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40歩 旅立ち


「こん……なに広かったっけ」


相部屋に一人。

最後の一週間はわたし一人だった。一人だけだととても大きくてさみしく感じる相部屋。一人で過ごす夜の闇はとても怖かった。わたしを視ているかのようななにかはいつも暗いところで静かに佇んでいる。


5年もの間、お世話になった相部屋を見回す。

初めてこの部屋に訪れたときのことを思い出す。

セーリオに案内されて部屋に入ると双子のライとレフが笑顔で出迎えてくれた。


狼のわたしは朝が早い。毎朝一番に起きるわたしはみんなの寝起きの顔を見るのがささやかな楽しみだった。

朝に弱いレフはギリギリまで寝ていていつも起こすのが大変。『自分がお兄ちゃんて主張するならライよりも早く起きなさい!』って、ライがよくプリプリしてた。一番遅くまで勉強していたからしょうがないよね。


そのライとレフは貴族の養子として迎えられて卒院してしまった。二人と一緒にいた期間はそんなに長いものじゃなかったと思うけど二人との思い出は宝物。


わたしが特別レッスンを受けることになって同じ暗殺教室に通うボルドと同部屋になった。ほかの子どもと一緒だと秘密が漏れてしまうかもしれないから。


セーリオが別の部屋に引っ越してしまうことがさみしくてさみしくていっぱい甘えた。

いつまでも離れようとしないわたしの頭をずっと撫でてくれるセーリオはほんとにわたしのお姉ちゃんだった。

最初のころ。ベッドに横になっていると怖くなってセーリオのいる部屋に行ってはベッドに潜り込んで朝までくっついて寝ていたこともあったっけ。


そんなわたしのことを『俺と相部屋って嫌? もしかして俺のこと嫌い?』って、ボルドがすっごい気にしていることもあったなあ。その度に『ううん。ボルドのこ……とは好きだよ?』って答えたら愛嬌のある笑顔がニコニコしてた。まるで遠い昔のように懐かしい。


「小……さいなあ」


一番最初に刻んだ柱の傷を撫でた。こんなに低い。わたしは歳の割には身長が低いけど、それでもこんなに成長したんだ。

年季の入った柱にはたくさんの傷がついている。みんなで背くらべをした傷。


「さよなら……だね」


ぽつりとつぶやいた。

楽しいことも悲しいこともたくさんあった。

その悲しみはまだ癒えてない。

天井の隅を見上げる。暗闇にいる怖いなにかともお別れだ。


ここに帰ってくることがあるのかな?

