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後戻りはできません~婚約破棄されたので、あなたに尽くすのはやめようと思います~  作者: 五十鈴 美優


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10.養女のこれから

 ルヴィアスは静かに私の隣に並び立つと、エドワルドを見据えた。その視線には、これまで見たことのないほどの冷ややかさが宿っていた。


「それに、使用人から報告を受けている。お前の勤めぶりは、あまり芳しくないそうだな」


 エドワルドの顔が、さっと青ざめた。


「与えられた仕事もろくにこなさず、反発ばかりしていると聞いた。融通してもらった立場だということを、忘れているわけではあるまい」


 その指摘に、エドワルドの表情が次第に苛立ちへと変わっていった。


「仕方がないだろう! あんな薄汚い者どもと働けと言われて、素直に従えるわけがない!」


 思わず口をついて出た本音に、その場の空気が凍りついた。ルヴィアスは底冷えするような目でエドワルドを見据えた。


「驚いたな。未だに己の立場を自覚していないのか。与えられた更生の機会すら無下にした挙句、詫びもせず彼女を口説きに来るとは」


「……別に、口説いてなど」


「それに、開発所を抜け出し、こんなところまで足を運ぶ余裕があるとは、よほど暇を持て余しているとみえる。しばらくは雑用係の寮に入ってもらった方がよさそうだ」


 ルヴィアスの提案に、エドワルドは血相を変えルヴィアスに掴みかかった。


「な……! 寮だと!? あのような、外から見ても汚らわしい場所に閉じ込めるなど正気の沙汰じゃない!」

「不服だろうが、これ以上の温情を与える理由がない。だが、案ずるな」


 ルヴィアスはエドワルドを片手で振り払い、抑揚のない声で続けた。


「近々、ミーナ嬢とジェレム殿も同じく開発所で更生する予定だ。寂しくはないだろう」


 その一言に、私は思わず息を呑んだ。エドワルドが開発所で働き始めてから半月と経たずして、ミーナもジェレムも学園で見かけなくなり、生徒会名簿からもひっそりと名前が消されていた。


「ミーナ様たちも、ですか」


 思わず尋ねると、ルヴィアスは静かに私へと視線を向けた。その途端に柔らかな瞳に変わった。


「ああ。あの二人は、自分たちの関係を証言した下級生たちに、陰で嫌がらせをしていたことが発覚してな。それだけでは飽き足らず、罪を軽くしようと新たな不正工作にまで手を染めていたようだ。評議会も、さすがに看過できなかったと聞いている」


 私は言葉を失った。あれだけの騒動を起こしておきながら、まだ罪を重ねていたのか。


 その事実に、エドワルドの顔にも隠しきれない狼狽が浮かんでいた。どうやら、彼自身もこの話は初耳だったらしい。


 エドワルドはしばらく唇を噛みしめていたが、やがて何も言わずにその場を後にした。

 遠ざかっていく背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。


「大丈夫か」


 ルヴィアスの問いに、私は頷いた。


「はい。もう大丈夫です。色々と……ありがとうございます」


 私は頭を下げた。ルヴィアスは少し黙った後、「困ったな」と呟いた。


「この流れは……少し雰囲気がないが」

「なんでしょう?」


 私が問いかけると、ルヴィアスは私の真正面に立った。いつもより真面目な雰囲気に、私は思わず背筋を伸ばした。


「お前は、これまで誰かのために自分を犠牲にすることに、慣れすぎている。……だが、これからは、俺がお前を守る」


 ルヴィアスは私の前に一歩踏み出し、視線をまっすぐに向けたまま、そっと手を取った。大きな武人の手だ。その手が今は、私の指先を包むようにして握っている。


「お前に会いに行くたびに、帰りたくないと思った。お前の聡明さに惹かれて、愛らしさに溺れた」


 溺れた、という言葉が胸に落ちた瞬間、心臓が大きく跳ねた。胸の奥から、何かがこみ上げてくる。


「身分違いだなどと誰にも言わせるつもりはない。一緒になってくれないか」


 周りの音が、全部消えた気がした。

 鳥の声も、風の音も、何も聞こえなくなって、ただ目の前の人の声だけが鮮明に残っている。


 ずっと、この人のそばにいたいと思っていた。庭でお茶を飲むたびに、この時間が終わってほしくないと思っていた。けれど、その気持ちは決して口に出してはいけないと思っていた。


 目の前が少し滲んだ。


「……私も、公爵閣下のことが」


 言葉が続く前に腕がそっと引かれて、胸に抱き込まれていた。その動きは壊れ物を扱うように丁寧で、それなのに離さないという意志が伝わってきた。


「愛しているよ。リリテア」


 耳元に落ちた声は低く静かで、私は胸元に顔を埋めたまま、小さく頷いた。頬が燃えるように熱かった。


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