村長、祈祷師はどうなる
シルフィードは村長を見下ろし、低い声で言い放った。
『ドラゴンが生贄なんか欲しがるわけないだろ。我らは世界から直接エネルギーを得ているからな』
サイカは何も言わず、村長をまっすぐ見つめた。
村長はしばらく黙っていたが、やがて観念したように息を吐く。
「……そうか。分かってしまったか。もう、こんなことをいつまでも続けるのは辛かったんじゃ。丁度よかったのかもしれんな」
サイカとシルフィードを交互に見つめ、村長は遠い目をした。
「すべては……村を守るためじゃった。鬼との取り引きから始まったんじゃ」
囲炉裏の火が、ぱちりと音を立てる。
「今から三十年ほど前。この村を皆で開墾し、田んぼや畑ができ、ようやく暮らせるようになった頃……奴らがやってきた」
村長は震える声で、遠い昔のことを語り始めた。
「今、この村にいる祈祷師じゃ。あやつが鬼の使いとして村へ現れ、当時の村長だったわしの父親に告げたんじゃ。『鬼がこの村を次の標的にしている』とな。そして――『助かりたくば、生贄を寄越せ』と」
祈祷師は、それが鬼からの言葉だと告げ、一度村を去った。
ところが翌日、来るはずだった行商人が村へ現れなかった。
心配した村人たちが街道を探しに行くと、変わり果てた行商人と護衛が見つかったという。
「父は、それを鬼の仕業だと確信した。鬼からの警告だと……。そして翌日、再び現れた祈祷師の提案を受け入れたんじゃ」
鬼払い。
火比べ。
そして――ドラゴンの加護。
「村を守るため、父は祈祷師の話に乗った。村人たちに生贄を受け入れさせ、鬼との取り引きを隠すために作り上げた話じゃ」
村長は力なく俯いた。
「その後、わしは父の跡を継いで村長となった。そして……この生贄を黙認し続けてきた」
がくりと頭を垂れる。
「許してくれとは言わん。……ただ、村を守るためだったことだけは、分かってくれ」
それだけ言うと、村長はサイカと目を合わせないまま立ち上がり、逃げるように家を出て行った。
サイカは、閉じた戸口をしばらく見つめていた。
許せるわけじゃない。
何人もの人間を、生贄として差し出してきたのだから。
だが、村長一人を責めたところで何も終わらない。
次は祈祷師と、その背後にいる鬼だ。
ギンのような子供の鬼もいる。だが、人を襲う鬼も確かに存在する。
そこへ、セツナを送り届けたサードが少し遅れて戻ってきた。
「サイカ、戻ったにゃ」
「サード!」
サイカはサードとシルフィードを見ると、村の中央にある矢倉へ目を向けた。
「次は矢倉だ。行くぞー!」
*
「くっそ……あのデカ鬼め。わしを足蹴にしよって。許さんぞ。あとで見ておれ」
祈祷師は悪態をつきながら歩いていた。
「しかし、あの化け物を倒せる奴が、こんな田舎にいるとは思わなんだ」
一度足を止め、振り返る。
「放っておくわけにもいかん。せっかくここまで四本角に取り入ったというのに……」
少し考えたあと、祈祷師は村の方へ向き直った。
「一度村に戻って、村長に探さすしかない」
そう呟き、村へ戻っていく。
その身体は、どこかうっすらと紫がかっていた。
*
村長は矢倉の階段を上っていた。
中へ入ると、そこにはデカ鬼が座っている。
「お、おい。村には来ない約束だろう。誰かに見られたらどうする。すべてが水の泡じゃぞ」
デカ鬼は村長へ顔を向けた。
「まだ奴から聞いていないようだな。洞窟の出来損ないが、何者かにやられた。宝玉の台座も壊されている」
「なんじゃと……」
「四本角様はまだ知らんはずだ。出来損ないを倒した奴を、知られる前に探して捕まえろ」
デカ鬼は低い声で続けた。
「無理なら――殺してしまえ」
そのとき、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
ギシッ、ギシッ。
姿を現したのは、甲冑を着込み、腰に刀を携えた爺ちゃんだった。
「村長……これはどういうことじゃ。鬼と一緒におるとは。ドラゴンの加護は嘘じゃったんか」
デカ鬼がゆっくりと立ち上がる。
ドンッ!
