38歩 妖精のお守り
「それじゃあさあ。甘いもので幸せになったところでえ。今度は可愛い服を見に行こうねえ(ちょっとなんでこんなところにティオがくるのよお)」
いつも通りに明るく元気に話すファイン先生だけど、なんとなく焦ってるような感情が伝わってきた。
「うん! 行く行くー! 流行りのデザインをチェックするよー!」
隣のおじさんに気がついていないチェーンが席を立ちつつ。膝に置いていたナプキンを軽く畳んでテーブルの上、お皿の右側に置いた。
食後のテーブルマナー。ナプキンは綺麗に畳みすぎない。わたしも同じようにしないといけないけれど、隣の席が気になって椅子に座ったままだった。
「ほらあ。アーヤちゃんも行くよお」
ファイン先生に急かされるけどわたしの耳に届かない。『一緒にきてくれますね?』というセイアからの言葉を思い出していた。
「失礼ですが、どうかされましたか?」
わたしの視線に気づいたセイアが問いかけてきた。じっと見つめてしまっていたから気にされてしまった。
「……どこかでお会いしましたか?」
少し不思議そうな顔でわたしの顔を眺めてる。
「ううん。ごめ……んなさい」
ぽそりと答えた。
わたしだと気づかれていなかった。それはそう。
セイアと出会ったのは暗い古代遺跡と屋上。魔法の明かりがあったけどそこまではっきりとは見えてない。わたしは夜目が利くからセイアの顔はしっかり覚えてる。
それに髪の色は銀色から金色になってるし、いまは化粧もしてない。髪型も服装も違う。なにより本物とまったく変わらずに生きてるように動く魔道具の狼耳としっぽがない。
顔立ちが似てると思われてるかもしれないけど、匂いで判別されるとかしなければわたしだとは分からないはず。
おじさんは眉をしかめて青いひげをさすってる。特にわたしたちを気にしないようにしてる。と思ったけど、なにかに気づいたように不意に話を始めた。
「セイア。この女の子たちはヴァイゼ孤児院に身を寄せているんだ」
はい? なんでおじさんとセイアが一緒にいるのかも不思議だけど、昨日のことはちゃんと伝わってるよね? なんで声をかけてくるの?
「あれ? ティオが綺麗な女の子といるー。なんでー?」
「あんたなにを! こ、こんなところで会うなんて奇遇ねえ!」
普通に不思議そうに話すチェーンに比べてファイン先生が口元を少し引きつらせてる。
まさか声をかけられるとは思ってなかったみたい。それはそうだよね。表の顔としておじさんとの繋がりはあっても裏のことがある。だからセイアとの余計な接触はしたくないはず。
「だな。俺もたまにはこんなところにくることもあるんだぜ? 可愛い女の子とな」
青い髭をさすりながらニマニマしてる。どういうつもりなの?
「ティオさん。悪い冗談はやめてください」
セイアの口から出た名前もティオ。ここではティオの名前を使ってるんだね。表の世界だから当然だよね。
「冗談なもんか。セイアのように気品にあふれた可愛い女の子はそうはいないだろ」
わたしと初めて会ったときは男の子と思ってたくせに。セイアはたしかに綺麗な子だから分かるけど、こんな風に女の子を褒めるところを初めて見た。
「紹介するよ。この女性はこう見えて子どもたちの面倒を見てもらってるファイン先生だ」
わたしがおじさんのように眉をしかめているのにも気にしないで話を続けてる。
「初めまして。セイア・サオトメと申します」
「これはご丁寧にありがとうございます。ファイン・ヒゥートと申します。以降、お見知り置きを下さいませ」
お互いに席を立って優雅に挨拶を交わしてる。
さすが聖女らしい立ち居振る舞い。
そしてファイン先生はそれを超えるような所作で対応してる。まるで貴婦人のように見えるくらいだった。さすが演技指導の先生。タンクトップにホットパンツがドレスに見えるくらいだから不思議。
「そしてこっちは……」
「チェーンでーす。こんちはー」
いつもと変わらない人懐っこさで笑顔を振りまいてる。この子は孤児院にきた新しい子ともすぐに仲良くなるような女の子だから。挨拶の礼儀作法は全然だけど。
「ほら。お前も黙ってないで自己紹介くらいしろ? 日頃の成果の見せどきだろ?」
おじさんがわたしに催促してる。
わたしはなにも話さないつもりだったのに。
いいの? あんまり接触しすぎたらバレない?
