35歩 落ちた雫
「闇を払え! 光のとばり!」
魔法!
閃光がわたしの目を焼いた。
眩しい。なにも見えない。夜目に意識を集中していて目が眩んだ。
眼が眩む瞬間。放った狼の影が3つとも閃光でかき消されていたのが見えていた。
地下の古代遺跡で戦ったときと同じ手を使われるなんて。
ていうかなんでわたしが跳び出した瞬間に魔法を使ってきたの? わたしがいることに気づいていた?
怖い!
唐突にわき起こる恐怖心。
横手に殺気を感じてすかさず跳んだ。わたしのいたところを鋭い刃が通り過ぎたような気配がした。
「また会ったなあ。嬢ちゃん。俺の話を聞いてくれるよな?」
男の声。目がチカチカして見えないけど聞き覚えがある。
裏オークション会場で声をかけられて古代遺跡で戦い、なんとか倒せた隻眼の男。
なんでここに?
残っていた目を潰したから失明してるはず。それに気絶をしていたこの隻眼は騎士団に縛り上げられていた。
なんでここに?
わたしとウィンを連れ去ったのは騎士。もしかして騎士団と奴隷商に繋がりがある?
ううん。いまはそんなことはどうでもいい。視界がすぐに元に戻ったからすぐに状況を確認する。
隻眼の男の残された眼に黒い眼帯がされている。もう片方は古い傷で潰れたまま。眼が見えていないはずなのにわたしをまっすぐに視てる?
手には刀身が炎のように波打つ片手剣、フランベルジェが握られてる。
黒づくめ3人が片眼鏡の男を守るように陣形を整えてる。
「がるる!」
狼の疾風。
四つん這いで疾った。片眼鏡の男を目掛けて。のんびり話をする必要なんてない。
「おいおい。人の話を聞かないなんて躾がなってない犬っころだなあ?」
後ろに置き去りにしたはずの隻眼がなんで目の前にいるの?
波打つ刃がわたしを縦に割ろうと振り下ろされる。両手両脚で床を蹴ってギリギリにかわす。かわしたところで炎の礫がわたしの肩を焼いた。肌が焦げる匂いがする。
「おいおい。俺の指示通り脚を焼いてくれよ? じゃないと動きが鈍くならないだろう?」
指示? 見ると剣を持っていない手がわたしのいる場所を指差していた。なんで?
片眼鏡の男がわたしを見て楽しそうに笑ってる。
「3ミニトだけ待ちます。生け捕りになさい。連れて行きます」
懐中時計に視線を送ってから、空飛ぶ船に乗り込んで扉を閉める片眼鏡の朗らかな笑顔が気持ち悪い。
空飛ぶ船の運転席にいる黒づくめが見えた。なにかを操作している。逃げる準備をしているんだ。
逃すもんか!
「ダメだって。おとなしくしないと殺しちゃうぜ?」
迂回して疾ろうとしたら瞬時に先回りされた。古代遺跡の戦いでもそうだったけど、まるで瞬間移動みたいに突然現れる。
黒づくめたちの剣と魔法の攻撃をとにかく回避する。炎と氷の散弾がしつこく追いかけてくる。
狼の影を使うと閃光の魔法でかき消される。
そしてわたしの行く先に突如現れる隻眼。
なんで隻眼はわたしの行く先にいるの?
「いつまで逃げられるかな? お前、俺の眼を潰してくれやがったよな? 眼がないのに不思議だろう? 俺はな元々あんまり目が見えてねぇんだよ? だけどなあ? 音と気配で空間を把握することができんだ。目で見るよりもよっぽどはっきりとな」
空飛ぶ船にたどり着けない。片眼鏡を暗殺しないといけないのに。隻眼がうるさい。そんなことはどうでもいい。わたしの神経を逆撫でするな。
「ついでに俺にはな。空間を渡るスキルがあるんだよ。こんな具合にな?」
空間を?
そうか。だから縄で縛られても逃げられたんだ。
黒づくめ3人の魔法攻撃を避けた先に隻眼がいた。床を蹴って宙に跳んだ先。誘導された。
ダメ。避けられない。波打つ刃がわたしのお腹を薙ごうと振るわれる。
「ルプス!」
え?
ボルドがいる。ボルドの胸に波打つ刃が深く斬り込まれている。わたしと隻眼の間に鮮血で濡れたボルドがいた。
「おいおい。余計な邪魔が入ったなあ? でもまあうっかり殺さなくてよかったか? そのまま動くなよ? おい」
隻眼の指示で黒づくめが接近してくる。
わたしの動きが止まってた。
心が凍りついて動けなかった。
目の前の光景が信じられない。ボルドが冷たい床の上で転がってる。お腹から真っ赤な血をあふれさせて。
「ルプス! がんばって!」
え?
