34歩 片眼鏡(モノクル)
「どこに行った!?」
「こ……こ」
振り向こうとしてもできずにいる黒づくめの背後から。第三頸椎めがけて素早く手刀を放った。声もなく気絶する黒づくめの体を支えて静かに床に転がす。
ふう。上手くできた。
いまの一瞬のこと。壁を疾って接近した直後に天井に跳んだ。反対の壁に跳んでから黒づくめの背後に回ってた。
天井に跳んだときに狼の影を疾らせて、黒づくめの影に咬みつくことで体を硬直させていたからね。だからわたしを見失った。本人は首を回すこともできないでなんで動けないのって疑問に思ってたと思う。
頸椎への手刀。力加減を間違えると首の骨が折れて死んでしまうからとっても危険。死ななくても大変な怪我をすることもある。
いい子は真似したらダメだ! 悪い子も絶対ダメだからな! と、ルレイル先生に教わった。そう。ほんとはこんなことをしたら絶対にダメ。ダメなんだからね。
暗殺者を育てる先生が生徒にそんなことを言うなんてどういうつもりか分からないけどルレイル先生の笑顔はいつも通り輝いてた。
こいつ……隠さないとだよね? 見つかったらもっと騒ぎになるかもだし?
でもおっきいし筋肉すごいしとっても重そう。小さくて非力なわたしじゃ持ち上げられない。
わたしがいた部屋に引きずって運ぼうとしたら、もう一人が曲がり角から現れたから同じく手刀を放った。
「あ」
そうだ。尋問すればいいよね?
寸前で手刀を止める。
胸元に隠したデザートフォークをくるくると取り出した。
「わめ……いたら殺す」
黒づくめが「ひい」っと小さく悲鳴をあげるけど微動だにしない。
狼の影に影を咬まれて動けなくなった黒づくめの眼球にデザートフォークの先端を押し当ててるから。
デザートフォークは二股に別れた鋭い金属製のもの。
当てただけ。刺してない。そんな感触を手に感じたくない。そんなことをしたらと思うと怖くて心が震える。魔道具の狼しっぽがわたしの感情に反応してふるふるしてる。
「白……銀狼の男の子はどこにいる? 名……前はバル」
耳元で密やかに、ボルドの偽名を囁いた。
「言う。言うから殺さないでくれ」
「早く……言え」
フォークの先に圧を強める。刺さってない。眼球がちょっとへこんだだけ。
「やめろ! あ、あのガキなら……」
黒づくめが居場所をしゃべった。嘘は言ってない。死にたくないという強い感情は正直だった。
「下はどう……なってる?」
階下での騒ぎはやっぱり気になってたからね。聞いておきたい。
「騎士団に襲撃されてる。ちくしょう。きっと捕まった奴が吐いちまったんだ。聖女ってのは恐ろしいらしいからな」
恐ろしい? 聖女様ってセイアのことだよね? 優しそうだったけど?
悪人には厳しいのかな?
「余……計なことはいい。なんでここに……きた?」
「お、お前と耳長族を連れて逃げるように言われた」
逃げる? 言われた? ということは? ここに標的がいるのは間違いないってことだよね?
「奴隷……商の元締めはどこでなに……をしている?」
「に、逃げる準備をしてるはずだ。場所は……」
「よ……く言えました。お利……口」
フォークの圧を強めてにっこり微笑んだら、黒づくめが引きつった笑みを浮かべた。
手刀を放つと気絶した。
「殺……さないだけありが……たいと思え」
やっぱり騎士団からの襲撃。それなら黒づくめを隠す必要はないよね? どうせ混乱してるだろうし放っておこう。
「ウィンはど……うしよう? 騎士団に保護されるならあとでなんとかなる……かな? でもわたしがこ……こを離れてる間にほかの黒づくめに連れて行かれてしまうかも。放って置け……ない」
ボルドの居場所。いまの状況。標的の居場所。だいたい分かった。
裏ギルド<プラント>としての優先順位は……任務の暗殺が一番。
辛い思いをする亜人をなくしたい。それは耳長ウィンの願いでもある。わたしもそう思う。
最初の計画はわざと捕まってわたしが標的に検品されること。そしてベッドの上?で暗殺をする。
それなのに騎士団のせいで今回も計画が狂ってる。騎士団が標的を捕らえれば目的を達成したことになる? ううん。それは不確実。権力と金の力で不問になるかもしれないし、さらに暗殺の機会を失うことになる。
ルレイル先生たちはこの場所を分かってるかな? そしたら救援にきてくれる? それも不確実。そんな期待をしない方がいい。自分の力でなんとかしないと。
耳長ウィンを連れて逃げるという選択肢もある。だけどそれはできない。したくない。
のんびりしてられない。だけど判断に迷う。
「わたしも……行く」
背後からの声に振り向くと耳長ウィンが開いた扉にもたれていた。
「ウィン!? 大……丈夫なの!?」
すぐに駆け寄って耳長ウィンの体を支えた。体温がまだ熱いし体が辛そう。それに視線も揺らいでる。
「ルプス。心配かけてごめんね。わたしの耳にちゃんと聞こえてたよ。時間がないんでしょ? すぐに行こう」
ポロポロと涙を流しながら長い耳をぴこぴこ揺らしてる。泣き虫な耳長ウィンにわたしの独り言も聞かれてた。余計な心配をさせてしまった。それなのにがんばって起きてきてくれたんだね。怖くて悲しくて泣いてるのに。
さっきはアーヤと言われたけどいまは通り名を言ってくれてる。意識はそれなりに戻ってるみたい。
