49歩 生きる道
「うー。昨日は飲みすぎたあ」
「気持ち悪」
「俺も飲みすぎた」
乗合馬車の荷車に食材を運んでいる冒険者パーティー<旅鴉>の男性3人が気持ち悪そうにしてる。
これからクロガネリュウワシのクロくんに牽引されて乗合馬車がゴトゴトガタガタ揺れるのにだいじょぶかな?
「お仕事お……つかれさま。二日酔いにいい薬があるけど飲……む?」
「「「いただきます!」」」
大きな革の手提げ鞄から薬包紙を3袋取り出して渡した。
水も飲まずにサラサラと散剤を口に落としてむせてるし。
「げほ。俺はあんまりなにもしてないのにずいぶんご馳走になったなあ。俺もムツアシムツメの母子を見たかったなあ。遠吠えしか聞いてないんだよなあ」
「でかくて怖かったぜ。下手すりゃ死んでた!」
「あれは二度とお目にかかれんな。一生の思い出になるかもな!」
ウォリさん、ファイさんは得意そうにしてるけど、ソルさんが一人だけ悲しそうにぼやいてる。
「ソルはずっと停留所で留守番だったものね。それにしてもみんなだらしがないなあ。お酒は飲んでも飲まれるな! ね。マルー?」
「そうそう。我を忘れるほど飲んではいけないね。楽しいお酒を心がけた方がいいよ。自分の身を守るためにも。なあアーチちゃん」
「「ねー♪」」
二人で向かい合って手を合わせてるし。いつの間にかとっても仲良しになってる。アーチは女の子だから当然だけどマルーも女子かな?
二人とも男性陣と変わらずお酒をいっぱい飲んでたのにケロッとしてる。
「昨日はみんな楽しんだみたいだな。護衛の仕事をおろそかにしないでくれよ? まあ。町の近くで襲われることもないとは思うが」
荷車で作業を終えた御者のおじさんが降りてきた。
「アーヤちゃんのおかげでもらえた食材の積み込みは全部終わったよ。薬師ギルドのお偉いさんはまだこないのかい? 次の拠点への到着が遅れてしまうからそろそろ出発したいんだがね」
薬の御礼をしたいと宴で伝えられたんだよね。出発前にはくる約束だったけどまだ……。
「き……たよ」
こちらに向かってくる薬師のお姉さんと数人の男の人。大きな荷物を両手に抱えて背中にも大きな荷物を背負ってる。
「お待たせー! ちょっと整理に時間がかかっちゃってー!」
まだ距離のあるところから大声で呼びかけてくれた。そのせいかヨタヨタして転びそう。女性な上に薬師は非力な人が多いから。
「ロフェーさん。手……伝う。おも」
薬師のお姉さんの名前はロフェーさん。
すぐに駆け出して荷物を一つ受け取ったけど、腕の細いわたしにとっても重かった。
もっと筋肉を鍛えた方がいいかな?
<旅鴉>の4人とマルーも手伝ってくれる。アーチさんが力が弱いのは分かるけどマルーも重そうにしてへこたれてた。女子かな?
「アーヤちゃん。これ全部持っていってくれる?」
ロフェーさんがたくさんある麻袋の中身の一つを見せてくれた。中には麻の小袋がたくさん入ってる。
「こ……んなに? もらえないよ」
一つ一つを確認すると種類別に分けられた薬草がいっぱい入ってた。たとえば森の中で採集するとしたら何日も何日もかかってしまうような量だった。
「なにを言ってるの。アーヤちゃんが出し惜しみなく大盤振る舞いしてくれた薬に比べたら大したことないわよ。調合前のものだし手間ヒマを考えたらこれじゃ足りないくらいよ」
そういう風に言われると確かにそうなんだよね。原料になる薬草はあくまでも素材。調合の道具を使って正しく作らないと薬の効果は得られない。
「効能効果も考慮したら当然よ。足りない分は……はいこれ」
ロフェーさんからなにかが書かれた紙切れを2通渡されたから受け取る。
「な……にこれ?」
「こっちは受領書。もう一枚は薬師ギルド名義で発行した為替証書。両替商で換金してね」
「換金て……こんなにいっぱい!?」
覗き込んでいた<旅鴉>の4人もびっくりしてる。
「適正価格なんじゃないか?」
受領書にさらっと目を通したマルーが金額と見比べてる。顎に手を当てて一人で納得してる。
マルーってそんなことが分かるの?
