31歩 おままごと
「シルフィール! 悪魔と言われるような貴様は王妃にふさわしくない!」
王子様を演じる長身のラーンの真面目すぎる演技。どよめく貴族に扮する子どもたち。
「え、え……ええ。わ・た・しが悪……魔だな……んてそんな……ことは」
婚約破棄される悪役令嬢として演技をするわたし。
ボルドのことがとても心配ではあるけれど、耳長ウィンが早くヴァイゼ孤児院のみんなと仲良くなれるようにしたい。
だからがんばって演技派女優みたいに悲壮な顔をしている。ボルドのことを思って悲しい気持ちが自然と顔に出る。
「王国の未来のためにも王妃にふさわしいのは清らかな聖女であるソフィアにほかならない!
皆のもの、聞くが良い! 王国第一王位継承者ルイジュード・ヴィラ・エルドラードとしてここに宣言する!」
真面目なラーンが聖女に扮する耳長ウィンの肩を抱き寄せてる。異性にそんなことをされることに慣れていないのか森の妖精の白い肌が胸元まで真っ赤っか。妖精魔法で短く見せている耳までしっかり赤い。
聖女役の女の子が風邪をひいてしまったから耳長ウィンが代役としてがんばってる。最初は「わたしにはそんなの無理がすぎるよ!」と拒んでたけど「セリフがな……いシーンだから安心」と説明したら引き受けてくれた。「アーヤのこと手……伝うって言ったよね?」と、割と無理やり気味だったけど。
「そ、そそそ、そんな……あああ。ルイ様、わ・た・し・は、わ・た・し・は」
本物の涙を流してすがり付くような表情をしてみせる。
わっふふー。迫真の演技を続けるわたしにみんなが注目してる。なんだかちょっと楽しい。人に見られるのって気持ちいいかも?
うん。わたしは暗殺者としてじゃなくて女優としてもいける!
なんてことを無理矢理思って不安な気持ちを押し殺してみたり。
「シルフィール・アトレーテスとの婚約を破棄! ここにいるグーベルト公爵家令嬢ソフィア・グーベルトと正式な婚約を結ぶ!」
決定的なお決まりの文言。
ラーンにビシッと指を差されて、背景に雷が落ちて目が白くなって魂が抜けるくらいに大ショックな顔をした。
「わ、わ・わ・わ、わたしはルイ様の……ことをお慕い……して!」
ほんとは台本にないセリフをアドリブで入れてみる。ファイン先生にチャンスがあればどんどんやっていいと言われていたから。
あきらめきれないとばかりに王子様のラーンに歩み寄って手を取ろうとしてみる。
おお。アドリブって楽しい。
「くどい!」
急なアドリブに戸惑いながらも真面目に演技を続けるラーンがわたしを突き飛ばした。
黒いドレスの裾が足に絡んで床に転がるわたしを見て申し訳なさそうな顔をしてる。
演技なんだからちゃんとやろうよ。ラーンは真面目すぎてお芝居には向かないね?
「わたしは聖女ソフィアとともにたしかな王国の未来を! グーベルト公爵家をはじめとした諸侯らと築き上げたいと願う!
わたしに賛同するものには千年にわたる繁栄を約束しよう!
