41歩 輓獣(ばんじゅう)
城門にある検問所では通行料を払って無事に通過した。
暗殺計画でわざと捕まったときと同じ門兵がいてびっくりしたけどバレなかったし。
フォンセからもらった身分証はフォルテの役所が発行したしっかりしたものみたいでなんの問題もなかった。
旅の目的として聖王都の王立学園に入学する証明書を見せたらとても感心されて笑顔で応援までしてもらった。
わたしも耳長ウィンも手枷をされたあのときと対応が全然違うのはしょうがないことだけど、ちょっとほっぺたがふくれた。腹立つ。
「よう。アーヤ!」
城壁に沿って歩いていたら、ビシッと指を差す人が目の前にいる。
「えと? ルレイル先生?」
小首を傾げて聞いてみた。
「大当たり!」
風にのってきた匂いで分かったけど、いつもの隠密仕様の仕事着と違いすぎて見た目じゃ分からなかった。
頭の下半分だけ刈り込まれた長い灰色髪がさらりとなびいてる。
リボンタイをして細身の上下がシックな装い。なんていうかこざっぱりとしておめかししてる。スマートにかっこいい感じ?
「お見送りにき……てくれたの?」
「餞別を持ってきてやったぞ!」
折り畳まれた革布をばさっと広げるルレイル先生。広げた布は1メトル半くらいあっていろんな暗器がホルダーと一緒に収納されていた。体のいろんなところに装備できる大小スローイングナイフがほとんどだった。
ほかに通行人がいないからいいけどこんなところでなんてものを広げるの?
「あり……がと?」
みんなと違って武器。それも暗器。なんていうかこう。もうちょっと可愛いものがいいと思ってしまう。
「そんな顔するな! 検問所を通るためにほんの少ししか持てなかったろ? わざわざ警備兵の目を盗んで城壁を越えてきたんだ! 感謝しろ!」
革布を畳みながら爽やかな笑顔で感謝を要求された。
「聖女の修行に行くのに必要かな? 王……立学園に行くんだよ」
「備えあればだ! いざってときにないと困るだろ?」
背負い袋にしっかりと結びつけてくれた。
「聖……王都の検問所を通れるかな?」
「それくらいなんとかしろ!」
「分かった」
なんとかね。都の外に隠しておいて夜中に忍んで取りに行けばいいか。
「それとな。こいつも持っていけ」
「なに?」
それほど大きくない包みを渡された。
「ボルドが愛用していた魔道具だ。最期のあの日、リスクを避けるためにと身につけて行かなかった。まあ。形見みたいなもんだろ?」
悲しい感情がたくさん伝わってくるのに眩しい笑顔が悲しいよ。
「形見……。アーヤがもらってもいいの? おじさんは?」
「ティオもアーヤに渡せばいいと言ってたさ。それともいらないか?」
中身がなにかは分からないけど身寄りのないボルドの遺品だもの。
「ううん。もらう」
「そうか。ボルドもきっと喜ぶ。そいつにはちょいと特殊な仕掛けがあってな。説明書きも入れてある。持っていけ」
「うん」
ボルドが喜んでくれるならうれしい。
受け取って手提げ鞄に入れた。
「俺はここまでだ! この後はデートがあるんでな! 元気にがんばれよ!」
デート? それでそんな格好なんだ。ルレイル先生にいい人がいるとは思わなかったよ。
「うん。ルレイル先生も元気で。ありがと」
わたしの返事を待たずにひょいひょいと城壁を登っていく。素早い。おしゃれ着なのにいいの?
「あ! お前、絶対美人になるだろ! 礼をするんだったら大人になったときに俺とデートしろよ! 待ってるからな!」
「やだ!」
けっこう高いところで見下ろされて、そんなことを言われたから大声で返事をしておいた。
あ。姿が見えなくなった。
ルレイル先生はフォンセが言うにはかっこいいらしいんだけど、わたしにはよく分からない。あ。もしかしてフォンセって? デートの相手が少し気になった。
歩き進めると乗合馬車の停留所が見えてきた。
わたしが通ってきた城門の検問所とは別に城塞都市フォルテへの出入り口がいくつかある。ここはその一つ。
ほかの拠点と行き来をする隊列を組んだ商人たち、収穫物を運搬する農民たち、獲物を仕留めた冒険者たちとかが通る。
城壁の外に造られた大きな馬屋がある関係で平民が利用する乗合馬車もここを利用している。わたしが通った検問所は旅人のためのもの。遠回りになって面倒だけどそういう仕組みになってるからしょうがないよね。
もうそろそろ出発の時間かな?
