第四話 マーシャとコレット
#第四話 マーシャとコレット
シェリルとエミリーのお茶会で時々行われる王子様との甘い出会いの話、ルースはそれをうんうんと聞いていたおかげでエミリーから時々お菓子をもらっていた。
確かにシェリルをヴェルナー家に連れて行った時も王子様と会う話をしていた。
だからエミリーもきっと王子様を求めていたのだと考え咄嗟に王子様に扮してみたがエミリーは満足しただろうか。
「もう、馬には乗りません」
馬から降ろすとエミリーは馬にサイドサドルで乗せられた事はなかったらしく怖がって固まっていた。
なるほど、令嬢にもそこそこの覚悟が必要だと感心した。
再び馬車が動き始めると、ルースは先導するように先を行く。
上からはホークが見張る。
ああ、なんて言う事でしょう。
ルースさまに抱かれて馬に乗るなど。
しかもあのセリフ、全部子供の頃にルースさまにせがんで言ってもらったセリフだ!
馬車の中で一人になってもドキドキが戻るまで一時間以上は掛かっただろうか。
落ち着こう、忘れようと思っても何度も脳内再生され、大事な部分はスロー再生された。
頭から煙が出るか、口から魂が抜けて行くかのようだった。
そんなエミリーのピンチも一行には無関係で、バルト家までの道のりは何事もなく進んだ。
野盗が出る事も無かったし国境警備隊の皆さんにばったり出くわす事も無かった。
途中の川で馬に水をやって少し休憩した。
「もしかしてここ、ルースさまが賊と戦われた場所では?」
「よく分かったな。確かにこの辺りだと思う」
「シェリルの手紙にあったのです。川の辺りでグレイグ様と再び会って勇者と聖女が賊をやっつけたって」
「勇者と聖女?」
「ええ、いつものシェリルの大げさな表現ですよ」
「まったく、私が勇者だとして、シェリルが聖女とはまったく笑い種だ」
「ルースさまは勇者でしたか。これは今までの振る舞い、失礼しました」
エミリーはルースの言葉に乗って軽口を叩いてから伸びをし、後どれくらいだろうかと考えた。
シェリルはとっくの昔にお尻が痛いと根を上げたが、エミリーは道中分かっているのである程度は我慢出来た。それもここまで。
その後バルト家までの道のりは平穏無事だったらしくシェリルの手紙にも書かれていない。
「ルースさま、後どれくらいでバルト様のお屋敷に着きますか?」
「馬車が小さいので前回来た時よりうんと早い。あと二時間もしないうちに着くだろう。馬も水をやって元気になったので、バートンに後二時間くらいだから馬を頑張らせろと言っておくよ」
「分かりました。それにしてもどうして御者は皆馬の言葉が分かると言い張るのでしょう?」
「分かるからじゃないか?エミリーだってシェリルの事が分かるし、セディック家での機転、私の事を分かっているじゃないか」
「それもそうかも知れません」
改めて褒められて私は機嫌よく馬車に向かった。ルースさまは何も言わなくてもきちんと乗る手伝いをしてくれる。
日が高い事もあってか、バルト様はまだ警備隊の仕事で不在だった。
マーシャ様とコレットちゃん、それにばあやが出迎えてくれた。
シェリルの手紙の通りのイメージ。
私と十歳も離れていないと思われるのに、落ち着いた雰囲気とコレットちゃんをしっかり守る強さが見えるよう。
コレットちゃんは何にでも興味津々で、シェリルタイプ。シェリルに感化されたのか、もうマーシャさまの後ろに隠れるのではなく、横に立っている。
ルースさまの事を知っているし、あらかじめシェリルのお友達が来るとお知らせしてあったのもその一因かも。
バートンがルースさまの馬と馬車を厩に繋ぎに行っている間にルースさまが部屋に荷物を運んでくれた。私が何もしないのを見て、コレットちゃんが興味を持ち始めた。
「お姉ちゃんはシェリ姉さまと家族なの?」
「違うわよ、どうしてそう思うの?」
「だって、お荷物をルース兄さまが持っているんだもの」
「ああ、ルースさまは私の騎士さまなの」
「!!!」
コレットちゃんはマーシャ様のところまで戻って行き報告しているようだった。
あー、この冗談はシェリルっぽかったか。
「すみません、道中の護衛をお願いしてるんです」
マーシャさまに言った。
「!!!」
「コレット、本当だったわ!」
マーシャさまはコレットちゃんと顔見合わせびっくりしている。
ルースさまは否定しない。それも何か問題があるような。
私の不用意な発言が波紋を広げ、収集がつかなくなった頃、ドアがノックされる。
「どうぞ」
ルースさまが言うとばあやがドアを開けて入って来る。
「お客様、お風呂の支度が出来ましたよ。今ならお二方一緒でも大丈夫ですよ」
ばあやまで私とルースさまの仲を勘違いしている。
「ルースさま、どうしましょう」
赤面してようやく振り絞るように言う。
「どうするもないだろう。どちらかが先に入るか、一緒に入るかだ」
ルースさま、どうしてそんなにかき混ぜてしまうのですか?
