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39歩 ラストネーム

「おじさん。ボルドはな……にを手伝ってもらいたいと言って……いたの?」


裏ギルド支部長の執務室。

豪華ではないけどがっしりとした椅子にティオ・パトルウス。つまり裏ギルド<プラント>のフォルテ支部長、青のラズワルドが座っている。

いつも通り眉をしかめて青い髭をさすってる。

おじさんと二人きり。

わたしは事務机の反対側で突っ立っていた。


ヴァイゼ孤児院に戻ったわたしは院長のフォンセからの言伝を受けて、夜の闇に紛れて訪れていた。ルレイル先生からおじさんへと奴隷商の隠れ拠点での経緯はすべて伝わっているとフォンセに聞いている。


ボルドの勧誘をしたのはわたしと同じでおじさん。だからわたしが知りたいことをおじさんの口から聞きたかった。


「そいつを聞いてどうする?」

「代わ……りにボルドでの願いをアーヤが果たしてあげたいの」


わたしのことを大切に思ってくれたボルドに少しでも恩返しがしたいと思っていたから。

裏ギルドの求める手伝いの代わりに、ボルドも自分の願いを果たすために手伝いをしてほしいと申し出ていたはず。

いまにして思うけど。裏ギルド<プラント>と交わす契約のあり方は変わってると思う。


「やめとけやめとけ。死者の願いを聞いても死者に足を引っ張られるだけだぞ」

「足を?」


死んでる人はいないんだから足なんか引っ張れないよ?

幽霊? 幽霊怖い。

ボルドでもルプスお母さまでも叫んでしまうかも。


「そうだ。他人の願いは時に思考を固くする。死者のものならばなおさらだ。余計な重りはない方がいい。自分の誓いを大切にしたいならな。でなくば死だ」


おじさんの視線が冷たいくらいだった。冷酷とも感じる言葉。だけど瞳の奥に優しい感情も感じる。

わたしのことを心配してくれてる。


今回のことでおじさんのことを責める気にはならなかった。ボルドもわたしと同じで覚悟はしていたと思うし。それに、ボルドの死を聞いたおじさんは号泣していたともフォンセから聞いていたし。

わたしよりもずっと前から出会っていたボルドとおじさん。もしかしたらわたしよりもよっぽど辛かったのかもしれない。

だけどわたしの思いだって譲れない。


「やだ。どっちも大……切にしたい。アーヤはボルドの願いを受け継ぎ……たい。じゃないと仕事を手伝わ……ない。がる!」


事務机を両手でバシンと叩いた。……強く叩きすぎて手が痛い。


「おいおい。身もふたもないこと言うなよな? まったく。チビのころから頑固でしょうがない」


急におどけた感じで話すから調子が狂う。あまり強く拒否されるようなら怒ろうと思っていたのに。


「褒め言……葉として受け取っとく。だ……から教えて」

「褒めてねえ。ボルドはな。お前と同じで仇を討ちたいと心に決めてたんだよ」


ボルドが裏ギルドに入った理由をわたしは知らない。仇と言うならなおさら聞きたい。


「仇? 誰……の?」


「ボルドの兄と妹だ。ボルドはな。とある領地の貴族の息子だったのさ。跡目争いでな。毒殺されそうになって運よく逃げのびたあいつを俺が拾った。直接復讐したいという奴の願いのために戦闘術を中心とした暗殺スキルを身につけさせたのさ」


殺された家族のための仇討ち。復讐。

わたしは隠密スキルを中心に教わっていたけど、ボルドはルレイル先生と組み手をよくしていた。とても必死に学んでいたことを思い出す。ルレイル先生にも負けないくらいの勢いで強くなっていたんだよね。


毎回、汗をかいてびしょびしょになったボルドにタオルを渡すと、イタズラっぽい愛嬌のある笑顔で受け取ってくれたことをよく覚えてる。もう……あの笑顔を見ることはできない。