幌馬車に乗り込もうと並んでいる人がいっぱいいる。御者と思われる人が複数の人と馬車と輓獣を繋ぐ馬具・輓具を装着していた。(輓獣とは車両やそり、農耕具などを牽引する使役動物のこと)
「あれ? 毛長馬じゃないや。御……者のおじさん。このすごいおっきい獣ってなんて言う……の?」
見たことのない獣に興味があって近づいた。とても大きくて立派。牽引される荷車・客車部分もそれに見合うだけの大きさをしている。巨大な車輪が10輪もついてる。
なんだろ? 鉄とトカゲと鷲を足したような感じ?
目が優しくて穏やかそうな感じ。
「ん? 気になるかい嬢ちゃん? 珍しいだろ? こいつはなクロガネリュウワシってんだ。盗賊に襲われたくらいじゃびくともしないほど頑丈なんだぜ」
馬具を装着し終わった御者のおじさんがパンパンと獣のお腹をさすってる。
「くるる」
ごっつくてかっこいい見た目と違って可愛い鳴き声。
なんだかわたしの手提げ鞄を見てる? もしかして?
背負い袋を下ろして手提げ鞄に入れておいたものを取り出した。
「おじさん。こ……れをあげてもいい?」
「お? ああ。そいつは喜ぶ。食わしてやってくれ」
手のひらのものを確認して快諾してくれた。
「はい。召し上が……れ」
大きな口の前に手のひらを掲げた。
手に持っているものはヴァイゼ孤児院の子どもたちが作った赤い実の干し果実。わたしがこの都にやってくるときにおじさんからもらった甘い食べ物。
孤児院の裏庭にある果樹から収穫したドラクルプラム。毒々しく感じるほどの赤色をしていて果皮が竜の鱗のようだから名付けられた。熟していないと酸味と渋みがひどくて、食べるとひどい顔になるし、種には死にいたることもある毒があることから悪魔の果実とも言われている。
この干し果実はあったかいお日様の陽射しをたっぷり浴びてぎゅっとした優しい甘味がほっぺをとろけさせてしまう悪魔の食べ物。わたしも大好き。わふん。
クロガネリュウワシがボフンと鼻息を吹いた。おお。目の色を変えてる。きっと大好きなんだね。
さらに手を近づけるために背伸びをしたら、頭から体ごとパクッとくわえられた。
「がる!?」
あぐあぐ舌が動いてる。生あったかくて息が臭いんだけど。
「おじさんー」
助けを求めた。
手のひらの干し果実を舐めとるくらいかと思ったのに大惨事。
「わっはっは。こいつなりの愛情表現なのさ。可愛いもんだろ?」
上顎と下顎の隙間から覗いてる顔が笑ってる。
や。全然だいじょぶじゃなさそう。頭と顔がよだれでベトベトになってる。
「むう。これじゃ客車に乗ったらみ……んなに迷惑だよ」
「そりゃそうだ。綺麗な水ならほら。そこで洗うといい」
綺麗な水……。水路から繋がった石組みの池のようなものがあった。きっと輓獣たちの水飲み場だね? ふんふんと匂いを嗅いだら、まあ綺麗そう。手桶があったからバシャバシャと頭と体にかけてよだれと匂いを洗い落とした。
旅が始まる前からびしょびしょ。なんてこと。
背負い袋の口を開けてタオルを取り出しそうとしたら、暗器の入った革布を縛りつけてあった結び目が解けて落ちた。はずみで開いてしまって中身が……。
「あ」
ルレイル先生。デートのために急いでるからってちゃんと結ばなかったな。ほんとに頭がパアなんだから。
御者のおじさんがすっごい見てる。慌ててもしょうがないから落ち着いて普通に背負い袋に結び直した。だって中に入る余裕がないもん。
「あー。もしかして武器の行商か? 小さいのに商いの免状を持ってるとは大したもんだ。嬢ちゃんも乗るんだろ? うちは金さえ払ってもらえばいいからな。早く行ってこい。そしたら出発だ」
商いの免状なんて持ってないけど。
隊商とは別に個人でも乗合馬車を利用して行商をする人もいると聞いたことがある。
わたしのことを行商人と勘違いしてくれたのかも。それとも闇行商でも怪しい旅人でもお金さえ払えばいいと思ってるのかな?
