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64歩 わたしの責任

「殺られた!」

「なんだこいつ!?」

「どこの組織のもんだ!」

「いいから殺っちまえ!」


当然そうなるよね。いかついおじさんたちが武器を手にわたしと女の子を囲んでる。


「やってみれば?」


女の子が腰帯に手をかざした次の瞬間。いかついおじさんの一人の喉元に黒い刃が突き刺さった。くないと呼ばれる変わった形のスローイングナイフ。深く突き刺さる致命傷だった。


女の子の変化に背筋がぞくりとする。

さっきまでとまとっている空気が全然違う。わたしと戦っているときは楽しいという感情を感じるくらいだった。

わたしとの戦いでは手甲剣も暗器も使っていなかったし。


だけどいまは暗い影がまとわりつくように、静かだけど黒く燃えるような激情を感じる。まるで人が変わってしまったみたい。


「ちょっ……と待って!」


それなりに鋭い小剣の攻撃に大振りな棍棒の一撃をヒョヒョイとかわしながら女の子に声をかける。


「なにを?」


わたしの制止の声を気にすることなく3人目も4人目も容赦なく致命傷を与えてる。残りは4人。


「なんで殺す……の!?」


一瞬で仲間が4人も殺されたことに驚きながらもいかついおじさんたちは続けて攻撃してくる。実力差がはっきりしてるのが分からないの? 戦わないで逃げればいいのに。

騒ぎを聞きつけたほかの人族が部屋に入ろうとしている。寝ていた人族や1階にいた人族たちだ。


「暗殺」


また2人。手甲剣の鋭い一撃で命を失った人族が床に倒れた。天井の瓦礫と倒れたおじさんで徐々に足の踏み場がなくなっていく。当然、戦いづらくて攻撃も回避も困難が増す。


「聞……いたけど!」


狭い空間と行き場のない足場のせいで攻撃をもらってしまいそう。逃げるためにはこの部屋の扉を塞ぐ人族が邪魔。しょうがないから攻撃するしかない。急所への当て身で気絶をさせた。


わたしが倒したばかりの、床に昏倒しているいかついおじさんの首に手甲剣を突き立てる女の子。

ええ!? そこまでするの!?

つまりこの建物にいる全員が標的ってことだ。

口封じかもしれない。


どの攻撃も迷いがない必殺の一撃。わたしと戦ったときに見せた美しいくらいに流麗な体術を目にして息を呑んでしまうけど女の子の舞うような剣閃が深い影をまとってる。


この子は間違いなく暗殺者。

人を殺すことに長けている。

わたしにはできなかった殺人を平然とやってのける女の子。この子はどんな思いでいるんだろう。わたしと同じように心になにかを誓ってる? 想像しても分からない。

感じるのは昏い感情。


暗殺は仕事だ。


わたしも一度は暗殺者として生きる覚悟をした。

わたしの果たしたい誓いのために。いまでもその覚悟はある。

だからきっと必要であればターゲットだけは殺せる。


だけど。いかついおじさんたちが何者か知らない。悪いことをしていると思うけどそれは勝手な決めつけ。

きっと女の子にはなにか任務があって暗殺者としてこの場にいるんだと思う。


もうわたしが攻撃をする必要なんてない。続けて絶命する仲間たちを見て戦意を喪失するいかついおじさんに容赦のない致命傷を与えてる。逃げようとして背中を見せても。


目の前で次々と人族が死んでいく光景に心がザワザワと音を立てていた。

暗殺を止めたい?

わたしに止める権利なんてあるか分からない。わたしだって任務だったら同じことをしている。事情も知らずに女の子の行動に文句を言うのも違う気がする。

わたしはどうしたらいいか分からないよ。


一つだけ言えることがある。暗殺を見ているだけのわたしも同罪だ。


部屋と廊下に残っていたいかついおじさんたちの命が失われていく。

残されたのはわたしと女の子だけ。

女の子が人数を確認しながらくないを拾い上げてはこびりついた血を拭ってる。証拠を残さないのは基本的な行動。


「あと一人……下にいるな」


女の子の言う通り。1階にもう一人の気配を感じる。最初に狼の耳(ウルブスサーチ)で確認した通りの人数。

移動する女の子の後ろをついていってしまった。静かに階段を降りてゆく。なんでかは自分でも分からない。わたしと違う女の子を最後まで見届けたかったのかもしれない。


1階のとある部屋に入った。たくさんの箱が積まれた倉庫の奥に人族の気配がする。たった一人で隠れている。きっと見つからないつもりで逃げた先がここなんだ。


女の子の視線の先に。わたしたちとそう歳の変わらない男の子が全身を震わせて突っ立っていた。

赤い髪の男の子。

青ざめた顔で視線が右に左にと移動している。どこにもない逃げ場を探していた。

この男の子が2階にいたのを覚えてる。あの惨状に恐ろしくなってここに逃げてきたのは間違いない。


女の子が腰帯に手をかざしてる。くないを投擲するつもりだ。


ダメ! ダメだよ!