わたしの手が引かれた。視線だけを向けると耳長ウィンがいた。
辛そうなのに必死な顔が痛々しい。
気づいたときには隻眼が耳長ウィンの背後に回っていた。
そして耳長ウィンの胸に波打つ刃が突き立てられていた。
引き抜かれて崩れ落ちる耳長ウィン。
ボルドと耳長ウィンが倒れている。
死……。
やだ。やだやだやだやだやだやだ。
ダメだよ。そんなのダメ。
なんでこんなことするの?
死んだら会えないんだよ?
憎い。憎くてしょうがない。
わたしの中にいる憎悪と怒りが炎で妬ける。
わたしの心にある豊かな森が燃えていく。
倒れているボルドと傷だらけのルプスお母さまが重なる。
『ダメだ。わしの可愛いアーヤ。お前は受け継がれし白銀狼の子。絶望に飲まれてはいけない』
聞こえないはずのルプスお母さまの声が聞こえたのに……心に届かなかった。
「憎い……怖い……嫌い……痛い……死ね……助………けて」
自分の言葉じゃないみたいだった。
黒い黒いなにかがわたしの中で膨れ上がる。
それがとても怖かった。
だから救いを求めた。
口から黒いもやが漏れ出て、夜の闇に溶けていく。
『狼の爪を伸ばせ』
わたし自身の黒い声が心に響いてた。
「があああああああああ!」
獣装変化! 人狼の爪。
親指以外、8本の爪が刃のように伸びてギラつく。
これで……全員殺す。わたしの憎しみを味わえ。
わたしの感情に反応した魔道具の狼しっぽがゆらりと揺れた瞬間。背後に狼の爪を振るっていた。わたしの背後へと空間を渡っていた隻眼の殺気を捉えていたから。
隻眼の胸を斬り裂いていた。だけどまだ浅い。致命傷じゃない。わたしの憎しみはこんなもんじゃない!
黒いもやが狼の耳としっぽを形作っていく。
黒い狼の獣人と化していく。
「憎い……憎い……死ね……助けて」
知らず知らずに口から出る言葉。
四つん這いの姿で野生の力をふるう。疾く。強く。荒々しく。蹂躙する狼の力がほとばしる。
空間を渡る隻眼を闇雲に追いすがって狼の爪を振るう。だけど空間を渡るスキルで逃げられる。どれも致命じゃない。
隻眼の手にある波打つ刃を弾き飛ばした。
お前は殺す。
攻撃してくる黒づくめ3人が邪魔だ。隻眼を相手にする合間に狼の爪を振るった。致命にはならなかったけど脚や胸を斬り裂いて行動不能にできた。
涙があふれる。怖い。怖いよ。わたしの体が黒い心に支配されて勝手に動く。もうわたしがわたしじゃない。心が……闇に飲まれてく。
殺したくない。
「く、くるな!」
隻眼の恐怖に歪む顔が見えた。なにをそんなに怯えてるの? 自分のしたことが自分に返ってるだけでしょ?
空間を渡るスキルにはなにかの制限があるんだろう。空間を渡りきれずにいる隻眼の首に狼の爪を振るえば終わる。
そう。終わらせる。殺す。
「ダメだよルプス」
狼の爪を振り上げたとき。隻眼の胸が背後から刃で貫かれて絶命していた。
ボルドだった。隻眼の背後にいる。黒づくめの剣を使ったんだ。
真っ赤に濡れた二人が崩れ落ちる。
「ルプスは殺しちゃダメだ」
かすれた声。倒れたボルドがわたしを見てる。消え入りそうな微笑みを浮かべながら。
なんで? なんでそんなに笑っているの?
