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43/50

43歩 広がる森

「アーヤ。俺と一緒に町に行くだろ?」


町の外。乗合馬車の停留所で止まった幌馬車の座席に座ったままのわたし。マルーが肩にポンと手を置いてきた。


「え? そ……うなの? 御者のおじさんが食……糧を調達できしだい出発するって言ってたよ?」


「ああ。だけど昼食を食べるくらいの時間はあるとも言ってたろ。せっかくの旅なんだからここの食事を楽しんでくるのもいいだろ? それに少しくらい遅れても待っててくれてるさ」


そういうもの?

それならわたしも行きたい。とっても気になることがあるし。


「そ……れなら町の向こうまで行ってみたい。時間、だい……じょぶかな?」

「ん? 小さい町だから大丈夫だろ。それじゃあ行こう!」


幌馬車から先に降りたマルーに自然と手を差し出されて手を繋いでしまった。

大きな革の手提げ鞄を手に、荷車にかけられた取り外し式の階段を使わずにぴょこんと飛び降りる。


幌馬車の護衛をしている冒険者パーティー<旅鴉たびがらす>の一人が腰をかけてヒマそうに剣の手入れをしていた。

なんで一人なのかな?

名前は……えーと。一緒に食事をして自己紹介をしたときの記憶を思い出す。


「ソルさん。ウォリさんとファイさんとアーチさんはどうしてるの?」

「次の中継地までに必要な食材を調達しに行ってるよ。俺は一人で護衛と留守番。旅の馬車を狙う盗っ人もいるからな」


泥棒なんているんだ。馬車には荷物がいっぱいだもんね。わたしの荷物が盗まれたら確かに困る。

冒険者4人ともすっかり仲良しになってる。

冒険者っていう職業もいろいろあるんだね?


「守ってくれてあり……がと。これ。あげる」


ドラクルプラム、赤い実の干し果実をあげた。


「お! これうまいやつだろ! ありがたくいただくよ!」


うれしそうに受け取るとぱくっと一口で放り込んでる。味わって食べてね?


「ソルさん。ちょっと行ってくる……ね」

「留守番よろしく!」

「ああ。アーヤ。マルー。気をつけて行くんだぞ。荒っぽい連中が大勢いるからな」


荒っぽい連中ってなんだろ?

ソルさんに手を振って町へと入っていく。


「ねえ。な……んで手を繋いだままなの?」


マルーにしっかり握られたまま離れない手。


「え。お子様を一人で歩かせたら危ないだろ。手を繋いでおけば安心じゃないか」


ニッカリ微笑むマルーの笑顔。

握られた手が大きく揺れてぶんぶんするくらいの勢い。はしゃぐわんこのしっぽかな?


町に入るとキョロキョロと見回しながらキラキラした目で落ち着かないマルー。あっちこっちと手を引っ張られて進む。わたしよりも歳が上なのにお子さまかな?


ほんとにわんこみたい。うん。やっぱり誇り高い狼とは違う。

わたしはみんなにいっぱい犬って言われたけど断固として違うと思う。


「まずは昼ごはんを調達しようか! お金に余裕はある?」

「うん。少しなら。お……腹すいた」


ここにくるまで日は経ってるけど人族のいるところにくるのは初めてだからね。旅費には手をつけてない。

お昼を食べないのが当たり前になってるけど、いい匂いが漂っていて自然とお腹が鳴ってしまう。わたしの鼻もヒクヒクとしてワクワクしちゃう。


「えーと。あれにしよう!」


マルーの見つけたお店でパイの肉包み焼きを買った。


「お店で食べるのでいい?」

「う……ん」


町はけっこう人が多くて道ゆく人が多い。

城塞都市フォルテとはまた雰囲気が違う。どこもかしこも慌ただしい。大通りには武器、防具屋、鍛冶屋、道具屋とかばかりがあって、食材とか生活用品を取り扱う普通にありそうな店がほとんどない。

食べ歩きだと落ち着かないから店内の席についた。

ふんふん。ふんふん。ふんふん。

だいじょぶ。


「犬かな?」

「犬じゃない。お……」


狼って言いたいけどがまん。


「お?」


不思議そうにしてるマルーをほっといて、さっそくパクリともぐもぐする。


「お……いひい。ひゃーわせ」


口の中いっぱい幸せ。あんまりおいしくて頭の周りで花の妖精が飛んでそう。

ふふ。口の周りに食べかすがついてるとトゥリックが取ってくれて口に入れてたなあ。


「甘辛くて美味しいー! こんなのうちじゃ食べれなーい!」


マルーがすっごい心の底から喜んでそうに声を上げてる。女子かな?