もう二度とないのかもしれない。わたしにとって別れはそういうもの。わたしの家にも妖精郷にも帰れる望みはないのだから。


「アーヤ見ーつけった!」

「きゅう!」


相部屋の扉から覗く顔が二つ。

紫色の髪を揺らしてわたしに飛びついてくる小さな男の子。


「きゅっきゅ!」


頭の上にいたトビウチワミミのロップがわたしの胸に飛び込んできて受け止めるとスルスルと頭の上に登ってきた。可愛い。


「あは。見つ……かっちゃったね」

「やった! ロップのおかげでいつも最後まで見つからないアーヤを見つけたよ!」


この子は孤児院に入院してまだ一年くらい。薬草の葉っぱをあれこれするのが好きでロップと薬草園にいることが多い。


「ロップは本当にお利口さんだよね! ロップの訓練をしたのってアーヤなんでしょ?」

「え。うん」

「すごいや! アーヤは従魔師にもなれそうだね!」

「そ……うかな?」


従魔師は獣を使役する珍しい職業のこと。

獣の使役なんてしたくないから、わたしとしてはあんまり興味はない。


「次はアーヤが鬼をやってよ! 絶対見つからないように隠れるから!」

「えーと」


んー。そろそろ遊びはおしまいにしないとなんだけどなあ。


「ダメだよー。もう遊びの時間はおしまいー。アーヤはもう出発の時間だからー。みんなでお見送りをするんだよー。行くよー」


扉の向こうでチェーンがおいでおいでと手招きしてる。


「そっか! 分かった!」


廊下に走り出す男の子。


「旅に出る前に隠れんぼなんてしなくてもいいのにー」


いつも元気なチェーンなのに怒ってるような寂しそうにしてるような困り顔。

わたしが旅立つ前に子どもたち全員で隠れんぼをしようという話になったんだよね。


「ううん。最……後にみんなと遊べて楽し……かったよ?」

「アーヤはずっと隠れんぼで一番だったもんねー。うちんはしたことないけどー」


「だっ……てチェーンはお昼は寝……てるからだもん」

「うちんは夜が好きー。初めてアーヤと隠れんぼして楽しかったー」

「う……ん。アーヤも」


チェーンとは最初で最後の隠れんぼ。

柱の近くにいるわたしのところに、にまにまゆらゆらしながらチェーンがやってくる。


「んー。アーヤおっきくなったねー」

「そ……うだね。チェーンみたいに背は高……くないけどね」

「まだまだアーヤには抜かされないよー」


二人で柱にピタッと背中をつけて背くらべをした。


「アーヤー。その話し方直さないとー。田舎者って笑われちゃうよー」

「あはは。そうだね。うん。いまからちゃんと話すように気をつけるよ」


「おー。やればちゃんとできる子だー。アーヤは美人さんだしー。礼儀作法もしっかりしてるしー。きっとあっちでも人気者になれるよー」


チェーンの虎目石タイガーアイのように輝く瞳がわたしの成功を疑わないと言ってるようだった。


「バイバイだね」

「うちん、さみしー」


向かい合ってぎゅぎゅっと抱きしめ合った。


「うちんがあげたアクセサリーで綺麗にするんだよー」

「うん。ちゃんと綺麗にするよ」

「男の子に告白されたらちゃんと答えるんだよー」

「うん。しっかりお断りする」

「えー。好きになったら断ったらダメだよー」

「好……きになったらね?」


恋とおしゃれが大好きな女の子、チェーンが不満そう。

好きになる。そんなことあるかな?

もしも好きになる人ができたとき。わたしは応えることができるのか想像もつかない。


「アーヤさん。こんなところにいたのですね。探しに行ってもらったチェーンも戻ってこないですし、みんな待ってますよ」


フォンセが静かに相部屋に入ってきていた。


「フォンセ院長。長い間お世話になりました。ありがとうございます」


できる限り。心と体を正して精いっぱいのカーテシーをした。

旅姿だからスカートの裾はつまめないけど。

長旅に備えて長袖のチュニックに足首までしっかり隠れた厚めの脚衣を身につけて革の長靴(ロングブーツ)を履いてる。

足首までかかる金髪はいつも通りサイドウルフテールにしてる。妖精の羽の髪飾りと光る石の首飾り、妖精のお守り(チャーム)がついた腕輪もしっかり装備してる。

もちろん内緒の暗器も少しだけ身につけてる。


「ふふ。立派に成長しましたね。淑女のようですわ。わたくしは誇らしいですよ」


フォンセ院長は子どもたちみんなのお母さん。ルプスお母さまとは全然違うけど、なんだかんだといっぱい優しくしてくれた。いい人。


「初めて会ったときになんにも答えなかったり態……度が悪くてごめんなさい。わふん」


ぎゅっとフォンセを抱きしめた。ルプスお母さまみたいにふくよかな胸が柔らかい。安心する。


「あらあら。聖王都ではうっかり狼にならないようにお気をつけくださいね。アーヤさんの旅路に幸があらんことをお祈りいたします」

「わふー」


よしよしと頭を撫でてくれる。涙が出ちゃう。


「あはー。無理そー。まだつっかえるとこもあるしねー」


チェーンがケラケラ笑ってる。2回だけ狼語が出ただけだもん。


「そんなことないもん! フォンセも早く結婚して幸せになってね?」


婚期がだいぶ遅れてる?フォンセの胸にほっぺを押し付けたまま見上げて言った。

実は歳を知らない。


「刺しますよ?」


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

チェーンが見てるから殺気をしまって太もものスローイングナイフを出そうとしないでー。


そんなわけで出発するために孤児院の玄関から外へ出た。

あたたかい陽射しが眩しくて目をつむる。まぶたを開くとみんなが待っていてくれた。


ヴァイゼ孤児院の子どもたち。いろんなことを教えてくれる先生たち。わたしとやりとりをしたことがある都の人たち。

口々に遅いと言われた。ごめんなさい。

隠れんぼをしているはずの子どもたちもいる。

もしかしてわたしが最後になるように仕組まれた?


