第六話 決戦
#第六話 決戦
「エミリー嬢、おはよう」
「おはようございます、グレイグ様」
グレイグ様はゆうべ遅く帰っていらした。さすがにご迷惑かと思ったが、シェリルの親友に一目会いたいとの事でご挨拶だけした。
伯爵家の子息なのに国境警備隊の現場でお仕事をされているのは不思議と思ったが、現場を理解し、現場の仲間を作ってこそきちんとした上に立てる人間になれる、とのヴェルナー伯爵の教訓らしい。
グレイグ様は朝の挨拶をする際にもきちんとした格好をしていらっしゃる。
「エミリー様、おはよう」
「ダナン様、おはようございます」
ダナン様も既にきっちりとした格好で活動が開始出来る。
「エミリー姉さま、おはよう」
「ノール様、おはようございます」
ノール様はまだ寝ぼけ眼で無理やり挨拶だけするような感じだ。
全員揃っての朝食。プレゼントしたはちみつがたっぷり入ったお茶とトーストとフルーツとヨーグルト。
「エミリー嬢、メルヴィル領でもステキなパン屋はありますか?」
グレイグ様は私がパンをかじるとそんな風におっしゃった。
「ええ、メルヴィル領は小麦の産地なので、色々な小麦と、それを使った料理が有名で特にパンは人気のものが多いんです」
「それは是非一度食べてみたいものだ。ああそうだシェリル、今度是非連れて行ってくれ」
「それなら取り寄せて食べ比べしましょうか」
「それはいい!」
ダナン様が賛同される。ヴェルナー家の男子はパンで盛り上がれる。これがシェリルの教育か。
朝食が終わるとダナン様とノール様はお仕事に行かれる。ダナン様は国境の検閲所、ノール様は史書館で文書の整理。
シェリルとアリア様と三人並んでお見送りする。
「ダナン様、ノール様、お仕事行ってらっしゃいませ」
馬は早い。馬車は中々手を振るのをやめるタイミングが難しいが、馬はあっと言う間に見えなくなる。
もちろん向こうは馬の操縦で手を振る事は出来ないが、せめて見える間だけでも振り続けたいと思う。
グレイグ様は本日は国境警備隊の方は非番なので、ヴェルナー伯爵のお手伝いをされる。
ルースさまは部屋にこもり例の統括の話をラングリス子爵やお伺いしたガルニエ子爵、クロード子爵、セディック子爵達と手紙のやりとりをされているらしい。
シェリルと積もる話をした。積もりに積もっている為、掘り起こしてもう掘り起こす価値がなさそうなものまで掘り起こした。
例えばシェリルとルースさまがチャンバラをしている時に私は囚われの姫役で、シェリルに助けられた話とか、花で作った冠をルースさまに渡して頭に被せて欲しかったのにシェリルが欲しがって結局シェリルにあげた話だとか。
「そう言えば、ルース兄さまの前で固まるの平気になったの?」
「うん、ルースさまにも出来ない事があるって分かったら大丈夫になった」
その後、シェリルは花嫁修行を始めた。立ち居振る舞い、座っている時の姿勢、ダンス、伯爵家の歴史、ヴェルナー領の地理、特産品、配下の子爵と各家の役割など多岐に渡るようだ。
もちろん歴史を知ると言う事は外に出せない秘密もあるはずで、それはシェリルはグレイグ様と結ばれる事が期待されている事を意味する。
私はお屋敷のどこへも行ってよいと許可を与えられたのでお屋敷を探索した。まず尖塔に登って見た。
遠くまで眺める事が出来る。バルト家の方角を見てみると、小高い丘の上にバルト様のお屋敷が建っているのが見えた。
そして反対側を見ると遠くに湖があり、その先に塀が連なっている。もしかしてあそこが国境なのかも。
砦のようなものが見えるが、それがダナン様がいらっしゃる検閲所かも知れない。
ふと変な建物を見つけた。屋根が渦を巻いた貝のようになっている。
後で誰かに聞いてみよう。そう思って尖塔を降りた。その後お屋敷に司書室があるのを見つけた。
専門の史書館には叶わないが、何かステキなものがあるかと中に入った。
長い歴史の中で小さな国同士が争い、少しづつ国が大きくなった。それを繰り返し今の王国が出来ている。
その歴史の中で、伯爵も自領の事だけではなく他領の事についても情報を収集する必要があった。
