57歩 屋根裏部屋
「ちょっといい……かな?」
開いてる木板の小窓から顔だけ覗き込んで男の子に声をかけた。
「うわ! な、なんだお前!? わっ!? 痛ったー!」
暗い屋根裏部屋の中。わたしよりも少し幼いくらいの男の子がビヨンと勢いよく飛び上がった。低めの天井に頭をぶつけてる。
そんなに驚かなくもいいのに。
「だ……いじょぶ?」
「くう。大丈夫じゃない!」
ん? とっても痛そうなのに小声で我慢してる?
さっきもいまも大声をあげても良さそうなくらいの反応なのに。
「誰だよお前」
涙目で睨まれた。
「きーきぃー」
頭を押さえる男の子の足元で小さめの獣が心配そうに見上げてる。
丸っこいネズミの体にキツネが足された感じが想像通り。目標の匂いがするからポテアという名のマルキツネズミに間違いない。
ほかにも匂いの元がいくつかあるような?
それになによりとても気になる匂いがする。
「アーヤ。キミ……は?」
わたしも小声で話した。きっとなにか理由があるんだよね。
「俺か? 俺はヒゥロー。アーヤ。こんなとこまできてなんの用だよ」
痛そうに頭をさすってる。手入れがされていない鳶色の髪は割りと長めでボサボサ。よく見るとヴァイゼ孤児院と同じと思われる制服もだいぶ薄汚れてる。
「そ……の子。ポテアを探しにきた。飼……い主が探してる」
「ポテア? ああ。こいつの名前か。そうかお前やっぱり飼い主がいるんだな。それならこいつらも連れてけ」
「こいつら?」
「見ろよ」
ヒゥローが指差すその先にいるのは……。
「う……わあ。可愛い!」
あったかそうなボロ布が敷き詰められた網かごの中にマルキツネズミのお母さんが寝転がってる。それと、どったんばったんと元気に遊び始めた赤ちゃんが2匹もいる。
生まれてからそんなに経ってはいなさそうで、音は静かなもの。
わたしが現れた瞬間は隠れてた?
警戒心解くの早くない?
ポテアは男の子でお父さんということなんだね。赤ちゃんが産まれたから10日も前から家出をしていたわけだ。
「おいお前ら。これで腹いっぱい食えるぞ。喜べよな」
「きききー」
マルキツネズミのポテアがヒゥローの言葉にしっかり返事をしてる。お互い意味は通じてないけどとっても仲がいいみたい。
「い……いの? 家族じゃないの?」
「家族なもんか。快適に過ごしてたのにしばらく前から住み着いてさ。俺の家が狭くなって困ってたとこだ」
「俺の家って言……うけど違うよね? 人の家の倉……庫?」
人が住むには天井が低い。わたしみたいな子どもがぎりぎり立てるくらい。
ヒゥローが寝床にしていると思われるボロ布。
それにたくさんの箱が所狭しと積まれている。手近に見える箱のいくつかに獣の爪でかいたような引っかき傷があった。
わたしが気になる匂いの元はこの箱の中からしている。
この匂いって……。
「そうだよ。勝手に居候してて悪いか」
やっぱり。バツが悪そうに目をそらしてる。
「アーヤは知……らない。見つかったら追い出され……る?」
どういう事情かは分からない。わたしがどうこう言う筋合いはないと思う。だけどここに居続けられるとも思えない。
「そりゃあな。でもいままでずっとうまいことやってきたからな。どうしてもダメならほかに行くだけさ」
「そ……の制服。ヴァイゼ孤児院の子だよね? 帰らない……の?」
「え。お前って孤児院の関係者か!? もしかして俺を連れ戻しにきたのか!?」
今度こそほんとに驚いてる。小声じゃなくなってかなりおっきな声で後退りをしている。捕まりたくないとばかりに。
「違……うよ。静かにしていた方がいいんだよね?」
「え。ああ。じゃあなんで孤児院のこと知ってるんだよ。普通は知らないだろ」
違うという言葉に素直に安心してるみたい。わたしも子どもだし落ち着いて考えれば違うと分かるよね?
