58歩 将来の夢
「やべ! 騒がしくしたから見つかったじゃないか! 逃げろ!」
ヒゥローが慌てて木板の小窓に駆け寄ろうとして振り向いた。ヒゥローの視線の先にいるのはマルキツネズミの家族。
「こいつらも連れてくから手伝え!」
「分……かった」
外にいるわたしは小窓の上側に手をかけると下半身をヒョイっと持ち上げて屋根裏部屋に水平に飛び込んだ。
着地すると屋根裏部屋の床がミシミシと軋んだ音を立てる。床板がたわんだような感触がして積まれた箱が少し揺れていたように見えた。
「俺はこいつを連れてく! お前はかごを頼む!」
「う……ん」
ヒゥローが父親のポテアを大急ぎで抱えてる。
「わふん」
だいじょぶだよ。心配しないでね?
心配そうにしているマルキツネズミのお母さんに一声かけた。
「ききぃー」
わたしは産後で調子が良くないの。よろしくお願いするわ。
それでずっと網かごの中でじっと丸まっていたんだね。
さっそく母子がおとなしく収まっている網かごを両手に抱えた。
どったんばったん元気に遊んでいたマルキツネズミの子ども2匹はお母さんのお腹に潜り込んでた。きっと怒鳴り声に驚いたんだね。
がこんと大きな音を立てて開けられる屋根裏倉庫への入り口が開く。振り向くと床に作られた木の扉が持ち上げられてる。
開いた空間から頭がニョッキリと覗いてる。
「やかましいと思ったらなんだお前らは! こそ泥か!」
完全に見つかった。怒り顔のいかついおじさんがわたしとヒゥローを睨んでる。
顔を見られるとまずいよね?
少し心配したけど天井の低い屋根裏部屋は小さな小窓だけで暗い。きっと逆光もあって顔は見られてない。
「泥棒はしてない! ちょっと寝泊まりするのに使わせてもらっただけだから!」
わざわざ言い訳してるし。どっちにしろ悪いことしてるのは変わらないよ?
それにいまはそれどころじゃないよ?
「いいから早……く」
「痛っ!」
小窓から飛び出ようとして、もたもたしてるヒゥローのおしりを足のつま先で押した。
両手が塞がってるから足でごめんね。早くしないと捕まっちゃうから。
「うおお!? お前ここ何階だと思ってるんだよ! 落ちちゃうとこだったろ!」
2階の屋根裏だよ?
外側に移動したヒゥローが小窓に片手をかけて青い顔をしてる。きっと足を滑らせそうになってる。
そうだった。足場は狭いひさししかなかったんだっけ。
「てめぇら逃げられると思うな!」
状況確認も含めて振り向くと怒ったいかついおじさんが階下から登りきっていた。
え?
天井の低い屋根裏部屋を中腰の状態のまま歩みを進めてる。そして太もものホルダーからなにかを抜いた。
次の瞬間。
銀色のなにかがわたしの眼前に迫っていた。
スローイングナイフ!
軌道が危険!
避けると小窓の向こうにいるヒゥローに当たる!
後方宙返り。床を蹴って跳んだ。
即座に愛用している短い革の長靴の側面でもう片方のかかとを打ち鳴らすとシャコンと小さく音を立てる。
刹那。
ガキンと激しい衝撃音の後にスローイングナイフが天井の梁に突き刺さる。
わたしの眼球に刺さるはずだったスローイングナイフを宙返りしながら蹴り飛ばしたから。
素早く的確に。着地したわたしの足先には光を反射することのない黒い仕込みナイフが飛び出している。
マルキツネズミの母子が入ってる網かごはふんわりと宙に放り投げて、宙返り後に優しくキャッチしたからだいじょぶ。
だけどやっぱり床板から軋む音が聞こえてたわんだ。積まれた箱も揺れている。
これってやっぱり危なくない?
「なんだと!?」
暗がりの中でいかつい顔のおじさんがひどく驚いた顔をしている。
んー。この人族。明らかに怪しいよね?
