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50歩 一枚の絵画

「とうとうきたぞ! フェリシタルだ!」

「あ……れが、聖王都」


旅の道連れとしてずっとわたしの隣にいた男の人マルー・シャンが立ち上がって手を広げている。まるで輝く太陽の祝福を受け取るように。

人懐こい桃色電気石ピンクトルマリンのように薄く桃色味を帯びた瞳が無邪気に輝いてる。

今日もわんこな性格がしっぽをぶんぶん降ってるように目に見えてしまいそう。


同じ乗合馬車に居合わせている人たちからも喜びの声が上がっていた。同乗しているお客さんは旅の途中で下車する人も乗車する人もいた。


御者のおじさんも陽気に鼻歌を口ずさんでるし、冒険者パーティー<旅鴉たびがらす>の4人も肩の荷が降りたという感じで力が抜け切っている。

みんな目の前の光景に釘付けだ。


わたしたちの視線の先にそびえる巨大な建造物。その建造物はいくつもの塔が配されている荘厳なお城だった。

背後には切り立った白い山があって、お城は山肌と融合するように建築されている。決して標高は高く見えないのにまるで天にも届くように感じるほどの存在感。


「す……ごい。綺麗。光って輝いてるみ……たい」

「ほんとだよな。なんで光って見えるかは知らないけどさ。あのお城は遙かな古代、神々の時代に創造されたって話があるくらいなんだ」


そんなの想像もできない。だけど確かにあるその光景に圧倒されて息を飲み込むくらいだった。

マルーの瞳もキラキラと輝いてる。


白い山と融け合うように築城された真っ白なお城。太陽の陽射しを受けてまるで祝福されて輝いているようだった。

乳白色に輝くお城は聖王都の一番高所に築かれている。さらにはお城を見上げるように厳かな建築物が並び建っていた。


「お城の周りの建……物も彫刻や細工が綺麗に見えるね」


ここからだと細かいところはよく見えないけど、遠目でも分かるくらいに見事な装飾が施されてる。


辺境の城塞都市フォルテと全然違う。あっちは石造りの建造物が多かった。中心地以外は木造りがほとんど。

聖王都の建造物に使われている素材はきっと全然違う。乳白色に輝く素材はきっとなにかの鉱石?なんだろうけど、さっぱり分からない。


「ああ。城を中心に上層部分はこの国の国教となる神聖な大聖堂や魔導を統べる魔法省とか、国の重要な施設や貴族たちの館があるんだよ」


御者のおじさんが答えてくれた。マルーもへー、とか。ほー、とか言ってる。

聖王都にくるのはわたしと同じで初めてだもんね。


「聖女様もいるの?」

「聖女様候補なら王立学園や大聖堂にもいるだろうさ」


候補? そしたらセイアもいるのかな?

青い髭のおじさんに『聖女を目指せ』。なんて言われたくらいだから聖女様候補は何人もいたりするのかな?

わたし、なんにも知らないんだよね。


そのあたりのことは変に知ってるとおかしいからって『自分の目と耳で確認しろ。その方が人生楽しいだろ?』って眉をしかめて青いひげをさするおじさんに言われたんだよね。


「中層には聖騎士団の館や王立学園に王立図書館もあるんだぞ」


分からないけどあれが王立学園だったりするのかな?

きっとあそこに通うことになるんだよね?


「ほら、下層に向かうほど小規模な建物が多くなるだろ。あのあたりは後から増築された建物が多くある。扇状に商業地域や住居地域が広がってくのさ」


上層、中層に比べると下層が山の裾野に沿って広がってる。

フォルテよりもかなり大きい都。住んでる人の数も何倍もいそう。


「外周部の城壁には国軍の施設があってな。戦時ともなるとそりゃあ鉄壁の城塞となるらしい」


御者のおじさんが自分のことみたいに誇らしげにしてる。


「見てごらん。城壁が三層構造になってるだろ? 高低差もあるから守りやすくて攻め込まれにくいんだ」


マルーの指差すあたりに視線を送る。中層に一層、下層に二層、高い城壁が紋様のように繋がってる。


「ふーん。戦……争なんて起きないといいね」

「国境からここまで攻め込まれるなんてことはないと思うけどな。さあ。馬車に揺られるのもあと少しだ」


山から続くなだらかな斜面には畑が広がってる。聖王都の食糧事情をまかなうには少し狭く感じる。きっと国中から税として物納されているんだろう。

広い畑を区切るようにお城を中心に円状に小川が流れてた。堀のようにも感じる。


「あ……の川っておかしくない? なんであんな形になってる……の?」

「ああ。あれも敵に攻め込まれないようになってるんだよ。水を越えるの大変だろ?」


なるほど。そういうものなんだね?


