第三話 暗躍
#第三話 暗躍
馬車はルースさまのラングリス子爵、エミリーのメルヴィル子爵が属するアルドワーズ伯爵領を北上した。
旅の前、お父さまに呼ばれ部屋に行くとルースさまがいらっしゃった。街でお茶を飲んだ時にルースさまが考え事をしていらした事だとピンと来た。
ルースさまのラングリス子爵家と我がメルヴィル家はアルドワーズ伯爵に仕えている。
アルドワーズ伯爵は臣下に四十の子爵がいる。現在はそれぞれがアルドワーズ伯爵から直接指示、指令を受けていて非効率なので八人の統括子爵に指示を出し、統括子爵から自家を含めた五家にそれを展開する事で効率化を図ろうとしている。
その統括子爵としてラングリス家が立候補し、メルヴィル家もそこに賛同する、と言う話だ。
ラングリス家とメルヴィル家は浅からぬ仲なので、幼い頃からシェリルとエミリーは互いの家を行き来していたが、それがそのまま子爵団になるのならエミリーももちろん賛成だ。
そして、旅の目的の一つは残り三つの子爵に先触れとしてルースさまが伺い説明をし、メルヴィル家も賛同する、と言う意味で私も帯同する。
・・・一緒に?
弟のアルヴィスはまだ十二だから変な勘繰りされちゃうかもだけど、私も変な勘繰りされちゃわない!?
馬車は私がお父さまやルースさまの真意を考えている間もどんどん進み、いつの間にかガルニエ子爵領に入っていた。
ルースさまは護衛と言う名目だったので今日は馬に乗っておられる。
ハンナはさすがにメルヴィル家のあれこれをしないといけないので今回の旅には一緒に行けない。
砦のような小さなお城のようなお屋敷に到着するとガルニエ子爵様と子爵夫人が並んで待ってくれていた。
ルースさまは馬を降りるとガルニエ家の執事に手綱を渡し、馬車のドアを開けて私を降ろしてくれる。
「エミリー、さあおいで」
馬車から降りるのを手伝う時の言葉。これは幼い頃からのルースさまの言葉なので、私も油断していた。
お二人に挨拶した時の愛おしいものを見守る笑顔。絶対に子爵夫人は勘違いしてらっしゃる。
家門の将来に関わる事なので、ガルニエ子爵の自室で四人での会話になった。
ルースさまはアルドワーズ伯爵の臣下達の動きと、このままでは孤立して立場が悪くなる事を説かれ、一緒に子爵団を作りましょうと仰られる。
「メルヴィル家もラングリス家に賛同しております」
何かを言われる前に一番大切な事を口にした。
「なるほど、アルヴィス殿はまだ十二、この場におられるのはさすがに別の意図を勘繰りますからな」
そうなのだ。ラングリス家が人質をとっている、と思われるとまずい。だから歳の近い私が行くのだけれど、それはそれで別の勘繰りで外堀埋められちゃうー。
結局ルースさまもガルニエ子爵も私の事はメルヴィル家の名代として扱ってくれていたけれど、子爵夫人の慈愛に満ちた笑顔が勘違いの元だと言う事に気付いた。
私も同じような立場なら勝手に妄想をしてニヤニヤしていたと思う。けれど、これはそんな優しい話ではない。
私達子爵家の立場を強くも弱くもする大事な話なのだ。馬車の中で前方を走るルースさまを見てそう気を引き締めた。
馬車は一転南東の方角へと進んだ。
クロード子爵家。メルヴィル家とも付き合いがあり、今もお父さまと時々お酒を飲まれる。もちろん互いの屋敷を行き来して泊まって帰って来る事は内緒だ。
砦を不在にしている事が伯爵の耳に入ると警備職務の怠慢と取られかねないからだ。
クロード子爵家に着くと、ルースさまとクロード様が簡単にご挨拶を交わされ。私も先手必勝
「本日はメルヴィル子爵の名代として参りました」
とご挨拶した。
クロード子爵夫人は私の挨拶を聞いていたはずなのに久しぶりに見た私をまず抱きしめ、顔を見せてと顎を持ち上げ、感動してもう一度抱きしめられた。
夫人にとって私は近いのに会えない娘なのだ。
クロード家には男子が何人かいるが女子がいない。それでお茶を飲む機会も少なく手紙でのやりとりが主になってしまったのもある。
クロード子爵の自室に四人集まり我々の立場を説くルースさまにクロード子爵はうんうんと頷き、他の子爵の状況についても話してくれる。
異論を挟む事なくクロード子爵家も仲間になった。ラングリス子爵と会う際には息子達も紹介すると言ってくださった。
「次がありますので」
ルースさまが辞する挨拶をしようとすると、セディック様が少し鋭い目付きをされた。
「セディックか?」
クロード子爵は聡い。周りの子爵家の動向についてお詳しいので次に向かうべき場所を既にお気付きのようだ。
「はい。クロード様には隠し事は出来ません」
「エミリー嬢、また二人でお越しなさい」
「はい」
・・・やっぱり勘繰られてる!!
