第一話 シェリルからの手紙
#第一話 シェリルからの手紙
王城を囲むように配置された各貴族の中でも、最も外側に位置する子爵家。
敵国から攻められた際の砦を兼ねたその屋敷は普段は駐屯する兵もおらず家の者だけの慎ましい生活を送っている。
日の差し込む二階の部屋をもらい、エミリーは何不自由なく過ごしていた。
友人のシェリルとお茶を飲んだり、時には夜会にも出たりしてこの先訪れる幸せな未来を想像したりもした。
シェリルは隣の砦の屋敷に住んでいたが間違いで求婚の手紙が届き、相手貴族の名誉の為にそっと返す旅に出た。
そして、先方との挨拶の場で三兄弟から求婚されるという物語のような事があり、一年間の花嫁修行の名の下、今はその貴族のお屋敷で暮らしながら三人の兄弟を立派な紳士にすべく教育をしているらしい。
久しくお茶を飲んでいないので寂しかったがシェリルから手紙が届き、気持ちが満たされるのを感じた。
シェリルとは幼い頃から一緒で親友が故に少し置いて行かれたという気持ちもある。
手紙を開くと懐かしい文字が並ぶ。
シェリルのクセ、文末にハートが描かれる事があり、幼い頃から繰り返されたやりとりを思い出させた。
そこには、三兄弟とのデートや、アリア夫人主催のお茶会の話など、シェリルの活躍が余す所なく書かれている。
昔から、小さな砂糖つぶを綿菓子のように膨らませて話すクセのあるシェリルの事だ、半分は冗談として受け流す必要がある。
くすっと笑ってそれらを読み流していると、最後にひと言
『そうそう、一度こちらに遊びにいらして』
と書かれていた。
一番大事な事が最後に、しかも他にもあれこれ書くべき事が書かれていないのはさすが我が友と感心したり呆れたりしながら、手紙を大事に折りたたんだ。
遊びに行くとなるとシェリルが道中バルト家でマーシャ様とコレットちゃんから受けたおもてなしはお返ししたいと考えているはずだ。
けれどエミリーだけでは向こうも困惑するだろう。となると、ルースさまが一緒に行くのが自然だ。
ルースさまに帯同していただくには、さすがに簡単にはいかないだろうと両親に相談した。
両親とも、シェリルの実家、ラングリス家に迷惑を掛けるだろうが黙って行くわけにもいかない、手紙を出してはどうかと提案された。
それでラングリス家、というよりもルースさまに手紙を書いた。シェリルの冒険譚は手紙でちゃっかり聞いている。
ルースさまが本来手紙を届けに行くお役目を持っていた。シェリルは勝手に付いていっただけだ。
ルースさま…
エミリーはその名を思い浮かべるだけで頬を赤らめた。
幼い頃より互いの家を行き来していたが、シェリルのそばにはいつもルースさまがいた。
シェリルに会いに行っても、シェリルが会いに来ても。
まるで本当の兄妹のように思っていたが、年頃になりシェリルが口にした何気ない
『エミリーはルース兄さまと結婚すればいいのよ』
この言葉から、単なる兄妹ではなく結婚の出来る間柄だという事を意識し始めていつしかルースさまの前では何も言えなくなってしまった。
親愛なるルースさま
ヴェルナー家で花嫁修行をしているシェリルから一度遊びにおいで、と手紙がありました。
シェリルはマーシャ様とコレットちゃんにもおもてなしのお礼がしたいそうです。
よろしければご一緒しませんか?
敬具
ルースは父のドミー・ラングリス子爵に相談した。妹シェリルの親友エミリーからの申し出を受けたいがどうしたものか。
エミリーは幼い頃よりシェリルと一緒にいて、まるで自分のもう一人の妹のように思っている。
前回のシェリルとの旅はうまく難を抜けられたが、野盗の類いが出る事は十分に考えられる。それならエミリーを守る騎士として一緒に行きたい。
それに、バルト様にももてなしの礼を改めてしたい。
ルースがそう言うとラングリス子爵は快諾した。『シェリルが呼んだのだ、道中危険があるならラングリス家で責任を持とう』、と。
母のエリアも同意見だった。それから、『伺うなら何か手土産を持って行った方がいいわね』、とアドバイスもされた。
ラングリス家からの返事はすぐに来た。
ルースを護衛として付けようとあった。
エミリーは手紙を持ち上げくるくると周り、胸に抱いた。
ルースさまと一緒に旅が出来る!
