6.デッドライン
「リリテア様……! お願いします、話を聞いてください!」
図書室の隅で調べ物をしていた私のもとに、息を切らせた一年生が駆け込んできたのは、式典まで6日を切った日のことだった。
名前は、ノーラといったはずだ。以前、生徒会の書類整理を手伝っていた時期に、何度か言葉を交わしたことがある。
「落ち着いて。何があったの」
「式典の準備が……もう、めちゃくちゃなんです。公社への指示が、日によって全然違うことを言っていて。搬入の順番も、担当も、何も決まっていなくて……このままだと、本当に式典自体が成り立たないかもしれません」
言葉の端々から、事態の深刻さが伝わってきた。けれど、ノーラ自身も詳しい混乱の内容までは把握していないらしく、話は要領を得なかった。
「私に、何をしてほしいの」
問いかけると、ノーラは一瞬言葉に詰まり、それから絞り出すように言った。
「……他に、相談できる人がもういないんです。都合の良いことを言っているのは分かっています。横領の件も、完全にリリテア様を信用しているかと言われれば、嘘になります。でも、もう頼れるのはリリテア様しかいなくて」
その言葉に、私は思わず視線を落とした。
あの生徒会ために働く義理はない。ルヴィアスは私に、そう言ってくれた。
「エドワルド様たちが、そう言っていたの? 私に頼るようにと」
「いえ。私の独断です。会長やミーナ様たちは、例え先生であっても外部の人間に事態を知られないようにと厳命しているんです。……まあ、あまり意味はないのですが」
私は全てから手を引くと決めた。けれど、目の前で困っているのはエドワルドやミーナ、生徒会そのものではなく、ただ懸命に働こうとしている一人の後輩だ。
それに、国の行事でもある建国際が失敗に終われば、発端となった私の横領疑惑は学園を超えて貴族界、王都、国中に広まるかもしれない。
そうなれば、養父母にも疑いの目が向けられる。
「……わかったわ」
私は、静かに頷いた。
「まず、これまで生徒会から公社に送られた指示書を、できる限り集めてきてくれる? 控えでもいいから」
「は、はい! すぐに」
ノーラが慌てて図書室を飛び出していくのを見送りながら、私は久しぶりに頭の芯が冷たく澄んでいくのを感じていた。
◇
資料を待つ間、私はじっとしているつもりはなかった。
これまで公社とのやり取りを一手に担っていたのは私だが、直近の混乱がどこまで、どのように広がっているのかまでは知らない。まずは、状況を正確に把握する必要があった。
私は校内のあちこちを歩き回った。
「先生、失礼します。今回の式典準備について、何か気づかれたことはありますか」
普段あまり関わりのなかった教師にまで、直接尋ねて回った。最初は怪訝な顔をされることもあったが、質問を投げかけると意外なほど多くの情報が返ってきた。
「そういえば、資材の搬入が二度手間になっていたと聞いたな」
「予算の件で、他のクラブから苦情が来ているらしい」
係を担当している生徒たちにも、同じように声をかけた。
「あなた、確か会場運営の係よね。当日の役割分担、もう決まっている?」
「それが……何度も変更されて、正直、自分が何を担当するのかもよくわからなくて」
こうしたやり取りを重ねるうち、私は奇妙な感覚を覚え始めていた。
これまで、私に話しかけてくる生徒はほとんどいなかった。けれど、こちらから具体的な問いを持って近づくと、多くの生徒が思いのほか率直に事情を話してくれる。
それだけ、現生徒会への不信感が広がっていると考えると、私は複雑な気持ちになった。
◇
ノーラが集めてきた指示書の控えは、想像していた以上に酷い有様だった。
同じ日時、同じ場所に対して出された、内容の異なる複数の指示。優先順位の記述が一切ないまま送られた発注。どれも、私が担当していた頃には決してあり得なかったものだ。
私は図書室の机に資料を広げ、一枚一枚に目を通していった。
(まず、現状を正確に把握しなければ)
幸い、公社の内部構造はこれまでのやり取りから、正確に思い出すことができた。これまでに学園行事を担当していたのは、ドノヴァンとバルトという二人だ。彼らに正しい指示を、正しい形式で出し直せばいい。
問題は時間だ。
式典まで、残された日数はあまりにも少ない。これまでの混乱で失われた時間を思えば、通常の手順を丁寧になぞっているだけでは、到底間に合わない。
私は、指を組んでしばらく考え込んだ。
(間に合わせるには……人を増やすしかない)
「ノーラ。これを至急、生徒会印で公社に出してもらえる?」
私はその場で、新しい指示書を書き上げていった。
まず、これまでの矛盾した指示をすべて一度撤回する旨を明記した。
その上で、搬入の優先順位を明確に設定し直す。会場の骨組みと来賓席周りの設営を最優先とし、装花などの仕上げは、その後の工程に回す。資材と設営の搬入時間には時間差をつけ、現場で鉢合わせることのないようにした。
最後に書き加えたのが、追加の人員発注だった。
「時間が足りない分は、人数で補うしかないわ」
通常より多くの人員を、設営と搬入の両方に増やすよう指示書に明記する。失われた時間を取り戻すために、必要な人員を惜しみなく投入するしかない。
公社に対して追加の人員を発注しても、追加費用はそれほど増えることはない。それだけが幸いだった。