シルフィール! 貴様は国外追放だ!」
貴族に扮する子どもたちの拍手。
そしてもう一人の王子様の出番がここから始まる。
ほんとは心優しい悪役令嬢を見初めて愛を語らう隣国の王子様。
その王子様の役はボルドがしていた。だけど今日は違う男の子。
ボルドの演技を思い出す。
『シルフィール嬢。わたしの妃になってほしい』
その眼差しは演技を超えているように感じて胸がドキリとしたことがある。わたしでもそんな風になるんだと驚いた。
きっと……ボルドはおままごとを通して気持ちを伝えてくれていたんだと思うと胸が苦しい。
いま流れている涙は婚約破棄されて悲しむ涙じゃない。
ボルドを一人で置いてきてしまった悲しみの雫だった。
「はい。そこまでだよお。順番に演技指導するから。それまでほかのシーンのお稽古しててねえ」
演技指導に訪れているファイン先生の言葉で表情を緩める子どもたち。稽古をしつつ、みんな口々にお芝居のことについて楽しそうに話してる。
わたしも楽しかったあ。
孤児院のみんなとがんばることで、張り詰めていた心が解きほぐされるみたい。本気なのに無邪気に楽しむみんなの様子はトゥリックたちの無邪気な笑顔を思い出す。
いまは遊びの時間でおままごとをしている。
鬼ごっこや隠れんぼと同じように子どもたちが楽しむ時間。だけど本気すぎるおままごとが本物のお芝居と変わらなくなってる。結局、どの遊びも訓練と変わらない。
それでもみんな楽しいみたいで心から取り組んでる。
密かに裏ギルドファミリーを養育するためのヴァイゼ孤児院の教育方針は子どもたちの心にしっかり刷り込まれてるなあと思う。
このおままごとで見込まれた子どもがなにかしらの特別レッスンを受けることになるんだろう。
「うーん。聖女の服装はもっとフリル感があった方がいいかなー。悪役令嬢は黒いドレスに拘らない方がいいかもー?」
チェーンが実際の演技を目の前にして自分の作った服についてうんうん唸ってる。日頃の生活は乱れまくってるけど服についてはとっても真剣だね。
「アーヤちゃん」
「わふ?」
なに?
うっかり狼語で返事してた。孤児院の生活で人語で話すことに慣れたいまでもたまにうっかり出てしまうんだよね。
真面目すぎるラーンにあれこれと演技指導をしていたファイン先生がわたしの方にやってきた。
「あなたは不思議な子だねえ?」
「な……にが?」
「表情や仕草。体を使った表現力はとっても良くて素敵だったよお。王都にある劇場で女優として働けるように薦めたいくらいかなあ?」
ファイン先生の晴れやかな褒め言葉がわたしの胸をきゅうっとさせた。
素直にうれしいから。
貴族の養子になった女の子ライと一緒にいっぱいお芝居の練習をしていたからね。
それなりに自信があったし、ライからお姫様になりたいという夢見るお話をいっぱい聞いていたからわたし自身もそんな風に生きる道もあったらいいなあと思うこともあったから。
セーリオが寝る前に読んでくれた絵本のお話は女の子が憧れるようなものも多かった。
だけど……それは自分自身に誓ったこととは真逆のことで。
でも、褒められた喜びは隠せなくて。
「ほんと? ふふふ。アーヤ。女優……。ふふふ。うふふ。えへへ」
黒いドレスをつまんでもじもじくねくねと体をくねらせて、にへらにへらと笑ってた。
そんなわたしを見てる耳長ウィンがきょとんとしてる。
あ。昨晩までのわたしと比べてる? そんなにイメージ違うかな?
「しゃべらなければね!」
ファイン先生がわたしの口元にビシッと人差し指を差した。大声で。みんなも注目してるし。
「がる?」
え?
劇場の女優になれるんじゃないの? 褒めてくれたんじゃないの?
不思議な思いで首をかしげた。
「あのねえ。セリフ回しは子どもたちの中で一っっっっっ番、下手くそだったあ」
「わふー!?」
えー!?
