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29歩 笑顔

「ルレイル先生。ボルドのサポートに……はいつになったら行けるの?」


蝶のフェイス、ヴィペラママの創造魔法で変装をしたわたしたちは街中を堂々と歩いてクラブ<クラウン>に無事たどり着くことができたんだよね。


わたしとルレイル先生の二人だけ裏ギルドの支部に戻っていた。

いまはルレイル先生とヴァイゼ孤児院のフォンセ院長と話をしている。

もうすぐ明け方。小さな窓にそろそろオレンジ色が反射するころ。


仲間じゃない耳長ウィンたちはここにはいない。この場所に連れてくるわけにはいかなかったから。ヴィペラママとツンツン黒毛が違う場所で保護しているはず。


化粧を落としたら創造魔法の効果が切れたところで孤児院の制服に着替えておいた。

そしてほんの少しの睡眠をとった。ボルドのことが心配で全然寝れなかったけど。


「いま頭脳労働担当の奴らが大急ぎで計画を立てているところだ。まあ慌てるな」


慌てるなって言われても絶対に無理。ボルドは標的の拠点に連れていかれてるんだから。


「アーヤも一緒に計……画立てる。アーヤも頭脳労働す……る」


ググッと握り拳を作ってルレイル先生に訴えた。


「アホ言うな。お前はこれまでどういう具合で計画を立てられたかなんてなにも知らないだろ」


アホって言った。すっごい呆れ顔で笑ってるし。腹立つ。


「いま……から全部教えてもらうもん」


つの口して睨んだ。

わたしだって頭くらい使えるもん。


「そんなヒマあるか! アーヤは自分のやるべきことをすればいいんだ」


納得できない。

計算だって常識だって礼儀作法だっていっぱい孤児院で勉強したんだから。

不満を顔と体全体で表明する。

ふん!


「変な顔してもダメだ! あのなあ。この暗殺計画はずっと前から綿密な調査の上で立てられたものなんだ。だからそいつらに任せてお前は現場のことだけ考えればいい!」


「少しでも早くボルドのとこに行……きたいの!」


わたしのポーズに変なポーズで返してきた。ルレイル先生のいつものやつ。なんか負けた気がするからもう一回不満を表明しておく。

ふんふん!


「ぶふ。私情を挟んだらダメですよ。アーヤさんにはアーヤさんの役割があります」


いつも冷静で落ち着いてるフォンセが珍しく吹いた。別に笑わせるためにやったんじゃないのに。


「アーヤの役……割? 殺すことでしょ? フォンセ?」


「身もふたもないですね。それだけではありません。そもそもアーヤさんを今回の任務に参加してもらおうと計画されたのは二年も前からなんです」

「二年……も?」


それはびっくり。一ヶ月や二ヶ月でできるようなことじゃないのかな?


「身辺調査や背後関係。各所の見取り図の入手に裏オークションの開催時期。ほかにも調べることは山ほどある。そんな簡単に結論も出せんしな。計画書に記されていた内容、すごかったろ?」


不思議な顔してたらルレイル先生が解説してくれた。確かに計画書の量は多かった。ボルドが燃やし尽くしちゃったけど。


「標的は重度の亜人愛好者で奴隷商人の元締めです。しかも表の顔は大商会を牛耳る重鎮でもあります。疑り深い標的を信用させるために今回の計画ではアーヤさんは欠かせないものでした」


「欠か……せない? アーヤが? 演技が上……手い子はいるよ?」


孤児院でしていたおままごとは本物のお芝居や演劇と同じくらいにすごかった。それに特化して成長している子どももいたからアーヤよりも適任のはず。


「ふふふ。がる。とか。四つん這いで走ったり。後ろ脚で頭を掻くとか本物そのものでしたからね。アーヤさんを見てまさか芸を仕込まれたものとは誰も思いません」


そんな風に言われるとなんだかうれしい。


「アーヤは誇り高い狼! ルプスお母さまの子……どもだもん!」


ルレイル先生とフォンセはわたしの事情を知ってるから遠慮なく言える。胸を張れる。


「アーヤさんは人族ではありますが生い立ちからくる獣人としての自然な素養はかなりのものです」


ふふ〜ん。もっと褒めてほしい。胸を張りすぎてそり返りそう。


「あなたの胸に秘めた思いと覚悟も含めて、今回の暗殺のためにアーヤさんを育て上げたと言っても過言ではありません。暗殺スキルも隠密スキルもそれに見合った以上のレベルに仕上げてます。そういったことも含めて。確実に標的の暗殺が達成できるようにと計画は綿密に練られているんです」


秘めた思いと覚悟……。

それはもちろんずっと忘れることはない。

毎日毎日、暗い暗い心の闇を見つめてる。

わたしの特別レッスンにはそんな意味があったんだね。


「むう。そこ……まで言われたらわたしが余計なことを言うのは……迷惑かも」


「もちろん。ボルドさんが単独でも暗殺計画に支障がきたさないようになっています。それも計画書にありましたよね?」


「う……ん」


確かにそんなことも書かれていた。だけど、成功率はぐんと下がるようなものと思える。

だからわたしはサポートに行きたいと思ってるわけで。


「ですからアーヤさんは新しい計画が成り立つまでおとなしく孤児院に戻っていつもの生活を続けてください。騎士団が介入したことで次の裏オークション開催までは時間がかかるでしょうから」


「フォンセの言う通りだ! 奴隷商たちだって大騒ぎだろ。標的は疑り深く用心深い。しばらく隠れ拠点に近づくことは避けるだろう。ボルドがすぐに検品されることもないだろうよ! まあほんの少しの間だ!」


「そういう意味ではルレイルの言うとおりかもしれません」


そうなのかなあ?

