51歩 宿屋
「迷っ……た」
聖王都フェリシタルの下層、商業区域にある賑やかな商店街で道に迷った。
巨大な都に不規則に整備された区画がぐちゃぐちゃでまるで迷路みたいに複雑怪奇。
マルーが言うにはこれも敵に攻め込まれたときのための工夫だという。
しばらく歩いていて分かった。この都に住む人にとっては慣れたものだろうけど辺境の田舎からきたおのぼりさんには刺激が強い。
行き交う人々もかなり多くてうっかりよそ見をしてるとぶつかってしまいそう。
よそ見をしてしまうのは当然で、見たこともない建築様式や彫刻の細工が美しかったり、お店や露店に並ぶいろんな商品に心が奪われるから。
大体にして人々の服装もなんだか綺麗でおしゃれに見えるし、聞こえてくる言葉が何というか整っている。
きっと辺境の城塞都市フォルテには地方ならではの訛りがあるんだと思う。
ということは。狼語で育ったわたしはもっと訛ってるってことになるわけで。先のことを思うと気が重い。
「せっかく順調に検問所を通ったのにもうすぐ日が暮れちゃうな。お腹すいたなあ」
マルーが情けなそうにしてお腹をさすってる。
旅の間は昼食抜きなことが多かったし、もうすぐ聖王都に着くからと食べずにいたんだよね。
聖王都フェリシタルに都入りするために、並ぶ人族でいっぱいの検問所を無事に通過したのはお昼を過ぎてからのこと。
門兵に身分証と王立学園に入学する証明書を見せたら普通に通してくれた。もちろん通行料をしっかり支払って。
「ど……こかで食べればよかったね」
「そうだけどさ。俺もアーヤもちょっと勇気が出なかったよなあ」
何度か露店の前で手軽に食べれる軽食的なごはんを買おうとしたけど、なんとなく次にしよう次にしようって通り過ぎていたんだよね。
マルーも男の人なんだからこういうときは女の子をリードしてくれればいいのに。なんてチェーンが言いそうなことを思ったり。
「せめて地図があればよかったのにね」
「アーヤは地……図があっても迷う自信がある」
「はは。確かに。この都は道が入り組みすぎてる上に建物の見た感じがどれも似てるからほんと迷うよな」
道ゆく人やお店の人に目的地までの道を聞くのもなんとなく怖くて。地図もなくて複雑迷路な通りを行ったり来たりしているうちに時間が経って道に迷ってしまっていた。
早くしないと日が暮れちゃう。
「あ……の人たちも都は初めてなのかな?」
「ん? ほんとだ。そうかもな」
大きな通りの商店街にはわたしたち以外にも観光客や旅人らしいのがいる。キョロキョロとして不慣れな感じを見ているととても安心してしまう。
「ちょっと休もうか。重い荷物で疲れたろ?」
マルーの言う通り。大きな背負い袋が肩に食い込んで痛いし、大きな革の手提げ鞄を両手に持ち続けるのも疲れた。
「そ……うだね。4本足でいっぱい歩……いたり走ったりするのは全然だいじょぶなんだけど力仕事はやっぱり苦……手だよ」
「4本足ってどういうことだ?」
「こっ……ちの話」
「変なの」
通りの端っこに移動して荷物を下ろした。首と肩を回してたらあっという間に疲れが取れた。怪我が治るのとおんなじ感じ。
マルーはそういうわけにはいかないからマルーの様子を見てまた探しに行こう。
それにしても目的の宿屋はどこなんだろう。宿屋っていうくらいだから中層より下の商業区域にあると思うんだけど。
「あ! 財布がない! やられた!」
「あの子どもよ!」
目の前にいる旅行者らしい男女が喧騒に負けないくらいに大きな声を上げてる。女の人が指を差す先に子どもがいる。一瞬振り返って走り出す子ども。
きっと旅行者の財布を狙ったスリだ。
「マルー。荷……物よろしく」
「え!? どうするつもり!?」
荷物とマルーを置き去りにして子どもを追いかけた。
とてもとても気になることがあったから。
あの子どもの着ている服にはとても見覚えがある。ヴァイゼ孤児院の制服とおんなじだと思う。
大通りで行き交うたくさんの人をすり抜けて走る鳶色の髪の子どもを追う。
動きがすばしっこい。この都に不慣れなわたしに比べて慣れた動きに置いていかれる。
んー。狼の疾風を使ったり壁を疾ったりすればすぐに追いつけると思うけど。かなり目立つし、わたしは聖女を目指す普通の女の子の設定だからそうするわけにはいかないよね?
