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55歩 入学料と授業料

「ヴァイゼ孤児院のフォンセ院長先生からの手紙はちゃんと目を通させてもらったよ。アーヤはとっても優等生なんだって?」


わたしが席に座るとテーブル向かいの席に座りながら話を始めるウテルさん。


「え? 優……等生? そんなことないよ?」


わたしは孤児院のみんなと一緒に普通に生活していただけ。特別だったのは裏ギルド<プラント>に入ったことだけど表の世界とは関係ない。


「そうかい? 王立学園に入学できるってだけでも大したもんだと思うけどね。王立学園に通う生徒は貴族がほとんどだよ。立場のある商人の子どもや、貴族でなくても地位のある親を持つ子どもなんかもいるっていうけどね。それでも平民は多くはないし、まして孤児院から入学するっていうのは珍しいことなのさ」


感心した風なウテルさん。

そうか。そういうものなんだね?

わたし自身は王立学園の詳しいことをなんにも聞いていないんだよね。

おじさんやフォンセからは行けば分かると言われてあまり多くのことを教わらなかった。


「なにより学費が高いからね。なんの援助もお金もない平民には門戸が狭いだろ? アーヤは孤児院でがんばって貯めたお金で賄うっていうくらいだから大したもんじゃないか。それでも足りない学費はうちで働きながら返済するなんて偉いを通り越してると思うけどねえ」


「ん? 学……費? 貯めたお金?」


なんのこと?

そういえば……お金のことなんて全然考えてなかった。

そうだよ。学校に行くのにはお金がかかるものなんだよ。


食費や家賃は住み込みのお仕事でなんとかなると思ってたけど学費のことなんて全然頭になかった。

どっからそのお金が出るのと一瞬思ったけど、貯めたお金があるということはどういうこと?

わたしお金を貯めたことなんてない。


「なんだい? よく分かってなさそうな顔して。手紙にはこう書いてあるよ。読んでみるね」


首にぶら下げた丸眼鏡をかけると折り畳まれた手紙を開いて読み上げるウテルさん。


「えーと……。『アーヤさんは薬師としてたくさんの新薬を開発して薬師ギルドにおける特許を取得しております。その売り上げの一部ですが商業ギルド<バンケール>の銀行口座をアーヤさん名義で開設しております。王立学園への支払い手続きも完了しております。入学料と授業料の総額は多額のため十分足りている状況とは言えませんが、アーヤさんご自身で返済することを希望されています。どうぞご指導とご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます』と、いうことだね」


「わふん!?」

特許!? 銀行口座!? 初耳なんだけど!?


そうかあ。どうりでまとめ売りした薬の代金が安いわけなんだあ。あのお金は孤児院の運営費に充てられていたんだよね。

つまりそれ以外をわたしのお金として貯めてくれていたってことだよね?

フォンセはお母さんだよ。みんなのママだよ。


「その感じだとほんとに知らなかったんだね。いままでも孤児院の子どもを引き受けたことがあるけど相変わらず詳しい説明はしないんだなあ。まあ至れり尽くせりってよりは経験になると思ってのことなんだろうけどね(ほんとは支払いも全部完了してるって書いてあるけど、こう言えってあるからねえ。いろんな経験を積ませたいからお金が足りないことにしておけってね)」


「知……らなかった」


ルプスお母さまから教わった知識と狼の嗅覚で確かにいろいろあれこれはした。

だけどあれは孤児院のみんなとしたことだからわたしだけが優等生ってことはないと思うんだけどな。だからきっとそのお金はみんなももらってるはずだよね。


「まあ。世の中、不思議でいっぱいだね。口座に関する書類はあたしが管理するようにあるから預かっておくよ。心配しなくても大丈夫。ちゃんとうちは儲かってるからね。使い込んだりなんてしやしないから(特許ってことはまだまだ収入があってもおかしくないね。金銭感覚がおかしくならないようにするってのも大変だ)」


