62歩 心無草
「お……じゃまします」
真夜中よりも少し早い時間。
月夜に照らされながら屋根裏部屋へと忍び込んだ。
以前、訪れたときに床が軋んでたわむことが分かっていたから音を立てないようにしっかり隠密スキルを使っておく。
狼の耳で事前に確認してみたら1階と2階には人族が十数人はいた。
寝ているのもいれば、真夜中だっていうのにカードゲームで遊んでいるのもいる。
たくさんの箱は所狭しと積まれたまま。箱の中からは気になる匂いが変わらず漂ってる。
さっそく中身を確認してみよう。
それほど重すぎもしない木箱の一つを床に置いて蓋を開ける。箱の中にはたくさんの葉っぱが収納されていた。
「やっぱ……り。心無草。……毒草だ」
辺境の城塞都市フォルテの薬作りでは毒草の知識も教わった。毒は薬になることもあるし、薬も過ぎれば毒になるから。
とてもいい香りがするこの毒草は森にも自生している。
ルプスお母さまから絶対に口にしてはいけないと厳重注意されていた。
小ぶりな丸い葉っぱはとても可愛らしいけど、獣を誘い出す強烈な香りを放つという特徴を持っている。
この毒草のそばには決まって獣の亡骸があった。
ルプスお母さまが言うには匂いで獣をおびき寄せ、口にさせることで命を奪い、亡骸から養分を吸収するのだとか。
ある意味、弱肉強食の頂点にいる葉っぱ。
少量を摂取するだけなら死んでしまうことはない。だけど食べ始めると止まらない。狂ったように食べ続けてしまう。
もしも途中で食べるのをやめることができても問題が残る。毒が抜けるまでの間、心を無くしてしまったかのように凶暴になる。例え同じ種族でも家族でも襲ってしまう。
ルプスお母さまは食べ続けることのできない飢餓状態と中毒症状が心を狂わせてしまうのだと言っていた。
土の上に伸びている葉っぱが食べつくされても地中に少しでも根っこが残っていればまた生えてくるから厄介。
だけど獣だってバカじゃない。賢い獣や毒草の危険を身をもって知った獣は口にすることはない。
森ではそういうものだった。
「こ……んなにたくさんある」
積まれている箱を順々にふんふんふんふんと嗅いで確認したらほとんど心無草の匂いがした。
本来なら強烈な香りを放つはずだけど乾燥してるせいか匂いはそれほど強くない。だからマルキツネズミはここを住処に選び、それほど匂いに影響されることなくいられたんだと思う。
一体どこから集めてきたんだろう? もしかして……下の階にもあったりする?
確認してみたいけど階下にはいかついおじさんたちがいるからいかない。
それにしても狭い屋根裏部屋にどれだけの箱があるのか。積み重ねられた箱が壁になってまるで迷路みたいになってる。
これだけたくさんの箱があるとかなり重いと思う。だから少しでも体重をかけると床板がギシギシ言ってたわむんだよね。
それにマルキツネズミのおしっことかが床の数ヵ所にされている。これも床板が劣化する原因の一つかもしれない。
とりあえず心無草を数本だけもらっておこう。屋根裏部屋の迷路の奥の箱から取り出して包みに入れて懐にしまった。
なにかの証拠になるかもしれないし。
「帰る……かな?」
こんなにたくさんの心無草をどうするつもりかなんて想像もつかない。怒り顔のいかついおじさんたちがなにか悪いことに使うつもりなのかな?