免状は資格や許可を証明してくれる公的な文書のことだよね。商業、農業、工業といった専門職のギルドが発行することがほとんど。冒険者ギルドや魔導ギルドとかにもあるという。薬師のおじさんからもらった免状もそう。
「ん? 免状?」
そうだ。わたしは免状をもらっていた。お別れのあれこれで感情が高まりすぎててその事実にきちんと向き合えていなかった。
「もし……かしてアーヤ……薬師になった?」
びしょびしょの頭をタオルでゴシゴシ拭きながら気がついた。
確かに孤児院で薬草学をたくさん学んでいっぱい薬を作った。それはもういっぱい。森でルプスお母さまに教わったことは人族の知らないことがたくさんあって新薬も作った。
薬師のおじさんたちとたくさん仲良くなっていろんなお話をした。
作った薬の薬効とか。薬草の育て方とか。でもなによりも具合の悪い人たちが健康になって喜んでくれることについてみんなで話すのがとてもうれしかった。
ええ?
そしたらお店だって開くこともできるの?
ううん。そんなことはないはず。免状にも種類や段階があると聞いてる。
一口に薬と言っても植物由来、動物由来、鉱物由来とかいろいろある。
「えーと。確かここに」
もらった免状を手提げ鞄から取り出してチラッと確認した。
「薬師……。そっか。アーヤは薬師……なんだ」
わたしに職業としての肩書きがあることにとってもびっくりした。まあ。免状を持ってるからって薬師としてやっていけるかどうかは別のこと。
ほかには? なんて書いてあるのかな?
「嬢ちゃん。早くしないと出発しちまうよ」
「あ。す……ぐに行く」
間に合わなかったらまた数日後になっちゃう。そしたらヴァイゼ孤児院に戻ることになる。あんなに泣いてみんなに見送ってもらったのに恥ずかしいことになる。
想像しただけでもいたたまれないよ。
慌てて免状をしまって背負い袋を背負った。
乗合馬車の料金所に行って支払いを済ませて通行手形をもらわないと。
「聖王都までですね。そうすると料金はこちらになります」
料金表を指し示された。聞いていた通りの金額だ。手提げ鞄から巾着のお財布を取り出してお金を……。
「わふ!?」
やっちゃった!?
受付の台の上や地面にバラバラと転がるお金。
窓口のお姉さんに硬貨を支払おうとしたらばら撒いてしまった。
慌てて拾おうと屈んだら背負い袋が重くて前のめりにバタンと倒れた。顔から。せっかく洗って拭いたのに。泣きそう。
「ぶふっ。大丈夫か?」
後ろに並んでいた男の人がわたしが起き上がるのを笑いながら手伝ってくれた。顔立ちの整ったとても綺麗な人。
「あ、ありがと。わふん」
ぺこりとお辞儀をしようとしたらまたバランスが崩れたところを支えてもらった。
「おっちょこだなあ。お金は拾っておくから早く支払いを済ますといいよ」
どんどん拾ってくれるから慌ててお金を払って手形を受け取った。
おっちょこじゃないもん。わたしは素早く動くのは得意だけど、そんなに力は強くないんだもん。背が低くて腕も足も細い一応11歳の女の子だもん。
「はいどうぞ。聖王都まで行くんだって? それなら一緒の馬車だ。道中よろしく」
拾ってもらったお金がじゃらっとわたしの手のひらの上に乗せられた。
「ほら。早くしないと乗り遅れるぞ」
「う、うん」
わたしがモタモタとお財布にしまっている間に支払いを済ませた男の人が先に歩き始めた。
後をついて慌ただしく乗合馬車にたどり着くと、御者のおじさんの指示の通りに背負い袋を荷車に乗せて、手提げ鞄を手に客車の一番前に座った。隣にさっきの男の人。
「旅の幸運を祈って。出発!」
御者のおじさんの掛け声で「くるる」と可愛い鳴き声をあげてズシンズシンと脚を進めるクロガネリュウワシ。
振り返ると。
幌の後部は大きく開いたままで城壁が見える。いくつもの高い塔がそびえるお城が小さくなっていく。
いつかきた道と逆の順路なのかな?
とうとう旅に出たんだ。
聖王都へ向かう道へと。