考えるよりも前に。女の子と男の子の間に割って入っていた。眉間に力が入る。なにも言葉を発することができなかったけど、フードに隠れたわたしの視線が同じくフードに隠れた女の子の瞳を射るように見据えていた。


「邪魔をするなと言った」


孤高の存在。静かに昏く佇むその姿が黒々しく感じる。

わたしの目の前にいる女の子から感じる空気。わたしとは比べ物にならないほどの覚悟。すべてがわたしと違う。


わたしはいままで……結局一人も殺すことはできていなかった。遠いあの日。あんなに辛い思いをして復讐を誓うほど強い強い思いを持っていたのに。


「邪魔」


気がついたときには女の子がわたしの隣に立って、赤髪の男の子の胸に黒い刃を突き立てようとしていた。


「ダメ!」


短い革の靴(ショートブーツ)を床に打ち鳴らして脚を蹴り上げた。シャコンと小さく音を立てて爪先から飛び出た黒い仕込みナイフが女の子の手甲剣を受け止める。


「うぐ」


かはっと漏れる声。光を失った瞳が落ちてゆく。背中を壁につけてずるずると床に落ちていた。男の子が絶命している。

女の子のもう片手の手甲剣が男の子の首を貫いていたから。


「そんな」


わたしの眼下。

ボルドと重なる姿。

頭に浮かぶあの日のこと。

ボルドが冷たい床の上で転がってる。お腹から真っ赤な血をあふれさせて。


おなかが気持ち悪い。心にいくつもの重しを乗せられたように不快だった。


「一つ言っておく。こいつらは人族のクズだ。生きている価値はない。子どもも同じだ。悪党はどこまでいっても悪党だ。放っておけばさらなる悪事を生む。だから殺す。禍根は残さない」


ルレイル先生も言っていた。

悪者は生かしたままにしていると次の被害者を出すと。

さらなる悪事。

次の被害者。

そうだ。そうなんだよ。

裏オークションの会場から古代遺跡に逃げたあのとき。隻眼の男をわたしがしっかり殺していればよかったんだ。

そうすればボルドは死なずに済んだ。


その事実。

ほんとは分かってた。分かってたのにいままでずっと、気づかないふりをしていた。

ボルドが死んでしまったのはわたしの責任。ボルドを殺したのはわたし。


それなのに誰もわたしを責めなかった。

わたしの罪を誰も裁いてくれなかった。

いっそ罵ってもらえた方がどれほどよいと思ったか。


だから。

開拓者の町ではアーヤ印の薬を求められるままに渡して、乗合馬車では薬作りに没頭するフリをしていた。

考えたくなかったから。少しでも誰かの役に立ちたかったから。


「そんな顔をするな。お前からは血の匂いがするが覚悟が足りてない。お前はこのガキに自分の母親が殺されても許すのか? 殺したい相手が平和に家族と過ごしていても悔しくはないのか? 殺せなくては大事なものを守れない」


心臓が止まる。

呼吸をするのが辛い。

見開いた瞳が閉じられない。

わたしがあの時、目にしたルプスお母様の最期。

人族に奪われるピスィカの姿。

傷ついた亡骸と妖精たちの姿のない焼け落ちる妖精郷。


途絶えていた息を静かに吸い込んでいた。


「いや……もう守れなかったのか? 守りたければ躊躇をするな。跡形もなく殺せ。世界は優しくできてない。できぬならば闇の世界から立ち去れ」


冷たい視線。軽蔑の視線。失望の感情。

わたしと格闘していたときは楽しいと感じいられるくらいに共感されていたのにまるで変わってしまってる。

重く重く沈んでいくわたしの心。

無意識にネックレスの光る石をぎゅっと握りしめていた。


「わたしは行く。お前はどうする?」


もうわたしの素性を確かめる気にもならないみたい。こんな状態のわたしを見てほんとになにも関係のない存在と思ったのかもしれない。

質問に答えられなかった。わたしの誓いがとても小さなものに感じられて視界が揺れる。

心が固くなると体も動かない。


「ちっ。仕方ない。こい」


手を引っ張られた。1階から2階へ。屋根裏部屋に続く梯子を登らされる。木板の小窓から無理矢理出されると、落ちないように狭いひさしに立たされた。そのまま誘導されて屋根の上に移動する。


「借りは返した。あとは好きにしろ」


借り? なんのこと?

女の子が屋根から屋根へと跳び渡っていく。あっという間に夜の闇に紛れていなくなってしまった。

しばらく呆然としていたわたしの足がのろのろと動く。自分で動かしていないみたいな感じ。


その後どうやって宿屋に帰ったのか覚えてない。のそのそと寝巻きに着替えてベッドに潜り込む。

なにも考えることができないままに眠りについた。


「アーヤ? いる?」


扉をノックする音にも気づかないでいた。気がつくとベッドの横にきたウテルさんがわたしのおでこと首元に手のひらを当てている。


「すごい熱じゃない。きっと旅の疲れが出たんだね。このままゆっくりと休んでること。お腹は空いてるかい? 食事は用意するからね。そうだ。アーヤが作った薬はどこだい? 飲んだ方がいいでしょ」


はっきりしない意識でウテルさんに相槌を打つ。

ベッドの横に水差しや薬袋が置かれた。


時間ばかりが過ぎてゆく。

熱が下がらないまま7日も寝込んでしまった。

いままで一度も風邪も病気もしたことがないのに。

王立学園の入学式はもうすぐなのに。

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