狭くて入り組んだ路地裏に逃げ込まれた。
「ど……こに行ったかな?」
路地裏を進んでいくと大通りほどにはきらびやかじゃなくなっていった。
乳白色の鉱石?で造られた聖王都の建造物が立ち並んでいるわけだけど。後から建て増しされたと思う木造りの建物や、道に商品が広げられた露店でごった返していた。
遠くから見た聖王都のイメージとだいぶ違う。
「あれってヴァイゼ孤……児院と同じ制服だよね?」
きっと見間違いじゃない。だけど見失ってしまって立ち止まるしかなかった。
改めて周りを見渡す。この通りにいる人たちの感じは大通りにいた人たちと雰囲気が少し違う。
それに孤児の存在。
きらびやかに見えていた聖なる都も辺境の城塞都市フォルテと同じく貧富の差や問題があるのかもしれない。
「あ。マルーのと……ころに帰らなきゃ」
後ろを振り返った。入り組んだ路地裏がところどころ分岐してる。
わたしがきた道は……。
「どっちだっけ? も……しかして……迷った?」
荷物もなにもないのにたった一人で急に不安になってしまう。迷子になってしまうのは初めてのこと。しかも大きな都に到着して半日も経っていないのに。
行き交う人の視線が怖い。
なんだかみんなに見られてる気がする。青い髭のおじさんに連れられて初めてフォルテにやってきたときと同じ感じ。
わたしの怖がりは幼いころと同じでなにも変わってない。
泣き虫ウィンじゃないけどぷるぷる震えて涙がにじんできちゃいそう。ていうか、にじんでる。
「わふん」
ずっと立ちすくんでるわけにはいかないから歩き出した。分岐路がどっちか分からない。
どうしよう。狼の耳か鼻で匂いや音を感知するにしても人混みの喧騒とごちゃ混ぜの匂いでうまくたどれそうもないかも。
弱気な思いがふくらんでしまったわたしははっきりとした行動ができないままうろついていた。
不安な思いが自分を縛り付けていることに気づけなかった。
そうこうしているうちに入り組んだ路地裏を抜けて広めの通りに出た。さっきマルーと別れた大通りの商店街じゃない。
もう空は真っ暗。
行き交う人も減ってきてる。
連なるお店の明かりと通りを照らす魔道具のランプ。高い建造物群のせいで星も見えづらい。方角も分からないから一度停留所に戻るなんてこともできなさそう。
わふーん。もっと迷っちゃったよー。
ぐすんと鼻をすすった。
わたしこのまま迷子でお腹を空かせて死んじゃうのかな?
そしたらさっきの子どもみたいにスリで生きていくとか?
心細い気持ちのせいで、良くないことまで考えてしまう。
トボトボと肩を落として歩く。
長い旅路の光景との差があり過ぎて戸惑う。
わふーん。マルーどこー。
もうフォルテに帰りたいよー。
このままだと石みたいに固い床の上で寝ることになるのかな? だけど危ないから寝るわけにもいかない。そしたら屋根の上にでも跳び上がるかな?
孤児院のベッドでみんなとお話をしながらゆっくり寝ていたことを思い出す。
森みたいに危険がなくて、乗合馬車の席に座って寝るんじゃなくて、足をゆったり伸ばしてあったかいかけ布にくるまって寝たい。
今日はきっと2ヶ月ぶりにぐっすり眠れると思ってた。
もう我慢ができなくて涙がぽたぽたと流れてた。鼻水も垂れてる。
ひっく。えぐ。と声が漏れる。
鼻と涙を流すわたしを見てもなにも気に留めずにすれ違う人。
心配そうな顔をされたけど急いでいるのか足早に通り過ぎる人。
うっかりぶつかって「汚ね」と吐き捨てる人。
わふーん。ごめんなさーい。
なんだか心が冷ゃっこいよー。
古代遺跡の真っ暗闇の中ではみんなのためにがんばれたけど、わたし一人になるとこんなにもよわよわになってしまう自分がいる。
わたし大人になってもこんなかな?
11歳ならもっとしっかりしないとダメだよね?
思えば。わたしはずっと誰かと一緒にいることができていた。
決してひとりぼっちじゃなかった。
森でも、孤児院でも、<プラント>でも、あったかい家族に囲まれていたんだ。
でもいまは一人。
そう思うと怖くてさみしくて、もう自分の足元しか見えなくて。
涙と鼻水で顔がグジュグジュになる。
足を進める一歩一歩が重くてなかなか進まない。
「おや? 嬢ちゃん。そんなに泣いてどうしたんだい? もう夜だってのに子どもが一人で歩いてたら危ないよ」
優しげな声がする。うつむいていた顔を上げた。
旅装束のチュニックと繋がった鼻水がびろんと伸びる。
エプロンをつけた丸っこい体のお姉さんがいる。
とても不思議そうにわたしのことを見てる。明かりを灯した魔道具のランプをお店の軒先にぶら下げようとしているところみたいだった。
通りの明かりに照らされて見えるのは増築されて古びた木造りの建物。建物には看板が掲げられていて……。
「はら……ぺこけだま亭……」
ここって……。
「うわああああん」
大声をあげて泣いちゃった。
涙があふれる目元に手の甲を当てるわたし。
だってだって。
ここが目的の宿屋だったんだもん。
「どうしたんだい! きゃあっ!?」
丸っこいお姉さんが心配して駆け寄ろうとしてくれるけどつまづいた。
転びそうになるお姉さんを素早く疾って支えた。
そしてわたしの頭の上を通り過ぎていくもの。お姉さんが手にしていた魔道具のランプが宙を舞ってる。高く飛んだランプが建物の壁面にぶつかる勢い。
考えるよりも早く体が動いていて舗装路を走り蹴って跳び上がっていた。
壁に激突寸前。わたしの頭と同じくらいのランプを胸に抱える。わたし自身も壁に向かって跳んでいたわけで。壁に脚をついて蹴ると一回転してから着地した。
「すご」
そんなわたしをぽけっとした顔で見てる丸っこいお姉さん。
「こ……れ」
魔道具のランプを差し出した。
「こりゃ驚いた。割れなくて良かったよ。ありがとう。買うとけっこうするからね」
受け取って床にランプを置く丸っこいお姉さん。エプロンの帯に結ばれていたタオルを手にしてる。
「可愛い顔が台無しだ」
「ん」
しゃがみ込んで涙と鼻水で濡れたわたしの顔をふわふわと優しく拭いてくれる。涙は止まってた。
「うん。いいね。美人さんが元通り。なにがあったか知らないけどランプの御礼をするからね」
御礼? そんなのいらない。
「あたしはウテル。ついておいで」
「わふ!?」
返事をする間もなく。力強く手を引かれて扉の中へと連れ込まれた。
この人、宿屋の人?