箱からするとても気になる匂いといいナイフといい、きっと悪いことをしてる。でもいまはそれはいいや。
「お前も早くこい!」
ポテアを小脇に抱えたまま、狭いひさしの上を横に移動していくヒゥローはこちらの状況に気づいてない。小窓から見えなくなった。
わたしも後に続こう。
お母さんと子ども2匹が落ちないように気をつけないとね。
そう思いながら小窓の外を覗き込む。
「遅……い。早く行って」
「分かってるよ!」
年季の入ったボロそうなひさし。わたしの体重は軽いけど子ども二人が乗ったら壊れるかもしれない。わたしは落ちても平気で着地できるけどヒゥローはそうじゃないと思う。
いっそわたしだけ飛び降りる?
でもそれはまずいかも?
そう思うと待つしかなかった。
「お前ら子どもか!?」
いまさら?
いかついおじさんがもう一本のナイフを手にしてわたしに向かってくる。
「た……だの子ども」
「じゃあなんでナイフが天井に刺さってる!? どうやった!?」
ん? わたしがサマーソルトキックで蹴り飛ばしたことに気づいてない?
「気……のせい」
「そんなわけあるか! どこの組織のもんだ!」
組織? 聖王都でも物騒な人族がいるんだね?
斬りつけてくるナイフの軌道が不正確。暗がりでよく見えていない証拠。このいかついおじさんは見た目だけ怖くてそんなに強くない。ただのならず者程度。
「う……わ。怖いよー。おじさんやめ……てー」
ジタバタしながらギリギリ避ける。
悪漢に襲われる子どもを演じた。怯えた視線と表情を完璧に作って体全部で表現する。演技指導のファイン先生、つまり詐欺師の舌のエスクロお墨付きの演技力。
「そんな棒読み信じられるか!」
あれ? 口の方はうまくできていなかった。
「だって怖く……てー」
実際ちょっとだけ怖くてドキドキしてる。
だけどこの程度の相手ならそこまでひどく怖くない。いままでとっても怖い思いをいっぱいしてきてそれなりに精神力も強くなってるかな? 相手によるよね?
少し時間を稼ぐつもりでおじさんと向かい合ってる。
襲われてるわたしの方が押し気味で小窓よりも床の入り口の方にジリジリと近づいていた。
いかついおじさんが戸惑ってる。
向こうは向こうでわたしを殺すつもりよりも捕まえるつもりで攻撃しているみたい。スローイングナイフを投げたくせに脅しに切り替えた?
ほんとに泥棒か居候か、それとも敵対組織なのかを知りたがってると感じる。
「わ……たしたちはここで寝てただけ。だからごめ……ん」
両手に網かごを持ったまま。逃げるために大きく水平に後ろに跳んだ。
母子に振動が伝わらないようにヒョイっと小窓の木枠に跳び上がる。小さく屈んだ状態の小柄なわたしが小窓にすっぽり収まる感じ。
ヒゥローはというと、壁面に片手をついて体をピタッと壁に寄せてゆっくりそろそろとひさしの上を横移動している。
もう片方の手にはポテアを抱えてるし高くて怖いだろうし、歩くには狭いからしょうがないんだけど……遅い。
「待ちやがれ!」
中腰のままこちらに向かってきてる。わたしの体が小窓を塞いでいる形になっているから屋根裏部屋はさらに暗くなってる。絶対に見えてない。よかった。
「こっちだ!」
ヒゥローが隣の建物の屋根に飛び乗った。やっとだね。
体をひねってひさしに着地をする。
「ききぃー!」
網かごの中でマルキツネズミのお母さんが「早く!」って言いながら屋根裏部屋に注目してる。
そうだね。怒ったいかついおじさんがもうすぐそこまできてる。腕を伸ばされたら捕まえられるくらいの距離にいる。
母子が収まる網かごを頭の上に乗せて狭いひさしの上を疾った。うっかりひさしを壊さないように体重を殺しながら。隠密スキルはお手のもの。
これくらいで落ちたりなんかしないもーん。
建物の端っこまで走り抜けて隣の建物の屋根に飛び移る。
「てめぇらなにもんだ!」
背後から聞こえる怒鳴り声。でも振り向かない。顔を見られたくないし。
無視してそのまま二人で駆け足。さらに隣の屋根へと跳び移って走る。