「アーヤさん。ご挨拶をどうぞ」


フォンセに促されて一歩前に出る。三階建ての古い木造りの孤児院を背中にして口を開いた。


「えと。さよ……なら」


一言。

みんな次の言葉をジッと待ってるけどそれしか言えなかった。だって思いがあふれすぎて言葉にならないんだもん。


「聖王都ではもう少しご挨拶ができるようになってほしいですね」

「アーヤらしいー」


フォンセがため息ついてる。

ケラケラ笑うチェーンにつられて子どもたちも大人たちも大笑いを始めた。


「あたしがあげた化粧道具をちゃんと荷物に入れたね?」

「うん」


高級クラブ<クラウン>のヴィペラママ、つまり蝶のフェイスと夜の蝶々さんたちもきてくれた。


「みっちり鍛えた礼儀作法で貴族に負けないようにしっかりがんばってねえ」

「うん」


ファイン先生、つまり舌のエスクロが明るく元気に抱きついてくる。ぽよぽよやわこい。


「アーヤちゃんの作ってくれた薬のおかげでだいぶ助かったよ。これを持ってお行き」


薬師ギルドのおじさんと鑑定士のおばあちゃんもきてくれた。綺麗な刻印で封蝋された手紙を渡された。


「これは?」

「免状と薬師ギルドへの紹介状だよ。まあ。行ってみれば分かるから。向こうでも薬作りは続けておくれよ」

「うん」


免状ってなんだっけ?


「ボルドが誰にも挨拶できないで急に行っちゃったのは残念だったよね。僕もちゃんと別れがしたかった。アーヤもお見送りしたかったよな。ほんとは僕が卒院しててもいい歳なのに。先にアーヤを見送ることになったね。聖王都でもがんばって」

「う……ん」


一番年長の真面目なラーンと握手をした。とても寂しそうにしてる。

死んでしまったボルドはとある貴族に見込まれて騎士の道を進む。ということになっていた。木剣と盾で戦うチャンバラは負けなしでみんなが強いって知ってたから。


ボルドとのお別れも済ませている。埋葬されたという集団墓地に一人で行った。闇に紛れて一晩中お祈りをした。……遠く離れたところから。


「アーヤ。わたしはなにも応援できないけど。ずっとお祈りしてるね。わたしたちを助けてくれてありがとう」

「泣……かないでウィン」


泣き虫の耳長ウィンに抱きしめられた。せっかく友達になったのにあっという間にお別れになってしまうのが悲しい。

龍人ロン、鬼人オルコ、狐人クウコ、土の妖精美少女とはあれっきり会ってない。


「アーヤ。ここからはお前一人だ。初めてこの都に連れてきた俺のようなお守りはいないからな」

「分かってる。一人でもだい……じょぶ」


大森林フォレバストで孤児になったわたしはおじさんに拾われた。

あの日はもう遠い昔。

だけどあのときの思いは鮮明に覚えてる。

そして。

あの日からずっと続いているわたしの道。

誓いはさらに深い傷となって心に刻まれてる。


「困ったことがあったり辛いことがあったら帰ってこい。ここはアーヤの家なんだかな」


おじさんの言葉。

ほんとは裏ギルドの仕事があるからそんな風には思ってないはずなのに。

それなのにあったかい感情が伝わってくる。任務はどうあれ。とても心配をしてくれている気持ちが伝わってくる。


「アーヤさんはわたしたちの家族なんですからね」

「家族……うん……うん……うわあん」


声を出して泣いてた。涙が止まらない。いくら手で押さえてもポロポロぼたぼた止まらないよう。


「アーヤー。うちんも悲しいよー。うわあん」


チェーンを始め、子どもたちみんなが泣いて抱きしめてくれる。


「ロップともお……別れだね」

「きゅう」


わたしの頭の上に乗ったままだったロップが悲しそう。わたしも悲しい。

モモンガのような皮膜を広げてチェーンの頭の上に飛び乗るロップ。


「行ってきます! わふん!」


やっと泣き終わって一礼をしたわたしにみんながおっきな声で送り出してくれた。

パンパンに膨れた重たい背負い袋に、大きな革の手提げ鞄を持って歩き出す。


「わふう」

むぎゅう。


バランスを崩して倒れた。背負い袋の下敷きになって重くて動けない。

みんなに助け起こしてもらって歩き出す。

最後までお手間でごめん。


何度も後ろを振り返っては手を振った。

やっぱり悲しくて戻ろうと引き返したら怒られた。

薬草園を抜けて街中を通り抜けていく。

そういえばルレイル先生はいなかったな。

孤児院の先生じゃないからしょうがない。


目指すは城門の外にある乗合馬車の停留所。

ここからが本当の旅。

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