「そんな事はいけません。エミリーさまはヴェルナー家に行く途中。その護衛だとお聞きしています。それなのにまさか一緒にお風呂に入るだなんて」
ほら、マーシャさまも誤解されてしまった。
「奥さま、お二人にも理由がおありでしょうから、見なかった事にして」
ばあやさん、ありがとうございます。でも、全部ルースさまが言った冗談なんです。
「ちょっとルースさまが変な事を言うから皆さん誤解されています!!」
全ての誤解が解けたのはマーシャさまとコレットちゃんと一緒にお風呂に入ってからだった。
コレットちゃんはシェリルとのお風呂が楽しかったのか私ともすぐに打ち解け話をしてくれる。それで、林の中でルースさまが迎えに来て馬に乗せられた部分をシェリルばりに綿菓子のように膨らませて話した。
「ルースさまは馬上から木の陰に隠れた私を見つけて、こうおっしゃったの。『こんな所にお隠れでしたか、お嬢様にも困ったものですね』」
「ねえ、どうして隠れてたの?」
「私の騎士がちゃんと見つけられるか試していたのです。そしたらルースさまは『どこにいたってちゃんと見つけますよ』とおっしゃった」
「シェリ姉さまはルースさまと一緒に賊をやっつけたんだって」
シェリルの綿菓子は大きい。余りこちらも膨らませると変な化学反応を起こして爆発してしまう。
「ええ、そのようですね。でもシェリルはルースさまの事を少し大げさに話す癖があるのです」
「うふふふ」
マーシャさまは思い出して笑い始めた。
「確かに、もう少しでルースさまが勇者に、シェリルさまが聖女様になるところでした」
危ない。私も聖女様になるとこだった。
「そうなのです、それでルースさまが『雨が降りそうだ、急いで戻りますよ』とおっしゃり、帰る事になったのですが」
「馬に乗せてもらったのですか?」
「そうなんです!初めて馬に乗りました!高くて安定しなくてとても怖かったです!」
「でしょうね。見聞きするのと実際に乗るのでは雲泥の差ですよね」
マーシャさまは乗った事があるのかやはり眉間にシワを寄せておっしゃる。
「お母さま、お馬さんこわいの?」
コレットちゃんはよく理解出来ていないらしい。
「コレット、淑女はね、お馬に跨る事が出来ないの。両足を揃えて座るのよ」
「ふーん、そうなの?」
「サイドサドルって言うんですって。お馬さんの左側に両足ともぶらぶらしちゃうからどっちかに落ちそうで、でもルースさまにしがみつくのは良くないし」
「いいえ、エミリーさまの騎士なのだから、ぎゅっとしがみついてもいいんですよ」
「あ、なるほど。でも馬はもう怖くて無理そうです」
お風呂から上がった時にはバルト様も戻っていらしてルースさまと既に何か飲みながら談笑されていた。絶対にお酒だ。
シェリルの手紙に書いてあった。勧められるがまま飲んでしまい、しかも翌朝どれだけ飲んだのか覚えていなかったそう。
このままでは定期的にバルト様にお会いしないといけなくなりそう。
「バルト様、初めまして。エミリー・メルヴィルでございます。過日シェリルも大変なおもてなしを受け、是非私がお伺いする際には改めてお礼を、と言われておりましたので本日は皆様にお礼をお持ち致しました」
「おお、そんなに気を使われては恐縮してしまいますな」
はちみつ、カトラリー、プレイスマットを順にお渡しする。それからバルト様にはお酒とおつまみを、マーシャさまとコレットちゃんにはお揃いのハンカチを。
コレットちゃんはクマとウサギのカトラリーを両手で持ち上げ、嬉しそうにくるくると回る。
シェリルが教え込んだみたい。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。ルースさまにもお礼をしなさって」
「ルースさまありがとう」
「シェリルの分は伝えておきますね。コレットちゃんが両手で持ってくるくる回った事、伝えればきっと喜びます」




