激闘の末
サイカ、サード、シルフィードは、横たわって動かなくなった祈祷師――かつて祈祷師だった者の骸を見つめていた。
その傍らには、輝きを失った紫色の宝石が転がっている。
「……こいつが元凶か。サードが洞窟で見た台座と異形、それに祈祷師のあの姿……とんでもない力だな、この宝石」
サイカはしばらく宝石を見つめた。
「サード、この宝石を燃やしてくれ」
「わかったにゃ」
サードが小さく炎を吐く。
すでに力を使い果たした宝石は、先ほどまでの禍々しさが嘘だったかのように、あっけなく炎に包まれていった。
「俺は爺ちゃんと村長を見てくる。シルフィードも来てくれ」
『ああ』
サイカはシルフィードを連れ、崩れかけた矢倉へ向かった。
騒ぎを聞きつけた村人たちが、今にも倒れそうな矢倉の周りへ集まり始めている。
サイカは中へ入ると、気を失っている爺ちゃんと村長を担ぎ、階段を下り始めた。
その時――。
「サイカ!」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
人混みをかき分け、弥生がサイカのもとへ駆け寄ってきた。
「サイカ、これはどういうこと!? 矢倉もこんなことになってるし……!」
「弥生姉ちゃん、話はあとだ。まず爺ちゃんと村長を安静にできるところへ連れていく」
「でも、サイカ……」
弥生は心配そうにサイカを見つめた。
サイカはそれ以上何も言わず、婆ちゃんの待つ家へ向かって歩き出す。
そこへ、宝石を燃やし終えたサードが戻ってきた。
「弥生、もう心配はいらないにゃ」
「……え?」
サードは、先を歩くサイカの背中を見る。
「全部、サイカが終わらせたにゃ」
そう言うと、サードも後を追った。
シルフィードもその後に続く。
その姿を見た村人の一人が、震える声を上げた。
「りゅ……龍……?」
「ドラゴン様だ……!」
次の瞬間、集まっていた村人たちが一斉に平伏した。
シルフィードは胸を張り、当然のように村人たちを見下ろす。
『まあ、人間が龍に平伏すのは当たり前だな』
*
サイカの村から、遥か東の地。
四本の角を携えた、鬼にも似た大男が、紫色に輝く宝玉の前に立っていた。
「……宝石の反応が消えたか」
男は目を細める。
「祈祷師の奴、しくじりおったな。まあいい。ある程度の成果は得られた」
その時、目の前の宝玉が淡く明滅した。
やがて、どこからともなく低い声が響く。
『ジュラよ。首尾はどうだ。鬼と人間の――』
*
サイカは家へ戻ると、担いでいた二人をゆっくりと下ろした。
「婆ちゃん。爺ちゃんと村長が気を失ってる。布団を頼む」
「な、何があったんだい!?」
「話はあと……もう限界」
婆ちゃんが慌てて布団を用意する。
サイカは爺ちゃんと村長を寝かせると、自分も床へ倒れ込むように横になった。
そして、そのまま眠ってしまった。
婆ちゃんはセツナと並び、眠っている三人をしばらく見つめていた。
「……帰ってきたなら、まあ、よかったんじゃろ」
ぽつりと呟く。
開いた戸口から、サードとシルフィードが静かに中を覗いていた。
*
翌朝。
サイカが目を覚ますと、爺ちゃんと村長はすでに起き上がっていた。二人とも打撲だらけだが、とりあえず大丈夫そうだった。
「う〜ん……寝ちゃったのか。それにしても、腹減った〜」
身体を起こそうとした瞬間、
「い、ててて……!」
全身に痛みが走った。
「爺ちゃん、村長。大丈夫か?」
「わしら二人は、もう大丈夫じゃ」
村長がサイカの前へ座った。
「サイカ……すまなかった。それに、助けてもらった。この通りじゃ。ありがとう」
そう言って、床に額をつけるほど深く頭を下げる。
「村長、頭上げてよ。許すか許さないかは、俺が決めることじゃないと思う。俺は弥生姉ちゃんが助かったから、それでいい」
村長は何も言わず、しばらく頭を下げたままだった。