でも……おじさんがそうしろと言うなら。
「初めまして。ヴァイゼ孤児院でお世話になっているアーヤと申します。失礼が会ったことをお許しください」
片足を斜め後ろ内側に引いて、もう片方の膝を曲げて、スカートの裾を持ち上げてカーテシーをした。
「ご丁寧なご挨拶をありがとうございます。失礼なんてことはありません。わたしもどちらかでお会いしたような気がしてしまいましたから。ですが気のせいでしたね」
セイアも同じように正しい所作で挨拶をしてきた。
よかった。気づかれてない。そんな感情が伝わってくる。
「いいじゃないか。なかなか立派にできるようになったな」
おじさんが手を叩いて喜んでる。
「うわお。アーヤが可愛いー。うちんもちゃんとするー」
チェーンまで真似してる。普段、礼儀作法の訓練をしてないからちょっとぎこちないけど。
そんなわたしたちを見て「指導のかいがあったよお」って泣きそうなファイン先生。
「ご覧の通りだ。もしかしたらセイアの考えていることと縁があるかもしれないな?」
縁? 考えていることってなに?
「そうですね。それではわたしの要望を聞いていただけると言うことでよろしいでしょうか?」
「おそらくな。うちとしては子どもたちの輝かしい未来のためにもそうあって欲しいと思ってるからな」
二人がなにか分からないことを言ってる。大体、なんで二人が一緒なのかも分からない。
「それはいいがお前たち。ぼけっとしてるとせっかくの時間がなくなるぞ?」
眉をしかめて青い髭をさすってる。おじさんが声をかけてきたくせに偉そう。腹立つ。
「は! そうだよお。二人とも行くよお!」
「わーい。ブティックに行こー」
きっと後でおじさんからなにかの話をされることになりそう。
そんな予感を感じながら、わたしを見つめるセイアにぺこりと頭を下げて店を出た。
賑やかな商店街を3人で歩いてる。
チェーンがあっちに行ったりそっちに行ったり忙しそう。いろんな可愛い品物を見つけては店の人と話をしている。どれを買おうか迷ってるみたい。
「アーヤちゃんも気になるものなーい? お小遣いもあるから好きなものを買ってもいいんだよお? 女の子なんだからあ。こんなのどーお?」
ファイン先生が可愛いネックレスを指さしてる。わたしとファイン先生がいるのは装飾品のお店だった。とは言っても宝石とかそういうのはあまりない。平民でも気軽に買えるような価格帯のものが多い。
「好……きなもの」
そうは言ってもそんな気分じゃないんだけどな。ボルドのことが頭から離れないし、うっかり出会ったセイアのことも考えてしまうし。
だけどファイン先生の気持ちも考えて並んでいる商品を順番に眺めてみる。
綺麗なガラス玉のネックレスやビーズのブレスレット。キラキラした糸が編み込まれたシュシュとか。どれも可愛い。と、普段なら思えるはず。
「あ」
たくさんある品物の中から気になるものを見つけた。
「なになにい? どれかいいのあったあ?」
「こ……れ」
一つのブレスレットに指を差した。
妖精の形をしたお守りがついてる。ヒルガオのようなフリルのスカートをはいてる。まるでトゥリックのような姿に目を奪われていた。
森の小妖精は人を導く存在だとセーリオが言っていた。だからお守りとして使われることもあるとか。
「おおー。宝石の細工が可愛いねえ(でもちょっと高いなあ。お小遣いじゃ買ってあげられないなあ)」
ん。ファイン先生の感情が伝わってくる。だいじょぶ。分かってる。
「見てる……だけで楽しいよ」
ファイン先生に笑顔を向けた。少し無理して笑顔を作った。
「(くう。これくらいなんとかしてあげたいよお! よし! ここはあたしの出番だねえ!)
