61歩 仲直り
椅子に座る4人が長椅子に寝ている2人が起きるのを目の前で待っている。
獣のしっぽが持ち手になってる木彫りのマグカップ4客に水差しから水を注いだ。なみなみになったマグカップを一人ひとりに手渡していく。
「ありがとう」
それぞれから御礼の言葉をもらった。
クハシュさんの一撃で昏倒している酔っ払い2人とは違ってこの4人はほろ酔いくらいみたいだった。少し時間も経ってるし少しは酔いが覚めたかな?
「お兄さんたちは冒……険者?」
鎧こそ身につけてはいないけど。それぞれ鍛えられた体をしているし、顔や腕に傷があったりする。寝ている2人は短槍と長剣を手にしていたけど、この4人は丸腰だった。
「ああ。6人でパーティーを組んでる<蝉土竜>って言うんだ」
「みんなからはせみもぐらって言われるけどな」
「俺たちは一度迷宮探索に潜ると長いしなあ」
「ふーん。す……ごい武器なんて持ってるもん……ね?」
短槍と長剣の装飾はもちろん。鍛えられた刃の紋様が醸し出す雰囲気が安物に見えなかった。裏ギルドの支部に置かれていた業物と言われる武器を思い出す。
「そう見えるか?」
「そこそこの業物だからな」
「今日は探索前の前打ち上げでさ。鍛冶屋で調整してもらっていたものを回収してきた帰りだったんだよ」
「一度、部屋に戻って置いてきた方がいいって言ったのにこいつらがめんどくさがってさ」
ウテルさんに2人を面倒見ろと言われたし、少し興味が湧いたから話をしてみよう。椅子にちょこんと腰掛けて前屈みで話を聞いてみる。
「ふーん。迷宮ってそんなのあるの?」
「おとぎ話とかで聞いたことあるだろ? 子どものころによく聞く英雄譚とかさ?」
セーリオに読み聞かせをしてもらった絵本にもそういうのが何冊もあった。だけどそれは絵本だよね。
「う……ん。でも、お話だよ?」
「あんまり知らないか? 実際にあった昔の出来事が神話になって子ども向けの話になってることもあるぞ」
「そうそう。神話に出てくるような古代に創造された遺跡を探索するんだよ。まるで神の手で造られたような建造物に遺物がわんさとあるんだ。お宝やレアな素材があればかなりの大金が手に入ることもあるんだぜ」
そっちの話はあんまり聞いたことがないかも。暗殺とか隠密とか薬草作りとかそんなのばっかりだったし。
ライみたいにお姫様に憧れるようなお話はわたしもドキドキしながら聞いてたけど冒険とか英雄みたいなお話に興味を持つことはあまりなかった。レフたち男の子は好きそうだったけど。
それにヴァイゼ孤児院では日々のことが忙しくて自分たちの将来のためになることを優先して暮らしていたから当然かも。
わたしだけ?
「そ……うなんだ。知らなかった。お宝とか素材ってどうやって見つける……の?」
辺境の城塞都市フォルテの地下深くにある古代遺跡になら行ったことあるけど。確かに立派な建築物だった。天井には不思議な幾何学模様とかあったし。
探せばお宝とかあったのかな?
でもそれは言わない。
ファイン先生、詐欺師である舌のエスクロに教わった話術を忘れてないから。
お酒の席のさしすせそは基本中の基本。
いまそれをする必要はないけどせっかくだから練習してみようなんて思ってた。
開拓者の町でしたときみたいに。
「ああ。俺たち、迷宮探索と迷宮に巣食う魔獣や魔物狩りを生業にしてるんだよ」
「ここを拠点にして何ヶ所かの迷宮に行くのさ」
「探索したお宝や魔獣の素材をこの都で売り捌くってわけ」
「具体的な手段は俺たちだけの秘密だけどな」
得意そうに言ってる。ここは褒めるところだね。
だけど魔獣という言葉に抵抗を感じる。森で出会う怪物は確かに凶暴で危険。だけど狼と同じ獣のはず。だからいままでも獣ということはあっても魔獣と考えたことはない。そもそも魔獣ってなんだろ? そういえばちゃんと知らないかも? それに魔物なんて言葉も出た。
「危険な魔……獣を倒すなんてすごい。魔獣と魔物って違う……の?」
「あれ? そんな話も聞いたことないか? ここで働くならそれくらい知っておいた方がいいぞ?」
「アーヤ。孤……児院で育ったからかな? 教えて?」
小首を傾げて。目線を上にして。人差し指を成長中の牙に添えて聞いてみた。ヴィペラママに教わった女の子のかわいい仕草を披露してみる。ほんのちょっとだけ。本気のヴィペラママみたいのはまた今度にしておこう。
「そうなのか。魔獣ってのは獣から進化した種族と言われてる。魔物は魔力を取り込んだ存在で獣や植物に無機物とかいろんなのがいるな。こいつらは種というよりも自然発生するものと言われてる」
「魔獣は生物として暮らしてるけど魔物って生態系とは関係ないよな」
「どっちにしろ俺たちは負けなしだ。どんな奴でも倒して素材にしてやるさ」
むう。ポーズはあんまり効いてないかも。やっぱりお子さまだからかな?