ああ、ルースさまと一緒の馬に乗って旅するなんて。
顔を赤らめて目の前で手を振って妄想をかき消す。
ピクニックならまだしも、宿泊を伴う長旅だ。そんな疲れる移動なはずがない。エミリーは馬車だ。
それでも一緒にいられればステキな事が起こるかも知れない。淡い期待に胸を膨らませながら、一方ではルースさまの目の前でひと言も話せない事も不安だった。
それを克服しないと、ルースさまとの旅も楽しくないし、そもそもルースさまの方が嫌になってしまう。
エミリーは自らを変えるため、再びラングリス家に手紙を出した。
親愛なるルースさま
ヴェルナー家への護衛、ありがとうございます。
バルト家ご一家、ヴェルナー家の皆様へのお礼の品々を買うため、是非一緒に出掛けませんか?
追伸、アリアさまへのお土産はヴェルナー領にステキなお店があるようなのでそちらで買いましょう
敬具
ルースはエミリーからの手紙を読み感心した。自分はバルトに追加で何か酒をと考えていたが、マーシャ様やコレット嬢の事まで思い至らなかった。
ましてやアリア様の分など考えられるはずはない。さすが令嬢、気が利くものだと感心した。
早速その申し出ありがたい、と返事を出した。
これで後には引けない、エミリーは今までのルースを前にした時の緊張と硬直を思い出し、これではダメだと言い聞かせた。
そして、いざ買い物の途中でパニックになっても最低限欲しいものが買えるようにリストを作った。
バルト様はお酒を飲まれるからまずはお酒。それにおつまみになるものを幾つか。これは簡単ね。
マーシャ様とコレットちゃんは可愛らしくクマとウサギで揃える。それだけだとコレットちゃん用になっちゃうので、母娘お揃いの何かも欲しい。
その他たくさん…
んー、結構多い?
クマちゃん、ウサギちゃん、コレットちゃん?
あ、焼き菓子は三兄弟に限定しよう。
シェリルとのお茶用ね。
ヴェルナー家の皆様へのカトラリーはいっそやめよう。そんなにお高いの揃えられないし。
頭の中のあれこれをリストにまとめ、あーでもない、こーでもないとこねくり回して行ったり来たりすると少しずつ形になって来る。
リストが出来上がるまで夜遅くになったが、備えあれば憂いなし。
あとはルースさまの前で固まってしまわないかだけが心配。
いや、実際に買い物する時の事を考えよう。
ルースさまと一緒にあれこれ選ぶ。
私はクマのフォークを取って見せる。
『ルースさま、これはどうですか?』
ルースさまはウサギのナイフを持ち上げて私に見せる。
『ほら、エミリーみたいだ』
そう言って私のクマを取り上げると、ゆっくり重ねていって・・・。
きゃー。
枕を抱きしめてじたばたする。
いけない。変な妄想をしてしまった。もう少し大人しいものにしよう。
はちみつを選ぶ私。
『はちみつは集める花によって香りも味も違うのでお土産に選ぶのも楽しいですよね』
瓶の蓋を開けて香りを確かめる。アカシアの香り。
『ルースさま、アカシアですよ』
『本当だ、いい香りだ』
ルースさまの顔を横から見とれているとルースさまが視線に気付きこっちを見る。
『エミリー、私を見ても決まらないよ。あ、これはいいものを見つけた』
バラのはちみつ。バラは開花時期が短く貴重品だ。
蓋を開ける。
『あ、やっぱり。これはエミリーだ。』
言って私の頭に顔を寄せ匂いをかぐ。
きゃー
枕に顔を埋めて悶絶した。
明日はバラの香水付けていっちゃお。
眠れる自信がない!!




