56歩 聖王都の流行り
「おはようルタ。いや。ずっと見てないね。いないのかい?」
「そうなの。もう10日にもなるのよ。心配で心配で」
鳥の羽がついた棒をふりふり振りながらわたしとウテルさんが座るテーブルまでゆっくりと歩いてくる。
きのこみたいなボブカットのクリームヘアにグレーのワンピースがよく似合ってる。穏やかな目元と口調。なんだか上品そうな女の人。
「ポテア?」
名前の正体が気になって聞いてみた。
「ポテアっていうのはうちで飼ってるマルキツネズミちゃんのことなの。……ウテルさん、この子は?」
初めて聞く獣の名前。丸っこいキツネとネズミ?
「今日からうちのお店に住み込みで暮らすことになってね。新生活の準備ができしだい働いてもらうことになってるんだよ。ほら」
ウテルさんに背中を押されてお姉さんの前に立たされた。自己紹介を自分でしろってことだよね。
「アーヤ・ルピナス。で……す。<はらぺこけだま亭>の女将さんにお世話になるました。よ、よろしくお願いしまする」
なんか変なことを言った気がする。聖王都でまともに話す初めての他人だから声がうわずった。詐欺師のファイン先生と違って本物の上品そうな人だし。訛りをおかしく思われないかな?
「ふふ。こちらこそよろしく。そんなに緊張しないでいいのよ。わたしはルタ・イヨール。近所のお店で衣装の仕立てをしてるの。可愛い服が欲しくなったりオーダーメイドならまかせてね。ご近所なんだからちゃんと安くするわよ」
「ほ……んと? うれしい」
可愛い服はともかく。持ってる服は少ないからそのうちお世話になりそう。安いのならなおさら。新生活は物入りだから。
「それでね。マルキツネズミを見たことある? 丸々っとした鞠みたいな感じでこれくらいの大きさなんだけど」
お姉さんが身振り手振りで大きさを伝えてくれる。普通の猫くらい?
「ううん。な……い。獣?」
マルキツネズミなんて初めて聞いた。
「しばらく前から聖王都で小さな獣を飼うことが流行っていてね。マルキツネズミは人気の獣の一つなんだよ。探してあげたいけどあたしはこの通り身重だからなあ」
「え? ウテルさん。子……どもがいるの?」
「そうさ。言ってなかったかい? 出産までは間があるけどね。最近腰が痛いから歩くのを控えてるんだよ。仕事もあるしね」
丸っこいウテルさんがお腹を手でぽんぽんしてる。そうか。丸っこいのは妊婦さんだからだ。
あ。昨夜は遅くまでわたしに付き合わせてしまった。それなのに、朝早くからも掃き掃除をしてた。わたし、最初っから迷惑をかけちゃってるんだ。
「あ、あの。ごめ……んなさい」
ぺこりぺこりと頭を下げた。
「ん? ああ。気にしなくていいんだよ。あんたはまだ子どもなんだから。それに別に病人てわけじゃないからね。ルタ。そういうわけだからちょっと力にはなれないよ」
「もしかしたらここにお邪魔してるかと思っただけで妊婦さんに迷子を探させることなんてしないから!」
申し訳なさそうに微笑むウテルさんに向けて両手をぶんぶんするルタさん。手に持ってる鳥の羽がついた棒もぶんぶんしてる。
あ。もしかしてこれを使えば……。
「あの。それ……貸して?」
ルタさんの手を指差した。
「これのこと? いいわよ?」
鳥の羽がついた棒を受け取ってすぐに鼻につけた。
ふんふん。ふんふん。ふんふん。
獣臭がする。
うん。覚えた。
「あり……がと。アーヤ探してみる」
「え? 探す?」
さっそく行ってみよう。きょとんとしているルタさんに棒を返してピュピュッと駆け足。
「アーヤ! 探すって見たこともないのにどうするんだい! 行っちゃったよ……」
準備中の札が下がっている扉をバタンと開けて飛び出した。
さてと。匂いをたどれるかな? 迷子になってごちゃ混ぜの匂いに戸惑ったけどその気になればきっとだいじょぶ。昨日の教訓をさっそく活かすチャンス。
狼の鼻。
うーん。辺境の城塞都市フォルテよりも複雑でいろんな匂いがする。人族の匂いに生活臭。いろんなお店の匂い。流行っているっていうだけあって獣臭も感じる。だけど匂いには個性がある。きっと嗅ぎ分けられる。
まずは……こっちかな?
