9.ひとときに
一ヶ月後、私はルヴィアスに誘われて王都へ行くことになった。彼との外出は、これで五回目になっていた。
訪れたのは、王都の中でも見晴らしの良い高台にある庭園だった。石畳の小道が緩やかな坂を描き、その両脇には手入れの行き届いた芝生が広がっている。
登り切った先からは、整然と並ぶ街並みと、その向こうに輝く川面まで一望できた。
「ここは父が隠居前から好んでいた場所だ。この庭園はもともと、質素な造りだったらしい。戦勝の後、手が加えられ今の姿になったと聞いている」
ルヴィアスは、遠くの街並みに目を細めながら言った。その横顔には普段の凛とした将軍の顔とは違う柔らかさがあった。
「では、この庭園そのものが勝利の証のようなものなのですね」
「そう言えるだろうな。もっとも、俺自身が物心ついた頃にはもうこの姿だった。昔の質素な様子は、父の話でしか知らない」
小道を並んで歩きながら、他愛のない会話が続いた。街の様子、最近読んだという古い戦記の話、養父の研究の進み具合。会話の合間に時折沈黙が訪れても、それは気まずいものではなく、むしろ心地よいものだった。
しばらく歩いたところで、ルヴィアスがふと足を止めた。
「色々あっただろう」
その声には、いつもの淡々とした調子の中に気遣いが滲んでいた。
「侯爵とのやり取りも、決して穏やかなものではなかったはずだ」
「……お気遣いありがとうございます。正直、少し疲れました」
私は素直に本音を漏らした。誰かにそう言えるようになったこと自体が、以前の自分からすれば、随分な変化だった。
「疲れたなら疲れたと言えばいい。お前はいつも、自分を後回しにしすぎる」
「……閣下に言われると、返す言葉もございません」
「今日くらいは、何も考えるな。侯爵家のことも、学園のことも、全部忘れていい」
ルヴィアスは歩調を緩め、庭園の中央に設けられた小さな噴水の縁に腰を下ろした。私もそれに倣って隣に座る。
「閣下は、こうして人と過ごす時間はお好きですか」
「昔はそうでもなかった。大将軍としての務めは、常に多くの部下や貴族たちとの折衝が伴う。好きかと聞かれれば、面倒だと思うことの方が多かった。……だが今は、悪くないと思っている」
その答えに、私は思わず彼の顔を見た。ルヴィアスはいつもと変わらぬ静かな表情のまま、まっすぐに前を見つめていた。
「そろそろ、何か温かいものでも用意させよう」
やがてルヴィアスがそう言って立ち上がった。
「近くの東屋に侍従を待たせている。席を外すが、すぐに戻る」
「はい、行ってらっしゃいませ」
彼の背中が緩やかな坂を下っていくのを、私はしばらく見送っていた。噴水の水音だけが響く中、一人になった心細さとどこか満たされた気持ちが、胸の中で入り混じっていた。
「リリテア」
「……!?」
背後から名前を呼ばれ振り返ると、そこにはエドワルドが立っていた。顔はやつれ、服や頬は土に汚れている。私は思わず立ち上がり、距離を取った。
「どうして、ここに」
「お前が今日、ここに来ると聞いた」
その言い方に、私は背筋が冷えるのを感じた。
「頼みがある」
エドワルドは、こちらの反応を待たずに切り出した。
「父上には、学園にも通わせず、あの開発所で雑用をさせられている。……お前なら、父上を説得できるはずだ。せめてあんな奴らと働かされずに済むよう、口添えしてくれないか」
私は一瞬耳を疑った。この男は、一体何を言っているのだろう。
「それに……お前がいなくなってから、生徒会が立ち行かなくなって、よくわかった。俺の隣に立つのは、やはりお前しかいないと……」
「エドワルド様」
私は言葉を遮った。これ以上、とても彼の話を聞いていられなかった。
「私は、あなたの復帰のために動くつもりはございません。初めは、ミーナ様に恋をしたからこそ、判断力が落ちたのだと、仕方ない点もあると思っていました。ですが、あれ程のことをされて……助けようだなんて思えません」
「なぜだ。お前はいつも、俺たちのために動いてきただろう」
その言葉に、私は思わず失笑しそうになった。彼は最後まで、私が何のために動いていたのか、少しも分かっていないのだ。
「その“俺たち”が根本から揺らいだ時点で、もう全て終わっていたのです。今さら気付いたと言われても、もう……」
そう言いかけたところで、背後から低い声が響いた。
「彼女の言う通りだ」
振り返らずとも、それがルヴィアスの声だとわかった。エドワルドの顔が目に見えて強張っていった。




