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65歩 楽しいという想い

「アーヤ。また誰かと歌ってるのね」


ウテルさんの小さな声が聞こえた。


通りを歩く人がまったくいなくなった真夜中。

寝巻き姿のまま銀枠の出窓に腰をかけて聖王都の夜を眺めながら歌を歌っていた。

日中は寝て、夜になると歌ってる。もう何日もこうしている。


「なにがあったか知らないけどさ。すっかりやる気なくしちまってるじゃん。あいつそこそこ具合良くなったのに王立学園にも行かないし仕事もしないし引き籠ったままでいいのかよ。俺のことを無理やり連れてきたくせに」


屋根裏にあるわたしの部屋の前でウテルさんとヒゥローが話していることには気づいてる。

扉の隙間からそっとわたしの様子を窺っているけど知らないふりをしていた。


「ヒゥロー。アーヤのおかげでちゃんと食事ができてるんだからいいじゃない」

「そりゃそうだけどさ」


七日も寝込んでいたわたしだけど熱はそれなりに下がっていた。まだ少しだけぼーっとすることがある。

そしてさらに数日が過ぎて王立学園の入学式が日程通りに行われたらしい。だけどわたしは行かなかった。そのままずるずると休んだままにしている。


「どうしてだかあたしにも教えてくれないんだよね。まあ時には悩んで立ち止まることも必要さ。しばらく好きにすればいいよ。さあ。明日も朝が早いよ。あんたも早く寝な。それにしてもどっちもいい歌声ね。どこの誰と声を合わせてるんだか」


扉の前から二人の気配が遠ざかっていく。


「わふん」

ごめんなさい。


歌うのをやめて銀枠の出窓に座ったまま扉に視線を向けて謝った。

わたしが歌をやめるともう一人の歌声も止んでいる。


「がる」

あ。歌。


もう一度夜空に向かって声を出すともう一人の歌声が聞こえてきた。

謎の声は澄んだ高い声だからきっと女の子。

とても素敵な旋律が心地いい。


歌は吟遊詩人や劇団とかで歌われるもので囚われのお姫様を救い出す王子様の物語だ。


歌い始めてから間もなくたったある晩。突然わたしの歌に合わせるように聞こえてきた謎の声。いまでは当たり前のように姿の見えない誰かと一緒に歌ってる。


お互いに知らない歌なんかもあって、そういう時はそれぞれが互いの歌を黙って聞いた。

そうすることで覚えた歌を一緒に歌う。いまでは歌える数が増えている。


聖歌を含めて辺境の城塞都市フォルテでも毎晩のように歌っていたことを思い出すと懐かしい。


ていうか。なぜか希望を抱く内容や明日へ向けて一歩を踏み出すような内容が多い。

そのせいかわたしの心がだいぶ癒されてしまっていた。

自分が単純すぎてどうかと思うけど、ずっと塞ぎ込んでいたわたしにとっては救いの歌声で。


いまもわたしの知らない喜びにあふれた歌を彼女が歌い始めてくれたから聞いている。


「がるがる?」

なんでこんなにもこの声の主はわたしの心を癒やしてくれるんだろう?


まるでわたしのことを応援してくれているような声の主に会ってみたいと思うようになっていた。


「わふん?」

ダメかな。ダメだよね?


でも会いたい。


「わふ」

近くに行ってみるだけならいいよね。


一応だけどテーブルに置いていたものをポケットに入れた。

出窓の銀枠に手をかけて屋根の上に飛び上がる。

歌声はまだ聞こえてる。

狼の耳(ウルブスサーチ)を使う必要もない。


今日は月が綺麗な夜。

隠密スキルを使いつつ屋根から屋根に飛んだ。

声の主がいる場所まではそこそこの距離があった。

わたしのいる下層の上部から上層の下部まで移動する。

高い城壁で仕切られているとはいえわたしにとっては楽勝だ。


城壁から見下ろすと三階建ての大きな建物の一室だけ明かりが灯っていた。

三階の窓から身を乗り出すくらいにしている寝巻き姿の女の子が変化のない夜のしじまを見つめて歌ってる。


あの女の子に間違いない。


「あれ? 歌い終えたのにもう聴こえてこないや。もう寝るのかな。……もうこんな時間。遅いからわたしももう寝ないと」


月に視線を向けた女の子が窓を閉めようとしている。


あ。どうしよう。声をかけないとまた明日になっちゃう。

やっぱり帰ろうかな?