「だ……いじょぶ。信じる。お願いしま……す」


言葉にのって伝わってくる感情に嘘はないと思う。ただただ。わたしのことを心配に思ってくれていることがちゃんと分かる。

それにいままでにも孤児院の子どもを見てくれてるんでしょ。


「あんまり簡単に人を信用するもんじゃないよ? 聖王都にはいろんなのがいるからね。だけど信じてもらえてうれしいよ」


少し困ったように笑ってからにっこりと満面の笑顔をくれた。


「だいじょぶ。わたしは騙……されたりなんてしない」


「自信たっぷりだね? 改めて自己紹介しようじゃないか。<はらぺこけだま亭>の女将をやってるウテル・オストーンだよ」


また握手を求められたので握り返す。やっぱり同じように力強くぶんぶんと振られた。


「うちの旦那は料理人のクハシュ・オストーン。熊みたいにでっかい体だろ? ああ見えて元冒険者でね。ちょっと歳が離れてるけどあたしの婿さんなんだ。

あんたあ! お昼の仕込みしてないで挨拶くらいしたらあ!」


「おう」


ウテルさんの元気活発な呼びかけ。当のクハシュさんはカウンター越しに厨房から顔だけを覗かせただけで一言も短い。

ほんとに無愛想な人。だけどきっといい人。

言われて気づいたけど若いウテルさんに比べると確かに歳が離れているかも。


「若……いのに女将。こんなに大きい宿と食……堂。すごい」


4階建ての宿泊施設にとても広い食堂。建物自体はそこまで古くはなさそうだったし買ったら高い。女将って言うけど経営者なのかな?


「あはは。あたしのひいひい爺さまが創業者でね。いまはあたしが引き継いでる。ヴァイゼ孤児院とのやりとりも創業のころからでね。あんたみたいな子どもを何人も引き受けてきたんだよ。アーヤは卒院して独り立ちしてるけど、いま孤児院から預かっている子どもはいなくてね。でも宿の従業員はほかにもいるよ。さあ。うちのことよりもあんたの自己紹介もお願いしようか!」


なんだかとっても期待の眼差しを向けられてる。


「えと……」


椅子から降りて立ち上がる。片足を斜め後ろ内側に引いて、もう片方の膝を曲げて、スカートの裾を持ち上げてカーテシーをした。


「アーヤ・ルピナスと申します。先日は夜分に失礼をいたしました。今日からよろしくお願い申し上げます」


いまわたしができる一番の所作をして見せた。


「あは。素敵なご挨拶だね。やっぱり王立学園に入ろうって子は違うねえ。堅苦しいのはそれでおしまいでいいから椅子に座んなよ。得意なこととか続きを聞かせてちょうだいな」


勧められるまま椅子にちょこんと座り直す。


「んと。11歳。女の子。得意なことは……」


ん? なんだろう? 思いつかない。

遠吠え? 匂いの嗅ぎ分け? 狼の走り方?

裏のお仕事のことは言えないし自分の得意なことが分からない。ウテルさんがニコニコして待ってるから次の話をしよう。


「アーヤは誇り高い狼……が大好き。妖精も大好き。嫌いなのは怖いこと。怖いの大嫌い」


ほんとは自分が狼と言いたいけどそれは封印することにした。

大好きと大嫌いは心の底から強調しておいた。鼻息荒めにふんふんと。

とりあえず言いたいことは終わったから口を閉じた。


「ほかには?」

「そ……れだけ」


満足げに胸を張ってみる。


「あはは。料理は上手だし、客の相手もしっかりしてたし、てっきり孤児院でがんばったこととかも言うと思ったけどね。なんでまた王立学園なんて貴族のお坊ちゃん、お嬢ちゃんが行くようなところに入るんだい?」


