第二話 買い物
#第二話 買い物
メルヴィル家はラングリス家の隣に位置し、馬で一時間程の距離にある。ルースは通い慣れた道を愛馬と一緒に駆けた。
街道として整備されているので目を瞑っていても辿り着ける自信がある。もちろん誰にも自慢は出来ないが。
メルヴィル家に到着するとハンナが出迎えてくれた。ハンナはメルヴィル家の侍女でエミリーが生まれる前から仕えている。おかげでルースとも顔馴染みで今日の買い物にも付き合ってくれるようだ。
馬から降りたところで執事のバートンが出て来て馬の手綱を預かってくれる。バートンもメルヴィル家に仕えて長くルースの愛馬の世話もしてくれる。
バートンと話をしているとエミリーが家から出て来た。シェリルと比べるといつも大人しめのドレスだが、ルースはシェリルとチャンバラをする時にエミリーのような大人しめのドレスならもっと強いのに、と考えていた。
「ルースさま、お待ちしておりました。今日はよろしくお願いします」
(あれ?)
ルースはエミリーの挨拶に違和感を覚えた。普段であれば無言でぺこりと頭を下げるのに、今日は至って普通に思える。
(ハンナがいると心強い!)
2人きりなら絶対に固まっていただろうが、ハンナがいる事で落ち着いて挨拶出来た。ここからは馬車でハンナも一緒に三人で移動する。
二人きりだと会話も出来ず沈黙で息が詰まると思ったのだが、
『二人だけで馬車に乗るなんてとんでもありません』
ハンナの言葉でルースさまと一緒に馬車に乗るドキドキの時間は無くなったが、二人きりで固まる心配も無くなった。
まずルースさまが先に馬車に乗る。それからハンナを引き上げ、次に私を引き上げてくれた。
引き上げる順番のせいでルースさまの隣になった。何となくシートがルースさまの方に傾いている気がする。
「並んで座るなんてダメです」
ハンナが私の腕を掴んで向かいの席に引っ張る。ハンナと並んで座った。
(ルースさまの正面だと緊張して話せないじゃない!!)
バートンが扉を閉めて御者台に乗るとゆっくりと走り始める。
「ルース様、こちらが本日の買い物リストです」
ハンナが折りたたんだ紙を広げてルースさまに渡す。それを受け取ってまじまじと眺めてから感心して顔をあげた。
「これ、全部エミリーが?」
「んんん。ルース様。エミリー様を呼び捨てにしないでください」
「ああ、すまん。いつもの癖で」
そうなのだ。ルースさまは幼い頃から私の事を知っているのでつい妹のように接してしまう事がある。親しい間柄なのは嬉しいが、妹としか見てもらえないと思うと悲しい。
「これ、全部エミリー嬢が考えたのか?」
「はい」
「まさかここまできちんと考えてくれているとは思わなかった。コレット嬢にははちみつの瓶とカトラリーがクマとウサギで揃えてあり、母娘のお揃いはハンカチにしてある」
「バルト様とマーシャ様、コレットちゃんはシェリルもルースさまもお世話になってるのでカトラリーも現場で使えるもの、軽くて丈夫なもの、銀細工のステキなものを考えました」
「うん、とてもいい。それに全員の分が揃うとテーブルのセットかお茶会のセットになるんだな。これは嬉しい」
「そう言ってもらえて良かったです」
エミリーは満面の笑みをルースさまに返したが、途中で目が合うと固まった。これはルースさまの呪いだ。石化の呪い。いつかこの呪いが解けるのだろうか。
街に着くとルースさまが先に降り、私たちが降りるのを手伝ってくれる。
バートンが馬車留めまで持って行くため馬車を走らせる前にハンナはやる気全開になりズンズン先に行ってしまった。
ルースさまと顔を見合わせ追いかける。まず目指すは装飾屋だ。そこでカトラリーを買い、木工職人に木箱を作ってもらう。ハンナは買い物リストを何度も見て細かなイメージを作り上げていたらしく装飾屋に辿り着いた時にはマーシャさま用のカトラリーを幾つか並べていた。
「シェリル様ならこちらの方をお選びになると思いますがいかがでしょう。」
全く、ハンナの推察は恐ろしい。たまに来るシェリルの趣味をきちんと把握している。
「それいいわ。シェリルが選びそう。でもその隣の方がマーシャ様のイメージかしら」
「マーシャ様のイメージ?会ってもないのに?」
ルースさまが不思議そうに首を傾げる。
「ええ、シェリルからの手紙を読めば分かります」
「さすがエミリーさま。ではこちらにしましょう」
ハンナは私が選んだカトラリーを蔓で編んだ籠に入れて店を出た。慌ててルースさまが支払いを済ませて店を出て追いかける。
ルースは装飾屋で銀細工を見ている時にシェリルとエミリーがまだ幼い頃を思い出していた。エミリーが器用に花冠を作ってルースに渡して、頭を差し出した。かぶせて欲しいと言う意味だ。
シェリルが欲しがりエミリーはシェリルにあげていたはずだ。あの後、どうしただろう。
次は木工屋でバルト様とコレットちゃんのカトラリーと木箱をしつらえる。
バルト様のカトラリーは栗の木で、コレットちゃんには楓にし、それぞれの木箱も同じ素材にした。マーシャ様には銀細工なので黒檀に。
本来なら一日では作れないのでストック品をカトラリーに合わせ仕切りを調整し、お揃いの内布を貼るくらいなら買い物帰りには仕上がるだろうとの事。
一番時間が掛かりそうなものをやっつけてハンナは満足したらしくその後は走って行く事はなかった。