足を踏み鳴らすと、矢倉全体が震えた。
「見られたなら仕方がない。これは事故だ」
デカ鬼は村長へ目を向ける。
「そうだな、村長」
爺ちゃんは刀の柄に手をかけた。
「村長、逃げろ。若い頃ならまだしも、この歳じゃ。こいつに勝てるか分からん」
「なにを――」
デカ鬼が村長を軽く蹴り飛ばした。
「ぐあっ!」
村長の身体が吹き飛び、床へ倒れ込む。
爺ちゃんは刀を抜き、両手で握って上段に構えた。
デカ鬼はそれを見ると、少し嬉しそうに口元を歪める。
先に動いたのはデカ鬼だった。
ドンッ!
一歩踏み込んだ足が床板を踏み抜き、矢倉が大きく揺れた。
そのまま太い右腕が、爺ちゃんへ振り抜かれる。
「ぬおっ!」
爺ちゃんは咄嗟に刀を下ろし、身体の前で受けた。
ガンッ!
だが、力が違いすぎた。
爺ちゃんの身体が弾き飛ばされ、床へ叩きつけられる。
それでも、デカ鬼の右腕には刀傷が走っていた。
ぽたり、と血が床へ落ちる。
「ほう……」
デカ鬼は傷を見て、嬉しそうに笑った。
爺ちゃんは刀を支えに、なんとか立ち上がる。
だが、足元はすでにおぼつかない。
デカ鬼は足元の床板へ手を伸ばした。
ベキッ、ベキベキッ!
力任せに床板を引き剥がし、その板を爺ちゃん目掛けて振り回す。
「くっ!」
爺ちゃんは後ろへ下がり、なんとかかわした。
だが、足がもつれ、その場に倒れ込む。
デカ鬼が床板を頭上へ振り上げた。
その瞬間――
ボォンッ!
火球がデカ鬼の手を直撃した。
「ぐあっ!」
手から床板が離れ、バァーンと大きな音を立てて床へ叩きつけられる。
「爺ちゃん!」
聞き覚えのある声に、爺ちゃんが顔を上げた。
そこにはサイカたちが立っていた。
「何でここにいるんだよ!」
「サイカ……」
サイカは駆け寄ると、爺ちゃんをひょいと担ぎ上げた。
「サード、シルフィード! 頼む!」
「任せるにゃ!」
サードが大きく息を吸い込み、同時にシルフィードの身体を強い風が包み込む。
『切り刻め――サイクロン!』
轟ッ!
巻き起こった竜巻が、デカ鬼の身体を次々と切り裂いていく。
「ぐおおっ!」
続けてサードが吐き出した炎が竜巻に巻き込まれ、巨大な火柱となってデカ鬼を焼きつける。
「グァァァッ! 熱い! クソッ! 誰だ、お前たちは!」
デカ鬼が炎の中を転げ回る。
そのとき、矢倉の入口から声が聞こえてきた。
「デカ鬼、ずいぶん苦戦しとるようじゃな。ざまあないわ」
デカ鬼が振り返る。
「お前……祈祷師か! 手伝え! こいつら、手強いぞ!」
入口に立つ祈祷師の身体は、先ほどよりも濃い紫色の光に包まれていた。
祈祷師は何も答えない。
ゆっくりとデカ鬼のそばまで歩いてくると、懐から大きな紫色の宝石を取り出し、掲げた。
それを見た瞬間、デカ鬼の表情が変わる。
「おい……」
祈祷師が、にやりと笑った。
「お前、何を考えている……」
デカ鬼が一歩、後ずさる。
「やめろ……それを使うな!」
祈祷師の身体から、紫色の光が一気に爆発した。
「やめろォォッ!」
次の瞬間――
ズブッ!
祈祷師の腕が、デカ鬼の胸へ深く突き刺さった。
血飛沫が舞う。
「ぐ……ぁ……」
祈祷師は、そのまま腕を引き抜く。
その手には――まだ生々しく脈打つ、赤い心臓が握られていた。




