32歩 重い手枷
「それ……じゃあ捕まりに行……くよ。ウィン」
「う、うん」
不安そうな心が瞳に映ってる。もう少しで泣いてしまうんじゃないかと思うような表情を浮かべる耳長ウィンに最後の確認をする。
裏ギルドの支部から繋がる地下水道を通って目的の場所までやってきた。
明かりのない暗い穴の中でハシゴを登る。ガコンと小さな音を立てて地下水道と地上を隔てる蓋を開けた。
周囲に人がいないことを確認して顔を出す。穴から飛び出して耳長ウィンの手をとって引き上げる。すぐに蓋を閉めて建物の影に隠れた。
雲が月明かりを隠している。
建物の影から影に移動する。雲の切れ間でわたしと耳長ウィンが月明かりに照らされた。二人とも民家で盗んだ設定の衣服を身につけている。どこにでもある平民服。
人族に見えるように魔法をかけていたウィンの耳は長いまま。わたしも魔道具の狼耳としっぽをつけている。髪も銀色になってる。
裏オークション会場から逃げたわたしたち。あれから数日経っている間に仲間とはぐれて、わたしと耳長ウィンだけになってしまったという設定だ。
そしていま、家に帰りたい思いと、不安と恐怖に耐えきれなくなった思いで、閉ざされた都から脱出するために行動をしている。
逃亡している間に薄汚れたドレスは路地裏に脱ぎ捨てるという偽装工作もきちんとした。騎士団に見つかると危険だけど、標的に疑われないために必要なことだった。
この計画を立てた人は細かいところまでこだわってる。
目指すは城壁の城門。
辺境の城塞都市フォルテは城壁に囲まれていて東西南北4ヶ所の検問所を通らないと出入りができない。
この4ヶ所以外にも出入り口はあるけれど夜は封鎖されていて通れない。運動能力の高いわたしなら高い城壁を軽々越えて逃げられるけど、耳長ウィンがいるからなんとかして検問所を通り抜けるしかないという作戦だ。
結局、検問所で捕まるという計画に決まったから。
商人の荷物に紛れる計画もあったけど支障が多いからと選ばれなかった。
影に隠れて移動する。わたしの隠密スキルは使わない。うっかりほんとに脱出するわけにはいかないから。
「あ!」
「し。声を出したらダメ」
演技かほんとか分からないけど耳長ウィンが蹴つまずいて小さな声をあげていたから注意する。アドリブ大事。
と、思うけど。耳長ウィンの目に涙が溜まってた。泣き虫ウィンがもう泣いてる。不安で怖いのはほんとだよね。わたしも怖いよ。
だけどボルドが捕まっている標的の隠れ拠点に行くためには計画通りにやるしかない。
門の手前は隠れるところがなくて見晴らしがいい。最後に身を潜められるところまで移動した。
真夜中になると検問所を通る人族はほとんどいない。ていうかゼロ。だけど門兵はいる。見えているだけでも4人もいる。ほかにも衛兵がいるはずだ。
検問所には食事や寝泊まりができる小さな詰所が併設されているし、通行人を取り調べるための建物もある。
建物の中には簡易の牢屋もあったりする。これからわたしたちはその牢屋に入ることになる。
「ルプス。ほんとに逃げられる? わたし怖いよ。やっぱりやめようよ」
「だい……じょぶ。ルプスがいる。家に帰……るためにがんばろう。あそこさえ通り抜け……ればきっと逃げられる。一気に走り……抜けるよ」
「う、うん」
視線を合わせてから抱き合った。二人で決死の覚悟を決めた。
もう偽装工作は始まってる。会話もすべて演技だ。ここから先はなにがなんでも騙し通さないといけない。
「ウィン。魔……法をお願い」
「はい。安らぐ風の羽 しじまに響く 静寂の音」
シンと空気の振動が止まった。わたしと耳長ウィンの周りから音が消えた。
耳長ウィンの音を消す妖精魔法だ。使わないわけにはいかなかった。奴隷商たちに捕まっていた耳長ウィンが妖精魔法ができることを知られていたから。
腰を低くして建物の影から足を踏み出す。門兵はこちらには気づいていない。