お茶、焼き菓子、おつまみのナッツ、はちみつ、お酒を順に買い最後に仕立て屋に向かった。
お茶や食事時に使う自分専用の敷布。これが一番悩んだ。全てはシェリルの手紙だけが頼り。
同じものだとやっつけ感が出るし、全くの別物ではテーブルに並べた時に見栄えが悪い。
ハンナとあれこれ話し合い、気が付くとルースさまがいなくなっていた。
「あれ?ルースさまは?」
「先程ちょっと用があると出て行かれましたよ。『すぐ戻る』と仰られていました」
「もしかしてバルト様とお二人で楽しまれるお酒を追加で買いに行かれたのかしら」
ようやく買い物が一揃い終わったので、今回の買い物のもう一つの目的、ルースさまと一緒にお茶を飲みに行こうと思う。
いつもはお屋敷でしか飲まないのだけれど、街にはもっと気軽にお茶を飲めるお店がある。
貴族向けの高級なお茶から色々なものを引いて安価にしたものだ。けれど街の女性には大人気。女性はお茶を飲みたいのではなく集まって話をしたいのだと改めて気付いた。
街のメインストリートと横道の交差する噴水がある交差点の一角にその店はある。二十席ほどでテラス席が三席あり、高窓から光が差し込み店の中まで明るい。
どうしようか迷ったが緊張して何も言えなくなってはルースさまが楽しくないだろうとハンナを呼ぶ事にした。
「ハンナも一緒にどうかしら?」
「エミリーさまはお優しい。メルヴィル家にお仕えする身で主と一緒の席に着くわけにはいきません。誰かに見られたら変な噂が立ってしまいます。私は外で控えています」
ハンナはそう言ってお店の外に出て行ってしまった。
「仕方あるまい、ハンナのいう通り、変な噂が立ってはまずい」
ルースさまもそう言ってハンナの言い分が正しいと肯定する。私だってそれは分かってる。けど二人きりになったら固まっちゃう~。
「いらっしゃいませ」
あ、まだ固まる時間じゃなかった。
「メニューをどうぞ」
街のお店ではケーキを並べるのではなく自分の飲みたいもの食べたいものを注文する。お店は人気の商品を多く作る事でコストを下げ安く提供出来る。貴族のお茶会とは基本的に異なる。
お店同士の競争もあり、新しい商品がどんどん生まれるので目新しいものばかりだ。
私はコーヒーにクリームとはちみつを乗せたものを頼み、スポンジの間に生クリームとフルーツを重ねたケーキを頼んだ。
ルースさまはメニューに並ぶ文字を読んでも形がイメージしづらかったのかうんうん唸ってしまった。
「ルースさまはお酒をお飲みになるので、あまり甘いものはいただかないですよね。でしたらコーヒーとシンプルなビスケットなんてどうでしょう?」
「ああ、さすがエミリー。助かる」
ハンナがいない時にはやっぱり呼び捨てになる。周りの人にはどう見えているのだろう。
「ではコーヒーをストレートで、ビスキュイにイチゴジャムを添えてください」
お店の方に注文をしてからふう、と一息ついた。今日は色々なお店にも出掛けたしルースさまと一緒にお茶まで出来る。なんだか幸せが一気に押し寄せて来た。
ルースさまにニコリと微笑むとルースさまも微笑み返してくれる。
何だか少し呪いが解けた気がする。
ルースさまはいつも恰好よくて強くて、とても私なんかは釣り合わないと思っていた。
けれどルースさまに褒められる時もあるし頼られる時もある。
例えばお土産のリストを褒めてくれた所とか、マーシャ様の雰囲気をシェリルの手紙から類推した所とかこのお店での注文とか。
何よりルースさまの苦手なものがあるという事が分かって少し気が楽になったのもある。
なので飲み物とケーキが届くまでの間の沈黙も怖くなくなった。無理に話さなくてもルースさまは困らないし、むしろルースさまは何か考え事をしているようだった。
「何をお考えですか?」
「折角二人で行くのだから、道中寄りたい所があるんだ。そのルートを考えている所だ」
ルースさまは私に意見を求めるような言い方をした。それが嬉しい。
(ルースさまとなら、どこへでも)
さすがにそんな事は言えずに一人顔を熱くしているとコーヒーとケーキがやって来た。
「ルースさま、まずはケーキですわ」
私はフォークでケーキを切って一口頬張った。シェフが一つ一つ丁寧に作るケーキには及ばないけれど、フルーツの酸味がアクセントとなっていてクリームが引き立つ。
思わずほっぺが落ちないように手を添えた。
「おいしいです!」
「本当か?どれどれ」
シェリルがお茶を飲みに来るとルースさまも一緒にやって来る。そしてシェリルがおいしい、と叫ぶとどれどれ、と一口欲しがっていた。でもシェリルは一口もあげている所を見た事がない。
だからいつも代わりに私がルースさまにあげていた。
私はフォークでケーキを切って落ちないように手を添えて差し出す。
ルースさまは
「あーん」
と口を開けた。
店の中には女性客しかいない。その全員が会話を止めルースさまに視線を合わせた。
静寂に気付きはっとしてルースさまは口を押さえ耳を赤くして手を左右に振って今の言動をなしにしようとする。
「いや、すまん。今のは忘れてくれ」
女性達はほっとしたような、がっかりしたような感じで会話を再開した。
外を見るとハンナが両手でバッテンを作ってルースさまを睨んでいた!




