7.建国祭の行方とその後
建国祭当日。会場に足を踏み入れたエドワルドは、思わず目を疑った。
骨組みも、来賓席の設営も、装花も、三日前まで混沌としていた現場が、嘘のように整然としている。公社の労働者たちは夜を徹して作業を続け、最後の仕上げに入っていた。
「……どうなっている」
誰にともなく呟いたエドワルドの声に、答えられる者はいなかった。ミーナも、その光景を呆然と見つめるばかりだった。
式典は、大きな混乱もなく無事に進行した。来賓の応対も、進行の段取りも、直前までの惨状が信じられないほど滑らかに運んだ。
エドワルドは表向き生徒会長として堂々と振る舞ってみせたが、その内心は安堵よりも困惑の方が大きかった。
一体誰が、どうやってこの混乱を収めたのか。その答えを、彼はまだ知らなかった。
その答えは、水面下で広まっていった。
式典の裏方として動いていた実行委員の間では、直前になって全校生徒に配られた当日の役割分担表について噂が囁かれていた。
「あの分担表、誰が作ったんだろう」
「聞いた話じゃ、リリテア様が動いていたらしいわよ」
リリテアが急ぎ作った役割分担表は、学生団体ごとに配置を割り振った。団体に所属していない生徒は所属クラスごとに塊として扱い、足りない箇所を埋め、残りを見回りとした。
「いきなりだったけれど、スムーズに進めやすかったわ」
「リリテア様が全ての学生団体と調整したらしいぞ」
事情を知るノーラや、その周辺で立ち回っていた下級生たちの口から、少しずつ真相が漏れ伝わっていった。
かつて「才女」と呼ばれていたリリテアの存在が、再び学園中に呼び起こされていった。
◇
学園評議会は、式典直前まで続いた混乱を看過できない重大事態と判断した。
式典の翌週、生徒会に対して正式な監査が入ることになった。これまでの予算の不足や、度重なる発注の混乱に対し、外部の監査官が改めて精査することになったのだ。
監査が進むにつれ、奇妙な点が次々と浮かび上がってきた。
「この時期の記録、筆跡と印章の使用時期が食い違っているな」と、監査官の一人が帳簿の一部にわずかな違和感を覚えた。
細かく遡っていくと、共済基金の“不審な流出”とされていた記録そのものに、後から手を加えられた痕跡があることが判明した。
筆跡を照合した結果、改ざんが行われた時期に帳簿を扱っていたのは、ミーナだった。さらに調べを進めると、その送金記録を処理していたのが会計補佐のジェレムであることも明らかになった。
「これは……着服の証拠ではなく、着服を捏造した証拠ということか」
リリテアにかけられていた疑惑は根も葉もないどころか、最初から仕組まれたものだった。その事実が正式な調査によって明るみに出ることになった。
調査の過程では、証言を求められたノーラたち生徒会庶務から、思いがけない話が飛び出した。
「ミーナ様とジェレム様、その……よく、二人だけで人目を避けるように話し込んでいるのを見かけました。書類の受け渡しにしては、少し様子が違うというか……」
その証言に、別の生徒も続いた。
「私も見ました。資料室の裏で手を取り合っていて。ミーナ様は、エドワルド様の婚約者のはずなので、最初は見間違いかと思ったのですが……」
断片的な証言が積み重なるうちに、ミーナとジェレムが周囲の目を盗んで密会を重ねていたことが明らかになった。ミーナはエドワルドの婚約者という立場にありながら、その裏でジェレムとも関係を持っていたのだ。
この事実は、着服偽装の調査結果とほぼ同時にエドワルドの耳にも届けられた。
◇
「……どういうことだ」
呼び出された生徒会室で、エドワルドはミーナを睨みつけていた。
「基金の件も、お前が仕組んだことだったのか。それに、ジェレムとの関係はどういうつもりだ!」
「……私は、そんなつもりでは」
「何だと! 誘ったのはミーナだ! 俺は関係ない!」
「私が子爵家の男に本気になる訳ないでしょう! 少し火遊びしただけですのに」
言い争いを始めた二人を前に、エドワルドは憔悴し切っていた。二人の不正も、二人の関係も、全てに気づかずリリテアを一方的に断罪していた。
だが、エドワルドは反省することはなかった。
「……俺は、何も知らなかったんだ」
釈明の場で、エドワルドはそう繰り返した。
「基金の件も、指示の混乱も……全て、ミーナとジェレムが勝手にやったことだ。生徒会長として、俺には監督不行き届きの責任はあるかもしれないが、それ以上のことは俺の知るところではない」
自らの醜聞から逃れるように、責任をミーナたちへと押し付けるエドワルドの姿は、それもまた学園中の噂となって広まっていった。
◇
こうして、事件の全貌が明らかになるにつれ、学園中の空気は、驚くほど速やかに反転していった。
「あの噂、全部嘘だったんだって」
「リリテア様、無実だったらしいぞ」
「今回の式典を土壇場で立て直したのも、リリテア様だったって聞いたわ」
かつて憎悪の視線を向けていた生徒たちの多くは、気まずそうに目を伏せた。
中には直接謝罪を口にする者もいたが、リリテアにとってそれは何の意味ももたらさなかった。




