第五話 シェリルとアリア
#第五話 シェリルとアリア
エミリーはバルトとルースのお酌を自ら進んで申し出て飲むペースを次第にゆっくりと遅らせ、途中からジュースを混ぜてアルコール分を減らし最後は水を飲ませた。
酔いがさめてくると二人は再び真面目な話になった。
バルト家は先代が準男爵としての地位を戴いたものの、それ以上は期待出来ず、コレットはいるもののどこかに嫁いでしまえばバルト家も廃爵になる。
婿養子をもらうにしても手頃な若者もいない。
そんな事を愚痴っぽく言うバルトに対して、ルースはコレット嬢に見合う年齢の男子はまだバルト様とは関わりがないだろうと思ったが口は出さなかった。
気持ちよく目が覚めた。バルト様とルースさまは多分放っておくとお土産に持って来たお酒を全部飲んでしまったに違いない。バルト様と気分よく飲めて楽しかったに違いないが、旅はこれからが本番、ヴェルナー家に辿り着いた時にいつものルースさまでいて欲しい。
バルト様のお屋敷を出る時もマーシャさまとコレットちゃんは並んで見送ってくれた。
コレットちゃんはいつの間にかバルト様に抱き上げられて元気よく手を振って、馬車から見える間はずっと振り返した。いつかまた会いたいと思う。
馬車はヴェルナー伯爵の屋敷のある街に向かった。
やはりラングリス家とは違って国境近くのせいか街の大きさもそれほどではない。
それでもさすが伯爵、一通りのお店は揃っているし何より一つ一つのお店が大きい気がする。
馬車留めへと向かうと馬夫に馬と馬車を預けた。ついでにシェリルが来ていないか確認すると仕立て屋にいるという。
ルースさまと仕立て屋を目指すと、布を胸に当てドレスとの色の組み合わせを見ているシェリルがいた。ほんの数か月会わなかっただけなのに、ずっと会っていないように思える。
私は駆けだした。令嬢は走らない。けれど、シェリルと一緒の時はよく一緒に走った。庭も走ったしピクニックに行った時も走った。
すぐにシェリルも走って来る私に気付き、布を置いた。
「エミリー!」
手を広げて待ち構えるシェリルに飛び込んだ。
「シェリル!」
抱き合った。全てそれで分かちあった。
「元気にしてた?」
「もちろん。エミリーは?」
「もちろん元気よ!マーシャさまとコレットちゃんにも会って来た!」
「素敵な方だったでしょ?」
「うん、私もマーシャさまを目指すわ!」
二人の会話は終わりがない。ルースさまはしばらく私達の会話の邪魔をしないようにお店の中を回っていたらしく、再会の感動の大波が引いた頃に戻ってきた。
「積もる話もあるだろうがまずはアリア様の土産を買いたい」
「それなんだけど、エミリーの分はお風呂で髪をまとめるためのリボン、私はお揃いの髪飾り、ルース兄さまはティーポットカバーにしましょう」
シェリルは私に向かって言う。ルースさまは最初からお土産を選ぶ頭数に入っていない。
「アリア様はシェリルとのお風呂をとても気に入られているのよね。それは素敵。」
深く語らなくても二人の意見は一致している。手分けしてリボンとティーポットカバーに合う布を選んだ。リボンは私の選んだ布を、ルースさまのティーポットカバーはシェリルが選んだ布になった。
シェリルが店員に向かってリボンやカバーの仕立てを依頼してお店を出た。
次は装飾屋に向かいお揃いの髪飾りを作る。アリア様はバラが好きなのでバラをあしらったものにしたい。歩きながら再びシェリルとの会話に盛り上がった。
ルースはどんな時でも油断をしない。例え街中であってもいつ危険な状況になるか分からない。女性に荷物を持たせるわけにはいかない。男が買い物に付き合うとはそういう事だ。
シェリルとエミリーの会話を聞き流しながらそれとなく辺りを警戒する。ふと建物の陰から飛び出て来た子供がいた。
一番多いのはスリ。次に物乞い。さすがに刃物を持った強盗の類は少ない。
シェリルもエミリーも話に夢中で気付く気配はない。
子供は勢いよくエミリーにぶつかった。
正確にはぶつかってその隙に荷物を奪うつもりだった。
実際には大きな男にぶつかって弾き返されてしまった。
「あら、大丈夫?ルース兄さまは頑丈だから怪我しなかった?」
シェリルは倒れた子供の心配をして手を差し伸べる。
「うん」
子供はシェリルに礼を言う事なく走り去って行った。
「エミリー、気を付けろよ。あいつお前から盗ろうとしてたぞ」
「まさか、ルース兄さまは誰でも疑いすぎなのよ」