だったらいいんだけど。


「分かっ……た。新しい計画ができるまでおとな……しく待ってる」


こくりと頷いた。


「それよりも孤児院に戻らないとですね。万一でも疑われることのないようにしてください。ボルドはクラブ<クラウン>にしばらく住み込みで働くことにしておきます」


「じゃあ……孤児院に戻ってる」


背中を向けて帰ろうとしたところ。


「あ、そうそう! アーヤ。お前、合格な! これで俺たちの正式な仲間だ!」


太陽のような笑顔のルレイル先生がわけの分からないポーズでビシッと指を差してる。


「え? 最……終試験が終わって合格って言……ってたよね?」


「最終試験の合否は任務の中で下されるのさ。いくら訓練で技術がうまくたって一番大事なことができなきゃダメなのさ」


「一番大事? だ……けど。アーヤは任務を放棄した……よ?」


「アーヤの本来の任務は標的の暗殺だけどな。だが奴隷として売られるはずだった商品の脱出を手伝って見事に救出した。ボルド一人を残して任務を放棄したのは一見すると悪手だが。子どもたちを助けるために相当な覚悟をしたろう? それこそ命懸けだったはずだ。だろ?」


問いかけてくる笑顔が真面目。なんか変なの。


「う……ん。怖くておっかなくて死ぬ……かと思った」


わたしも真面目に返事をした。


「それが本心だよな。俺だって任務はおっかなさいさ」

「ルレイル先生も? いっつもア……ホみたいに笑ってるのに?」


「うは。アホって言い返された!」

「それはわたくしも同意です。ルレイルは頭がパアですから」


フォント一緒にうんうん頷いておく。


「ひどい! 俺もアーヤも暗殺が仕事だが、組織としての仕事は殺しだけじゃない。俺たち裏ギルド<プラント>は裏から世界を正しく乗っ取るために活動をしている。そのためには非道な目に遭っている者たちの救済も含まれている」


ルレイル先生の満面な笑顔が爽やかだ。


「そっか。アーヤ、間違ってな……かったんだね。よかった」


ボルドを残していくのが心苦しかった。耳長ウィンたちを放っておいた方がいいかとも思った。あの瞬間にいろんなことを考えて悩んだ。

だから。間違っていなかったと思えることがうれしい。

そう思うと涙が滲む。ぽろぽろしちゃいそう。

ぐすん。


「ふふ。そうさ。それに訳ありの子どもを孤児院に引き込んで組織の規模を大きくするのも立派な仕事。アーヤはすべきことをしっかりやったのさ! だからもっと笑え!」


わたしの目元と口元にビシッと指を二本刺された。

ルレイル先生の指先がわたしの目からこぼれる雫をすくった。


笑う。

大森林にいたころはいっぱいいっぱい笑ってた。

ルプスお母さま。ピスィカ。トゥリックやクッカたちと心の底から楽しく過ごしていた。

だけど……ヴァイゼ孤児院にきてしばらくは笑えなかった。あんなことがあったから。

セーリオやレフにライ。ラーンやチェーンにボルドたち。孤児院のみんなと5年も過ごすうちに笑えることも多くなったけど。やっぱり心の底から笑うことはなかったんだ。


「そうですね。自然に笑えるともっともっと可愛らしいですよ」


自然に……。

ライとそんな話をしたことがある。

わたしも自然に笑えていなかったのかな?

無理して笑っていたのかな?


「アーヤさんは子どもたちを救うというとても誇れる立派なことをしたのです。ですから笑顔で皆さんと過ごしていてください」


小さな窓から光が差した。

朝焼けの陽射しがあたたかい。

胸があったかい。

誇っていいんだ。

みんなを助けられたんだ。


「えへへ」


顔が綻んでた。自然と。

こんな想いで笑ったのはいつぶりだろう。

きっと。

わたしの笑顔が朝陽で輝いてる。


「そう! それだ!」


くるんと一回転したルレイル先生にもう一度ビシッと指を差された。


「あら。とても可愛らしい笑顔が素敵ですよ。その笑顔が本来のアーヤさんの魅力なんですね。わたくしもとても誇らしいですわ」


「うふふ。ありがと」


フォンセがハンカチを差し出してくれたから受け取って目元にあてた。葉っぱの刺繍があしらわれている。ヴァイゼ孤児院の薬草園を意匠にしたもの。

懐かしい森の緑を思い出した。柔らかい布地が肌に心地いい。


「これでもうちょっと自然に話せるようになれば計画中の任務も任せられるかもしれんな!」


ビシイっとまたまた指を差す。飽きないなあこの人は。


「ルレイル。気が早いですわ。余計なことは仕事に差し支えます」

「すまん! あんまり笑顔が可愛くてな! まるでどこかの貴族令嬢みたいだったからな!」


貴族令嬢だなんて言い過ぎ。だけどルレイル先生の笑顔が真顔だった。

わたしが? ほんとに?


「さあ。わたくしと孤児院に帰りましょう。うっかり寝てしまったアーヤさんを迎えにきたということにしますから」


こくりと頷いた。

そういえば今日の遊びの予定はおままごとだった。

ボルドのことを心配したまま孤児院でいつも通りに笑って過ごせるかと思うと……。

だけど暗い顔をしてるとみんなに伝染する。

無理をしてでもがんばらないと。

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