あ。そういえばお財布を持ってきてないや。
どこかでなにかで必要になるかもだよね?
<はらぺこけだま亭>の扉を勢いよく開けて駆け足で食堂から厨房へ。
「アーヤ! やっぱり無理……どこ行くの!?」
「だ……いじょぶ」
わたしの部屋まで駆け上がって鍵開けてお財布を肩掛け鞄に入れて鍵かけて階段を飛ばしながら降りて。
「おはようございます。あれ? アーヤ?」
「おはよ。マルー」
食堂の階段から降りてくる寝ぼけ眼のマルーがいるから朝の挨拶をしておく。
朝食時に食堂にいなかったからこんな時間まで寝てたんだね?
「アーヤったら!」
「行ってきま……す」
ウテルさんの呼びかけに挨拶を返してもう一回飛び出した。
もう一回、狼の鼻。
ふんふんふんふん。
姿勢を低くして鼻をひくひくさせる。
いなくなってから10日って言ってた。だけどきっとそんなに遠くには行ってないよね?
道ゆく人族に奇怪な目で見られていることにはあんまり気づかないでふんふんふんふん進んでいく。
こっちかな?
なかなか同じ匂いに出会わない。
そうこうするうちにお腹が空いてきた。そういえば朝のごはんを食べてないんだった。お腹がぐうぐう言ってる。
買い食いしようかな?
ふと。きた道を振り返る。
<はらぺこけだま亭>のある広めの通りのような商店街じゃない。これまでに見たことのある商店街とは雰囲気の違う異国感があふれるお店が並ぶ通りだった。
裏オークションで出会った鬼人オルコや狐人クウコが身につけていた着物と同じような衣服を身につけている人が多い。
もしかしてだけど? 下層にある商業地域は区画によって特色がある感じ?
「あ。道を覚えてな……い」
匂いをたどることに夢中で道順を確認してはいなかった。
「匂いで帰……れるからだいじょぶ」
自分の匂いが手に取るようにしっかり道に残ってるからね。帰り道の心配はない。それよりもお腹をいっぱいにしないと集中できない。
ふふ。森の洞窟で暮らして幼いころを思い出す。お腹すいたーって、ルプスお母さまをよく困らせていたなあ。
「お……いしそう」
異国感あふれる露店がいくつも並んでる。いろんな食べ物を扱う露店もいっぱいで人で賑わってる。
ん? この匂いは……懐かしい食欲をそそる香りに一軒の露店で立ち止まった。
串焼きに刺さったお肉を店主が炭火のコンロで焼いている。
「ビリビリス?」
「お? 嬢ちゃん、肉を見ただけなのによく分かるな! 食べたことあるのか!」
店主がすっごい驚いてる。ビリビリスのお肉なら確かに珍しいよね。
「うん。3本ちょうだ……い」
「あいよ。1560万のところ! おまけして1500万イェンだ!」
「は……い。1500イェン」
肩掛け鞄に手を突っ込む。巾着のお財布から出した硬貨を2枚取り出して店主に渡す。
「毎度ー! きっかり1500万イェンお預かり!」
代わりに受け取った2本のお肉を交互にかじりつく。1本は後のためにとっておこう。
「お……いひい」
懐かしい味を噛みしめると、ふくらんだほっぺが落ちそうになる。またビリビリスを食べることがあるなんて夢にも思わなかった。
「3本とも嬢ちゃんが食べるのかい?」
「ん。好き……だから」
驚くおじさんの疑問にこくりと頷いた。
ビリビリスは小さいけど食べれるお肉が多い。一匹分だけでもそこそこお腹がふくれるからね。
「そりゃ大食いだ。ビリビリスは少し前から流通するようになってな。好きならまたおいで。しばらくの間は毎日でも食べられるさ」
「毎……日?」
目をパチクリした。
木の実を主食にしているビリビリスは耳としっぽがギザギザしてる可愛いリス。だけど雷を発生させる危険な小さい獣。毎日露店に流通できる量が狩れるなんてびっくり。
「獣狩りで稼ぐ冒険者の間じゃちょっとした流行りみたいだな」
「流行り?」
「ああ。ビリビリスの発電器官にかなりの値がつくらしい。その上、肉もうまいからいい獲物ってぇことなんだとさ」
「ふーん」
辺境の城塞都市でも開拓者の町でも道中でもビリビリスの話は聞いたことがある。森が広がってるとも。大森林フォレバストから遠く離れたここでも。だけど。どこもそれまでは見ることもなかったという。
つまりビリビリスが巣作りできる場所が増えてるってことだよね?
