4.瓦解する生徒会
リリアナのいなくなった生徒会は、日が経つにつれて連携が不足するようになった。ミーナを中心に日常の業務が滞るようになった。みな口には出さないが、不満が積み上がっているのは明らかだった。
生徒会室の空気が目に見えて重くなり始めたのは、建国祭まで一月を切った頃だった。
「で、公社への発注書はどうなっている」
エドワルドの問いに、ミーナは書類の束をめくりながら努めて平静な声で答えた。
公社とは“リュディール公社”のことで、多くの労働者が登録されていて、貴族学園を始め商会や公共事業に労働者を派遣する国営の組織だ。
「明日には仕上げますわ。少し、確認したいことがありまして」
嘘だった。確認したいのではなく、予算の辻褄が合わないのだ。
ミーナは机の下でそっと拳を握った。基金と予算の帳簿に細工を施したのは、他でもないミーナだ。
リリテアを追い落とすための一時的な偽装のつもりだった。あとで元に戻せばいいと高を括っていたのに、いざ会計を正式に引き継いでみると、自分がいじった数字の影響が、思いのほか広範囲に及んでいることに気づかされた。
(……大丈夫。少しずつ、辻褄を合わせていけばいいだけ)
そう自分に言い聞かせながらも、指先はかすかに震えていた。そこへ、生徒会庶務の女子生徒ノーラが恐る恐る声を掛ける。
「ミーナ様。この数字、去年の記録と合わない箇所があって……」
「わかっていますわ。今、整理していますの」
鋭い声にノーラが萎縮し去っていく。その様子をジェレムは黙ってやりすごした。彼もまた、この偽装に片足を突っ込んでいる身だ。
(俺はただ、ミーナに頼まれて記録を少し書き換えただけだ。深く考えるな)
そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥にざらついた不安が居座っていた。エドワルドが特に怪しんでいないことだけが幸いだった。
「まあ、細かい調整くらいすぐに片付くだろう。俺は見回りに行くぞ」
エドワルドはそう言って生徒会室を出た。
彼にとって、会計は誰でもできる雑務でしかない。これまでリリテアが涼しい顔で回していたのだから、二人にだってできるだろう。そう、考えていた。
結局、公社への発注書は二日遅れで提出されることになった。
◇
建国祭まで、あと二週間あまり。生徒会室では、次々と噴き出す問題への対応に誰もが追われていた。
最初に発覚したのは、資材の不足だった。
「木材が、半分しか届いていない……?」
下級生からの報告に、ミーナは血の気が引くのを感じた。発注書の記載に不備があったのだ。数量の記入を誤ったのか、それとも仕様の指定が漏れていたのか、原因を確かめる余裕もない。
「すぐに追加を発注して」
「ですが、公社がすぐに対応できるか」
「構わないから、今すぐに!」
その場しのぎの指示は、納期の調整がこじれ、当初の予定より数日遅れることが決まった。
その報告を聞いたエドワルドは、苛立ちを隠せなかった。
「なぜこんな初歩的な失敗が起きる。ミーナ、お前が会計を引き継いだのだろう」
「……すぐに立て直しますわ」
言葉とは裏腹に、ミーナの内心は焦燥で満たされていた。
(どうして、こんなことに。リリテアさんがいた時はこんなミスなんて一度も……)
そこまで考えて、ミーナは慌ててその思考を打ち消した。
同じ頃、式典予算の帳尻も合わなくなっていた。新たな発注に必要な予算が、いつの間にか足りなくなっていた。
ミーナの辻褄合わせによる影響だ。
建国祭だけでなく、学生団体や他の学園行事の企画も同時に進んでいる。
そのため、必要な予算があると見せかけるため他の予算から一時的に移すことをミーナとジェレムは繰り返していた。
その時の計算がずれ、処理が間に合っていない。式典予算の残高は、把握していたはずの金額より明らかに目減りしていた。
だが、エドワルドは焦る様子も見せなかった。
「足りない分は、他の学生団体の予算から一時的に融通すればいい」
エドワルドの独断で決められたその措置は、当然ながら生徒たちの強い反発を招いた。
「なんでうちの活動費が削られるんだ。生徒会の都合だろう」
「式典に出す出店ができなくなります!」
そうした苦情が日を追うごとに生徒会室に届くようになっていった。そして、建国祭当日の人員配置も混迷を極めていた。
「役割分担表、まだ確定していないんですか」
「こっちで決めろということですか?」
生徒からの問い合わせにミーナは対応しきれず、結局エドワルドに丸投げする形になった。しかしエドワルドが決めるのは大枠だけで、細部の調整は誰も担わないまま放置されていた。
「各自がしっかりやってくれ」
エドワルドはそう号令をかけたが、混乱は収まるどころか増幅していった。
同じ持ち場に二人の担当者が重複していたかと思えば、誰も担当していない工程がまるまる抜け落ちている。式典準備の現場は、日を追うごとに悲鳴じみた声で満ちていった。
「今年の建国祭、大丈夫なのかしら」
「準備、全然進んでないって聞いたぞ」
「生徒会長って格好はいいけど、中身は伴ってないのね」
廊下や食堂で交わされる噂は、次第に規模を増し、やがて教師陣の耳にも届くようになっていった。
これまで「品行方正で優秀な生徒会長」「華やかで人望のある令嬢」として通っていたエドワルドとミーナの評判は、驚くほどの速さで塗り替えられていった。
リリテアの耳にも、こうした噂は間接的に届いていた。廊下ですれ違いざまに、心無い誰かがわざと聞こえるように言う。
「あなたの元婚約者様、随分と苦労なさっているそうよ」
その声に悪意はあっても、リリテアがかつて生徒会を支えていたことまでは気づいていないようだった。




