30歩 演技指導の先生
ヴァイゼ孤児院の食堂。
テーブルと椅子を端っこによせて子どもたちのほとんどが集まってる。
「あははー。チェーンの作った衣装が素敵ー! みんな似合ってるー! チェーン天才!」
明るいオレンジの長髪をフリフリしながらみんなを見回して自画自賛しているのは、スラリと手足の長くてそばかすが可愛い女の子チェーン。将来は服飾関係の仕事に就くことを目指してる。
視線の先にいるのは綺麗なドレスに着替えた女の子たちにかっこいいスーツに着替えた男の子たち。ヴァイゼ孤児院の子どもたちだ。
チェーン以外にもお裁縫とかが好きな子がいて一緒にがんばって衣装を用意したらしい。
「チェーンたちす……ごいね。こんなの作れるんだ」
わたしも素敵なドレスに着替えていた。金色の髪に黒い衣装が目立ってる。
この間の裏オークションで着ていた衣装みたいにすごくいいデザイン。ううん。もっとすごいかも。
「こんな服を着るの初めて。妖精たちから噂で聞いたお姫様みたい」
目をキラキラと輝かせてくるくると回ってる。
森の妖精耳長ウィンが子どもたちと一緒に並んでる。緑色のドレスに黄緑色の髪がよく似合ってる女の子。長いはずの耳はなくて人族と同じ普通の丸い耳になってる。
「妖精ってなにー? 見たことあるのー?」
チェーンのほかに子どもたちも注目してる。妖精はおとぎ話に登場するような存在。みんな絵本で目にしているけれど本物は見ることすらない。だから嘘でもはぐらかしておいた方がいい。いいよね?
「ウィン。夢……で見たって言ってた……よね?」
「あ! うんうん。夢で見た妖精さんから聞いたの!」
慌ててわたしの話に合わせてブンブンと首を縦に振ってる。
「なんだー。夢かあ。ウィンて言うんだねー。今日から孤児院に入ったんだよねー?」
「ウィンドゥです。ウィンて呼んでください。こちらこそよろしくお願いします」
ぺこりとチェーンにお辞儀をするウィン。
昨晩、裏オークションでわたしと一緒に逃げてきた耳長族の女の子だ。
今朝になって耳長ウィンがここにいることにびっくりして、ボルドとの相部屋に連れ込んでいくらか話を聞いたんだよね。ひっそりと。
『なんでウィンがこ……こにいるの?』
『その。ルプスのことが心配だったから』
『心……配してくれてるのは知ってる。だけど森に帰りたいって言ってた。だからいまから……でも遅くない。泣き虫のウィンがこん……なところにいたらダメ』
ここは裏ギルド<プラント>に入れそうな子どもを吟味するための場所だから。暗殺計画に協力してもらうこととはまた別のこと。
『わ、わたしは泣き虫だよ? だけどね。ルプスが辛い思いをしているのを知ったから少しでも恩返しをしたいの。それにわたしたちみたいにひどい目に遭う亜人の子どもをなくしたいの。だからわたしはここにいることに決めたんだよ?』
潤んだ瞳の中にある確かな決意の色。衝動的な思いかもしれないけど覚悟はしていそう。
ここにいるからって必ずしも裏ギルド<プラント>に入ることになるわけじゃないし。元々住んでいた森への帰り道が分かるまで時間もかかるだろうし。それなら孤児院にいるのも悪くないかもしれない。楽しいことだっていっぱいあるから。
『おじさんと話……をしたんだよ……ね?』
『おじさん? ラズワルドさんのこと?』
『うん。契約……したの?』
耳長ウィンがこくりと頷いた。
昨晩のうちにおじさんと話をして裏ギルドのファミリーになる契約をしたんだね?
