる!?)
俺は気づくと、西瓜の真っ赤な果肉に全身を包まれていた。果汁が目に入り、口へとなだれ込んでくる。
そして脳裏に蘇る、生前最後の記憶。
『先生、急患です! 西瓜早食い大会で倒れた男性、重度の西瓜アレルギーです!』
――俺、西瓜アレルギーだったぁぁぁ!!
思い出しただけで、全身がかゆくなった気がした。
その時、どこからともなく声が聞こえてきた。
『すまんのう。桃が美味そうじゃったから、つい、つい食べてしまってな。それで西瓜にした。まあ、アレルギーは治しておいたから安心せい』
「いやいや、そもそも果物の中に入れないでくれよ!」
『細かいことは気にするでない』
「細かくないだろ!」
神さまは俺の抗議など気にも留めず、そのまま話を続けた。
『お前が哀れじゃから、今度は人を救うことのできる世界へ転生させて、人生をやり直させてやろう』
「人を救うことのできる世界?」
『そうじゃ。お前なら、救ってやることができる世界じゃ。きび団子を駆使して頑張るのじゃ』
「きび団子って……ちょっと待ってー!」
だが、それきり神さまの声は聞こえなくなった。
その直後、西瓜が大きく揺れた。
*
お婆さんは洗濯の手を止め、流れてきた大きな西瓜を手繰り寄せると、大事そうに洗濯桶へ乗せた。
その瞬間、俺の頭に一つの昔話が浮かんだ。
――桃太郎。
確か、川から流れてきた桃を婆さんが家へ持ち帰って――包丁で割るんだったよな。
(……いやいやいや! このままじゃ真っ二つにされる! 中に人間がいることを知らせないと!)
「おんぎゃ! おんぎゃ!」
俺はありったけの力で泣き叫んだ。
「あれまあ! 西瓜の中から赤子の泣き声が!」
お婆さんは大慌てで西瓜を抱え、家へと走り出した。
「お爺さんや! 大変じゃ!」
「なんじゃ、騒々しい」
「この西瓜の中から、赤子の声が聞こえたんじゃ!」
「そげんなこと、あるわけなかろうに」
お爺さんは笑いながら西瓜を覗き込んだ。
(……まずい。信じてもらえなければ、普通に切られる!)
「おんぎゃ! おんぎゃ!」
「うおっ!?」
お爺さんが飛び上がった。
「こりゃあ、おったまげた! 本当に赤子が入っておる!」
「どうしましょう、お爺さん!」
「任せろ、婆さん。下がっとれ! 元サムライの腕が鳴るわい!」
お爺さんは奥の部屋へ駆け込むと、床の間に飾られていた木刀を引っつかんできた。
(……ちょっと待て! サムライ!? 木刀で叩き割る気か!?)
「いま助けてやるからな! 奥義――五月雨斬りじゃあッ!」
ススススパーンッ!
木刀が一閃すると、鋭い風が西瓜を駆け抜け、分厚い皮だけが細切れとなって弾け飛んだ。
中にいた俺だけが、ぽとりと畳の上へ転がり落ちる。
しばし沈黙。
果汁まみれの畳の上で、俺は半目で天井を仰いだ。
(……神業すぎるだろ、この爺さん……)
「なんて可愛い子じゃ」
お婆さんは嬉しそうに俺を抱き上げた。お爺さんも木刀を置き、顔をほころばせる。
「西瓜から出てきた子じゃ。名前は西瓜太郎で決まりじゃな」
(おい)
「西瓜太郎は、ちょっとあれじゃ。捻りがないのう」
(婆さん、いいぞ!)
お婆さんは俺の顔を覗き込んだ。
「西瓜から取って、サイカというのはどうじゃ?」
「きゃ! きゃ!」
(それだ! 婆さん、あんた最高だ!)
「おお、喜んでおる。では今日から、この子はサイカじゃ」
お爺さんは満足そうに笑った。
「婆さん、湯を沸かしてやってくれ。西瓜の汁だらけじゃ。湯あみをさせんとな」
「はいはい、すぐ準備しますよ」
二人とも、心から嬉しそうに笑っている。
「……おぎゃあ」
感謝を込めて声を上げたが、もちろん二人には、ただの赤ん坊の泣き声にしか聞こえなかった。
*
それから六年。
俺――サイカは、すくすく育った。
六歳を迎えたある日、俺は村外れの原っぱで、あるものの練習をしていた。
「手をグーにして……レッツ・キビダンゴー! よし、角度はこんな感じか」
少し前、夢の中に神さまが現れた。六年前、西瓜の中で聞いたあの声だ。
神さまは、ようやく俺にきび団子のスキルの使い方を教えてくれた。
そして目を覚ますと、俺の手の甲には西瓜の形をした印と、その中央に「100」という数字が浮かび上がっていた。
神さまに意味を聞こうとしたが、今回も言いたいことだけ言って消えやがった。
「……この百って、何なんだよ」
何度眺めても、数字は百のまま。
今のところ分かっているのは、俺にはきび団子を出せるスキルがあるということだけだった。
神さまは六年前に言っていた。
――人を救うことのできる世界。
前世の俺には、救えなかった人がいる。
今度は――同じことを繰り返したくない。
もっとも、そのためにどうしてきび団子が必要なのかは、さっぱり分からないけどな。
「サイカ〜!」
聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、同じ村に住む四つ年上の弥生姉ちゃんが、こちらへ走ってくる。大きく澄んだ目が印象的な、活発な女の子だ。
「サイカ、また一人でこんな所に。鬼が出たら食べられちゃうよ」
そう。この村では、鬼は人を喰らうものだと信じられている。さらには、ドラゴンと呼ばれる伝説の龍までいるらしい。
桃太郎の昔話に似ている。けれど、どこかがおかしい世界だった。
「姉ちゃん、ごめん。探しに来てくれたんだ」
「アンタ、ほっとくとすぐ山に行っちゃうから。弥生姉ちゃんとしては、ほっとけないでしょ!」
「心配してくれてありがとう、姉ちゃん」
弥生は俺の頭をよしよしと撫でながら、少し不思議そうな顔をした。
「今日はやけに素直ね。何か悪いものでも食べた?」
その時――。
「姉ちゃん、あれ見て!」
俺が指をさした村の方角から、黒い煙が高く立ち上っていた。
「あっ……何、あの煙!?」
「急ごう、姉ちゃん!」
俺は一目散に村へ向かって走り出した。
「待ちなさい、サイカ! 勘違いだから! あれ、月に一度の『火比べ』……って、もういなーい!?」
「やっぱりいつものサイカじゃない! ちょっと可愛くなったと思ったのに! 待ちなさいよー!」
鬼から村を守るために行われる――『火比べ』。
少なくとも、この時の俺は――それが本当に村を守るためのものだと信じていた。