だけど放置されてるような気もする。
だいぶ乾燥してしおれていたから。ううん。薬草は乾燥させて使うものがいっぱいある。そう考えれば不思議じゃない。
でもヒゥローとマルキツネズミの親子が住み着いてるのに気づきもしていなかったし。
それとも箱の存在自体を知らなかった? 考えてもさっぱり分からない。
屋根裏部屋の迷路から帰ることにした。隠密スキルを継続したまま床板を踏みしめていく。
「誰だお前は? ここでなにをしている?」
木板の小窓に続く最後の角を曲がろうとしたとき、驚きの声が進行方向から聞こえた。知らない女の子の声。
わたし自身も驚いてる。あまりに急なことに心臓が止まるかと思った。
驚いた理由は簡単。気配をまったく感じなかったから。
移動するたびに狼の耳を使って索敵をしてる。万一でも見つからないために隠密スキルも駆使している。
だから誰もいないと確信していたし、誰にも見つからないと思ってた。
それは向こうも同じみたい?
なにか行動をされてもいいはずなのに質問されただけで、驚きのあまり呆然としているように見えた。
きっとお互いの隠密スキルと索敵スキルが拮抗した結果、この状況が生まれたんだと思う。
つまり実力は同じくらい?
木板の小窓から差し込む月明かりを背景にしてその姿が影になっていた。だけど夜目の効くわたしの瞳にその全身が映ってる。向こうも同じくわたしの姿をしっかり捉えていると思った方がいい。
裏ギルド<プラント>で用意される暗殺用の仕事着と似たような衣装。全身黒づくめ。頭にフードをかぶっていて口元も黒い布で隠されている。頭巾は目深で目元も分かりづらい。
どう考えても密偵か暗殺者。
だけどなんとなく衣装の感じが鬼人オルコや狐人クウコが身につけていた東方の雰囲気を感じさせる。
ルレイル先生から聞いたことがある。くノ一と呼ばれる女忍者かもしれない。
「わふ? え……と。誰?」
狼語で言ってから人語に言い換えた。
「聞き返すな。こちらが先に聞いている。どこの組織のものだ」
可愛らしい声に殺気がこもった。どこの組織と聞かれるのは当然かも。わたしも仕事着だったから。だけど屋根裏部屋に跳び上がるまで顔は隠していなかった。妖精の羽の髪飾りで縛られた金髪のサイドウルフテールが揺れている。
声をかけられた時点で素早くフードで顔を隠したけどね。角を曲がろうとしたときは
曲がり切っていなかったから顔は見られていないと思う。
「んと。組……織じゃないよ? キミこそここになんの用?」
それは本当。だって個人的に気になって単独で行動してるんだもん。
「ではなぜここにいる?」
立ち上がって女の子に向き直ったわたしの質問には答えてくれないや。
小柄なわたしとそんなに身長が変わらない。同い年くらい?
どうしようかなあ? 正直に言う?
や。それはないかな。
この女の子は誰だろう? 即座に攻撃をしてこないことや着ている服装を考えると、すぐに攻撃をしてきた怒り顔のいかついおじさんとは関係がないと思われる。
「ここでなにをしている」と聞いてきたのはきっとわたしの行動に興味があるから。
てことは? ここの敵対組織かなにか? 怒り顔のいかついおじさんは「どこの組織のもんだ!」って叫んでたし。
そうじゃないとしても偵察なり調査なり暗殺なりしにきたのは間違いないよね?
質問に答えないでいたら女の子が言葉を続けた。
「そうか。答えないなら力づくで聞くことになる」
すっと戦う姿勢をとる女の子。だけど武器は持ってない。わたしと同じ暗器使いかも。
暗器と言えばルレイル先生にもらった暗器は城壁の外に隠したままだから後で回収しに行かないとだね。
「え……と。わたしはもう用が済んだから帰……りたいんだよ?」
素直に正直に言ってみた。
「お前……それでも忍びか?」
「え? 忍……びじゃないけど?」
一応わたしは元暗殺者?
いまは聖女を目指す薬師で学園に通う予定の女の子。だよね?
忍びっていう言葉が出るあたりやっぱりくノ一なんだね?
「……それでも闇に紛れて仕事をする隠密か?」
わたしのきょとんとした態度を見てわざわざ言い換えてくれた。
きっと忍びが通じてないと思ったんだね。もしかして素直な子?