「ビリビリスみたいな魔獣がここらの森に増えてるんだってよ。そのせいか元々いた獣が人里に現れるようになったんだってな。おかげで聖王都で獣をペットにするなんてことまで流行ってるのさ」
ルタさんと同じ獣かな? 聞いてみよう。
「マル……キツネズミ?」
「いや。うちはアライタチネコを一匹飼ってるよ」
アライタチネコも初めて聞いた。アライグマとイタチとネコ?
「そう……なの?」
「ああ。見た目も可愛いしなかなか賢いしで子どもが喜んでるよ。だけどまあ言うこと聞かなくて困ってる。あれだな。小さくても野生の獣だから気性も荒いとこあるしな。ほら。これ見てみな。咬まれてこんなに穴が開いちまった」
店主の手の甲と腕に鋭い牙が突き刺さった咬み傷がくっきり残っていて痛そう。
「獣は小……さくても危険」
「ほんとだな。しかし嬢ちゃんあれだろ? フォルテのあたりから最近越してきたばかりで都の事情なんて全然知らないんだろ?」
さも当然という風に聞いてくる店主。
「な……んで分かるの?」
「そりゃあそんだけフォルテ訛りで話してりゃあな。地方から入都する奴は訛りを気にして直すもんだからよ? それに聖王都の流行りに乗り遅れてるなんて田舎もんの証拠だわな」
そういうものなんだ。それならやっぱり訛りは直した方がいいかも。
でも。『その話し方は可愛いもんさ。それもアーヤの個性なんだ』『あたしはとっても魅力的だと思うよ』という、ウテルさんが言ってくれた言葉が心に残ってる。
「あ!」
鼻がひくひくする。
「どうした嬢ちゃん?」
「ううん。ごち……そうさま」
ビリビリスを食べ終わって残った串2本をおじさんに手渡した。
「もう食べたのか!? 犬みたいに早いな!?」
「アーヤ。犬じゃ……ない。狼」
犬だなんていきなり失礼。しっかり狼と言っておいた。
突然、声を上げたのは狼の鼻に目標の匂いを感知したから。
顔を上に向けてふんふんふんふんと鼻をひくひくさせる。
「わふん!」
あっちだ!
「ほんとに犬かよ」
失礼な店主の言葉を無視して駆け出す。
きっとたぶん近い。匂いの元を見失う前にたどり着かないと。
「がるる」
ほんの少しだけ狼の疾風。
混雑した人混みの中をするりとシュシュっと駆け抜ける。もちろん二本足で。
匂いの道がどんどんはっきりしてくる。それこそ目に見えるみたいに。
路地裏の角に行き当たった。
匂いの元は……。
「ん。きっとこの上」
路地裏の奥まった場所。誰もいないことを確認して狭い通路の壁を交互に蹴りながら駆け上る。
「い……た」
2階建ての建物壁面に作られた狭いひさしの上にシュタっと着地をした。
開け放たれた木板の小窓から見える屋根裏の中にマルキツネズミがいる。
人族の子どもと一緒に。
着ている服に見覚えがある。
ヴァイゼ孤児院の制服だ。
そしてこの男の子にも覚えがあった。
わたしが迷子になった原因だ。