どんな奴でもか。森にいる巨大で凶暴な怪物たちも倒せるのかな?
細長翼蛇とかタコ蜘蛛とか鮫ウナギとか。とてもそうは見えないけど。
「さすが歴戦の冒……険者だね。物知りってすご……い」
小さく手を叩いて椅子に座ったまま体を小さく跳ねさせる。
ヴィペラママが同じことをすると立派なお胸がたゆんたゆんに揺れてお客さんの目を釘付けにしていたっけ。
なんで男の人はあんなに鼻の下を伸ばすんだろう?
わたしもルプスお母さまに抱きついてるととても安心はしたものだけど。
「まあな」
「歴戦だなんてそんなことあるけどな」
「俺たちまだ20歳前後の男ばっかりだし」
「だな。久しぶりに綺麗どころがいるいい場所でハメも外したくなるよなあ」
素直に喜んでるね? 褒めすぎたかな?
綺麗な女のいる場所ね。ヴィペラママの高級クラブ<クラウン>みたいな場所でしょ?
もしかしてわたしの演技を見て連想しちゃってたりして。
わたしも将来は夜の蝶々として働けるかも?
や。聖女になるならそれはダメかもしんない。
「おい。そんなこと小さい女の子の前で言うもんじゃないだろ」
「ごめん。つい」
「まあ気持ちは分かるけどな」
「時にはひと月以上も潜ってるときもあるからなあ」
ひと月。ごはんとかどうするんだろう?
こうやって聞いてみるといろんな疑問が湧いてくる。
「持ってく荷物だって多いよね? 迷子になったりしないの?」
「ああ。普通、荷物は分担して担いでくけどな。運搬屋なんて変わった職業をしてる奴もいるんだ」
「荷物を運ぶだけじゃなくて迷宮の案内に食事管理もしてくれたりする」
「大規模な探索隊なんかになると数十人がかりってこともあるぞ」
「俺たち<蝉土竜>は自分たちで解決してるけどな」
「冒険者ってす……ごいね。アーヤもなれるかな?」
なりたいと思ったわけじゃない。でもこういう人たちのお話を聞いてるとうっかりそんな未来も想像してしまう。それは自然なことだよね?
「いやあ。どうだろなあ。アーヤちゃんみたいに小さい女の子が迷宮入りするとしたら治癒師か魔法使いあたりか?」
「罠の解除や鍵開けをする鍵士や偵察をまかされる斥候なんかもいいかもしれないな」
「それだと戦うこともあるだろ。危ないって」
うーん。真面目に考えてくれてるなあ。
ちらっと聞いただけでもいろんな職業が登場する。旅の護衛をする冒険者パーティー<旅鴉>はタイプの違う戦士が3人に弓術士が一人だった。
この6人もきっと役割分担がしっかりしてるんだろうなあ。
「う、ううん」
「いててて」
あ。寝てる2人が気がついた。テーブルに置いたままの水差しからマグカップに水を注いで起き上がる2人に手渡す。
「ありがとう」
2人ともゴクゴクと一気に飲み干してる。
「えーと。俺たちは……」
「あ! ウテルさんは大丈夫か!?」
「大丈夫だよ。クハシュさんに感謝しろよ」
「まったく。お前らのせいで肩身が狭くなっちまったろ」
「絶対、出禁にされる……」
「いや。すまん」
「こいつが悪いんだ。意地ばかり張りやがって!」
「なんだと!? 元はと言えばお前が!」
木彫りのマグカップを床に放り出してつかみかかる2人。
床に落ちる前にしっかりキャッチした。
持ち手になってる獣のしっぽが折れちゃうからやめてほしい。
1人だけわたしの行動に気が付いて拍手をしてくれてる。
ちょと恥ずかしい。
わふん。
「お前らやめろって!」
止めようとする1人の声が完全に無視されてる。
「あ……の。まだ喧嘩するの?」
殴りかかりそうになってる2人のすぐ真横に立った。手を胸の前で組んで2人を交互に見つめてみる。
「あ。いや」
「そんなことはないが……」