「でもこ……んな金額じゃ多すぎるよ」
ヴァイゼ孤児院で作った薬は運営資金にするために売っていた。
わたしもフォルテの薬師さんと価格帯であれこれ相談したことはあるけど、まとめ売りをしたりしてもっともっともっともっと安かった。
優しいいい人たちばかりで買い叩かれてたってわけじゃないと思う。
薬草園に素材は豊富にあったから採集費用はかからないし孤児院価格だったりするのかな?
「だからあ。アーヤちゃん印の薬はそれだけ価値があるの! 大怪我をした人だけでも何十人いたと思ってるの!」
わたしがあげた薬袋を突きつけられた。
袋には狼耳のわたしの似顔絵が描いてある。わたしの手描きでわたしが調合したというささやかな印。
最初のころはそんなの入れなかったけど、薬師の人たちは自分が作ったということを知ってもらうためにサインやマークを入れることがあると聞いてわたしも真似をするようになったんだよね。孤児院のみんなもそれでいいって言ってくれたし。
狼耳が可愛くてちゃんと狼しっぽも描いてあるのがポイント。孤児院では絵を描くことも習っていたんだよね。
「それに今回の騒ぎで発生した怪我人の治療に使っただけなら緊急時ってことでまだいいけど、ほかの人たちにも求められるままにあげちゃってたでしょう? 胃薬とか。頭痛薬とかいろいろ。それぞれ回収して魔法鑑定して大体の価値は把握したのよ。ただってわけにはいかないわ」
確かにあげてた。わざわざ魔法鑑定をするあたりかなりしっかりしてる。わたしみたいな子どもだから怪しいと思われたのかな?
「アーヤが勝手にし……たことだし……」
わたしとしては別に見返りが欲しかったわけじゃないし。
「ダメ! いい? そんなことすると困る薬師もいるの! それはよく覚えておきなさい。受領書にある通り魔法鑑定の分は経費としてちゃんと差し引きしてあるからね」
「そ……うなの?」
「ああ。ちゃんと記入されてるよ。ほらここ」
紙切れにマルーが指を差して示してくれた。ほんとだ。ちゃんと書いてある。
「でもでも。こ……れじゃもらいすぎだよ。薬はまだあるから置……いてくよ?」
「それじゃ旅先で薬が必要になったときに困ることもあるでしょう。道中、薬を売って路銀にするつもりだったんでしょ? 渡したのは為替証書だからすぐにお金にできないし。あ。少しだけ現金にしておく?」
や。そんなつもりはなかったんだけど。そうか。そういう旅の仕方もあるんだね。
「い……らない。荷……物の中からすぐに持ってくるから」
背負い袋の中にはもうちょっとアーヤ印のお薬があるからね。
「いいって! こっちがもらいすぎになっちゃうから!」
「でもでも! 申し訳ない……もん! はいこれ! これも!」
背負い袋から取り出した薬袋を荷台に置いていく。
「だからー。……そうだ! もし良かったならなんだけど薬の処方箋を交換しない?」
「交……換?」
「実はね。とっても効き目のいいアーヤちゃんの傷薬の作り方を知りたかったの。代わりにわたしの秘伝の調合を教えるからさ。対価としてはわたしの方がもらいすぎな気もするけどね。あれこれ言ってると出発時間が過ぎちゃうからこれで決まりにしましょう!」
だーっと早口で言われた。人が作った処方箋には興味がある。わたしの薬の作り方が役に立つならうれしいし。
御者のおじさんがわたしたちのやりとりが終わるのをまだかまだかと待ってるし。
「分……かった」
「良かった。もちろん誰にも教えないから安心してちょうだい。それとアーヤちゃん。こっちきてくれるかしら。二人きりで話しましょうね」
手を引かれてみんなの耳に聞こえなさそうな距離まで移動した。
調合の腕と知識は薬師によって違う。努力して得た薬の調合方法は秘密にするのが当たり前だから。それに毒にもなる薬の調合は薬師や医師にだけ認められたもの。
「口伝でもいい? 覚えられる?」
「う……ん。だいじょぶ」
お互いに口伝えで教え合った。
ふーん。そんな調合方法もあるんだ。初めて聞く手法に感心する。
処方箋を紙に記すこともあるけど口伝だけで師弟関係を築く薬師もいるくらいなんだよね。ヴァイゼ孤児院では子どもたちがあれこれした実績を台帳にしっかり記録してある。受け継ぐために。
「おーい。そろそろ出発してもいいかい? ほかのお客さんも待ってるからよお」
御者のおじさんが御者台に乗り込んでクロガネリュウワシのクロくんの手綱を握ってた。
薬草がたくさん入った麻袋がわたしへの断りもなく荷車に乗せられ終わってる。みんな客車に座ってるし。
「聖王都へはわたしも行くことがあるからまた会える日を楽しみにしてるわ。旅の幸運を祈って」
「あり……がと」
深々と頭を下げた。
これで出発だね。
「おーい! お嬢ちゃーん! 待ってくれー!」
野太い声が聞こえる。頭を上げて声のする方を向いた。
ごっつい体の人たちが大勢こちらに向かってくる。
肩を支え合ってたり、包帯をしていたり、怪我をした荒くれ者の開拓者たちだった。その数、数十人。
ええ? どういうこと?