「水車の風……景がのどかなのにね?」


小川の要所には水車があった。きっと穀物をひいて粉にしたりしてる。


「それよりもほら。お城の上を見てごらんよ」

「上?」


天を指し示すマルーに言われるままに上空を見上げる。


「島……が浮いてる。なにあれ?」


お城の直上。高い上空に島がいくつか浮いてた。

大森林フォレバストでも見たことのあるような島。

ここに浮いて連なる島々も太陽の光を受けてなんだか神々しい。


「あれは聖王都の象徴とも言われてる聖地なんだってさ。神様を崇める神殿とかあるらしいけど。庶民は眺めるくらいだよな。そうだろ?」

「そりゃそうだ。下々の俺たちにはお城以上に縁のないとこだわな」


マルーと御者のおじさんが楽しそうに話してる。


これが聖王都フェリシタル。

無骨にも感じる城塞都市フォルテに比べて、なんて雄大で荘厳な光景なんだろう。

繊細にも重厚にも感じられる、まるで一枚の絵画のような景色に心が圧倒されるみたいだった。


わたしはここで暮らしていくんだ。と思うと場違いな気がしてくる。どんな人たちがいるか分からないっていうだけで怖くなってくる。

田舎者をバカにするような人たちばかりだったらどうしよう。なんて。すっかり人族としての考え方になってる自分に少し驚く。


森でルプスお母さまと暮らしていたあのころが遠い昔に感じられてしまった。フォルテのヴァイゼ孤児院で暮らして、裏ギルド<プラント>のファミリーとして生きて、長い旅を終えていまがある。

幼いわたしにとってもうすぐ6年になる月日は長くて……とても短かった。


そして辺境の城塞都市フォルテを出発してからおよそ2ヶ月。ここまでの旅がほんとに長かった。

旅慣れている御者のおじさんは占星術に詳しくて、夜になると星の導きから方角を知ったり季節を知る方法をほんの少し教えてもらったおかげでなんとなく毎日が過ぎていく日数を実感できたんだよね。

占星術って楽しい。


ここまで。大きな都や小さな町、山に近い場所や海に近い場所も通った。

岩山の中に造られた都。

森と共生する街。

大きな湖とともに人生を育む町。とか。

どこもかしこも人々が長い時をかけて築いたと感じられるものばかりだった。

それぞれそんなに長くは滞在しなかったからそこに暮らす人たちがどんな風に生きているかまでは分からなかったけど、なんとなく雰囲気だけは肌で感じることができた。


人のいるところだけじゃなくて雄大な大自然に心が躍ることもあった。

やたらと雨が多くて霧に隠された湿原では通り抜けるだけでも苦労したり。

古代の地層がはっきりと分かる大峡谷に架けられた大橋を渡ったり。

時代の節目に起きたという大戦争の戦場になった大平野では失意のまま敗れた将軍の亡霊話にぞくりとしたり。

ほかにもいろいろ。


旅路の中で感じた季節感が違うときもあった。そこに住む精霊の影響で気候が変わることもあるんだとか。


道中も順風満帆というわけでもなくて。

野盗に襲われて戦う冒険者パーティー<旅鴉たびがらす>のみんなを内緒の狼の影(ウルブスシャドウ)で手伝ったり。

魔獣に襲われそうになって狼語で話をして仲介に入ってみたり。それでも戦うことになったり。

疫病に冒された小さな村にマルーと残って、病人たちの寛解後に速馬で乗合馬車に追いついたり。

ほかにもいろいろ。

いろんなことがあったけど、それはまた別のお話し。


旅の間。馬車の中ではヒマをしていたわけじゃなくて。わたしは毎日ずーっと馬車に揺られながら薬作りをしていた。最初はガタガタと揺れて慣れなかったけどやればできるものだと思った。