もう憐れむくらいの目で見られた。ファイン先生の黄色金剛石のような瞳がとても残念そうな輝きを放ってる。
この先生、表現が豊かすぎてわたしの心にグサグサ刺さりすぎる。
「アーヤー。すっごいショックな顔してるけどー。自分がしゃべるの下手なことわかってるよねー?」
チェーンも残念そうな顔でわたしを見てる。
「がるーん」
忘れてた。大ショックがすごくてがぼーんて顔になってた。
これでも悪役令嬢の役に入り込んでいたわたし。気持ちだけはしっかり話せているつもりで役に没頭していてそんなこと気づかなかった。
わふ。恥ずかしい。
「また犬になってるしー。アーヤわんこー。お手ー」
「アーヤ。犬じゃないもん! 狼!」
ふりふりする手のひらにガブリと咬みついた。
「うぎゃ!? よだれがー!?」
「がふがふ!」
「あはは。二人ともおかしい!」
耳の短い耳長ウィンがお腹を抱えて笑ってるし。森で妖精たちとはしゃいで遊んだひとときを思い出す。
「えーとねえ。たどたどしいのはしょうがないと思うんだあ。フォンセからチラッと生い立ちを聞いてるからねえ」
パチンとウインクされた。ファイン先生の指がたゆんたゆんな胸元を差してる。視線を向けるとほかの子どもたちに見えないように緑に光る契約紋を見せられた。
やっぱりこの人、裏ギルドのファミリーだ。
「でもね? 問題はそこじゃないと思うんだよなあ。なんていうかあ。心にある強い思いが邪魔をしてるんじゃないかなあ? お座り」
言われるままにちょこんと椅子に飛び乗った。四つ脚で。
「おー。犬だあ」
「お利口さんだー」
ファイン先生とチェーンがパチパチと手を叩いてる。
「犬じゃ……ない! 座れって言った! 拍手す……るな!」
咬むぞ!とばかりに口を開いたら拍手する手を引っ込められた。惜しい。
「で、どうなのかなあ?」
「強い……思い……」
もちろんあるに決まってる。考えるまでもないこと。
「アーヤちゃん。自分のこと狼って思ってるでしょお? (それに、どこか人族のことを信頼していないように感じるかもお。言わない方がよさそうかなあ?)」
「アーヤは狼! 誇り高い狼!」
わたしはルプスお母さまの子どもだもん。誇り高い狼になるんだもん。
その思いは幼いころから変わらない。
決意に瞳を燃やしたいくらいに。
「うん。それだよねえ。その喋り方に誇りを持ってるんだよねえ(それはもう病的なくらいにい)」
「誇り……。うん。ある!」
椅子から飛び降りてファイン先生を力強く見上げた。
「そこが問題なんだよねえ。そのせいで人族としての生き方を心から受け入れられてないんじゃないかなあ?」
「わふ?」
そうなの?
「まあ。いまさらすぐにどうこうできることではないと思うからねえ。そうだ! アーヤちゃんの得意なことから上手に話せるようにできる訓練でもしようかあ!」
いいこと思いついたとばかりに手をポンと打つファイン先生の胸もぽむぽむ揺れてる。
「どん……な訓練?」
「アーヤちゃんは透き通ってよく響く声をしてるよねえ? なんでだと思う?」
「んー。アーヤ。小さ……いころからよく吠え……てた。遠吠えしてた」
「ここで吠えてみてえ?」
ここで? いいよ?
実は夜になるとウズウズと遠吠えをしたくなることがある。あんまり吠えるとうるさいと言われて我慢をしている毎日。たまに吠えてしまうと叱られる。
「わお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
狼の遠吠え。遠慮なく吠えた。気持ちいい。
耳長ウィンもチェーンも子どもたちを目を丸くして驚いてる。そんで拍手してくれた。
照れる。恥ずかしい。でも誇らしい。
「えへへ。うふふ。やだなあもう」
もじもじくねくね。にへらにへらしていた。
「おお。なるほどねえ。うんうん。とてもいいビブラートをしてるねえ。それじゃあ狼の遠吠えみたいに気持ちを込めて発声練習しようかあ。それと聖歌を歌ってみようねえ」
「聖歌ー? なんでー?」
わたしよりも先にチェーンが質問してる。うん。なんで?
「遠吠えと合わせて発声練習にもなるからだよお。聖歌はねえ。とっても歌の練習にいいんだあ。正しい音程も覚えられるし、感情を込めて抑揚をつけて歌うことは、ただ喋るだけよりもいいきっかけになると思うんだあ」
「わふう?」
分かるような分からないような理屈?
「やってみれば分かるからあ。それから歌うようにお話をしてみようねえ。そしたらきっと人並み以上にハキハキと流れるように喋れると思うよお? お芝居の練習にもなるし聖歌は合唱することが多いからみんなで楽しく取り組もうねえ!」
このときから孤児院のカリキュラムに聖歌の合唱が加わった。わたしの話し方がどんどん普通になって少しずつ上手に話せるようになっていくことになる。
夜になると遠吠えの代わりに一人で歌を歌うことが日課になった。
辺境の城塞都市フォルテに響く夜の声を聞くことがあるとしたら、それはわたしの歌声だ。
それはともかく。この日の夜。
ボルドの救出のため、作戦が始まることが決まった。耳長ウィンと一緒に。
決行はタイミングを見計らった数日後。
目的はもちろん標的の暗殺だ。
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