お忙しいところ失礼いたしますわ」
「なんだい?」
奥でなにか作業をしていた店主のおじさんがめんどくさそうに表に出てきた。
「少しよろしいでしょうか? 実は見ていただきたい品物があるのですが?」
ファイン先生の表情が変わってる。それはまるで格式高い貴婦人のようなものだった。着ている服までドレスになったかと錯覚するくらいに。
「な、なんでしょう?」
それは店主のおじさんも同じで緊張しているみたい。
「この指輪なのですが……買い取っていただけないでしょうか?」
「ああ。買い取りね。それならこのくらいの金額で……」
よく分からないけど、店主のおじさんの感じからすると相場の値段が提示されたんだと思う。
それに対してひどく悔しそうな残念そうな、それでいてとても自信のある態度を示すファイン先生。
「いえ。それではお売りできません。よくご覧になっていただけますでしょうか? この宝石は陽の光に当たる角度によって色が変わるものなのです。そしてとても由緒ある指輪でして。実はわたくし……」
ファイン先生が根も歯もないとんでもないことを言い出した。
この指輪は由緒ある貴族が手放した逸品で古い時代から伝わる歴史的価値が高いものだと。それはそれは真実味があってわたしもうっかり信じてしまいそうだった。
店主のおじさんも最初は半信半疑だったのに話が進むにつれてどんどんと惹き込まれているみたい。
ついには。
「もしよろしければいくつかの品物も見繕っていただければお譲りいたしますわ」
買い取って欲しいと言っていたのに、最後は譲ってもいい。という話にすり替わってる。
店主の手には指輪が。ファイン先生の手にはいくつかの装飾品が手にされていた。物々交換が成立したらしい。
「あ……の指輪の話。嘘でしょ?」
すぐさま店を離れたところで聞いてみた。
「もちろん嘘だよお。だけど太陽の光で色が変わるっていうのはほんとお。変彩金緑石っていうちゃんと価値のあるものだからあ。そこまで悪い取り引きじゃないと思うよお。あの店主はちょっと目利きが良くないねえ。はいこれどうぞお」
自信満々な笑顔がさっきの貴婦人笑顔とは全然違う。
「そ……うなんだ。それならいいね」
わたしの手首に妖精のブレスレットが輝いてる。うれしい。
だけどね?
「あり……がと。す……ごいね。えと、その、詐欺師みたい」
「ふふふう! よくぞ言ってくれましたあ! アーヤ。耳を貸してごらんん?」
言われた通り、横を向いて耳を突き出したらファイン先生の唇がこそばいくらいに近づいて密やかに話をされた。
「あたしの契約紋を見せたことがあるけどお。ほんとの自己紹介をしたことなかったねえ?」
「う……ん」
タンクトップの内側をチラッと見せるファイン先生のぽよぽよに契約紋が緑色に光ってる。ファミリーの証で債務不履行があると死をもたらすもの。
「ふふ。あたしの通り名は、舌のエスクロ。裏ギルド<プラント>の交渉人とはあたしのことさあ。ま、詐欺師ともいうけどねえ」
こそばい耳から離れたファイン先生の黄色金剛石のような瞳が元気いっぱい自信に満ちあふれて輝いてる。
裏ギルドにはいろんな人がいるんだなあ。みんな変な人ばっかり。
「アーヤー。ファイン先生ー。こっちこっちー。早く次に行こうよー」
チェーンに呼ばれてファイン先生と歩き出す。
この日は夕方までずっと二人に囲まれて過ごした。
二人の明るく元気な満開の笑顔で自然と辛い思いが薄らいでいた。
こんなわたしのためにありがと。うれしい。
ボルドが言ってた。
『道は一つじゃない。表の世界に戻るんだ』と。
その方がいいのかもしれないとも思った。
だけど……。
その日の夜。青い髭のおじさんに呼び出された。
わたしの道はやっぱり一つ。
だよね?