馬車は南へ向かう。セディック子爵。ラングリス家とメルヴィル家と隣接する子爵の三つ目。
セディック子爵の御婦人はとても花がお好きでそこからセディック様も花の子爵と呼ばれている。
この花好きは単なる趣味にとどまらず、アルドワーズ伯爵領の市場で流通する花の半分くらいはセディック子爵が取り扱っている。
経済的優位性を持つ味方を作る事も大事だ。
そう言えば、買い物の後馬車に戻る時に花屋に立ち寄って花束をプレゼントしていただいた。
買い物の手伝いをしたお礼だそう。
仕立て屋でルースさまがいなくなったのは花屋で花束を注文してくれていたらしい。
今はお屋敷でハンナがお世話をしてくれている。
帰るまで持つといいけれど。
セディック子爵は経済的優位性を持っていらっしゃるからか、ガルニエ子爵、クロード子爵とは反応が違った。
既に他家からも打診があり、そしてセディック子爵自身も統括子爵としての立場を狙うと仰られた。
ルースさまが無言で思案にふけるような素振りをされた。きっと、クロード子爵から聞いた情報を出すか出さないか悩まれている。
いえ、違う。ルースさまは常にご自身で決める事を求められて来た。あっさり引き下がらないという事はセディック様を仲間に引き入れる決心が付いているという事。
そのためには一芝居必要。つまり、今は私からの勿体ぶったきっかけを求められている。
「ベルフォード子爵家の事、でしょうか?」
セディック子爵夫妻を無視してルースさまにそう言った。二人の中では既に共通の認識としてある事を匂わせる。
ルースさまは更に少し思案するような素振りを見せてから切り出した。
「ああ、だが、セディック子爵が仲間にならないのなら、無理に話す事もあるまい」
武力、経済力、情報。ルースさまはそのうちの情報をチラつかせる。
「おいおい、何を二人だけで訳知り顔で話をしてるんだ?どうせブラフだろう」
セディック子爵もさすがにベルフォード子爵の名前を出しただけでは信用出来ないのだろう。けれど、この話はクロード子爵様から頂いたお話。信用に値する。
「では、モントレー子爵の件は?」
ルースさまは子爵の目を睨んでそう口にした。
「・・・」
モントレー子爵の名前を聞いてブラフではないと理解したようでセディック子爵の方が顎に手を置き思案するような素振りになった。
経済的優位性は条件が変わらなければ有効だけれど、統括子爵を決める今の動きの中では簡単に変わってしまう。
それを危惧しているように見える。ルースさまはここぞとばかりに畳み掛ける。
「セディック様が味方に付かれるのであれば、アルノー子爵の事もお話しします」
それでセディック様は観念された。
「メルヴィル家の令嬢を嫁にもらい自慢しに来たと思ったが、それこそ隠れ蓑か。分かった、ラングリス統括の傘下となろう」
・・・外堀がまた一つ埋まってるのに気付いた。
「ルースさま、クロード子爵に色々他家の事情をお聞きしておいて良かったですね」
「ああ、実は以前シェリルをヴェルナー家に連れて行った時に調べておいた事だが、クロード子爵から直接聞けて裏取りが出来た」
「さすがルースさま、何でもお見通しなんですね」
「そんな事よりもエミリーの方こそ凄い。何故あそこでベルフォード家の事が口に出来たのか」
「ルースさまは少なくともセディック様に弱みを見せるような事はしません。であれば何かきっかけをお待ちになっているはず、そのきっかけは味方である私以外にはいないと思いまして」
「やはり、エミリーがいて良かった。これでこの旅の半分は成したも同然だ」
馬車と馬に乗ってようやくヴェルナー領に向けて出発した。
馬と馬車とでは会話もままならない。シェリルの手紙では寝てしまったとあった。お尻が痛くなったのはその後だったか、その前だったか。
山々の緑が少し薄まり季節はゆっくりと流れているのを感じた。空は高く鳥が一羽付き添うように飛んでいる。
風が少し涼しく感じるようになったと思ったら、いつの間にか林と並走していた。
三家に寄りつつ来たので馬車には乗りっぱなしではなかったけれど、乗っている時間の方が長いのでさすがに疲れを感じてきた、と思ったら馬車が止まった。
どうしたのかしらと思っているとルースさまが馬車までやって来て少し休憩しましょう、と馬車を降ろしてくれる。
あ、シェリルが王子様と出会った(と綿菓子のように膨らませた話の)林はここなのね。
「水はないですが少し木々の間に入るとすっきりしますよ」
ルースさまはそう言って馬の世話をしている。その近くの木には頭に革の頭巾を被った鷹がとまっている。
「その鳥はルースさまの?」
「ああ、ホークは空の上から見張りの役目をしてくれている」
なるほど、付き添うように飛んでいたのはこの鳥だったか。
川のせせらぎのような音が聞こえる。水はないとの事だったが、誘われるまま林の中へ入って行った。
ふと見ると少し水が流れているだけだった。降った雨が土の中に溜まり溢れ出たもの。
何となくその源まで辿り着きたいと歩いて行った。
ピーッと甲高い口笛が聞こえた。
多分ルースさまがホークに何か指示を出したのだと思う。
そして、私が中々帰らないので心配したのだと気付いた。
黙々と歩いて来たから結構遠くまで来てしまった。戻ろうと思った時に馬の駆ける音が聞こえた。
咄嗟に木陰に隠れる。
馬は近くまで来て減速して、隠れた木のそばで止まってブルブルと鼻を鳴らした。
「こんな所にお隠れでしたか、お嬢様にも困ったものですね」
ルースさまが気取っていう。
木の陰から出ると優しく微笑んでくれている。
「私の騎士がちゃんと見つけられるか試していたのです」
「どこにいたってちゃんと見つけますよ。雨が降りそうだ、急いで戻りますよ」
そう言ってルースさまは馬上に引き上げてくれた。
抱き抱えられ久しぶりに固まってしまった。