そう思うと胸が痛い。じわりと涙がにじむ。


「アーヤと……同じ……」

「まあ似てると言えば似てるな。そういうわけだ。この話は終わりでいいな」


もうこれ以上は話さないと視線で示された。

でも聞きたいことはまだある。


「名……前は? 3人の名前を教え……て」

「あ? まあファーストネームくらいならいいか。兄がバルドール。妹がベルーナだ。ボルドールがあいつの本当の名前だよ」


バルとベル……。

裏オークションのとき、その場限りにとボルドが考えてくれた名前。そうか。ボルドのお兄ちゃんと妹だったんだ。もしかしたらわたしのことを妹の姿に重ねていたのかもしれない。

涙があふれて雫を床にポタポタと落としていた。瞳が揺れる。


「この話はこれで終わりだ。お前が代わりに復讐するとかいうなよ?」

「やだ」


断固拒否する。ボルドの願いはわたしが受け継ぐんだから。ほっぺたを膨らましておじさんを睨んだ。それはもう火がつく勢いで。


「やだじゃない。これ以上の情報は誰からも教えないように厳命しておく。お前はお前のすべきことをすればいい」


怖い怖い怖い怖い。

すっごい静かな声で怒ってる。殺気が全身からあふれてる。こうなるとおじさんは首を縦に絶対振らない。


「わふん……ぐすん」


ずるいよ。横暴だよ。わたしが睨んだくらいで殺気なんか出さなくていいのに。

ルプスお母さまに叱られたことを思い出しちゃった。圧倒的な思いと威圧感が強すぎて心がしゅんとなる。


「吠えるな。泣くな。次の手伝いをしてもらいたいのに、そんなことじゃあ頼めんぞ」

「次……の手伝い? 暗殺?」


話の内容が急に変わって涙が止まってしまった。


「いや。いまのお前に暗殺は無理だ。それもボルドの願いなんだろ?」


おじさんに聞かれたけどなにも反応しなかった。自分の手を見つめる。

『ルプスは殺しちゃダメだ』と。

死を前にするボルドにそう言われた。

その言葉を思い出してしまうと、いざというときに人を殺すことができないかもしれない。

でも、それでも。


「そ……んなことない。アーヤは仇を討つんだから」


さっきおじさんが言っていた意味が少し分かった気がする。願いが心の重りになるかもしれないと。


「覚悟はいいがな。いずれにしろ今回の手伝いは暗殺じゃない」

「じゃあ、なに?」


椅子から降りたおじさんがわたしの前にしゃがんで低い位置から目線を合わせられた。

まだ子ども扱いされてる?


「聖王都に行ってもらう。王立学園に入学して聖女を目指せ。それが新しい手伝いだ」


はい? 聖女? どういうこと?

きょとんとしてしまった。


「アーヤ……暗殺者じゃないの?」


「誰か暗殺者だと決めつけるようなことを言ったか? お前たち子どもは可能性がある。それこそなににでもなれる。ファイン、いや、舌のエスクロから聞いてるぞ」


演技指導の先生で交渉人と自称する詐欺師の元気なお姉ちゃんに?


「な……にを?」


「礼儀作法に演技だ。だいぶ様になってるそうじゃないか。セイアの前で流暢な言葉で話し、正しい所作を実践したのは俺も見た。初めて出会ったときのことを思うと立派になったもんだ」


初めて……。

犬って言われてもしょうがないことばっかりしてたかも。誇りを持った狼なのに恥ずかしい。顔が赤くなってしまう。

それよりも気になることがある。


「な……んでセイアと一緒にいたの?」

「ああ。うちの孤児院に興味があるってんで話をすることになっただけだ。優秀な子どもを探しているそうでな」


「セイアが子どもを?」


「聖女や騎士になれそうな子どもがほしいとか言ってたな。つまり。アーヤ。お前だ。身につけた技術を持ってすれば貴族に紛れるのになにも問題はない。王立学園に潜入して裏ギルド<プラント>のファミリーとして見事に輝いてみせろ」


