36歩 光の道
「セイア様! お待ちください! 危険です!」
「かまいません!」
騎士の制止を振り切って早足で進む少女。絹のような漆黒の髪をなびかせ、金糸が施された神々しく感じるローブをはためかせている。
裏オークションに騎士たちと一緒に現れて古代遺跡でほんの少し言葉を交わしたセイア・サオトメだった。
降りしきる雨の中、冷たい雨にさらされているボルドの亡骸に駆け寄って脈をとると眉をひそめて両手指を組み合わせていた。祈り……ではなく失われた命に悲しみを隠せないようだった。ほほを伝う雫は雨だけじゃないのかもしれない。
「セイア様。残念ですがこの少年はもう」
後から駆けつけた騎士がセイアを心配そうに見つめている
「間に合わなかったこと、胸が痛みます。わたしは女の子二人を見ますので安全確保をお願いします」
「おまかせください」
セイアは騎士に話しながら早足でこちらに駆けてくる。抱き合うわたしと耳長ウィンのところへと。濡れることも厭わずに。
セイアが指示する前から行動を起こしていた騎士たちも含めてセイアの指示に従ってる。
一人の騎士もわたしたちの背後で見守っているようだった。
「ひどい出血! すぐに癒やしを!」
波打つ刃で裂かれてる上に炎の魔法で焦げたわたしの白いドレスと、胸を貫かれてたくさんの血で赤くなってる耳長ウィンの白いドレスを目にして驚いてる。
強い意志を感じる黒尖晶石のように輝く瞳がわたしたちの状況を確認すると、両手をかざしてなにかに集中を始めていた。
きっと治癒魔法? だけど呪文を唱えていない。違うスキルなのかもしれない。
「だい……じょぶ。どこも痛くない」
「あ、あの。怪我はどこにもないし辛いところはありません」
わたしたちの言葉に眉をひそめるセイア。
「ですが。こんなにも血が。失礼ですがお体を確認させていただきます」
裂かれたドレスの隙間からわたしたちの肌を確認すると納得したようだった。
「よかった。擦り傷ひとつありません。お二人ともご無事なようでなによりです」
ホッと胸を撫で下ろして心底安心したような表情を浮かべて微笑んでくれた。
この女の子もいい子?
それはともかく気になることがあった。
「体は熱……くない? 毒を食べたよ……ね?」
「毒? ううん。熱くもなんともないよ」
あれだけ熱に浮かされていたような症状もすっかりなくなってるみたい。耳長ウィンが健康的な笑顔を浮かべてる。どういうわけか分からないけど治ったならよかった。
「ですがひどくお疲れのようですね。念のため癒やしをお受けください」
わたしと耳長ウィンに両手をかざして集中を始めるセイア。
ん。なんだかあったかい。ぬくぬくぽかぽかする。気持ちいい。
それはまるでセイアの優しさに包まれているような感覚だった。穏やかだけど力強くわたしと耳長ウィンを慈しむような感情が伝わってくる。
白銀狼の獣人に偽装したわたしと耳長族のウィンへも分け隔てのない心を感じる。
セイアっていい子。ほんとにいい子。
いつの間にか雨が止んでいた。騎士の一人が柔らかい布をわたしたちの肩にかけてくれる。さっきまで冷たかった体があったかい。
「心……配してくれてありがと」
「不思議。心も体も軽くなった気がする」
耳長ウィンも同じように感じたのかな? とっても朗らかに笑ってる。可愛い。泣き虫ウィンだけどやっぱり泣いているよりも笑っている方がいいに決まってる。
「ふふ。それはよかったです」
厚い黒雲が切れて闇夜に月が現れた。まるで一本の道のように屋上に光が差す。月明かりがわたしたちを照らしてる。
わふん。
セイアの微笑みが眩しい。なんて清らかで優しい笑顔。可愛い。
「セイア様。長居は無用です。屋敷へ戻りましょう」
一人の騎士が駆け寄ってきて心配そうにしてセイアの隣で膝をついた。この騎士たちは入れ替わり立ち替わりセイアの元へとやってくるなあ。
「首謀者はやはり見当たりませんか?」
「はい。捜索は続けておりますがすでに逃亡した後かと」
二人ともとても悔しそうな顔をしている。
わたしたち裏ギルド<プラント>と同じように標的へなにかしらの思いを持っているのは間違いなさそう。
「そうですか。お二人は首謀者がどうしたかご存知ではないですか?」
「空を飛……んで逃げた」
聞かれたことに素直に答えた。もしもこの人たちがあいつをなんとかしてくれるならそれもいいかと思ったから。だって、わたしは結局のところ任務を果たせなかったから。
「空……ですか?」
「セイア様。おそらく魔道船と思われます」
「ああ。お城にもあるという空を飛ぶ乗り物ですね?」
「はい。闇夜に紛れて飛ばれてしまっては追いかけようもありません」
「そうですか。首謀者に逃げられたことも死者を出してしまったことも痛恨でした。せめて少女二人が生きていてくれたことを女神様のご慈悲に感謝するばかりです」
苦しみの表情を浮かべるセイアを見つめる騎士は寄り添うような表情を見せている。セイアはこんなにいい子だからきっと騎士団みんなから好かれてる。
わたしと耳長ウィンに向けられる笑顔にとても安心する。清らかにも感じる微笑み。
騎士たちとの関係性。聖女と呼ばれていた女の子はきっとセイアのことなんだろう。
「幸いと申しましょうか。一味の3人に息はあるようです。ほかに捕らえた者たちも連行して尋問をいたします」
「そのようにお願いします」
「セイア様。ともの者をつけますので少女らとともに参りましょう」
「分かりました。お二人とも一緒にきてくれますね?」
騎士に視線を送ってからわたしたちに向き直るセイアの瞳が訴えている。絶対に連れていくという思いを。
わたしも耳長ウィンも無言でいた。
そんなことを言われても困る。
どうしよう? セイアと一緒に行ったらどんな生き方になるんだろう?