「良かった! 間に合った!」
わたしの目の前にたくさんの男の人たち。にこにこ、くしゃくしゃとした笑顔でわたしを見下ろしてる。
「え……と?」
わたし、なにか変なことした?
「嬢ちゃん! あんたのおかげでみんな生きてる! ありがとうよ!」
母黒狼の肉球がお腹にめり込んだ人だ。代表して話してるっぽい?
元気で威勢のいい大きな声。
それに続くたくさんの感謝の言葉が青い空から降り注ぐみたいだった。
「あの。ムツアシムツメの子どもを運ばされていた御者です。雇われとはいえ、まさかあんな恐ろしいことになるとは思わなくて。俺も助かりました。ほんとにありがとう」
聞くと収穫した素材とかを運ぶことを生業にしている運搬屋なんだとか。きっと無理強いされたんだね。
「看病ばっかりしてもらっておいて礼の一つも言えてなかったからな」
「大怪我で動けない奴以外、なるべく全員で嬢ちゃんを見送ることにしたんだ」
「あんなに効く薬をタダでくれたって聞いたときは驚いたよ」
「嬢ちゃんがあの母子をなだめてくれてなかったら全滅するところだった」
「こうして生きてることにほんとに感謝してる」
「ありがとうよ」
みんなから一言ずつ感謝の言葉をもらいながら次々と握手を交わしていく。その度に「良……かったね」「どういた……しまして」「怪……我しないでね」「気をつ……けてね」「元……気でね」とかお返事をした。
涙が出る。
こんな風にたくさんの感謝をもらうのは初めてのこと。わたしがしたことでみんなが笑顔でいてくれる。
それに母黒狼のリュコスお姉さんを人殺しにさせてしまうことがなくてほんとに良かった。子黒狼のルーにそんな様子を見せなくて良かった。そんなことも受け継がれてしまうから。
もしもお母さんが死んでしまうことがあったら。わたしと同じように人族を憎んで復讐を誓っていたと思う。そんなのはダメ。
ほんとに良かった。
「これでまたフォレバストの開拓に精が出せるってもんだ!」
開拓者の人たちが朗らかに高らかに声をあげて笑ってる。
そうだね。生きるためには狩りをする。
ときには夢のために。
この町の人たちに会ってそれがよく分かった。
それは孤児院の子どもたちが将来を夢見ることときっと変わらないこと。
「また。会……えるといいね」
「旅の幸運を祈って!」
ぺこりとお辞儀をした。
客車に乗って席に座る。マルーにもらったクッションをおしりに敷いて。
御者のおじさんが気を利かして乗合馬車の幌を外してくれていた。
何度も何度も手を振った。
感謝の言葉がずっと絶えない。
見えなくなるまで見送ってもらった。
なんて盛大なお見送りなんだろう。
荒くれ者がたくさんいる開拓者の町が見えなくなって大森林フォレバストが少しずつ遠ざかっていく。
懐かしい出会いに、新しい出会いと楽しいお別れだった。
薬師として感謝される喜びも改めて知れた。従魔師として獣と人族の間に立つという道があるということも知った。
また。あの町に遊びに行けたらいいな。
聖王都へ向けて乗合馬車が進んでいく。
行く道を遠く眺める。
変わらないあの日の誓い。
だけど分からない。
「アーヤの生きる道……どこへ続いているのか……な」
ぽつりとつぶやいた。
自分のことも。誰のことも。
未来は分からない。
あの町に待っていた未来が、絶望だということを知るのはずっと先のことだった。
〜第四章 旅路 完〜
続 第五章 聖王都




