5.混乱の学園
建国祭まで、あと一週間。
生徒会室の机の上には、書きかけの指示書が何枚も重なっていた。エドワルドはその中の一枚を適当に取り、忙しなく動く生徒会の面々を見回した。
「大会場の装花は、明日の午前中までに搬入させろ。急ぎだ」
エドワルドが苛立たしげに言い放つと、庶務のノーラはペン先を紙に走らせながら、頭の中で必死に段取りを組み立てていた。
本来ならミーナの分担だが、昨日までの発注が終わっておらず、公社まで直接指示を出しに行っている。
「わかりました。……あの、舞台設営の資材の搬入日程は、どういたしましょう」
「そんなもの、後で決めればいいだろう」
「ですが、場所が同じ大会場ですので、先に決めておかないと」
「今それどころじゃないんだ! とにかく花を先に手配しろ! 資材の件はミーナに発注させる!」
怒鳴るような声に、ノーラは口をつぐみ、言われるがまま花材の搬入指示書だけを仕上げた。
そして翌日。今度はジェレムが焦った様子で駆け込んできた。
「舞台設営の資材、まだ発注していなかったのか!? もう時間がない、今すぐ出さないと間に合わない!」
「そ、それはノーラに任せたのに……! どうして出来ていないのよ!」
ミーナは慌てて新しい指示書を書き上げた。だが、昨日の花材搬入の指示を訂正することまでは、頭が回らなかった。
結果として、大会場には「装花を明日の午前中に搬入せよ」という指示書と、「舞台設営資材を明日の午前中に搬入せよ」という二枚の指示書が公社に発送された。
◇
翌日。公社の作業場では、朝から荷車の準備が進められていた。
「今日は貴族学園の大会場の花材搬入だな。人を出してくれ」
貴族学園の依頼を主に担当しているドノヴァンが声をかけると、次々と荷車に花材の箱を積み込まれていく。労働者は余るほどいる。それが公社の強みだ。
同時刻。同じく貴族学園担当のバルトのもとにも、別の指示書が届いていた。
「舞台の骨組み一式、大会場に運び込め、だと? ……おい、今日じゃなかったか、花材の搬入は」
バルトは首を捻りながら、隣の作業場にいたドノヴァンに声をかけた。
「ドノヴァン、お前んとこも今日、大会場じゃなかったか?」
「ああ、花材の搬入だ。……お前んとこもか?」
二人は顔を見合わせた。
「学園から来た指示書、両方とも今日の午前中か? おかしいな」
その瞬間、作業場に微妙な空気が漂った。何かがおかしい。
「まあいい。とにかく現場に行ってみりゃわかるだろう。多めに人手を行かせよう……お前ら、モタモタするな! さっさと乗り込め!」
◇
大会場の入り口に、二班の合計10の荷車がほぼ同時に到着した。花材を積んだ荷車と、舞台の骨組み材を積んだ荷車に加え、労働者を詰め込んだ馬車が、狭い搬入口で正面から鉢合わせている。
「おい、そっちどけよ」
「そっちが後から来たんだろう」
「知るか、こっちは指示書通りに動いてるんだ!」
荷車を引く労働者同士の言い合いが始まり、荷車の車輪が絡み合いそうになる。慌ててドノヴァンとバルトが後方から駆けつけたが、状況はさらにややこしくなった。
二枚の指示書を見比べても、どちらも“本日午前中”としか書かれておらず、優先順位についての記述は一切ない。片方の荷車を一旦裏手に回すことになったが、作業開始が半刻ほど遅れることになった。
「まったく、今年の学園はどうなってるんだ」
汗を拭いながら、ドノヴァンがぼやいた。
「いくらでも人は集められるが……誰に何をやらせればいいのか、こっちにはさっぱりわからん」
バルトも同じ思いだった。公社の強みは、人手の融通が利くことにある。けれど、その人手をどこにどう配置すればいいのか、学園側の指示が機能していない。
「今日はまだいい方だ。搬入口が塞がっただけで済んだ」
「ああ。……この調子で、当日まで保つのかね」
◇
同じ日の夕刻、生徒会室には公社からの苦情が届いていた。
「搬入口で荷車がぶつかりまして……次からは、優先順位を明記していただけますと助かります」
担当者からの報告に、エドワルドは苛立たしげに舌打ちした。
「そんなことまでこちらが決めなければならないのか。臨機応変に動くこともできないのか?」
「ですが、花材と設営、両方に同じ日時で指示を出してしまったのは……」
ノーラが言いかけた言葉を、エドワルドは遮った。
「今更それを言ってどうする。とにかく次からは気をつけろ」
その「次から」が、翌日以降も一向に改善されることはなかった。
搬入班の日程はさらに二転三転していった。
ある日には資材が届いたはずの現場に誰もおらず、設営の指示がなかったことで、誰もいない場所に大量の資材だけが山積みにされるという事態まで起きていた。
建国祭までの残り日数に対し、作業の進捗は絶望的だった。
「もう、こうするしか……」
怒声が飛び交う生徒会室を、ノーラは一人飛び出した。