サイカは今度は爺ちゃんを見る。
「そういえば爺ちゃん。なんであそこに、あんな格好でいたんだ?」
爺ちゃんは少し気まずそうに頭を掻いた。
「……わしも、生贄のことを知りながら目を瞑ってきた。じゃが、お前に言われて考えたんじゃ」
「何を?」
「もし、生贄に選ばれたのがお前だったら……とな」
爺ちゃんはサイカを見る。
「それに、『爺ちゃん、強いのに』って言葉が、どうにも頭から離れんくてな」
「だから甲冑を?」
「ああ。ドラゴンだろうが鬼だろうが、何でも倒してやろうと思って、昔の甲冑を引っ張り出して矢倉へ向かったんじゃ」
爺ちゃんは苦笑した。
「まあ、結果はあの有様じゃがな」
その時、台所にいた婆ちゃんが声を上げた。
「難しい話はもうおしまい。朝ご飯ができたよ。みんなで食べようじゃないか」
「お腹すいたにゃ〜。弥生も一緒に食べるにゃ!」
ガタッ。
入り口の戸が音を立てた。
振り向くと、弥生が少し気まずそうに顔を覗かせている。
どうやらサイカが心配で、朝早くから家の前まで来ていたようだ。
「弥生姉ちゃん、いたの?」
「……悪い?」
「いや、入れよ」
弥生も加わり、村長、爺ちゃん、婆ちゃん、セツナ、サードと一緒に朝ご飯を囲んだ。
昨日の出来事を、ほんのひとときだけ忘れるように。
『ふん。俺は食べなくても平気だからな。きび団子は別だが』
得意げに言うシルフィードを見て、サイカは皿から芋の煮っ転がしを一つ摘まんだ。
「じゃあ、これはいらないな」
ぽいっ。
『ん?』
シルフィードが反射的に口を開ける。
もぐもぐ。
『……うまい』
一瞬の沈黙。
『……あっ』
みんなが一斉に笑い出した。
*
朝ご飯の後、サイカとサードは、矢倉に何か手掛かりが残っていないか調べていた。
村長から聞いた話では、祈祷師の背後にはさらに何者かがいる。
死んだデカ鬼より上に、四本の角を持った者がいるという。
村長自身は見たことがない。
だが、デカ鬼も祈祷師も、その存在を恐れていた。
「紫色の宝石も燃やしちゃったし……四本角の手掛かり、何か残ってないかな」
サイカは、以前一度だけ入った矢倉の奥の部屋を思い出した。
「サード、奥を見てみよう」
「わかったにゃ」
部屋には、たくさんの書物、大きな数珠、そして紫色の宝石が置かれていた台が残っている。
その隅に、肩から掛けられるよう紐のついた蓋付きの箱が置かれていた。
「これ、祈祷師のかな?」
サイカが蓋を開け、中身を一つずつ取り出していく。
足袋。
竹の水筒。
かなりの額の金。
そして――。
「……地図?」
折り畳まれた紙を広げる。
そこにはサイカの知らない土地や地名が、いくつも記されていた。
「サード、これ……何か手掛かりになるかもしれない」
「あとでゆっくり見るにゃ」
さらに箱の底へ手を伸ばすと、柔らかな布に指が触れた。
「これは……?」
一番下に、綺麗な風呂敷に包まれた何かが入っている。
サイカは丁寧に包みを開いた。
中から出てきたのは、一本の櫛だった。
女性物だろうか。
古びてはいるものの、丁寧に手入れされている。
櫛の端には、小さく名前が彫られていた。
――吉乃。
「……吉乃」
サイカはその名を見つめた。
昨日、祈祷師が最後に口にした名前だった。
「……」
何も言わず、櫛を元通り風呂敷へ包み直す。
矢倉のそばには、昨日埋めた祈祷師の墓がある。
サイカはその土を少しだけ掘った。
包んだ櫛を静かに中へ納め、再び土を戻す。
サードは何も言わず、その様子を見ていた。
サイカは立ち上がる。
「サード。地図が見つかった。何か手掛かりになるかもしれない」
「書物もいっぱいあるにゃ」
「ああ。読んでみよう。この世界のことも、もっと分かるかもしれない」
サイカは地図を手に取る。
そして、もう一度だけ祈祷師の墓を振り返った。
「……ここからが、本当の異世界冒険の始まりだな」