「アーヤはフォルテの孤児院を卒……院して聖王都フェリシタルに引っ越してきたの。だからここの孤児院は知……らないし行ったこともない」
今後も行くつもりはない。ここの孤児院の人たちは知らないし、卒院者が他所の孤児院に訪問する必要はないと言われてるから。
「へ、へえ。死なずに卒院できてよかったな。俺はもうあんなところに帰るつもりはないんだ」
心底嫌そうな顔をしてる。まるで怖い思いをして怯えるように。
「死……なずに? どういうこと?」
「お前んとことは違うかもしれないけどな。俺のいた孤児院は子どもが急にいなくなることがあるんだよ。いい就職先が見つかったとか。貴族の養子になったとか。誰も最後に会ったことがないんだ。もちろん普通に卒院するやつもいるけどさ。だけど急にいなくなるそいつらのほとんどは特別レッスンを受けてるんだ。どう考えてもおかしいだろ!」
ああ。そうか。ヴァイゼ孤児院と裏ギルド<プラント>の関係を知らずに疑いを持つとそうなるんだ。
セーリオもわたしが知らない間にいなくなってしまった。行先は秘密で誰も知らない。死んでしまったボルドは貴族に見込まれて騎士の道を進んだことになってる。
フォルテの子どもたちは疑うことなく純粋に憧れと尊敬の眼差しをしていた。わたしも裏ギルド<プラント>の存在を知る前はそう思っていた。
待って。そしたらセーリオは?
いままでずっと疑うことなく、セーリオが生きてどこかでがんばってると思ってた。だから聞くこともなかった。
もしかしてボルドみたいに……。
そう思うと怖い。背筋がゾクッとする。
死んでいて欲しくない。いつか再会したいとずっと思ってる。
「もしかして心当たりあるのか? フォルテもそうなんだな!」
木板の小窓越しに肩をつかまれて揺さぶられた。あんまり揺らされると落ちる。
足場のひさしは狭いから。
「ううん。そ……んなことはない」
そうとしか言えなかった。少なくともわたしとボルドは自分が死ぬかもしれないことをちゃんと納得していた。ルレイル先生たちもそれは同じ。
だけどヒゥローからしたらそんなこと分からないわけで。怯えるヒゥローになんて言えばいいかも分からない。
だけどこんなところで子どもが一人でいるのもいいとは思えない。
「え……と。フォルテの孤児院の子たちも急に卒……院することがあったよ。最後にお別れできないこともあった……よ」
「やっぱりか! もしかして奴隷商とかに売られたりとかしてるんだろ!」
それは絶対にない。奴隷商は敵だったし。だけどそんなこと話せない。
「アーヤも突……然だったよ。だけどみんなとちゃんとお別れができた。だからきっとヒゥローもだい……じょぶ」
「大丈夫かどうかなんて分かるもんか!」
全身で拒否された。頑なだなあ。
「孤……児院に戻った方がいいよ? ヒゥローが大通りの商店街でスリをしてるの見た。そ……のうちつかまっちゃうよ?」
「余計なお世話だ! 生きてくためなんだからしょうがないだろ!」
「それは分……かる。だけど生きるために悪いことをしたらダ……メ。孤児院でがんばって働けるように……なろ?」
そう。悪いことはダメ。誰にも恥ずかしくないようにちゃんとしないとダメ。悪い道に進むと……きっと奴隷商みたいな連中と同じようになってしまう。
「だから嫌だって言ってるだろ! お前とっととこいつら連れて出ていけ!」
わたしを追い払うようにヒゥローの右手が大きく振り払われた。そんなヒゥローの足元で「ききぃー」と心配そうに見上げるマルキツネズミのポテア。子ども二匹はお母さんのそばで無邪気にじゃれあってる。
ぐう。
「あ。うるさい!」
とても大きなお腹の音。ヒゥローが顔を真っ赤にして自分のお腹を叩いてる。ヒゥローったらいつからこんな生活をしているか知らないけど少し痩せ気味。きっとスリもうまくいってないんだと思う。
「こ……れ。食べて」
一つだけ残していたビリビリスの串焼きが入った包みを肩掛け鞄から取り出して差し出す。
「い、いらねぇよ!」
あれ? 受け取らずに背中を向けて黙っちゃった。意固地だなあ。
「そ……れならポテアたちにあげちゃうよ?」
「勝手にしろ!」
「じゃあ……アーヤは外にいるし受け取って?