これは全てラングリス家、メルヴィル家の欲しい情報。多分ルースさまは司書室への立ち入りは禁止されているはず。
私だから甘く見られ立ち入りを許可された。
伯爵家のお屋敷は広い。聖堂まであって女神様がいらっしゃる。手を組みお祈りする。
女神様、お守りください。
それから階段の踊り場には大きな絵が掛けてあり、多分何代か前のヴェルナー伯爵の雄姿なのだろう。馬に乗りマントをはためかせている。
遠くに見える山々は尖塔から見た山々と同じだ。暗く描かれているのは敵が悪いものの象徴のようにしたかったのかも知れない。
その証拠に手前には光の筋が天から降り注いでいる。
庭に出ると園になっており、バラが育てられている。東屋はきっとお茶を飲む所だわ、そう思って来たけれど一人だとつまらない。
ようやくお昼の鐘が鳴って、シェリルもアリア様もどこからともなく出て来て庭の東屋に集まった。
シェリルの事ばかり気にしていたけれど、アリア様は何をしていらっしゃるのかしら。
執事も示し合わせたように現れティーセットを用意してくれる。
シェリルとアリア様のプレイスマットは私がプレゼントしたもの。ティーポットカバーはルースさまがプレゼントしたもの。
早速使っていただいて嬉しい。
「シェリル、花嫁修行は大変?」
「ううん、ちっとも。初めての事がたくさんあって戸惑う事もあるけれど、皆がやっている事だもの」
そう、皆がやっている事なら自分でも出来る。シェリルはそうやって頑張るタイプだ。
「エミリーちゃんは屋敷を冒険してみた?」
「はい、尖塔に登ってみました。もしかして湖のそばの国境にあるのがダナン様のいらっしゃる検閲所ですか?」
「そう、よく分かったわね。ダナンは真面目な性格だから毎日の繰り返しから不正を探すのが向いてるのよね」
確かにそんな印象は受ける。
「ダナン様、ステキですね。それはそうと、屋根が巻貝のようになっている建物があったのですがそこはなんですか?」
「女神様がいらっしゃるところよ」
シェリルが言う。ピンと来た。シェリルの手紙にあった、ノール様が働いている史書館。そこで居眠りしていたノール様を女神様のフリをして起こしたんだった。
「史書館ね。シェリル、女神様を騙るとそのうち罰が当たるわよ」
「ふふふ、エミリーちゃんはシェリルには厳しいのね」
それから女だけの話は盛り上がった。シェリルから聞いていた、グリス・ヴェルナー伯爵とアリア様のお話。
初めてお会いした時の事。事情があって一度お別れになった事。女神様に祈り続け、裏から工作をし、再び会えた事。きゃっきゃうふふした話。
ん?
「裏工作ってなんですか?」
「女神様はね、皆の事を見守ってくださるけれど、誰かを贔屓したりしないの。だから、何かを欲する時には自分で努力しないと行けないのよ」
ちょうど統括子爵を欲するルースさまが各子爵に根回しをしているようなものだ。
そんな話をしていると、ルースさまがおいでになった。テーブルに付いて少しお茶を飲んでから史書館に出掛けたいととおっしゃる。
何かあると思った。ホークが何かの手紙を持ってきたのか、史書館で誰かと会うのか。
ルースさまの表情からは何も読み取れないけれど、それが逆に何かを隠している事を意味する。
ルースさまと二人だけでお話したい。
どちらかの部屋で話せればいいのだけど、さすが伯爵家、人が多くて見つからずに出入りするなんて出来ない。
「ルースさま、史書館においでになるなら、私も手紙を出したいので書くまで待ってください」
「分かった」
ルースさまはこう言う時に本当に鋭い。いつもの私であれば夜のうちに手紙を用意する。それなのに今書くとなると何か話したいが話せない事情があると理解してらっしゃるのだ。
一枚はお父さまに、もう一枚はルースさまに手紙を書いた。司書室で仕入れた情報をルースさまに。
夕方、ルースさまは史書館へ寄ったついでに便箋を買って来て下さった。バラが練り込んであるのか、全体的にピンク色でバラの香りがする。
「ステキなものをありがとうございます」
ただ便箋を買いに行ったはずはないと思い自室に戻ると便箋を丁寧に開いた。中に手紙が添えられていた。