だけど……明日になったらどうなるか分からないし。

人がいなくなる時は一瞬だ……。

えーい。声をかけちゃえ


わたしの金髪のサイドウルフテールがぶらりと垂れ下がる。


「え? なにこれ? 髪の毛?」


「がる」

こんばんわ。遅い時間にごめんなさい。


「がる? ……ひゃあ!?」


こっちがびっくりするくらいのとても大きな悲鳴が上がった。

ぶら下がったカタチで窓の上から顔を出しているわたしと瞳が合ったからだと思う。


「わふ!」

びっくりさせてごめんなさい! 突然ごめんなさい!


「わふ!? ……あ、あなた誰!?」


あ。いけない。このところ誰とも話していなかったしいろいろと塞ぎ込んでいたせいか狼がえりしてた。


「その……素敵な歌を教えてくれて……あり……がと」


感謝の言葉を一番に言いたかったわたしは足の甲で屋根にぶら下がったまま頭を下げた。


「その声。もしかして……君が夜の歌姫さん!」


「わふん?」

夜の歌姫? 誰が? わたし?


「えーと。なにを言ってるか分からないんだけど」


いけない。また狼語で話してた。


「ご……めん。歌姫ってアーヤのこと?」

「アーヤって名前なんだね。わたしはアミ・アミークス。みんなからはアミアミって呼ばれてるの」

「あ。アーヤはアーヤ・ルピナス。アミアミだ……ね?」


「「よろしく」」


挨拶がぴったりそろったことでにっこりと微笑み合った。


「あなたの歌ってとっても素敵な歌声なの! まるで聖王都の劇場で聞いた女優さんみたいに素敵! わたしも歌うのが好きだから迷惑かなあって思いながら歌ってみたんだけどね! そしたら一緒に歌ってくれてとってもうれしかったの! こんなにも素敵な歌姫と歌えるなんてほんと素敵!」


