8.元婚約者の処遇
事件の真相が学園中に知れ渡ってからそれほど日を置かずして、エドワルドとその父、ライネス侯爵がポーター邸に謝罪に訪れた。
通されたライネス侯爵は開口一番、深々と頭を下げた。その隣に立つエドワルドは俯いてはいるものの、どこか納得のいかない表情を浮かべたままだった。
「此度は我が愚息が、貴殿らのご令嬢に対し、あまりにも許し難い仕打ちをいたしました。婚約の解消については事前にお聞き及びのことと思います。……しかし、その詳細について、私はつい先日まで把握しておりませんでした」
「詳細、と申しますと」
メリアーヌが不安げに尋ねた。私は、創立記念パーティーでの婚約解消宣告、生徒会からの追放、そして冤罪の件までは養父母に話していなかった。
心配をかけたくない一心からだった。
ライネス侯爵が重い口調で告げたエドワルドの所業一つ一つに、養父母の顔が見る見るうちに強張っていくのがわかった。
「そんな……リリテア、あなた、そこまでのことを」
「ごめんなさい。心配をかけたくなくて、黙っていました」
養母は、言葉を失ったように口元を手で覆った。養父も怒りを滲ませた目でエドワルドを見据えている。
侯爵はその視線を正面から受け止めながら、さらに深く頭を下げた。
「弁解のしようもございません。すべて、親としての監督不行き届き。……そして、そもそもの発端を辿れば、私自身の負い目に行き着く話でもあります」
私は、その言葉に小さく首を傾げた。
「先の大戦で私は重傷を負い、命の危機に瀕したことがございます。その折、軍医たちも匙を投げかけた状態の私を救ってくださったのが、当時、衛生管理の助言役として従軍しておられた、カルセリウス卿でした」
「……そんなことが」
初めて聞く話に、私は思わず声を漏らした。
「命の恩人への恩返しとして、私は当時まだ幼かった息子とリリテア嬢との婚約を申し出ました。……とはいえ、これは決して子どもたちを縛りつけるための約束ではなかったはずです」
侯爵は、養父に向かって確認するように言った。
「もし将来、どちらかに想い人ができれば、その時は円満に婚約を解消する。……そういう約束だったはずですな」
「ええ。その通りです」
養父が静かに頷いた。
「私たちは、二人を縛りつけるつもりなど最初からありませんでした。ですから、婚約が解消されること自体には、何の異論もございません」
その言葉に、侯爵は深く目を伏せた。
「だからこそ……いえ、なおのこと、愚息のしたことは正当化のしようがございません。ただ婚約を解消するだけでよかったはずのものを、ご令嬢を貶める必要がどこにあったというのか。息子には、生徒会長の任を退かせます。そして当面の間、学園への通学も控えさせるつもりです」
「……父上」
初めて、エドワルドが口を開いた。その声には不服の色の方が濃く滲んでいた。
「俺は、ミーナやジェレムに騙されていただけだ。俺自身が何か悪事を働いたわけじゃない」
「まだ言うか! 自分のしたことがまだ分かっていないというのか!」
侯爵が珍しく強い口調で息子を叱責した。エドワルドは、それでも納得のいかない表情のまま口を噤んだ。
「侯爵閣下。僭越ながら一つ、ご提案がございます」
養父が静かに口を開いた。目の奥に、これまで見たこともない程の暗い色が滲んでいた。
「実は今度、アスキー公爵と共同で開発所を創設する予定があります。軍の衛生管理や医療技術の研究を目的としたもので、日々、多くの職人や研究者たちが働いております」
「……それが、何か」
「もしよろしければ、ご子息をその開発所で預からせていただけないでしょうか。雑用係として、公社から派遣させる労働者が何人かいますから、そのうちの一人として」
思いがけない提案に、応接間の空気が一瞬止まった。
「公社の労働者と共に、ですか」
「学園を退き、ただ家に留め置くだけでは本人のためにもならないでしょう。地道な労働を通じて、己の立場というものを身をもって知る機会になるはずです」
侯爵はしばらく黙り込んでいたが、やがて深く頷いた。
「……ありがたいお申し出です。ぜひ、そうさせていただきたい」
「父上……! これがどういうことか分かって仰っているのですか!」
エドワルドが声を上げたが、侯爵はそれを一瞥もせずに退けた。
「お前に選ぶ権利はない」
その場に重い沈黙が落ちた。エドワルドは慌てて私の方を見た。
「リリテア……! お前からも何か言ってくれ。こんなの、あんまりではないか!」
「お前は何を言っている!」
ライネス侯爵がエドワルドを制止するのを見て、私は口を開いた。
「私は、この決定に異存はありませんので。今回の件は全て、エドワルド様の無知無関心が招いたこと。更生の機会があるだけ、恵まれているのではないでしょうか」
「な……そ、そんな」
エドワルドはそれ以上何も言えず、ただ拳を握りしめていた。
侯爵は最後にもう一度深く頭を下げると、エドワルドを促して屋敷を後にした。