2人の振り上げられた拳がお互いの顔の横で止まってる。
「迷宮で活躍する最高にかっこいい冒……険者なんでしょ? お話を聞いてとってもす……ごいと思ったよ? アーヤもお……兄さんたちみたいになれるか……な?」
ちょと困り顔のような泣きそうな顔をして聞いてみる。
「ほら。こんな女の子の前でもうやめろって」
「アーヤちゃんみたいに冒険者に憧れる子だっているんだから」
「カッコ悪いことはもうやめにしないか?」
「お前ら、この子を泣かしてまで続けるのか?」
4人もいいかげんにして欲しそう。さすがに疲れ切った表情をしていた。
「う。そ、それもそうだな」
「悪かった」
お互いの襟首を離して拳を下げた。
だけどその表情には心から納得したような感情はない。
簡単に言うけど心の中じゃそんなこと思ってないよね?
わたしがちょっと言ったくらいじゃどうにもならないけど、少しくらいは考えるきっかけになってほしい。
ということは? もうひと押ししたいかも。
「喧……嘩したまま迷宮に潜ったら危ないよね? そしたら死んじゃうよね? だから仲直りしてくれる? もう二度と喧嘩しない? アーヤ。せっかく知……り合いになった人たちがいなくなっちゃうのはやだよ。またお店にきてほ……しい」
お兄さん2人の手を力を込めてぎゅっとつかんだ。
そうだよ。死んだら会えないんだよ。わたしはその気持ちがよく分かる。
だから手に力が自然とこもる。わたしの瞳に悲しみの色が浮かんでいく。ほんとのわたしの気持ち。
「そうだな。お嬢さんの言う通りだ」
「ああ。俺たちは大事な仲間だからな」
「酒が入っていないときにしっかり話し合うよ」
「ありがとな」
「よ……かった。ウテルさんとクハシュさんに出禁にしないでってお……願いするね」
見上げて笑顔で聞いてみた。
そしてわたしがつかんでいる二人の手を引き合わせた。
「そいつはありがたい!」
「もう二度と騒ぎを起こさないことを約束するよ」
仲直りの握手をして見せる2人と見守る4人に花が咲くほど満開の笑顔を送った。
「わふん!」
仲直りができることはとってもうれしいこと。わたしもルプスお母さまやトゥリックにピスィカと喧嘩をする度に仲直りをした思い出がある。
だけどもう。喧嘩も仲直りもできない。
そう思うとこの人たちがとってもうらやましい。
「わふん?」
「うんって言ったのか?」
こくこくと頷いた。気持ちがこもってたせいかうっかりしてた。
「可愛いか」
「なあおい。<はらぺこけだま亭>にきたくなる理由が増えたぞ」
「ほんとだな。アーヤちゃん。これからもよろしく」
「なにか困ったことがあったら俺たちに相談してくれ」
「必ず力になるよ」
「え? えへへ。アーヤ待ってるね」
可愛いと言われてしまうと照れちゃう。わたしを理由にしてもらえることもうれしく思ってしまってもじもじしちゃう。
褒められるのはうれしい。
「お前ら。冒険者ギルドにはしっかり報告しとくからな」
厨房でお片付けをするクハシュさんの一言が聞こえた。
ウテルさんも苦笑いしてる。
わたしの様子を見て和んでいた6人が凍りついてた。
こってり怒られたりするのかな?
悪いことをした子どもは叱られるものだよね?
「みんながんばってね?」
泣きそうな6人に応援をしとく。
そんなこんなで帰って行った冒険者パーティー<蝉土竜>を見送った後、ヒゥローと一緒に食堂の片付けを手伝ってから自分の部屋に戻った。
ヒゥローは別の屋根裏部屋に寝泊まりすることになったらしい。
自分の部屋に戻ったわたしは暗殺のときにも身につける仕事着に着替えた。
さてと。
ずっと気になっていた危険な香りの正体を確認しに行こうかな?