わたしを褒めちぎるアミアミがぴょんぴょんと飛び跳ねてる。

歳はわたしと同じくらい。ふんわりとしたボブカットの青い髪。親しげな眼差しを向ける瞳が瑠璃色に輝いていて青金石《ラピスラズリ》のよう。


陽気な雰囲気が妖精たちを思い出させる。


「あ、あり……がと。えへへ。うふふ。そんなに褒められると照れ……ちゃう」


ぶら下がったままもじもじくねくねしてた。


「それはいいんだけど。ここ三階だよ。どうやってそんなところに登ったの?」

「えと……跳んで?」

「寝巻き姿で飛んで? あはは。変なの。いつまでもそんなところで話してないで部屋に入って」

「おじゃま……します」


部屋は狭い個室だった。


「飲み物をどうぞ」


かわいい白磁のマグカップにお茶を入れてくれる。


「あ。えと……これ。食べ……る?」


ポケットに入れた包みを広げると毒々しく感じるほどの赤色をした干し果実がいくつか。


「わあ。真っ赤っか。おいしそうな干し果実だね」

「うん。ドラクルプラムだよ。召し上が……れ」

「いただきます。すご! 甘ーい!」

「いっぱい食……べて」

「うん! 座って座って!」


アミアミに誘われるままベッドに腰をかけた。

そしてお互いに少しだけ自己紹介をする。


「ふーん。フォルテってところからきたんだ。すごい遠いところだよね。習ったことはあるけど行ったことないや。わたしはこの都から出たことないしなあ」


アミアミは聖王都で暮らす貴族の三女ということだった。

わたしの訛りを気にすることなく話てくれる。


「ねえ! アーヤはもしかして劇団の人だったりするの!」

「ううん。違う……よ」

「ほんとに!? 入団試験に一発で合格するくらいに素敵だから受けてみれば!」


裏ギルドのメンバーである舌のエスクロことファイン先生にもそんなことを言われたことを思い出した。

わたしもそんなことができたらいいなって思ったことがある。

だけどそんなに簡単なことじゃないと思う。


「う……ん。でもアーヤにはやることがある……んだ」


裏ギルド<プラント>のフォルテ支部長である青のラズワルド、つまり髭のおじさんティオから指示された任務だ。

本来しないといけないことがあるのにできていない自分が情けない。


「やること? それってなんだろ?」

「……王……立学園で聖女になるためにが……んばること」


「え! わたしとおんなじだ! わたしも聖女になるためにここで暮らしてるんだよ! ここは王立学園に通う生徒が住んでる女子寮なんだから!」


「え? こ……こが?」


あまりにびっくりして部屋を見回してしまう。

一階から三階まで規則正しくいくつも並んでいた窓と一人暮らし用に造られた部屋を思うと確かにそうなんだろう。


「あれ? でもアーヤって学園で見たことないね? 新入生じゃないの?」

「う……ん。熱を出して入学式も出てない。ずっと休……んでる」


「それなのにわたしの部屋にきちゃったの?」

「熱もだ……いぶ下がったし少し元気になったから。アミアミの歌のお……かげ」


「ほんと! それなら良かったよ! そしたらもうすぐ学園にこれるんだね! わたし楽しみにしてるよ!」


「あ……でも……やっぱり行けないかも」

「なんで? 元気になったんじゃないの?」


「……その。怖い……の。アーヤがなにかすると誰かに迷惑をか……けるから」


自分で言ってることが分からない。そんなことを言っておきながら自分の勝手な気持ちでアミアミの部屋に押しかけてしまってる。

無責任なわたしはなにも変わってない。


「迷惑? そんなの当たり前じゃない。わたしだっていろんな人に迷惑をかけてお世話になってるよ」


「そ……うじゃないの。アーヤ……アーヤのせいで……大事な人がいなくなっちゃうの。そんなのはもう嫌なの。だから人のいるところに行きたくな……くて」


「でもわたしのところにきてくれたんだよね! うーん。よく分からないけど大事な人がいなくなるのは悲しいよね。だけどさ。別れがあるのは普通だよ。生きてればね。良いことだって悪いことだって一緒。アーヤはいままでに良いことなかったの?」


「良いこと……」

「そう。良いこと」

「あった……と思う」

「一回だけ?」


「ううん。いっ……ぱい」

「アーヤが人といることでその人にも良いことあった?」

「……分からない」

「アーヤと一緒にいて楽しく過ごしてくれる人がいた?」

「い……たと思う」


大森林でのこと。孤児院でのこと。長い旅のこと。聖王都でのこと。

わたしはみんなに囲まれて幸せだった。

きっとみんなもそうだと信じたい。

そうだ。信じたいんだ。


「うん。それなら良かった。アーヤはわたしと出会えてうれしい?」

「うれ……しいと思う」


「あは。良かった。わたしもうれしいよ。ねえアーヤ。わたしと一緒に学園に通おうよ。それで悲しいことも楽しいことも一緒にがんばろ」


「う……ん。ダメ。やっぱりそれはダ……メ」


赤髪の少年、そして失ってしまったボルドの顔がちらつくと心が固くなる。


「んー? そうだなあ。いきなりは無理だから。そうだ! これから毎晩ここにきてよ。それでいっぱいおしゃべりして歌を歌おうよ! もうここにきてるし毎晩歌ってたしそれならいいでしょ?」


「う……ん」


そうして。わたしはアミアミの部屋に毎晩通うことになった。

寝巻き姿のまま窓の前に二人で並んで聖王都の夜を歌う日々。

王立学園での忙しくて楽しそうな日々をアミアミから聞く毎日。

いつしか心から笑えるようになっていた。


「ふふ。アーヤ。よく笑うようになったね」

「アミアミ。アーヤ……一緒に王立学園に行……く」


満開の笑顔で喜んでくれるアミアミの手を取った。


わたしの中で燻る想いはまだなにも解決していない。

だけど、楽しいという想いが確かにわたしの中にある。

アミアミと過ごしているうちにみんなの分までわたしは生きていかないといけないんだということを思った。


きっと王立学園でなにかを見つけることができる。

復讐だけじゃないなにかを。

わたしの新しい生きる道を。


そんなことを思うわたしを暗い闇がいつまでも見つめてる。










〜第五章 聖王都 完〜

続 第六章 王立学園







作者です

続、と記させていただきましたが申し訳ありません

ここで一度休載とさせていただきます

ここまでたくさんの応援をいただき、お読みいただきありがとうございます

今後ともよろしくお願い申し上げます


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