あげてくれる?」
右手に持った串焼きを突き出した。
「早く」
「分かったよ!」
振り向いて串焼きをひったくるヒゥローの視線が釘付け。のどがゴクリと鳴らされている。露店で買ってからそこまで時間が経ってないからね。まだあったかいし匂いも漂ってくる。
ほらほら。よだれが垂れてそう。
そんなに物欲しそうに見つめるくらいなら食べちゃえばいいのに。
んー。わたしのすぐ目の前にいるし。手を出しちゃおうかな。
木板の小窓から上半身を乗り出して……。
「え……い」
「わっ!?」
ヒゥローの後頭部を片手で押さえながら、串焼きを持つ手をぐいっと押し込んだ。
驚いたヒゥローの口の中にビリビリスのお肉が見事にすっぽり入ってる。
ヒゥローの舌には香ばしくて甘味のある味わいが広がってるはず。
口にくわえたまま目をギュッと閉じて顔を上に向けるヒゥロー。次の瞬間には我慢できないとばかりにムシャムシャと食べ始めた。
「ふふ。お……いしい?」
「うまい……うまい!」
ちょっとだけ涙ぐむように必死にかぶりつくヒゥローが微笑ましい。
誤解が解けて孤児院に戻ってくれるといいんだけどなあ。
「食べちゃった……。こいつらにやるつもりだったのにどうしてくれるんだよ!」
なんか強がり言ってるし。ごちそうさまくらい言えばいいのに素直じゃないなあ。
「よかったね?」
「良くない! いいからお前こいつら連れてとっとと行け!」
また背中を向けて黙っちゃうし。しょうがないから話す相手を変えてしまおう。
「わふわふわふん」
「きき? きぃきー」
狼語でポテアに声をかけたらしっかり返事をくれた。
やっぱり会話ができる。
これまでにいろんな獣と話して分かったことがある。なんでか知らないけど狼語が通じる。
毛長馬のボー。トビウチワミミのロップ。クロガネリュウワシのクロちゃん。ムツアシムツメの母子は黒狼だから当然。
そしていま。マルキツネズミのポテアとも話せてる。
「は? お前、なに言ってんだ?」
ヒゥローがすっとんきょうな顔をしてる。うん。普通の反応だね。
「ポテアが……ね。家族が心配だからここに残りたいって言ってる。ヒゥローも奥さんと子どもたちを守ってくれた大事な家……族なんだって」
ふふ。家族だなんてとってもいいね。元々野生の獣なのにちゃんとヒゥローを信頼してるってことだね。それを言ったらルタさんとの信頼関係はどうなんだろ?
「マジか!? お前、獣と話せるのか! すごいな!」
「えへへ。うふふ。そ……んなにすごくないよー」
褒められるとうれしい。足場の悪いひさしの上でくねくねもじもじしちゃう。
「でもさ。俺がこいつらの家族? そんなわけあるか! こいつらはただの居候なの!」
「わふん?」
「きーきぃきぃー」
「またなんか話してるし!」
「ポテアたちはヒゥローよりも先にここに住んでるって言ってるよ?」
「え!? そ、それは。確かに俺の方が後からきたんだけどさ。ていうかお前ほんとに話せるのか!?」
「う……ん」
こくりと頷いた。
「誰かいるのか!?」
怒鳴り声がする。所狭しと積まれた箱と箱の間が通路になっていて、屋根裏部屋の奥の床に仕切られた枠がある。声はその下から聞こえた。
きっとこの建物を使っている人族だ。




