42歩 囲む鍋
「おしり痛い」
とうとう我慢ができなくてうめいた。
クロガネリュウワシがズシンズシンと歩くと客車と荷車が牽引されてガタガタと揺れる。
木造りの客車の座席は木製。座面が革張りされている。中になにか詰め物がされているような縫製がされているけどぺちゃんこもいいとこ。硬さがおしりに直接響いて痛い。
こんなに座りっぱなしの状態が辛いなんて思わなかった。それなのにほかの乗客は平気な顔をしている? 文句を言わないだけ?
「ははは。クロガネリュウワシは進む速度が早い割りに乗り心地もそこまで悪くないんだぞ? まあ毛長馬に比べればいいとは言えないけどな」
料金所で助けてくれた男の人に笑われた。痛くて青い顔してぷるぷる我慢してるわたしが笑われた。
「そ……うなの?」
「なんだ知らないでこれに乗ったのか? ほかに比べて旅の日数がだいぶ早くなるんだぞ。なあ御者さん」
一番先頭の席についてるから御者のおじさんと気軽に話していた。
「そうさなあ。まあ道中や中継地点にもよるが10日かかるところを早い区間で7日ってとこだなあ」
そういえばこの乗合馬車を手配してくれたフォンセがそんなことを言っていたかも。
「結局は道のり次第だけどよ。それにフォルテから聖王都までの街道はかなり整備されてるから快適に進めるのもありがたい。そりゃあ大昔に造られたってぇ話なのに大したもんだ。俺が元々いた場所に比べると荷運びをするにはもってこいだな」
大昔。そうなんだ。
フォルテの地下には巨大な古代遺跡があるくらいだもんね。
幌の布地をぐいっと押して下を覗いてみる。石でできた舗装路が続いてる。クロガネリュウワシの大きな鱗足がズシズシ踏み締めてもびくともしていない。
ん? 舗装路の装飾の感じが古代遺跡と似てる?
「それにここらは割と穏やかな気候だから天気に左右されることがないからありがてぇよ。大雨や大雪が起きる地域じゃ立ち往生しちまうこともあるからなあ」
御者のおじさんがぼやいてる。
大森林フォレバストと辺境の城塞都市フォルテにいた期間。少し気温が高めだけど、一年を通してずっと穏やかな気候だった。嵐が起きたり寒風が吹いたりすることもなくほどよく雨が降る感じ。昼と夜の寒暖差はそれなりにあったかな?
大森林はとても大きな大陸の真ん中あたりにあるとかで辺境の城塞都市フォルテが一番近い場所にあると聞いたことがある。近いといっても遠いと思うけど。
「はは。それを思うとこのあたりは旅がしやすくていいな。とはいえ旅慣れしていない子どもには辛いだろ。あ。そういえば……ちょっと待ってな」
立ち上がって荷車に移動する男の人が荷物の中からなにかを持ってきた。
「これを尻に敷くといい」
柔らかそうなクッションを手渡された。
「いいの?」
「ああ。もしものために二つ用意してたんだ。それに見てみな。みんな尻に敷物をしてるだろ?」
視線で指し示された。
後ろを振り返ってみるとみんななにかを敷いている。
えー。旅には欠かせない便利アイテムだー。
フォンセもおじさんも誰も教えてくれなかったー。
ぷんぷんだよ。ぷんぷん。
客車は四列の座席がみっちりと奥まで続いてる。全部で40人と多い。荷車だってあるからかなり重いはず。毛長馬一頭じゃ絶対に無理。おっきくて力持ちなクロガネリュウワシのおかげだね。
そして一番最後尾に座る人たちが気になった。軽装鎧を身につけて武器を持ってる人が4人いる。みんな10代後半くらい。男の人が3人、女の人が一人。
「ほら早く受け取ってくれよ」
手を出す前に放り投げられた。料金所のときとか、なんかこの人って遠慮のない人だな。
「あ……りがと」
ほんとは受け取らないのがいいんだろうけどおしりの痛みを我慢できない。こんなのおしりが四つに割れちゃうから素直におしりに敷いた。
わふん。やわらか。幸せ。
思わずニンマリしてしまう。
「少し変わった訛りだな? フォルテ訛りになってはいるけど、ここの生まれじゃないのか?」
ヒマかな? よく話をしてくる人。
そういえばしゃべり方に気を遣ってなかった。おじさんやフォンセにチェーンにも注意されていたのに。