「ん?」


小首をかしげるわたしの視線に気づいたマルーが咳払いしてる。


「あ。いや。俺ってあんまり自炊しないからさ」


そういえばキャンプの炊事もあんまりしなかったもんね。一応手伝ってくれることもあったけど包丁とか下手だった。かまどの火付けも不慣れみたいだったし。


「マルーってなん……のために旅をしてるの?」

「え。俺? あー。んー。聖王都で働きたいと思ってさ」


ふーん。それなら別にそんなに慌てなくてもいいのに。なんか嘘っぽい感情が伝わってくる? でもほんとのことも言ってる気がする。


「働くって言えばお……店の人が忙しそうだね」


お店の中はいっぱいの町の人で賑わってるせいで給仕の人が大変そう。

見た感じお客さんは力仕事をしていそうな人たちばっかり。武装してる人もいっぱいいる。

それぞれの話が気になって耳を傾けた。


「今日は大収穫だ。朝から狩りに行ったかいがあったぜ」

「稼ぎ放題だな。数年前に比べると価値のある獲物が多くなったよな」

「でもよう。魔獣も多くなってるのはいただけねぇよな」

「ああ。確かに。まああまり深くまで潜らなきゃ問題ないだろ」

「そうそう。表層だけでも実入りがいいからな」

「表層って言えば森が広がってるって話は本当か?」

「そうらしい。古参のやつに聞いたんだけどよ。数年前は町からもっと離れていたらしいぜ」


獲物? 魔獣? 森が広がってる?

この町に着く前から見えていたどこまでも続いていそうな森。なんだか懐かしく感じていた森。もしかして……。

とても気になって聞き耳を立てていた。


「気になるアーヤ? ここは魔獣が巣食う魔境と言われる大森林フォレバストを開拓する町だからね。荒くれ者がいっぱいいるんだよ。って、俺も聞いただけの受け売りだけど」


え? いまなんて言ったの?


「フォレ……バスト?」

「そうだよ。フォレバストには豊かな資源と魔獣の素材が山のようにあるからね。冒険者や狩猟者が集まって自然と集落になったりする。ここもその一つでほかにもたくさんあるらしいよ」


そんな話はフォルテでも聞いたことがある。だけど聖王都までの道程にそんな町があるなんて聞いてはいなかったし通るとも思わなかった。

懐かしい大森林がすぐそこにある。


「マルー。見……に行きたい」


すぐに席を立って店を出た。


「待てよ!」


マルーを待たずに駆け出した。


森。森。森。

森だ。

みんなのいる森が近くにある。いますぐルプスお母さまと暮らした家に帰りたい。トゥリックやクッカが待っている妖精郷に遊びに行きたい。ピスィカと狩りをした森の中を走り回りたい。

そうだよ。いますぐみんなに会いたい。みんなの笑顔が心に浮かぶ。


思いがどんどんふくらんでいく。

わたしの心が自然と笑顔になってほほがほころぶ。


だけど……大急ぎで駆けていたのにゆっくりになっていく。

足が止まって立ちすくんでいた。

前に続く町の景色が歪んで視界が揺れる。

涙があふれて止まらない。

道にパタパタと雫がこぼれてく。


城塞都市フォルテで生活していたときから。何度、ヴァイゼ孤児院を飛び出したいと思ったことか。

行こうとして行く先が分からずに。城門の手前まで行っては何度、戻ってきたことか。

闇夜に紛れて城壁の上から何度夜空を眺めたことか。

場所が分からないとどうしようもない。


それが現実。

いまだってそう。

樹海が広がっていると、いまさっき聞いたばかりの大森林は広大だ。そして魔境と言われるほどに恐ろしい怪物がひしめいてる。森で暮らしていたわたしは誰よりもその事実を知ってる。