「んー。まあ。う……ん。なんでそんなこと聞……くの?」
いまのわたしの行動はそっち側にしか見えないもんね。一応肯定しておいた。
「訛りがひどい。隠密なら声の特徴で分かってしまうのは避けるものだ」
……いままで気をつけたことなかった!
口元を隠すマスクの中で、びっくりするあまり口を大きく開けていた。
そっかあ。特別レッスンの暗殺教室に通い始めたころにルレイル先生にも言われたことがあったっけ。すっかり忘れてた。
きっといつまでも直らないわたしの思い入れを感じてあきらめちゃったんだろうなあ。
まあでも。仕事中に敵や誰かとしゃべることはあんまりないし……。
や。少しだけ話してた気がする。
「キ……ミは? 気をつけてるの?」
わたしが驚愕している事実にきっと気づいて呆れた素振りを見せる女の子に小首を傾げて聞いてみた。
「もちろん地声じゃない。抑揚も感情も消している」
若干、戸惑う感じを見せながらも答えてくれた。やっぱり素直な子?
「おおー」
素直に感心してしまった。
そっか。今度から声を変えてみよう。抑揚と感情はたぶんだけどいつもそんなに現れたないからだいじょぶだと思う。
訛りは……最初は修正できるけどそのうち素に戻っちゃうんだよね。なるべく気をつけよう。
「……調子が狂うな。ほんとに組織のものじゃないのか?」
「うん。一般人。だから力づくは良くないよ?」
「いまさら訛りを矯正しても遅いと思うが?」
的確な指摘に顔が赤くなってしまった。
……わふん。
そうだね。恥ずかしい。
「まあいい。体に聞けば分かること。痛い思いをする前にさっさと話せ」
わあ。戦わないで済むかなあと思ったけどダメみたい。しょうがないなあ。
戦闘体勢をとる女の子は確かな殺気を放ってる。
わたしだってただやられるわけにはいかない。
いざ戦うとなると急に恐怖心が湧いてくる。
ダメだなあ。怖いと思ってしまう心が全然変わってない。
女の子と向き合ってにらみ合うことしばらく。無言が続く。
あれ? なんだろ?
殺気の中に混じって変な感情を感じるかも?
抑揚も感情も消すって言ってたくらいだから分かりづらいよ?
ふと気づく。木板の小窓から夜でも舞う綺麗な蛾がひらひらと入ってきた。けっこうおっきい。
だけど視線は女の子の瞳から離さない。
最初の一撃。初動が肝心だから。
「あ」
うっかり声を出してしまった。
「なに?」
わたしの間抜けな声を聞いて女の子がいぶかしそうにして小首を傾げてる。
「そ……れ」
指差した。フードに隠れた女の子のおでこのあたりを。
女の子は微動だにしないで視線だけ指を差す方に動かしてる。
「……ひゃあ!?」
フードにとまって羽をひらひら動かしているおっきな蛾に気がついて悲鳴を上げつつ手をぶんぶんぶんぶんしてる。
ひらひら飛んでる蛾はその攻撃に当たることなく月の下へと舞って行った。
胸に手を当ててはあはあと息を立ててる。
見るからに心臓がドキドキばっくんばっくんしてそう。
とってもびっくり。すっごい気持ちがよく分かる。
逆の立場だったらおんなじことしてそう。
わたしと似たような女の子だね?
可愛いと思ってうっかり和んでしまった。
そんなわたしの様子を見てなのか。暗い中でも分かるくらいにフードから少しだけ見える肌が赤くなっている。
「わ、わわわ、笑うな!」
や。笑ってないよ?
「問答無用」
恥ずかしさで体をくねらせていた女の子。
打って変わって感情を抑揚した冷静な表情と声。
戦う姿勢で向かってきた。切り替えが早い。
結局、戦うんだね?