むう。わたしに染みついた狼の誇りがうれしかったり。でもこのままじゃダメだよね。
「えと。元々小さな村にいたらしいけどよく知らない。孤児だから」
なるべく丁寧に発音した。嘘とほんとを混ぜて答えておく。一応そういう設定でいく予定。
「へえ。なんで一人で旅を? まだ小さいのに」
この男の人、いろいろ聞いてくるなあ。料金所で助けてくれたのはうれしかったけどちょっとめんどくさい。
「……いろいろある」
「あはは。そんなに睨まなくてもいいだろ? ああ。そういや自己紹介をしていなかったな。俺はマルー・シャンて言うんだ」
なんだか楽しそうにグイグイくるなあ。そうだ。わんこだ。この人って犬っぽいかも。
「お嬢さんの名前は?」
人懐こい目で見られた。桃色電気石のような薄く桃色味を帯びた瞳が無邪気に輝いてる。長い髪を後ろで束ねてひとまとめにしてる。旅装束なんだけど襟付きのチュニックがピシッとしてる。
顔立ちが整っているのに性格わんこのせいか人懐こさの方が勝ってる。
「アーヤ・ルピナス」
こないだ名付けたばかりの自分のフルネームを初めて名乗った。ちょっと気恥ずかしい。
「アーヤね。奇跡って意味じゃなかった? いい名前だよ。俺のことはマルーって気軽に呼んでくれ。旅は道連れってな。よろしく!」
わたしの名前の意味を言ってもらえてうれしくなってしまったり。
「よろ……しく」
ニッカリと笑うマルー。握手を求められたので応えた。
ん? 男の人なのに手が細めでスベスベしてる。そういえばとても顔立ちの整っている細面。いわゆるかっこいい系の人。チェーンやフォンセが喜びそう。
そしてマルーのおしゃべりが止まらない。女子かな?
てきとうに相槌を打つことが多かったけど、楽しい話をされたりしてうっかり笑ってしまったり。
今日は朝早くに隠れんぼをして、相部屋でしんみりして、みんなとお別れをしていっぱい泣いて、ルレイル先生に呆れて、クロガネリュウワシによだれだらけにされて、お金をばら撒いて、いっぱい話をされて笑って。
……忙しい。感情の波が激しい。
少し。馬車に揺られて物思いにふけりたかった。おしりが痛くて無理だったけど。クッションをもらったいまはそれなりに快適。
お昼を過ぎても食事を摂らない人が多かった。休憩することなくクロガネリュウワシの歩みは止まらない。聖王都まで続くという街道を進んでいく。
夕方になって街道沿いの中継地にたどり着いた。
「お客さん。初日は予定通りに進んでるよ。野営の準備をしてくれ」
御者のおじさんの呼びかけでお客さんがそれぞれ幌馬車から降りてゆく。
近くの小川から水路が引かれた輓獣のための水飲み場がある。あとは火を起こした跡のある石組みのかまどがいくつかあるだけだった。
野営の準備が始まる。
テントを組む人もいれば寝袋だけの人もいる。わたしは座席で寝るつもりだったから掛け布しか用意してない。ほかにもそうする人がいるみたいだった。だけど夜は冷えるからテントが一番いい。
御者のおじさんは馬具を外してクロガネリュウワシのお世話をしている。
「おじさん。この子はご……はんを食べないの? 葉っぱとか?」
これだけ大きな体だもん。いっぱい食べそう。
「ああ。こいつは肉でも草でも食べるけどな。水以外は毎日食わなくても大丈夫なんだよ。それにほら。そこらに生えてる草でもいいんだ。そりゃうまいもんをやれば喜ぶけどな」
水を飲み終わったところで街道脇に生えてる背の高い葉っぱを食べ始めた。
おいしいものはやっぱり喜ぶんだね?
「これ……もう一回食べる?」
手のひらに赤い干し果実をのせて見せてみた。
今回はいつでも逃げられるように身構えて。またよだれだらけにされたらたまらない。
「わふ!?」
おっきい口ががぱっと開いて丸呑みされそうな勢いだったから飛び退いた。大瀑布で鮫ウナギに食べられそうになったときのことを思い出してゾッとする。
「アーヤを食べちゃダ……メ!」
「くるる」
可愛く鳴き声。口を開けて待ってるから放り込んであげた。巨体に比べてかなり小さい食べ物だからちゃんと味わえてるかな?