一瞬。セイアについていくという道を考えてしまった。
セイアの歩いている道はきっと光に輝いてる。そんなことを感じさせる微笑みを持つ女の子がわたしのことを真剣に見つめ続けてる。
なんて答えようかと思っていたら、わたしの手がぎゅっと握られた。耳長ウィンの手が白くなるくらいに力がこもってる。わたしを見つめる瞳がセイアの言葉を拒否している。
わたしは裏の世界で生きている。耳長ウィンもその道を選んだ。
光のない闇の世界。
横たわるボルドに視線を送っていた。
ボルドを失った事実がたしかにあるのに信じられない。信じられないのに心にどんどん穴が開いていくような喪失感。心臓が凍りそうに苦しい。
わたし、やっぱりなにかを間違っていたのかな?
セーリオとライに、わたしは可愛いから貴族の養子になることもできると言われた。
レフには商会で一緒に働いて欲しいと言われた。
ファイン先生には劇団への入団も勧められた。
孤児院のみんなからは薬師になると人に喜んでもらえるよとも言われた。
従魔師なんて職業があることも聞いたっけ。
ほかにもいろんな道があったかもしれない。
その道を選んでいればわたしがボルドを死なせてしまうことなんてなかったかもしれない。
だけど……ボルドを見ていると。
憎い。という感情が湧いてくる。そして怒りも。喪失感と暗い感情で心の中がぐちゃぐちゃだった。
それは耳長ウィンも同じなのかもしれない。やるせない心が顔に現れてる。
無言でいるわたしたちにセイアが話を始めた。
「改めて自己紹介をさせていただきます。わたしはセイア・サオトメと申します。歳は11ですから近しい年齢ではないでしょうか? 聖王都から聖騎士団とともに派遣されてこの都にやって参りました」
やっぱり頭に伝わる名前が早乙女聖愛。顔立ちも日本人そのもの。
「今回の事件のあらましを報告するために明後日には聖王都に帰還するために旅立ちます。お二人とも深い事情を抱えていらっしゃるとお見受けしますが、わたしとしてはお二人を保護させていただいて一緒にお連れしたいと考えています。お願いです。わたしにお二人を守らせていただきたいのです。どうか。お名前を教えていただけませんか?」
うわあ。無償の愛を感じる。月明かりに照らされた全身が神々しく感じる。なんて眩しい笑顔。
わたしと同じ年齢なのにどうしたらこんなにもあたたかい光を感じる女の子になれるんだろう。
この子と同じ道を歩めたら。
それはきっととても素敵なこと。
だけど……名前は教えない。教えられないんだよ。
「わ……たしには生きる道がある。さよ……なら」
ボルド。また置いていってしまう。
ごめんね。ほんとにごめんなさい。
涙が……こぼれる。
耳長ウィンをお姫様抱っこして立ち上がって駆けた。
闇夜を照らす月明かりの道に向かって。
背後にいた騎士の手をするりと避けて。
わたしは復讐を忘れられない。
耳長ウィンの手がわたしの肩をぎゅっと握ってる。
この子も同じ思いなのは知っている。
わたしと耳長ウィンの涙がこぼれ落ちた。
二人して泣き虫だね?
「あの子を止めてください!」
セイアの声でわたしたちに注目する騎士たちが指示に従う。
だけど遅いよ? 騎士たちは重い装備をしている。まるで葉っぱのように軽くい耳長ウィンを抱えたくらいならわたしの方が断然早い。
赤く輝く月に向かって跳んだ。
6階建ての屋上から真下に向けて飛び降りる。建物の壁を蹴り渡って降りてゆく。着地も音を立てることはない。
地上には騎士団がいた。捕らえられた黒づくめや騎馬に馬車。上空から突然現れて月明かりに照らされるわたしたちに驚いている。
「その子たちを保護してください!」
凛とした大声が上から聞こえた。
見上げると落ちそうなくらいに屋上から身を乗り出して必死な顔のセイアと目が合った。ごめんね。危ないから気をつけて?
わたしたちを捉えようとする騎士たちをかい潜って建物の影に入った。
疾る。
闇の中を。
行く先は裏の世界だ。
後悔はしない。
裏ギルドの支部に戻ったわたしはルレイル先生たちに一つのことを除いてすべてを話した。
ボルドが死んでしまった後のこと。
あのとき。確かにわたしはなにかになっていた。絶望と暗い感情に支配されていたような感覚だけを覚えてる。だけどなにになっていたかは分からない。
自分が怖い。怖いから話せなかった。わたしの秘密。
長かった夜が明ける。
ヴァイゼ孤児院に戻ったわたしは都を歩いていた。朝食はのどを通らなかった。
半袖のチュニックにスカート。まるで街娘のような服装で。魔道具の狼耳としっぽを外し、銀色の髪から元の金色になっている。
いつものサイドウルフテールに妖精の羽の髪飾り。首には光る石の首飾りをつけている。どちらもわたしの大事な宝物でついつい触れるクセがついている。触れているとみんなを思い出すことができるから。
いまは、いつも以上に手に力を込めて光る石を握りしめていた。
隣にはチェーンとおままごとの演技指導を担当するファイン先生がいる。
今日は月に一度のお出かけ研修の日だった。