それならウィンの胸には契約紋があるはず。死の契約の紋章が。おじさんたちにとっても耳長ウィンがなにかしら役に立つと思ったんだろうなあ。
そう思ってたら胸元を少し開いて見せてくれた。
心臓の真上。小ぶりで柔らかな白い素肌にほんのりと緑色に光ってる。
世界を覆うような植物が意匠化された紋章。
普通にしていると見えることのないこの契約紋は魔力を通すと緑色に光を放つ。
裏ギルド<プラント>のファミリーであることを証明できるものでもある。
そっか。きっといろんな話をして決めたんだよね。
わたしのことを思ってくれるウィンの気持ちがうれしい。わたしもがんばろう。
『耳……長くないね?』
耳長ウィンの耳を触った。人族と同じ丸い耳。
『あ。うん。えーと、蝶のフェイスさんだっけ?』
『うん。ヴィペラママだ……ね?』
クラブ<クラウン>のヴィペラママ。裏の世界での通り名は蝶のフェイス。
『そう。その人に教えてもらった創造魔法をわたしの妖精魔法に組み替えてみたの。耳だけだけど上手く変装できてるでしょ? 見てて』
呪文を唱えて長い耳と丸い耳に変わる様子を見せてくれた。魔法ってすごいなあ。
わたしもセーリオに少しだけ妖精魔法を教わったけど、あたたかい風を作るとか火を起こすとか簡単なものばかりしか知らないんだよね。
それに妖精魔法を人に見せてはダメと言われたからあまり使う機会もない。
特別レッスンでは暗殺スキルと隠密スキルばかり教わってたし。
『うん。可愛……い』
『ふふ。人族に見えてるならよかった。妖精族はこの街には全然いないものね』
街中で見つかったら絶対に噂になる。それは危険。
奴隷商たちや騎士団たちが耳長ウィンたちを探していてもおかしくない。ていうか絶対に探してるはず。
だからこの都のどこか、それか古代遺跡に隠れていると思われているはず。
『ロンたちは? どう……してるの?』
龍人ロンも取引したいと言っていた。自分たちの家に帰るために。やっぱり契約したのかな?
鬼人オルコ、狐人クウコ、土の妖精美少女はどうしたろう?
『ロンもわたしと同じ。だけど孤児院にはきてないよ。ほかの3人はヴィペラママのところで匿ってもらうことになったの。ラズワルドさんからは誘われてるけれどどうするか悩んでるみたい』
『そっか。そう……だよね。ほかにも聞きたいことがある……けど時間がないからまたあとで……ね?』
そろそろ朝食の時間だから食堂に行かないと。時間に遅れるとその後の仕事に支障が出る。
『うん。わたしも聞きたいことがあるし、ルプスと相部屋になることになったから後でいっぱい話せるよ』
『ほんと! えへへ。うれし……いね。そうだ。いい? 狼のルプスは裏の……通り名。お母さまからもらったアーヤっていうほん……との名前があるの。だからアーヤって呼ん……でね』
当然だけど孤児院のみんなは一部を除いて裏ギルドの存在を知らない。教えてもいけない。だからボルドと同じようにわたしと相部屋になるのは当然のことだった。
『そうだった! アーヤ。可愛い名前だね。わたしも相部屋でうれしい。わたしはまだ通り名を決めてないの。どんなのがいいと思う?』
裏オークション会場から古代遺跡に、墓地にいたときも耳長ウィンはずっと泣いていた。泣いていると長い耳が垂れ下がっていて……。薬草園で友だちになったトビウチワミミのロップになんとなく似てる?
