宝石のチカラ
祈祷師は、デカ鬼から取り出した心臓を紫色の宝石の上で握り潰した。
ぐしゃり、と血飛沫が飛び散り、宝石が禍々しい赤に染まっていく。
「馬鹿鬼が……まだ穏便に片づけられたものを、こんなところで騒ぎおって。全部台無しじゃろうが」
「あぁぁ……っ……」
苦しむデカ鬼を足蹴にすると、その巨大な身体が矢倉の壁まで吹き飛んだ。
祈祷師はサイカたちへ冷ややかな視線を向ける。
「お前たちか。あの化け物を始末したのは」
ふっ、と吐き捨てるように笑った。
「……まあ、もうどうでもよいがな」
そう言い放つと、血に染まった宝石を自らの胸へ強く押し込んだ。
「正気を保てるかは分からんが……あの化け物と一緒にはせんことじゃ」
次の瞬間、祈祷師の身体がメキメキと音を立てて膨れ始めた。
まず肩が盛り上がり、続いて太腿が異様なほど太くなる。顔つきまで歪み、額から一本の大きな角が突き出した。
その姿を見て、サードは洞窟で出会った異形を思い出す。
だが――違う。
目の前の祈祷師は、あの異形よりも遥かに鬼に近い姿をしていた。
「チ、チカラが……溢れてぐるぅぅ……ま、まずは……お前らがらじゃぁぁ!」
祈祷師の全身から、禍々しい紫色の気配が爆発的に噴き出す。
「……ヤバそうだにゃ」
『初めての戦がこんな奴とはな……出し惜しみはなしだ!』
祈祷師が跳び上がった。
天井を足場に蹴り返し、その勢いのままサードへ襲いかかる。
鋭い爪が振り抜かれた。
サードは咄嗟に身体をかわした。
――はずだった。
「ぐっ……!」
直撃していないにもかかわらず、凄まじい衝撃がサードを吹き飛ばした。
そのまま壁へ激突し、矢倉の壁に大きな穴が開く。
祈祷師の動きが、一瞬止まった。
その隙をシルフィードは逃さない。
周囲の空気が唸りを上げ、シルフィードを中心に巨大な竜巻が巻き起こる。
『いけぇぇ――暴風流!』
床板と天井を剥ぎ取りながら、竜巻が祈祷師を飲み込んだ。
「ぐぉぉぉっ!」
祈祷師の巨体は壁を突き破り、そのまま矢倉の外へ吹き飛ばされていく。
サードとシルフィードは、祈祷師を追って壁の穴から外へ飛び出した。
サイカは気を失っている爺ちゃんを安全な場所まで運ぶと、床に落ちていた刀を握り締め、二匹の後を追った。
*
矢倉の外へ出ると、祈祷師の片腕が捻じれ、肩から辛うじてぶら下がっていた。
「よ、よぐも……やっで、ぐれおったなぁぁ!」
祈祷師はぶら下がった腕を掴み、力任せに引き千切る。
ブチッ――!
「あがぁぁぁっ!」
全身を紫色の気配が包み込んだ。
すると肩口がボコボコと蠢き、肉が盛り上がり、新たな腕が生えてくる。
『……再生までしやがるのか』
シルフィードが低く呟いた。
すぐにサードへ向き直る。
『サード! ありったけの炎を奴に喰らわせろ!』
「任せるにゃ!」
サードの身体が一気に膨れ上がった。
巨大なケルベロスの姿へ戻ると、大きく息を吸い込む。
同時に、シルフィードの身体が白く輝き始めた。
「燃え尽きるがよい――獄炎!」
サードから放たれた漆黒の炎が、祈祷師へ襲いかかる。
『終いだ――極寒流!』
シルフィードも白く輝く冷気の竜巻を解き放った。
黒炎と白い冷気。
二つの奔流が、まるで二頭の龍が絡み合うように祈祷師を飲み込む。
「アガァァァッ! な、なぜ歯向かうぅ……無駄なごどをぉぉ!」
灼熱と極寒に晒され、祈祷師の身体があちこち抉れていく。
「も、もっと……もっともっとぉ! チカラを寄越せぇぇ!」
胸の宝石が激しく輝いた。
紫色の気配が全身を包み、抉れた傷がみるみる塞がっていく。
だが、その光は明らかに不安定だった。
宝石の周囲で空気が揺らぎ、熱を帯びていく。
――パキッ。
小さな音がした。
サイカは目を凝らす。
胸に埋め込まれた宝石の表面に、細い亀裂が走っていた。
(……力を使いすぎてるのか?)
その瞬間、祈祷師の姿が消えた。
『ぐっ!』
気づけば、シルフィードが蹴り飛ばされて地面を転がっていた。
「速すぎる……なんなんだ、あいつ!」
サイカが刀を構えて斬りかかる。
「どりゃあっ!」
だが、祈祷師は片腕で刀を払いのけた。
凄まじい衝撃に、サイカの身体まで吹き飛ばされる。
地面を転がりながらも、サイカの視線は宝石から離れなかった。
「シルフィード! 立てるか!」
『……大丈夫だ、サイカ!』
シルフィードが翼を広げ、立ち上がる。
「サード、奴の気を引いてくれ! シルフィードは竜巻で足を止めろ!」
「わかった!」
『任せろ!』
「俺に考えがある!」
サイカは両手で刀を構え直した。
サードが祈祷師の背後へ回り込み、火球を連続で吐き出す。
「こっちだにゃ!」
祈祷師が振り返った瞬間、シルフィードが竜巻を放った。
『今だ、サイカ!』
風に脚を取られ、祈祷師の巨体がよろめく。
サイカは地面を蹴った。
狙うのはただ一つ。
亀裂の入った、胸の宝石。
「うおおおおっ!」
上段から刀を振り下ろす。
ガァァンッ!
甲高い音が響き渡った。
刀身が宝石へ叩きつけられ、そのまま半ばから折れる。
折れた刃が回転し、地面へ深く突き刺さった。
「くっ……!」
宝石は砕けていない。
だが――。
先ほどの亀裂が、僅かに深くなっていた。
サイカはそれを見逃さなかった。
「グ、グハハハッ! 無駄じゃぁぁ!」
祈祷師は自分の胸を叩く。
「このチカラがあれば……あの四本角さえ倒せるぞぉぉ!」
狂気に濁った瞳が、さらに見開かれる。
「もっとじゃ……もっとチカラを寄越せぇぇぇ!」
宝石が激しく明滅した。
「吉乃の仇は……わしが討つんじゃぁぁぁ!」
――パキッ。
「……な?」
サイカの一撃で深くなった亀裂から、蜘蛛の巣のように無数の亀裂が走っていく。
パキパキパキッ――!
パリィィンッ!!
紫色の宝石が、粉々に砕け散った。
「な……なんじゃ……?」
祈祷師を包んでいた禍々しい気配が、一気に失われる。
無理やり再生されていた肉体が耐えきれず、崩れ始めた。
再生した腕が落ち、塞がっていた傷が次々と開いていく。
祈祷師は膝から崩れ落ちた。
「アぁぁ……こんなところで……終わるのか……」
その声から、いつの間にか狂気が消えていた。
「……すまん……吉乃……」
最後にそう呟くと、祈祷師はそのまま倒れ、二度と動かなかった。




