追い詰めたのは
桃太郎は紫色の血の跡を追い、森の中へ入っていった。
奥へ進むにつれ、木々が月明かりを遮り、足元さえ見えなくなっていく。
桃太郎は足を止めた。
「足場さえ分からぬ。仕方がない」
片手で印を結び、小さく何かを呟く。
すると刀が淡く輝き始め、その光が周囲の闇を照らしていった。
「これでは、こちらの居場所を教えているようなものだな」
刀を掲げながら、再び血の跡を追う。
だが、先ほどまで続いていた紫色の血は次第に途切れ途切れになり、やがて一本の大木の前で完全に途絶えた。
桃太郎は足元を確認し、ゆっくりと頭上を見上げる。
「この木の上か……それとも、木を伝って逃げたか。最初に襲ってきた時も足音がなかった。相当に身軽な奴と見た」
その時――。
カサッ。
葉の揺れる音がした。
カサ、カサ、カサ……。
一か所ではない。
右から、左から、そして頭上からも聞こえてくる。
桃太郎は刀を高く掲げた。
光が木々の間を照らした瞬間、その表情が変わる。
無数の白い糸が、枝から枝へ、幹から幹へと張り巡らされていた。
「……しまった。ここは奴の住処か」
桃太郎は刀を握り直した。
「追い込んでいたつもりが……おびき寄せられたのは、拙者の方だったか……」
暗闇の中で、赤い六つの目が光った。
次の瞬間、巨大な蜘蛛の妖が木の上から飛び込んできた。
八本の脚が一斉に桃太郎へ襲いかかる。
「ぬっ!」
桃太郎は咄嗟に後ろへ下がった。
だが、背後の大木が邪魔をして、十分に距離を取れない。
刀を前へ突き出すと、刀身がさらに強い光を放った。
蜘蛛の妖はその光を嫌うように身を翻し、糸を使って再び木々の間へ身を隠す。
直後、頭上から白い糸が吐き出された。
糸は桃太郎の刀に絡みつき、一気に引き上げる。
「ぐっ……!」
桃太郎は両手で刀を握り、力いっぱい引き戻した。
だが、蜘蛛の力は凄まじい。
刀ごと身体を振り回されそうになる。
桃太郎は刀に絡みついた糸を睨み、低く呟いた。
「カグツチ――力を貸せ」
ボウッ!
刀身が炎に包まれた。
絡みついていた糸が一気に燃え上がり、その炎は糸を伝って木々の奥へ走っていく。
「ギキャァッ!」
蜘蛛の悲鳴が森に響いた。
炎は糸を伝って蜘蛛の腹部まで達し、糸を吐き出していた辺りを焼いていく。
蜘蛛は慌てて糸を切り、近くの木へ飛び移った。
桃太郎は刀を構え直す。
「これでもう糸は出せまい。観念するがよい」
蜘蛛は幹に張りついたまま、桃太郎の様子を窺っている。
桃太郎も動かない。
刀を構えたまま、静かに待つ。
しばらく睨み合いが続いた。
先に痺れを切らしたのは蜘蛛だった。
木を蹴り、凄まじい勢いで桃太郎へ飛びかかる。
その瞬間、桃太郎は刀身を強く輝かせた。
「ギッ……!」
六つの目を強い光に照らされ、蜘蛛の動きが鈍る。
蜘蛛は光を避けるように、咄嗟に顔を背けた。
「遅い」
桃太郎が一歩踏み込み、刀を振り抜いた。
ズバァッ!
斬撃が蜘蛛の身体を一直線に切り裂く。
巨大な身体は真っ二つに裂け、地面へ落ちた。
八本の脚を激しくばたつかせていたが、やがてその動きも弱まり――完全に止まった。
桃太郎は刀についた紫色の体液を払い、蜘蛛の死骸を見下ろした。
「此奴、拙者ではなく刀を狙ってきよったな。この手の妖にしては随分と知恵が回る。よほど長く生きた蜘蛛だったのか……」
桃太郎は刀の光を頼りに、周囲を見て回った。
木々の間には、獲物を包むためと思われる白い糸がいくつも垂れ下がっている。
だが、生きたまま糸に巻きつけられた人間は、一人も見つからなかった。
「妙だな……この手の蜘蛛妖なら、捕らえた獲物を生きたまま保存するはずだ。それが一人もおらぬ」
桃太郎は蜘蛛の死骸へ戻ると、刀の先を使って巨大な身体をひっくり返した。
額の辺りに、紫色の光が見える。
桃太郎は眉をひそめ、刀の光を近づけた。
そこには――紫色に光る何かが、蜘蛛の額から覗いていた。
*
サイカ一行は、のんびりと街道を都へ向かって歩いていた。
「おー! スッゲー大きな橋があるぞ! セツナ、見てみろよ!」
街道の先には、太い木材を幾重にも組み上げた大きな橋が架かっていた。
サイカとセツナは、思わず橋の方へ駆け出した。
その後ろで、ベヒモスだけがぴたりと足を止める。
橋をじっと見つめたまま、サイカへ声をかけた。
「あ、あっしは……こ、ここまででやす」
サイカが振り返る。
「あれ? おい、ベヒモス。もしかして橋を渡るのが怖いのか?」
「そ、そんなわけないでやすよ! へ、へっちゃらでやす!」
「うふふ。ベヒちゃん、かわいい」
セツナはしゃがみ込むと、鞄を開いてベヒモスの前へ差し出した。
「どうぞ」
ベヒモスは少しだけ橋を見上げると、そそくさと鞄の中へ入っていった。
「ちょうど、あっしも疲れていたところでやす。皆さんはお気になさらず」
「まあ、そういうことにしておくか」
サイカたちは橋を渡り、そのまま都へ続く街道を進んでいった。
夕暮れが近づくにつれ、街道を行き交う人の姿が少しずつ増えてきた。
サイカは周囲を見回す。
「昨日は、人が襲われるから夜の街道には近づくなって言ってたのに……今日はやけに人が多いな」
しばらく歩くと、街道脇の立て看板に一枚の瓦版が貼られているのを見つけた。
「なんだ、これ?」
サイカは足を止めた。
大きな文字で――
号外――街道を襲っていた蜘蛛の妖、討伐。鬼妖討伐の桃太郎家、これを退治す。
と記されている。
「……桃太郎?」
サイカは瓦版へ顔を近づけた。
「桃太郎って……あの桃太郎か?」
もう一度、書かれている文字を見る。
「でも、桃太郎『家』ってなんだ? 武家みたいなもんか?」
セツナも隣から瓦版を覗き込んだ。