「馬鹿言え、理由もなくぶつかって来る子供がいたらほとんどがスリだ。遊んでるならはしゃいで声をあげる」
ルースさまはそっと守ってくれる。頼もしい。
装飾屋でバラの髪飾りを作ってからお茶を飲ませるお店に入った。シェリルは薄い生地とクリームが何層にも重なったケーキを頼み、私はビスケットとジャムのセットを頼んだ。
ルースさまはコーヒーだけ。分かっている。これは私に少し貰うつもりだ。
店はたくさんの令嬢で溢れて来た。その中に男性はルースさま唯一人。そっと注目を浴びている。
シェリルがルース兄さまと呼ぶし、ルースさまはエミリーと呼び捨てになさるしで、きっと兄と妹二人と思われているに違いない。
シェリルの分のお茶とケーキが届き、私の分のお茶とビスケット、それにルースさまのコーヒーが提供された。
シェリルがケーキを一切れ口に入れるとルースさまは物欲しそうな目で見た。決して食べたいわけではなく、シェリルが一度たりともあげた事がないので欲しいだけだ。
私もビスケットを一つ取ってイチゴのジャムを付けて一口かじった。
ビスケットは甘くないがジャムがとてもおいしい。ルースさまが物欲しそうな目で見るのがおかしい。ビスケットを指さすとうんうんと首を縦に振る。
ジャムを順番に指さす。イチゴ、オレンジ、ラズベリー。全部。ジャムスプーンですくって少しずつ食べ掛けのビスケットに乗せる。
「あーん」
ルースさまは口を開けて声を出す。その時あんなに賑やかだった店が静まり返った。
「はい」
差し出すとルースさまは私の指ごと口に入れる。
「きゃーっ!」
店中の女性が歓声を上げる。客観的に見てルースさまは恰好いい。歓声を上げる気持ちも分かる。
だから私は至って普通にルースさまを見てニコリと微笑んだ。まるで恋人同士のように。
ヴェルナー家に着いた時、グレイグ様はやはり国境警備隊のお仕事がまだ終わっていなくてダナン様とノール様、ヴェルナー様とアリア様に出迎えていただいた。
「エミリー・メルヴィルでございます。この度はお招きいただきありがとうございます」
「グリス・ヴェルナーだ。シェリルとは幼い頃からの仲との事。シェリルの家だと思ってゆっくりしてくれて結構だよ」
「エミリーちゃんね、いらっしゃい。アリア・ヴェルナーよ。男どもの挨拶なんていいの。女同士仲良くしましょう」
アリアさまはもう女同士の話がしたくてウズウズしていらっしゃる。
「ダナン・ヴェルナーです。ようこそヴェルナー家へ。シェリル様のお友達なら幾らでも歓迎します」
「ノール・ヴェルナーです。不都合があればなんでもおっしゃってください」
簡単に挨拶を済ませヴェルナー伯爵以外サロンへと移動すると早速お土産を渡した。
「はちみつのセット、焼き菓子のセット、プレイスマットを皆さまに。」
シェリルが言う。ダナン様とノール様は何となくこれはシェリルとのお茶会に使えるとピンと来たらしい。
シェリルの後を引き継ぎ続ける。
「アリア様には特別に、お風呂で使える髪を束ねるリボンと、シェリルとお揃いの髪留めを。バラがお好きとの事でバラをあしらったものにしました。それからお茶を楽しめるようにティーポットカバーを」
「なんて素敵な子たちなのかしら。シェリルちゃんが来てからいい事ばかりよ」
言ってシェリルを抱きしめた。
シェリルはヴェルナー家の男三人に求婚され、一年間の花嫁修行をする、と言う名目でヴェルナー家にいる。
間違いで始まった求婚なので、その一年の間にシェリルの心を射止めれば再度求婚する権利を得る。出来なければシェリルはラングリス家に帰る。
シェリルは花嫁修行をしながらも三人の選択肢を増やせるようにと教育係もやっている。その成果が時々行われるデートとお茶会だ。
「エミリーちゃんも一度、判定をお願いしたいの」
アリア様からそんなお願いをされた。
「私は男性はルースさましか知りません。しかもどちらかと言えば兄的な存在なので公平な判断は保証出来ません」
私は正直に言った。あまり過剰に期待をされても困る。
「いいのいいの、世の中に普通の人なんていないんだから。こんな風にしてもらいたい、そんな基準でいいの」
そうして私はダナン様もノール様とそれぞれお茶を飲む事になった。
アリア様の魂胆はだいたい分かる。グレイグ様とシェリルをくっつけ、ダナン様と私をくっつけたい。
ルースさまは私の事をどう思っていらっしゃるのかしら。妹?それとも妹?もしかして妹?ううん、そんな事ない。だったらお店であーん、なんて口を開けない。
・・・姉?