短い革の長靴から飛び出している刃先をしまわないと。ステップを踏んでつま先を屋根に当てることでガコンと収納する。
こっちこそいかついおじさんが何者か聞きたかった。
あの屋根裏部屋は倉庫みたいになってるし住居ではない。あの箱から漂う香りは良くないものだった。きっと怪しい商売か犯罪をする人族の建物。
それでもヒゥローが見つからないでいられたのは滅多に屋根裏部屋に上がってくることはなかったんだと思う。
わたしが声をかけたことで見つかるきっかけにしてしまった。
でもそれで良かったのかも。
もしかしたらヒゥローがうっかり捕まることがあったらどういう目に遭ってたか分からない。結果的にあそこから出られることができたわけだし。
「ここから降りるぞ」
何軒かの屋根の上を走り続けると。洗濯物の布がいっぱい干されている建物の屋上から下へと続く階段があった。きっとヒゥローはここを使って行ったり来たりしていたんだね。
地上へ降り立ってやっと落ち着いた気がする。
「それじゃな。そいつらのことよろしくな」
わたしの肩にポテアが乗せられた。歩き出して背中を向けたヒゥローがひらひらと手を振ってる。
「え? 一緒に行こう……よ」
「どこへ?」
顔だけ振り返って聞かれた。
「んと。アーヤのいる宿……屋。住み込みで働いてるの。ヒゥローも一緒にお……いで。人手が足りないって言ってたからきっと喜……ぶ」
宿屋の方は従業員がいると言ってたけど食堂の方はわたしだけ。わたしは日中は学園に行ってしまうし、聖女になることが一番の目的だから朝昼晩ずっと手伝えるわけじゃないと思う。
それに忙しくて儲かってると言ってた。孤児院から子どもを預かることもあるとも。
だからきっとヒゥローが働き手になれるはず。
「行かねぇよ。孤児は嫌われてるからな」
少し悲しそうな表情。確かにそう。孤児を蔑んだり汚いとか言って嫌う人族もいる。だけどそんな人族たちばっかりじゃない。優しい人族だっている。
わたしはちゃんと知ってる。
「だい……じょぶ! ウテルさんもみんなもい……い人!」
旦那さんのクハシュさんと近所で仕立て屋をしているルタさんしか知らないけど。
<はらぺこけだま亭>はヴァイゼ孤児院とやりとりしてるから心配ないよ。と、言おうとしたけどやめた。ヒゥローは孤児院に対して怯えていることを思い出したから。
「ききぃー!」
わたしの耳元でポテアが鳴き声を上げてる。ちょとうるさい。
「ポテアもこいって言って……るよ?」
「ほんとに言葉が分かるんだな? 獣としゃべれるのってマジでうらやましい。俺さ。従魔師になって世界を見て回るのが将来の夢なんだよな」
おお。ヒゥローが夢見る少年のような眼差しで空を見てる。
それならもしかしてわたしが役に立てるかも?
「そ……うなの? じゃあ一緒に行こ。アーヤ。従魔師になる夢を手……伝う」
小首を傾げて聞いてみた。
「きききぃ」
「ポテア夫……婦も『家族なんだから一緒においで』と言ってる……よ?」
「だから行かないって! 俺は俺! お前はお前! 俺は自分の力で従魔師になるさ! アーヤの力は借りない! お前らとはここでさよならだ!」
すごい剣幕で怒鳴られた。ちょとショック。
「むう。ヒゥローのおたんこ……なす! アーヤ分かった!」
「おたんこなすって失礼だな! なにが分かったんだよ? ああ。やっと俺とは関係ないって分かったか? じゃあな」
今度こそおわりとばかりに背を向けるヒゥロー。
むむむー。どこまでも強情な奴。
違うもん。分かったっていうのはそういうことじゃないもん。
「無理……矢理連れてく!」
「へ?」
ヒゥローの行く先に回り込んで手首に咬みついた。両手は母子が乗る網かごを抱えていて塞がってるから。
「痛ってえ! なにするんだ! お前、牙でもあるのか!?」
「がふがふ」
あるよ。痛いの嫌なら大人しくきなさい。
「なんて言ってるか分かんねぇよ! こら離せ!」
残った手で頭を押さえつけられるけどそんなことで離すもんか。
ガブリと咬みついたまま歩き出す。
「ちょっ!? マジで痛いって! こら! 離せ!」
「がふーん」
離さないもーん。