「輝く?」


おじさんに聞いてみてルレイル先生が言っていたことを思い出した。

『幼いころから磨き上げた原石を輝かせて世界にばら撒く。輝く宝石は石ころを押し除けてさらに輝くってわけさ! いい計画だろ!』と。


「そうだ。最初に言ったよな。俺たちは裏の世界から表の世界を正しく乗っ取る。アーヤが枝葉を伸ばすんだ。そして聖女となって虐げられた奴らを救って見せろ」


「でも……アーヤは仇を討ちたい」

「もちろん分かってるさ。だがこの5年間で手がかりらしいものは一つも見つかっていない。裏オークションで聞いたという白銀狼の噂はあくまでも裏の世界でのこと。その真偽をつかむにも時間がかかるだろう」


『しろがねに輝く獣の王。白銀狼の存在』

『とある都でまことしやかに囁かれる流言』

『伝説の獣を手中におさめた強者がいらっしゃる』

そうだ。オークショニアが確かにそんなことを言っていた。


「とある都というのもどこだか分からんが、この国の中心である聖王都に行けばなにか分かるかもしれん。そう思えば悪くない話だろう?」


おじさんの言う通りかも。辺境の城塞都市フォルテでは妖精郷を襲った人族の話はなに一つ聞かない。広大な大森林フォレバストはいくつかの国に面してるという。それなら情報が集まる大きな街に行った方がいいかもしれない。


「お前は今年で12歳ってことになってたな。歳の割に小さいから年齢は11歳ってことにしちまおう。そうすりゃ王立学園中等部の入学の時期にも見合う。アーヤが適任なのさ。それでいいな」


こくりと頷いた。

んん。1歳小さくなったけど、そうとなったら迷うことはなにもない。


「決まりだな。最初から聖女になるためにするかどうかも含めて入学する名目はこちらで決める。アーヤをセイアに推薦するとは限らんが、どこかの貴族の養女候補とでもするか? なんにしろ孤児院で実力を見込まれた少女という設定が基本となるからな。アーヤのラストネームも決めておいた方がいいか?」


実力を見込まれて? わたしに聖女になれるような見込みなんてあるの?


「ラ……ストネーム?」

「苗字だよ。アーヤはファーストネームしかないからな」


苗字。それなら……自分で思いついた名前にしたい。


「ルピナス……」

「ん? 花の名前だったか?」

「うん。アーヤ・ルピナス」


ルプスお母さまと初めて出会った場所に咲き誇っていた。藤の花を逆さまにしたような花。わたしの好きな花。

ルピナスの花言葉は、あなたは私の安らぎ。いつも幸せ。母性愛。想像力。貪欲。


最期に聞いたはずのルプスお母さまの言葉を思い出す。


アーヤ。わしの安らぎ。

いつも幸せに満ちていた。

行きなさい。

わしの可愛い娘よ。

生きる道へ。


ルプスお母さま。わたしの生きる道は決まってるよ。


「ルピナスは荒れた大地でもたくましく育つ生命力に満ちた花だったか? 強い吸収力を持つあの花は狼の貪欲さや強靭さにも例えられるらしい。アーヤに相応しい、いいラストネームだ」


そうなの? そうなんだ。そっか。

へへ。それならうれしいな。

わたしの名前に狼がいる。ルプスお母さまといつも一緒にいる気持ちになる。

視線と顔が綻んでニンマリとしてしまう。


「あ。そし……たら孤児院は?」


「もちろんヴァイゼ孤児院から卒院することになる。すぐにみんなとの別れを済ますといい」


卒院。別れ。わたしが孤児院を離れるときがきたんだ。セーリオやライにレフと同じように。

みんなとお別れするときがくるんだ。


「ボルドともお……別れしたい」

「……ボルドは集団墓地に埋葬されたそうだ。騎士団の手でな。だが行くな。足がついたら困るのは分かってるな」


分かってる。分かってるよ。

たけど……おじさんには無言で執務室を後にした。


「ボルドを失って悲しいのは俺も同じだよ。その上、奴を始末できなかったのは痛恨だったな。プラントがフォルテの商会を支配する計画がまた遠のいちまった。

俺にできることといえば、裏工作に参加したファミリーと同じくアーヤの身に危険が及ばないようフォルテから遠ざけておくことくらいだ。

うまいこと聖王都の中枢に入り込めればいいが……。どうなることか。やれやれだ。

……

……

……

辛いことがあると独り言が多くなる。くそが」

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