黒狼の騒動で薬の在庫が減っていたのは間違いないし、せっかく薬師のロフェーさんからもらった薬草があったからね。


御者のおじさんや乗客のみんなからの理解もあって、荷車の荷物をうまいこと積み直してもらって作業する場所の用意までしてもらえた。

あたたかい目で見守られながら薬草をゴリゴリスリスリしたおかげでたくさんの薬を調合することができた。


「アーヤちゃんの素敵な歌声が聴けなくなるのは寂しいなあ」


御者のおじさんが名残りおしそうに言ってる。


「ほんとだよな。長旅で疲れた心を毎日癒やしてもらえたよ」

「歌と葉っぱをゴリゴリする音が妙に気持ちよかったなあ」

「夜寝る前の歌も心にジーンときてよく眠れたよね」

「アーヤちゃん。もしも劇団に入ることがあったら観にいくよ」


ほかのお客さんも口々にわたしの歌を褒めてくれる。

薬を作るときは労働歌のようなものを。寝る前は聖歌を必ず歌っていた。


労働歌は孤児院で薬を作るときに子どもたちと歌ってた。その方が不思議と仕事が捗るし楽しいから。

聖歌はヴァイゼ孤児院でファイン先生が始めた合唱で習った歌。聖歌は毎晩のように一人で歌っていたからね。

フォルテの夜に響く歌声がなくなって、きっと静かになって良かったと思われてるかな?


乗合馬車では最初こそ遠慮して歌わなかったけど、うっかり歌いたくなって小さく口ずさんでいたらマルーに催促されて歌ったんだよね。そしたらみんなが聞きたいと言ってくれて。毎日歌うのが当たり前になっていた。


劇団に入ることって言われてもなあ。そこまでの歌じゃないと思うよ?

でもでも女優になるなんてことができたらいいなあ。なんてことも思ったことがあるし。おままごととは違う本物の舞台を観てみたい気持ちはある。


「くるる!」


鉄とトカゲと鷲を足したようなクロガネリュウワシのクロちゃんが可愛いらしく力強く鳴いた。

御者のおじさんが手綱を引くとクロくんの巨体がゆっくり止まり乗合馬車が停留所に停車する。


「到着だ! 旅の幸運に感謝を!」


拍手喝采。乗客みんなが笑顔を浮かべてる。

フォルテと違って広い停留所にはたくさんの乗合馬車がいた。毛長馬ばっかりだけど、この国の首都だけあって人族がたくさんいる。亜人は一人もいない。


交易のための倉庫群も隣接していて商人たちやそこで働く人たちで賑わっていた。内陸の貿易港みたいな感じにも圧倒される。

クロガネリュウワシもいるしほかの種類の輓獣ばんじゅうもいる。猪とダンゴムシを足したような獣。牛とカブトムシを足したような獣とか。サイと岩を足したような獣は見たことがある。どれも巨体で見応えたっぷりだった。


「マルー。こ……こでお別れだね」


みんなが乗合馬車から降りていくのに席に座ったままぼけっとしているマルーに声をかけた。


「ん? そうだなあ。アーヤはこれからどうするんだ? 目的地は?」

「アーヤは住……み込みで働く宿屋に行く」

「宿屋! それなら俺もついて行ってもいいかな!? 実はさ。俺。行くあてがないんだよな!」

「え?」


や。そんなに人懐こい目で見られても。

重たい背負い袋を背負って大きな革の手提げ鞄を持ったわたしの後をついてくる気が満々。しっぽをぶんぶん振るう幻が見える。

あてがないってどうするつもりだったんだろ。

少し大きめの四角い手提げ鞄だけを手にするマルーとの縁はまだ終わりそうにないね。


「クロちゃん。フォルテに帰……るときも会えるといいね」


クロガネリュウワシに赤い実の干し果実ドラクルプラムを口の中に放り投げたら「くるる」と喜んでもぐもぐごっくんしてる。


「アーヤちゃん。また会えるといいね」

「うん。み……んな元気で」


にこにこしてる御者のおじさんに、冒険者パーティー<旅鴉たびがらす>のみんなとお別れの挨拶をして停留所を後にする。


聖王都フェリシタルの検問所を無事に通り抜ければ都に入れる。

そしたらここでの生活が始まる。

まずはわたしがお世話になる宿屋に向かうこと。

それが。最初に進む道。

なんでかマルーも一緒だけど。


きっといろんな人と出会うと思うとドキドキする。


あ。ルレール先生からもらった暗器一式もどうにかしないとだね。

どこかに隠しておいて後で取りにくるしかないかな?

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