「えと……その……聖女になりたくて?」


青い髭のおじさんティオ・パトルウス、つまり裏ギルド<プラント>フォルテ支部長を務める青のラズワルドと話をしたままに口にした。


「んん? なんて?」


なにか信じられないようなことを聞いた感じで耳を向けられた。


「アーヤは聖女にな……る?」


「聖女様!? 語尾がなんで疑問になってるかは知らないけど驚いたよ。特許を持ってる薬師様で聖女を目指すなんてやっぱり優等生じゃないか」


「アーヤはそ……んなんじゃないよ?」


「あはは! しゃべらせるとそんな感じは確かにしないね! 笑っちゃいけないけどフォルテ訛りがひどいね。舌ったらずで微笑ましくて可愛いくらいだよ。それにせっかく可愛い顔をしてるんだからさ。気合いを入れた挨拶のときだけじゃなくて普段からもうちょっとしっかりハキハキ話した方が学園ではいいかもしれないけどね?」


「むむむ。アーヤ。が……んばる」


胸の前で両手を握り拳にした。がんばる意思表示。

そう。ウテルさんの言うとおり実はちゃんとしゃべることをしていない。


ヴァイゼ孤児院を出発する日に『アーヤー。その話し方直さないとー。田舎者って笑われちゃうよー』とチェーンから言われてるし。

その前には『セイアの前で流暢な言葉で話し、正しい所作を見せたのは俺も見た。初めて出会ったときのことを思うと立派になったもんだ』とおじさんからも言われてる。


だけど。あんまりできてない。やるぞ。と心に決めたときだけはできるけど、日常の会話になるとどうしても元に戻ってしまう。旅の間にみんなと話すときもずっとそうだった。


「さっきも言ったけどさ。その話し方は可愛いもんさ。それもアーヤの個性なんだ。あたしはとってもいいと思うな」


「個……性?」


「そうさ。堂々としていたらそっちの話し方の方が人気が出るかもね。だからもっと自信を持てばいいんじゃないかい」


とってもいい? 人気が出るってどういうこと? わたしの話し方は笑われたりバカにされたりするんじゃないの?


ウテルさんが片目をつむって笑ってる。

そんなことを言われたのは初めてのことだった。

いつもみんなに直した方がいいとか言われてた。


「アーヤ。こ……のままでもいいの?」

「あたしはとっても魅力的だと思うよ」


ニッカリ元気に微笑むウテルさん。

ほんとに自信を持ってもいいの?


「大体は分かったよ。うちの仕事は十分以上によくやってくれそうだし安心だ。そうそう。家賃はもちろんいらないから。夕食は賄いを出すけど朝と昼は自分で用意をするんだよ。それでいいかい?」


「うん。だ……いじょぶ」

「仕事の内容はおいおい教えるからね。入学は蒼玉《9》の月の1日だったね。日にちがあるからそれまでに生活に必要なものをそろえて聖王都の暮らしに慣れておくといいよ。それに生活に必要なものは持ってないだろ?」


「うん。な……んにもない」


こくりと頷いた。

そうなんだよね。新生活に向けての準備はこれからしないといけない。持ってきた荷物はいっぱいあるけれど薬作りに関するものばかり。あとは高級クラブ<クラウン>のヴィペラママからもらった化粧道具、チェーンからもらった少しのアクセサリー、それと少しの着替えだけ。

料理の道具や洗濯道具なんかの生活必需品はほとんどない。


「もうお店が空いてる時間だね。聖王都の街歩きも兼ねてさっそくにでも買い出しに行ってくるといいさ。今日の仕事は夜からでいいからね」


エプロンのポケットから懐中時計を取り出して時間を見てる。


「分……かった。行ってきます」


それなら自分の部屋にお金を取りに行かないと。


「おはよー。ウテルさーん。うちのポテアおじゃましてないー?」


エプロンを外していたら食堂の玄関扉から顔を覗かせるお姉さんがいる。


お姉さんの手にはふさふさと鳥の羽がついた棒が持たれてる。

ポテアってなんだろう? 人の名前かな?

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