セディック子爵の裏切り、そして策謀。時間がないとの事でルースさまはすぐに帰るとあった。
メルヴィル家の事を考えると私も帰らなくてはいけない。
ラングリス家、メルヴィル家にとって大事な時。一日、一時間がとても貴重だとは理解出来るものの、この旅でルースさまともう少し仲良くなりたかった。
ううん、これ以上を望むのは女神様に罰を受けてしまう。
その晩、皆が揃ったディナーの席でルースさまが口火を切られる。
「ヴェルナー伯爵、連日のもてなし大変感謝しています」
ダナン様とノール様とのデート、ちょっと楽しみだったな。
「所用にて明日の早朝我が領へ戻らなくてはならなくなりました」
「そうか、まだ爵位を継いでないとは言え、忙しいものだな」
ヴェルナー伯爵は引き留めはしなかった。
「ルース兄さま、エミリーはまだいいんでしょ?」
「どうしていいと思う?」
「だってエミリーはお兄さまと関係ないじゃない」
「エミリー、どうする?」
「ルースさまがお帰りになるなら、もちろん一緒に戻ります」
ルースさまは無言で頷いた。
「エミリーったら、ルース兄さまのわがままなんて聞く必要ないのよ」
そうではないのよシェリル。これは私が決めた事。けれどそれは口にはしない。
「ヴェルナー伯爵、アリア様、引き続きシェリルをお願いします」
「もう少しゆっくり出来ると思ったのに、あなたの騎士はせっかちね」
アリア様は少し残念そうにそう言った。私ももう少しアリア様と一緒にいたかった。
「はい」
こうしてヴェルナー伯爵家での滞在は二日あまりとなった。
手紙でおおよその事情は理解しているものの、細かい話を移動しながら打ち合わせする為ルースさまの馬を馬車に繋いで一緒に乗った。
「アルドワーズ伯爵はそろそろ子息に爵位を譲る気だ。もちろん子爵もそれに合わせて代替わりする」
「ラングリス家も、ですね」
「ああ、その披露があと五日後に迫っている。セディック子爵の差し金だ。しかもセディックも統括として名乗りを上げた」
「なるほど、ではあと五日の間に例の三子爵を説得しないといけませんね」
「まさか。手紙を出したいと言ったのがそれか」
「ええ、統括の配下は多い方がいいですからね」
「さすがだエミリー。私の予想の更に先を行く。二年後が楽しみだな」
「結局政治の話なのですか?」
頬を膨らませた。
結局ルースさまは私が素直に言う事を聞くから都合がよいように使っているだけなのだ。
「違う、恋の話だ。今メルヴィル家を継ぐならエミリーしかいない。だが二年経てばアルヴィスも十四になる。そうしたらメルヴィル家をアルヴィスに継がせ私と一緒になろう」
エミリーは石化した。
アルドワーズ伯爵の継承の披露パーティ。
前伯爵の引き継ぎの挨拶と、新伯爵のこれからの未来の話。
各子爵も代替わりし新体制での出発となる。
もちろん、後継者が育っていないなどの理由により現状を維持する子爵もいるが、新伯爵が力関係を嫌い疎遠になってしまう。
統括子爵八人が壇上に並ぶ。いずれも若い領主だ。
端から順に子爵家名と配下の子爵名を述べる。
そしてルースの番。
「ルース・ラングリスです。ラングリス子爵団の統括を務めさせていただきます。我々はラングリス、メルヴィル、ガルニエ、クロード、ベルフォード、モントレー、アルノーの七子爵、団結しアルドワーズ伯爵に付いて参ります」
会場がざわつく。他は五子爵がほとんどなのに、ラングリス家だけ明らかに多い。
その時、ルースの後ろに控えていたエミリーがすっとルースの横に並んだ。
「エミリー・メルヴィルです。メルヴィル家はラングリス家の補佐として七子爵の団結をより強固なものといたしましょう」
私は守られるだけの令嬢ではない。ルースさまの横に立ち、共に戦う令嬢だ。
完
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『間違いで求婚された令嬢は三人の夫に嫁ぐ』と同舞台のお話です。
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