できる限り近づいたところでウィンの手をとって歩みを早める。まだ走らない。音を消す妖精魔法は激しい動きをすると効果がなくなってしまうから。
いくら音を消しているからといって姿は丸見え。当然、寸前で門兵に気づかれるわけで。
「こんな夜中に子ども?」
わたしたちに声は聞こえていないけど明らかに発見されてる。子どもだからか手に持たれた槍をかまえるようなことはしていない。
「おい! 騎士団から手配されてる亜人の奴隷じゃないか!?」
門兵の一人が腰に下げていた警笛を口に咥えて吹いてる。ピーっと甲高い笛の音がなってるはず。
ルレイル先生から聞いていた通りわたしたちの情報が騎士団から衛兵にと伝わっている。ここからほど近い衛兵のいる屯所にも聞こえているはず。
つまりわたしたちは袋のねずみだ。
それでも突っ切るために走る。妖精魔法の効果が消えて足音が夜空に響く。
「ルプス! 捕まっちゃう! 逃げようよ!」
「ダメ! 門を通ら……ないと!」
走るのをためらう耳長ウィンの手を引っ張る。門を通り抜けるために。
だけど4人の門兵が並んでこちらにやってくる。槍の代わりに投げ網をかまえて。城門への行く手は阻まれた。
「あ」
絶望の表情を浮かべて立ち止まる。
わたしが戦う姿を知らないこの人たちにとって、わたしたちは非力な弱い亜人の子ども。
「ルプス! ルプス!」
わたしの腕を引っ張る耳長ウィンの声で我に返って逆方向に走り始める。耳長ウィンの手を引っ張って。きた道を逃げる演技。
逃げようとする方向に衛兵が数人走ってくる。想定通り。
「ど、どっちに行ったら!」
立ち止まって逃げる道を探すふり。
「ルプス。こっち!」
細い路地裏を指差す耳長ウィンの言う通りに足を進める。
「きゃあ!?」
「わふう!?」
進めたところで頭の上から網がかかってきた。重い網に手足が絡んで地面に転がった。これは演技じゃない。痛い。
「いやあ!」
「がるるるるる!」
泣き叫ぶ耳長ウィンと唸り声をあげるわたしを遠巻きに眺める門兵と衛兵たち。
牙を剥いて暴れて見せたらさらに網が投げられた。
わたしと耳長ウィンは無事、捕まることができたんだ。
問題はここから。騎士団の元へと連れていかれるわけにはいかない。
裏ギルドのファミリーは衛兵の中にもいる。そして奴隷商の内通者も。
わたしたちの知らないところでファミリーと内通者の騙し合いという攻防があったと聞いてる。
その情報によると奴隷商の息のかかった衛兵や商人がすでに裏工作をしているとあった。
逃げた6人のうち誰かが捕まったらすぐに引き渡す手はずになっていると。
網に絡まったままのわたしと耳長ウィンが詰所の牢屋に連れていかれた。
かなり優しく扱われている。騎士団から指示があったのかな? もしかしたらセイアが「手荒なことをしないでください」とか、そんなことを言ったのかもしれない。
網がいろいろ食い込んで痛いけど。
暴れるわたしの手が後ろ手にされて重い手枷で拘束された。耳長ウィンは抵抗はしていないけれど泣きながら手枷をされている。手枷は石の壁と鎖で繋がれていた。
門兵と衛兵がわたしと耳長ウィンを値踏みするように見てる。
そんな様子に身をすくませる耳長ウィン。
いくら計画通りでも大きな男の人たちに囲まれてこんな扱いをされるのは怖いよね。
ごめんね。わたしのためにこんな目に遭わせて。
牢屋の中で二人。わたしは唸り声をあげて人族を睨む。ここではもう待つことしかできない。きっといまごろ騎士団と奴隷商に向けて同時に伝達が行ってるはず。
この伝達方法が一番のポイントかもしれない。
騎士団へは人の足で。聖王都からやってきた騎士団と衛兵は横の繋がりがないから情報伝達系の魔道具が備わっていないとか。
奴隷商へは魔道具で。もうすでに内通者の手によっていち早く情報が伝わっているはず。
見張りの衛兵が一人残って無言でいる。なんだか嫌な目をしている。きっとこの男も内通者。かな?