その光景を見てるわたしの心から黒い闇が遠かった。狼の爪があっという間に短くなった。
「ボルド!」
横たわるボルドの手にすがりついた。通り名のルージュを使うなんてことはすっかり頭から抜けていた。
「なんで! ボルド!」
「助けてって言った……ろ?」
力のない声。いまにも死んでしまいそうで。
ボルドの口が動いてる。だけど音になっていない。
「なに! なにが言いたいの!」
ボルドの手を胸に抱える。手が冷たい。どんどん冷たくなっていく。
その手に冷たい水滴が落ちた。雨だ。どんよりと空を覆う黒雲から雨がザーザーと降り始めていた。
『やっぱりダメだよ。アーヤを人殺しにはさせたくないって思ったんだよ』
ボルドの強い感情が伝わってくる。
『俺の大好きなアーヤ。道は一つじゃない。表の世界に戻るんだ。さよならだね』
ツンツンの赤髪を揺らしながらわたしに告白してくれたボルドのことを思い出していた。「俺は告白するぞ! 俺はアーヤが好きだ! 大好きだ!」と、孤児院でチェーンとラーンのいる前でわたしに想いを伝えてくれたときのことを。耳まで真っ赤なボルドを。
友だちと言ったらがっくりされてしまったことを。
「ボルド! さよ……ならなんて嫌だ! 友だちじゃない好きになるから! だから死な……ないで!」
『はは。やっぱり振られちゃったかな? 女の子を助けてあげ……て』
伝わってこない。感情が届かないよ。ボルドからの好きって気持ちがあふれてたのに。
心臓が止まってる。息をしてない。
「うわあああああん!」
叫んでいた。涙があふれる。
わたしの涙が強く打ちつける冷たい雨と混じってボルドのほほを流れていく。
泣きじゃくったまま、ボルドの冷たい手をその胸にそっと置いた。ボルドの言う通りにしないと。
駆け出したときには嘘みたいに雨が止んでいた。雨雲の切れ間だった。
「ウィン……ウィン……ウィン!」
耳長ウィンに駆け寄って、その顔を覗き込んだ。ヒューヒューと息が浅い。
耳長ウィンの瞳から涙がこぼれたように雨粒が流れ落ちた。泣き虫ウィンの涙が枯れないように。
胸に大きな傷がある。肺が貫かれているのか口元が雨粒と混じって赤く染まってる。どこからどう見ても致命傷だ。
「ウィンも……死んじゃう……よ。誰か助けて……助けてよ!」
だけど誰もいない。隻眼の亡骸。屋上に横たわる黒づくめ3人は生きているのに。なんでボルドが死んじゃうの? なんで耳長ウィンが死にそうになってるの?
おじさん。フォンセ。ルレイル先生。わたしはこんなのを望んでない。
「望んで……ない……のに」
耳長ウィンがどんどん冷たくなっていく。瞳から光が失われていく。
涙が止まらない。泣くことしかできない。
「や……だ。やだよお。うわあああん」
わたしの涙がパタパタと耳長ウィンのおでこに落ちて、その目に流れてゆく。あふれる涙が瞳にたまる。
落ちた雫が、一瞬差した太陽の光に煌めいて耳長ウィンの瞳に吸い込まれていく。
耳長ウィンの冷たいほほにわたしのほほを強く強く押しつけていた。
「痛……たいよ。ルプス」
「え?」
ぬくもりを感じるほほを離して瞳を見つめた。耳長ウィンの橄欖石のような黄緑色の瞳に輝きが戻ってる。
「あれ? わたし。どうしたんだっけ?」
「生きてる! 生きてるよ! わああああん」
上半身を起こす耳長ウィンに抱きついた。
わたしの涙が再び降り始めた雨粒と混じっていく。
「ルプス。わたしはどうしたの?」
「胸……を刺されて」
そうだ。耳長ウィンが着ている白いドレスをガバッと開いて胸元を覗いた。
「傷が……ない」
なくなってる。流れた血はそのままだしドレスにも穴が空いてる。だけど傷がきれいになくなってる。まるで生まれたての肌のように。
なんでかは分からないけど。生きている。
よかった。ほんとによかった。
だけど。眼鏡が言っていた3ミニトはとっくに過ぎていた。空飛ぶ魔道船はこの場から飛び去っていた。片眼鏡を暗殺することはできなかったんだ。
なんの気まぐれか知らないけど雨の勢いが増して降り始める。
冷たく降りしきる雨。
銀色に染まったわたしの髪と狼の耳としっぽが濡れる。
耳長ウィンをただただ抱きしめて泣いていた。
屋上の扉から騎士団が現れるのも気にしないで。
その中にセイアの姿がいることにも気づかなかった。
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魔道船の座席に座る初老の男が歓喜に身を震わせて片眼鏡を磨いている。
「とうとう見つけたかもしれないですね。不死の力を。しかし聖女候補と聖騎士団とは興醒めも甚だしい。この場で回収できないのが残念です。<アサーナトス>の面々に伝えるべきでしょうか? それとも秘すべきでしょうか?」
にまりと笑う男の顔に片眼鏡がかけられる。
高い上空から。わたしたちの様子を見られていたなんて全然気づかなかった。
〜第三章 暗殺教室 完〜
続 第四章 旅路