行きたくても行けない。場所が分からない。行ったとしてもあてもなく彷徨うだけ。怪物に襲われて食べられてしまう。

いくら治る体を持ってるわたしでもバラバラにかじられたら死んでしまうと思う。


森はすぐそこなのに。手が届くのに。あまりにも広い森が近くて遠い。

止まったはずの足はゆっくりと進んでいて。いつの間にか町の外へと歩いていた。


止まらない涙でにじむわたしの瞳に森が映ってる。首を巡らすと地平線の向こうまで森が続いてる。

どこまで続いているのかさっぱり分からない。ここから見える森の反対側にたどり着くにはどれだけの時間がかかるんだろう。どこかに大瀑布に繋がる大河があるのかな?

だけど天宙世界樹は見えない。あんなに大きな樹が見えないなんてこの森はどれだけ広いんだろう。

それともなにか見えない理由でもあるのかな。


「アーヤ。なにか悲しいことでもあるのか?」

「うん。い……っぱい。心の中に楽しくて悲しい想い出がい……っぱいあるの」


マルーを見上げて泣いた。顔がぐしゃぐしゃに歪む。両手でぬぐっても土砂降りの雨のように顔を濡らしていく。


「アーヤ……」


わたしの頭がマルーの胸に抱えられた。マルーったら細い体なのに胸は厚い。しっかり顔に押しつけられて頭と背中をなでなでさすってくれる。

そんな優しいことをされたら……もっと泣いちゃうよ。


「うわあああああああん」


声をあげて泣いてしまう。涙がぼろぼろとこぼれてマルーの胸を濡らしていく。


「アーヤとマルーじゃないか」

「どうしたのそんなに泣いて?」

「転んだりでもしたか?」


ウォリさん、ファイさん、アーチさん。冒険者パーティー<旅鴉たびがらす>の3人がいた。


「いや。俺も分からないけどさ。泣きたいみたいだからね。君たちは? 食糧の調達はできたのかい?」


マルーの質問で3人が話を始めた。


「いや。それがさ。料金をふっかけられて折が合わなかったんだよ」

「景気がいいみたいなのにあんなに高いんじゃ買えないよ!」

「どうもこの町に滞在する開拓者が多くなりすぎて食糧が足りなくなってるらしいんだ」

「だから馬車に戻って相談しないといけないんだが、その前に魔境を見ておこうと思ってね」

「わたしたちもいつかは森の探索に行きたいと思ってるのよねー」

「まだまだ実力が足りなくて旅から旅に護衛なんてしてる根無草だけどな」

「あれ見て! 開拓者たちがあそこに獲物を運んでるよ!」

「解体屋だな。森に近いところに店を構えるものなのさ」

「ほかにもいろんな店がありそうだ」

「レアな素材を手に入れるのって憧れだよねー」


放っておいたら話が止まらなさそうなくらいにしゃべってる。


「ちょっとちょっと。話はいいけどさ。必要な食糧が買えないと困るんじゃないかい?」


それはわたしも困る。みんなの話を聞いてるうちにわたしの気持ちも落ち着いてきた。


「もちろん。旅が続けられなくなる」

「食べ物がないと行き倒れになっちゃうね」

「そろそろ戻って御者と相談してこようじゃないか」

「あ! あれを見て!」


冒険者パーティー<旅鴉たびがらす>唯一の女子、アーチさんの声でみんなが大森林フォレバストに視線を向けた。

一台の荷馬車と人馬が数騎。こちらに向かって走ってくる一団がいる。

荷馬車の速度がかなり速い。整備されていない平地を走っていることもあって、倒れそうに思えるくらいにガタガタと車体を揺らしてる。


「逃げろ! 追いつかれる!」


人馬の一人が振り返りながら叫んでる。

その後ろに真っ黒で巨大な魔獣が迫っていた。

あの姿は……黒い狼。

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