「くるるるる」
甘えた鳴き声が可愛い。うん。喜んでるみたい。
「嬢ちゃん、すっかり仲良くなったな。クロって呼んでやってくれ」
「クロちゃん。よ……ろしくね」
「くる」
可愛い。頭を下げてきたから鼻先を撫でた。ほっぺにすりすりしようとしてくるけど巨体すぎて体全体に押しつけられる感じ。
「わふん!」
圧力がすごくて転ばされちゃった。
「あはは。楽しそうだね。夕食の準備を手伝ってくれる?」
かまどで火付の準備をしてるマルーに声を掛けられたから手伝う。
「食材や鍋は荷車にあるから取りにきてくれ」
最後尾に座っていた武装した人たちが呼んでる。
この乗合馬車は朝夕食事付き。調理道具も食材も荷車に積んであると聞いていた。お昼を食べたい人は自分で用意した保存食なんかを食べるそう。わたしも少しだけ用意してある。
「アーヤ。取ってきてくれるか?」
「分……かった」
さっそく荷車に向かうと食材と調味料が放り込まれた鍋を渡される。
「お前。子どもなのに一人なのか?」
「うん。お……兄さんたちとお姉さんは四人で旅?」
「あん? 旅じゃないさ」
「俺たちは乗合馬車の護衛で雇われてる冒険者だよ。パーティー名は<旅鴉>って言うんだ。よろしくな」
「護衛って言ってもなにもなければただの雑用係だけどな」
「フォルテに近いこのあたりは賊が出ることもあまりないからね」
冒険者と初めて話をした。フォルテにも冒険者ギルドがあるけど関わることはなかったから。なにをしてる人たちかあんまり知らなかったけど護衛なんてするんだ。
「ふーん。えと。守ってくれてあり……がと」
ぺこりと素直にお辞儀をした。
「ん? ははは。しっかり守ってやるからな」
「新鮮な野菜が食べられるのもいまのうちだからしっかり味わえよ」
「俺たちも一緒に飯食っていいか?」
「仕事がひと段落したら行くから」
「うん。み……んなの分も作っておくね」
「そいつは助かる」
特に断る理由もないし。鍋を両手にマルーのところに戻った。
鍋に水を汲んでお湯を沸かす。切り分けられた野菜と干し肉を刻んで鍋で煮る。塩と固形の調味料に焼きしめられたパンを割り入れて、具沢山パン粥の出来上がり。
「黙って見てたら全部作ってくれたな。手際がいい」
「ん。料……理当番があるから」
「そうか。孤児院にいたと言ってたもんな」
マルーったら見てるだけで料理は手伝ってくれなかった。
「おーい。俺たちも混ぜてくれ」
「お邪魔してもいい?」
「うわ。うまそう」
「飯の用意をありがとうな」
「俺たちを怖がらないでくれるなんてうれしいよ」
さっきの冒険者4人がきた。
怖い? おじさんや敵に比べれば全然だよ?
パチパチと音を立てるかまど。くつくつと優しく煮える鍋を囲んでお互いに自己紹介をし合った。みんなで食事をしながらたくさんのお話を聞いた。
わたしもちょっとだけ会話に参加。
こういうのも楽しいかも。
ふと気づく。
いる。ついてきてる。
篝火の届かない闇の中にわたしを視ているなにかがいる。
胸が苦しくて怖い。
あれはなんなの?
食後、お片付けをしてから、睡眠をとるために座席に戻る。心臓が締めつけらるようでなかなか寝れなかった。
ふと目を覚ますと冒険者の人たちは交代で見張りをしていた。
起きたら多めに作っておいた夕食と追加の食材で朝食にする。
そして出発。
そんな数日を繰り返して街道を進む。
フォルテの周辺にあった耕作地はとっくにすぎて景色が変わってる。
川にかかる橋を越えて丘を登り、緑豊かで広大な平野を見送る。
そして。
小さな町に着く。町の向こうには大きな森がどこまでも広がっていた。
ここは……もしかして?




