合流そして、間に合え
サイカはシルフィードと共に家へ戻る途中、先ほどの母龍との会話を思い返していた。
*
『シルフィード。お前が自分でそう決めたのなら、止めはしない。それが正しいのか正しくないのかは、自分自身の目で見極めるがよい』
『わかったよ。オレは決めた。こいつと一緒に行きたい』
母龍はサイカへ重い視線を向けた。
『「ワッパ」と呼ぶのはやめよう。お前の名は何と言う』
「サイカ。俺の名だ」
『サイカよ、シルフィードを頼んだ。……ただ一つだけ、忠告しておこう。我が子を見つけてくれた礼だ』
「忠告?」
『我らには善も悪もない。どうなるかは、世界が決める。ただそれだけだ』
それだけ言うと、母龍は巨大な身体を宙へ浮かせ、そのまま夜空へ飛び立っていった。
シルフィードは、その姿が雲の向こうへ消えるまでじっと見つめていた。やがて見えなくなると、サイカを振り返る。
『改めて、オレの名はシルフィード。頼んだぜ、サイカ』
「任せとけ、シルフィード。一緒に行こうぜ」
*
村の近くまで戻ってきた頃には、東の空が白み始めていた。
空を飛ぶシルフィードを見上げながら、サイカは頭を抱える。
(さすがに、このまま連れて帰るわけにはいかないよな……ドラゴンの子供を連れて帰りました、なんて言ったら村中が大騒ぎだ)
「なあ、シルフィード。お前、もっと目立たない姿になれないか?」
シルフィードが空中で振り返った。
『今はまだ子龍とはいえ、誇り高き龍のオレが、姿なんか変えるか!』
「無理ならいいけど」
『……ふん。姿を変えるのは無理だ。だが、人の目から姿を隠すくらいなら造作もない。見ていろ』
そう言うと、シルフィードの輪郭がゆらりと歪んだ。身体の向こう側に景色が透け始め、やがて周囲の風景へ溶け込むように姿が見えなくなる。
「おお……!」
サイカは辺りを見回した。
「スッゲェな、シルフィード! これなら村に入ってもバレないぞ」
頭上から、姿の見えないシルフィードの得意げな声が降ってきた。
『ふん。当然だ』
サイカは少し考え、空を見上げる。
「……でも声は丸聞こえだな」
『言うな!』
*
その頃――サードとセツナは鬼の集落を抜け、かつてサードがこの集落を最初に見つけた高台まで戻ってきていた。
「……少し、休憩するかにゃ」
サードが足を止め、眼下に広がる集落を静かに見下ろす。
セツナもまた、生まれ育ったその場所をじっと見つめていた。
やがて大きく息を吸い込むと、両手を口元に添える。
「バーギル父さん! みんなー! ……今まで、ありがとうございましたー!」
幼い声が澄んだ空気を抜け、山々に何度もこだまする。
はるか眼下の集落では、薪を割っていたバーギルがふと手を止めた。
額の汗を拭い、静かに空を見上げる。
サードは何も言わず、セツナの横顔を見守っていた。
しばらくして、セツナが満足そうに息を吐く。
「……行くかにゃ?」
「うん!」
セツナは力強く頷き、サードの背中へ跨がった。
「しっかり掴まってるにゃ」
「はーい!」
サードは集落を一度だけ振り返ると、山道を駆け出した。
サイカとシルフィード。
サードとセツナ。
四人の道は、もう直ぐ交わる。
*
「ふぅ……宝石の力を借りているとはいえ、この山道は堪えるわい」
そう愚痴をこぼしながらも、祈祷師は足場の悪い岩場をひょい、ひょいと軽快に跳び越え、洞窟へと辿り着いた。
「さて……彼奴は大人しくしておるかな」
洞窟へ入り、灯りを点ける。
だが、その光が奥を照らした瞬間、祈祷師の表情が凍りついた。
「……なんじゃ、これは」
何かが焼けた臭いが洞窟内に充満している。
儀式に使う台座はバラバラに砕け、床や壁には真新しい傷痕が幾筋も深く刻み込まれていた。
祈祷師の額に冷や汗が浮かぶ。
恐る恐る、奥の牢へ向かった。
「ま、まさか……」
鉄格子は強烈な力で叩き壊され、中に閉じ込めていたはずの「彼奴」の姿がない。
「し、しまった……! 逃げ出したか……!」
祈祷師はその場にへたり込んだ。
膝がガタガタと震える。
「よ、四本角になんと言えば……」
暗い洞窟の奥へ目を向ける。
「それに……もし彼奴がまだ近くに潜んでおったら、わしなど……」
ごくり、と唾を呑み込んだ。
へたり込む祈祷師の背後から、突如として低い声が落ちてきた。
「おい。これはどういうことだ」
「ひぃっ!? わ、わしは悪くない! 不可抗力じゃったんじゃ……!」
祈祷師は悲鳴を上げて振り返る。そこに立っていたのは、見上げるほど巨大な鬼だった。
「なんじゃ……あんたか。脅かすんじゃない」
安堵の息を漏らすと、祈祷師は壊れた台座と牢を指差した。
「見れば分かるじゃろ。彼奴が暴れて逃げ出し、台座まで砕いていったんじゃよ!」
ドッ!
言い終わるより早く、大鬼の脚が祈祷師の胴体を蹴り上げた。身体は宙を舞い、岩肌へ激しく叩きつけられて地面を転がる。
「ぐほぉっ……!」
「馬鹿か、お前は。よく見ろ。奴が逃げたんじゃない。誰かにやられ、そのあと燃やされたんだ」
大鬼は焼け焦げた跡へ目を向けると、倒れた祈祷師を見下ろした。
「誰がやったのか、早く探し出せ。……さもなくば、どうなるか分かっているな?」
祈祷師は腹を押さえながら、震える声で答えた。
「……分かった。探し出す……」
蹲ったまま、大鬼の足元を睨みつける。
だが、岩肌へ叩きつけられたはずの傷は、すでに塞がり始めていた。
*
同じ頃――。
村長は重い足取りで、弥生の家へ向かっていた。