ふと。牢屋の暗がりに気づいた。暗い暗いなにかが確かにいる。
わたしの心になにかがいる。
ずっと見ていると闇に吸い込まれてしまいそうな気分になる。
なんで?
小さなアーヤが泣いている。
こんなところでなにをしているの?
あなたの願いはなに?
もう忘れちゃったの?
わたしの瞳の奥に声が聞こえた。
ルプスお母さま……。
燃える森の中で横たわるルプスお母さま。
息をしてない。
ぬくもりが消えていく。
黒い涙が流れていく。
ほんの少しの時間だったと思う。
外から馬の足音と車輪が舗装路を痛める音が聞こえた。
どっち?
騎士団? 奴隷商?
ギイっと音を立てて扉が開かれる。ガチャリと金属音の軋む音。
騎士だった。
扉から入ってきたのは4人の騎士だった。
騎士団だ。奴隷商じゃない。計画通りにいってない。
衛兵と引き渡しの話をしている。そして牢屋の中に入ってきた。
「抵抗するな。乱暴なことはしない。だからおとなしくしてほしい」
「これから安全なところに行くからね。お願いだからついてきてくれないかい?」
わたしと耳長ウィンが寄り添って牢屋の奥の壁に背中をつけた。押しつけすぎて手枷が痛かった。痛みで顔が歪む。
予定と違くても演技はする。騎士団に連れていかれた後の計画ももちろんある。
「やれやれ。おとなしく言うことを聞いてはくれないか」
「仕方がないな」
騎士たちの手で鎖が手繰られる。力いっぱい踏ん張って抵抗する。
「うがあ!」
「いや! ルプス!」
非力な耳長ウィンが先に引っ張られて二人の騎士に捕まった。身をよじって耳長ウィンがわたしに助けを求めてる。
「下手に暴れるとこの子も怪我をしてしまうよ? 僕たちは君たちを助けるためにここにきたんだ」
「だが逃げられたら困る。だから手枷を外せん。もう少し我慢をしているんだ」
威嚇するわたしに、もう二人の騎士が戸惑いながらも優しく語りかけてくる。
「ウィンに乱……暴しない?」
睨みながら聞く。
「もちろんだ。そんなことをしたら団長や小さな聖女様に怒られてしまうよ」
「二人とも怒ると恐ろしいからな」
「聖……女?」
小さな聖女。もしかしてセイアのことかな? 癒やしの魔法?を使ってたし。
「そうだよ。聖女様はとても優しいからね。君たちのことをとても心配していたんだ。さあ行こう」
特に優しげに物を言う騎士が手を差し出している。なんだろう? 嘘? ほんと? 感情があまり伝わってこないから分からない。
「分……かった」
自分から足を進めた。建物から出ると荷馬車がいる。
数人の騎士に囲まれて、馬に引かれる箱車におとなしく乗り込んだ。四方も天井も囲まれていて逃げようがない。わたしと耳長ウィンが騎士二人に挟まれる格好で座席に座る。向かいにも二人の騎士。
ガタガタと馬車が進み始めた。
「あまり緊張するな。こちらも疲れる。少し時間がかかるから眠るといい」
そんなこと言われても眠れるわけがない。
「そうだね。子守歌でも歌おうか?」
子守歌? こんなときに?
完全に子ども扱いされてる?
変なの。
そして歌が紡がれる。不思議な旋律で。
「やわらかな羊の毛布 夢見る月の笑顔にこぼれる雫 おだやかなとばりに夜の闇がこだまする……」
おしりにガタガタと感じる振動が心地いい。心がふわふわする……。
あれ? なんだか眠い?
「こ……れ。魔……法……」
耳長ウィンから途切れ途切れの声が漏れてる。
魔法? 疑問に思う間もなく。
耳長ウィンと頭を寄せ合って眠ってしまった。