『泣き虫ロップイヤー……とか? ちょっと寂しがりなウサギっぽいし可愛くない?』
『やだあ。そんなの』
ふんわりした笑顔で肩を優しく押された。ほんとに穏やかな女の子だなあ。
『あはは。そのうち決ま……るといいね。今日からよろ……しくね』
『こちらこそよろしくね』
笑顔できゅっと抱き合った。笑顔の奥に悲しさを感じながら。
今日一日。ボルドのことが心配で暗い気持ちになってしまいそうと心配してた。だけど耳長ウィンがいるなら明るく元気でいよう。
そんな感じでわたしと耳長ウィンとボルドの相部屋を後にした。早くボルドにも帰ってきて欲しいと思いながら。
そしていま。みんなで本気のおままごとに取り組むところ。
耳長ウィンは朝食のときにフォンセ院長から紹介されてみんなへの挨拶は済んでいたけどチェーンはいつも朝は寝ている。
だからチェーンと顔を合わすのはいまが初めて。いつもは夕食時に顔を出すチェーンが日中にいるのは今日が本気のおままごとで遊ぶ日だから。
「アーヤ。おままごと楽しみだね」
声をかけてきた女の子の笑顔に作り笑いで応える。
ボルドが心配で心配でしょうがない気持ちは隠して笑ってる。子どもたちを不安にさせてはいけない。
「ウィンてとっても可愛い子だねー。黄緑の髪が素敵ー。ちょうどいいドレスが余分にあってよかったよー」
そんなことを言いながらウィンの短くて丸い耳に飾りをつけてる。ほんとは長い耳があると思うから見ていてヒヤヒヤする。ヴィペラママが幻覚の効果もあるって言ってたから触っても大丈夫なのかな?
「ところでー。アーヤの話し方が変だよー?」
「え? そ……うかな?」
「うんー。無理して上手に話そうとしてるみたいー?」
ヴァイゼ孤児院に入ってから、わたしの話し方は多少上手くなってはいるけどやっぱりどうしてもたどたどしい。狼のときのクセが抜けてない。
それに、ルレイル先生に『もうちょっと自然に話せるようになれば計画中の任務も任せられるかもしれんな』と言われて気をつけていたから。そのせいで余計に変になってるのかあ。うまくできなくて悲しい。わふ。
「ふふふ。アーヤさんは少し気にしすぎかもしれませんね。いつも通りファイン先生にきていただいてるのでたっぷり教わるといいですよ」
「ご紹介に預かりましたあ! 話術に演技ならクールビューティーなあたしにお任せなさいな! 明るく元気なファイン先生でっす! 清楚な礼儀作法もお任せよ!」
タンクトップにホットパンツ。両肩と太ももが丸出しでおへそがチラッと見えて健康的。豊かすぎる胸が元気に揺れてる。
ブロンドのボブカットが可愛らしいけど顔立ちはとても整っていて綺麗。清楚にも感じる垂れ目と輝く黄色金剛石のような瞳がとても印象的。
初めて会う子どもたちが、はあ?って顔してる。
この女の人の特徴がごちゃ混ぜすぎてみんな混乱してる。
「クールビューティーなのにー? 明るくて元気ー? また変なこと言ってるー」
チェーンがみんなを代表して質問してくれた。
「わたくしは清楚でお淑やかな淑女でございますから。熱く燃えるキャラクターにもなりきるぜ! おいらになんでも聞きな!」
一瞬。気品のある高貴な女性かと思うくらいだった。その次の瞬間には熱血感あふれる少年のようだった。身につけている服装まで変わったように感じた。
みんなが自分の目をこすってる。わたしは小首を傾げすぎて90度に曲がってたと思う。耳長ウィンが涙目でビクビク怖がってる。
「皆さん。そんなに怯えなくてもなんにも問題ございませんからね? 今回初めてお顔を合わせる方は驚かれていますが、れっきとした演技指導の先生ですから安心してください。頭はパアですけど」
「パアってひどい! ぼく泣いちゃうよお!」
ルレイル先生に対する評価とおんなじなんだね?
ファインのイメージが今度は弱気な子どもになってた。ほんとにそんな風に見えるから不思議。
まだ聞いたことはないけど、きっと裏ギルド<プラント>の一人なんだろうなあ。
「さあ皆さん。精いっぱいおままごとを楽しみましょうね?」
フォンセの凍った笑顔がちょっと怖い。
「貴族社会の一員としてお恥ずかしいことのないようになさってくださらないといけませんわ。厳しくしないからがんばろね♪ キャハ♪」
まるでご令嬢を厳しく指導する個人教師になったかと思えば、肌を黒く焼いた陽気な少女のように見える。
こんな人から演技を習うってすごいかも?