選べる道が少ないよ。一本道だ。だけど、なんとかするしかない。全部やりきってみせる。
「……うん。分かっ……た。一緒に行こう」
覚悟を決めて耳長ウィンの瞳をしっかり見つめた。そんなわたしに弱々しい笑顔を返してくれる。
「ふふ。わたしもがんばるからね」
耳長ウィンの肩を支えた。最初に目指すのは……屋上。
どうしても足の遅い耳長ウィンと先を進む。
ふと気づいた。
通り過ぎた部屋からうめき声が聞こえる。
「ルージュ?」
扉を開けた。
両手両足を鎖で拘束された半裸のボルドが部屋の中心にいる。足がかろうじて床に届くらいに吊るされていた。
「嘘……」
全身が血だらけだった。青黒くところどころが腫れている。
台には拷問道具の数々。床には魔道具の狼耳としっぽが転がってた。
人族だとバレたんだ。首には隷属の首輪。魔法文字が青く光ってる。
「ルージュ! ルージュ! ボルド!」
耳長ウィンを肩で支えたまま駆け寄った。赤く濡れたひどい傷に手で触れてしまいそうになる。
「ルプス……ダメだろ。名前を言ったら」
あまりにもひどい光景にうっかり名前を言ってしまっていた。
「ど……うしてこんな」
「ごめん。検品でバレた。ルプスみたいに狼になりきれなかったよ。俺さ、なにも言わなかった。へへ。偉いだろ?」
息も絶え絶えに言葉を搾り出すボルドがいまにも死にそうで消えてしまいそうで。
隷属の首輪に逆らって耐えるなんて。死ぬよりもひどい激痛だったはずなのに。
「な……にも? 痛かったでしょ。苦し……かったでしょ。ごめんね。ごめんねルージュ」
わたしがボルド一人を置いて行ってしまったから。もしもわたしが一緒だったらこんな風にはならなかったはず。悔しくて悲しくて涙があふれる。こんなのひどいよ。ひどいよ。
「聞いてルプス。奴はただの狂った亜人愛好家じゃない。亜人の持つなにかを探してるんだ」
「な……にか? もうしゃべったらダ……メ」
「行け。行って奴を殺すんだ。分かった……な」
ボルドが気を失った。
なにかってなんだろう?
そんなことはどうでもいい。ボルドや耳長ウィン。亜人たちにひどいことをする人族。ルプスお母さまの仇と同じようなひどいことをする奴。もしかして標的が? そしたら……。
「ルージュ。行って……くるね。逃げれたら逃げて」
こんな状態でそんなのは無理なのは分かってるけど言わずにいれなかった。
魔道具の狼しっぽから最後の魔法の巻物を取り出してわたしのときと同じようにすると首輪の魔法文字から青い光が消えた。
首輪を外してから台に置いてあった鍵を使って両手の枷を外した。冷たい床に寝転がす。
さすがに気絶しているボルドを抱えて耳長ウィンも連れては行けない。
またボルドを置いていくことになるなんて。
わたし。また間違ってないかな?
これ以上ひどいことが起きてほしくない。
行かないと……。
耳長ウィンを抱き起こして部屋を後にした。
屋上へと続く最後の扉の前で一人の黒づくめが敵襲を警戒してる。その先に必ず標的がいる。急がないと。
「こ……こで待ってて」
「死な……ないで」
心配して涙を流す泣き虫耳長ウィンを階段の影に座らせた。やっぱり辛そうでフラフラしてる。戻ったはずの意識がはっきりとしていなさそう。なんの毒か知らないけど早く解毒をしないと。こんなひどいことをするなんて許せない。だけど……。
狼の影。
狼の影を疾らせて拘束。すかさず接近して手刀を首に叩き込む。気絶させたところで音が立たないように転がした。
扉の隙間から屋上を覗く。
黒くて分厚い雲が夜空を覆ってる。ほんの少しの明かりもなくて真っ暗だった。
夜目の利くわたしの目に映る影。
いた。標的だ。最初に見せられた計画書にあった通りの人相。
杖をついた初老の男。右眼に片眼鏡をかけていて表情は穏やかに見えた。大商会の重鎮のくせに鍛えているのか筋肉質。
チェーンが見たらイケおじー!かっこいいー!枯れ専ど真ん中ー!とかいいそうな顔立ちをしてる。パッと見た印象だととても悪いことをしているようには見えない。
だけどボルドと耳長ウィンにあんなひどいことをした張本人。人は見かけによらない。
屋上には黒づくめが3人いる。そんなに多くなくてよかった。
そして見える大きなもの。なにあれ? 屋上に船? 何人か乗れそうな乗り物? 羽のようなものがついてる。もしかして空を飛ぶ?
ボルドやラーンが見たらかっこいいって言いそう。
きっと魔導で創造された空飛ぶ船の一種。あれに乗って逃げる気だ。
だけど標的は立ったまま乗り込もうとしていない。
「お待たせして申し訳ありません。間もなく奴隷たちを連れてくるものと思われます」
「いえ。そろそろ参りましょうか。ああ。人族だったとは残念でした。もう一人も幻の白銀狼ではないのでしょうか。検品できないのが悔やまれます。わたしたちの悲願はいつになったら果たせるのか」
空飛ぶ魔道船の扉が開かれて片眼鏡の男が乗り込もうと足を進めた。
こんなに小さくて軽いデザートフォークじゃスローイングナイフにはならない。
接近して暗殺しないと。
狼の影。
3つに分割して黒づくめ3人に向けて放つ。
わたしも一緒に片眼鏡の男に向かって跳び出した。
絶対逃さない。




