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3/6

3歩 出発

おいしい!


液体なのに口の中に広がる瑞々しいぷるぷるとした弾力。鼻を突き抜けて新緑を感じる爽やかな香り。甘々が至福のスイーツを味わってるみたいだった。

だけど、どのフルーツやケーキとも違う。言葉では表せない味わい。

体中に染み渡る幸福がわたしの心の奥底にまで届くようだった。あんまりにも感動して涙があふれてくる。


「うわ!? なんで泣くの!? 苦い!? しょっぱい!? それとも辛い!?」


花の妖精さん、トゥリックがすっごい顔を青くして慌ててる。わたしの涙を見て、気持ちが伝わるよりも前に勘違いをさせてしまったみたい。

ごめんなさい。違うんです。この世のものとは思えないくらいにとってもおいしすぎて勝手に涙が出たの。


「そっかあ! よかった! そんなに喜んでもらえるなんてうれしいよ!」


とっても安心して小さな胸を撫で下ろしている。


「それで、お……腹いっぱいになったのか?」


うん! とっても大満足! それになんだかとっても元気になったみたい!


「満足だってさ! 天宙世界樹の雫はどんな怪我も治したり、生命の活力を上げてくれるからね! えっへん!」


へー。そうなんだ? どんな怪我もってすごいね? よく分からないけどトゥリックが得意満面、鼻も高々な感じ。褒められて喜ぶ姿が可愛い。


「トゥリック。こ……れから毎日頼む。乳の代わりにこの子に飲ませ……てやってくれ」

「ええ!? 毎日!? 簡単に言うけど天宙世界樹の雫はそんなにあげちゃダメなんだよ!?」


平然と頼み事をする美少女に見える女性ルプスに比べると、いかにもとんでもないってばかりに不満を体いっぱいで表すトゥリック。


「可……愛いこの子が死……んでもいいのか?」

「ええ。そんなこと言うのお? よくないけどさあ」


ルプスの表情がなんだかおどろおどろしい。わたしの命を盾に脅しているようにも聞こえる。


死ぬのは嫌だなあ。ミルクしか飲めないだろうわたしがなにも口にしなかったとしたら何日くらいで死んでしまうんだろう? 死んだらやだなあ。死ぬと冷たくなっちゃうのかなあ。


「う」


わたしの考えを読み取ったトゥリックの顔も体も硬直してる。


「トゥリックの羽……ならそんなに時間もか……からないだろ?」

「しょうがないなあ。いろいろ大変だけど分かったよ!」


あんなにおいしいものがもらえるなんてうれしすぎる! だけどほんとにいいのかな? 簡単にあげちゃダメって言ってたし。行ったり来たりするのも大変だよね?


て、そんなこと気にしてる場合じゃないし、ありがたくお世話になります。わたしが成長したらいつか必ずお返しをさせてください。


「別にいいけどさ。ボクたち花の妖精はこの森の中なら自由に……」

「トゥリック。動くな」

「うわ!?」


ルプスの言葉が終わるよりも早く、トゥリックの頭の上をすごい勢いで石が飛んでいった。

なにかに石がぶつかるとガキンと音がして落ちた。立ち上がってなにかを拾い上げるルプスは無表情だった。


「ルプス、なにそれ?」


わたしの鼻の頭に乗ったまま不思議そうに質問するトゥリックが小首をかしげて可愛い。


「ん? なんだろう……な」


振り返って、手に持ったなにかを見せてくれた。

なんだろ? 生き物のようには見えない。どっちかというと無機物。いくらか厚みがあって丸い円盤のようなものにレンズのようなものがついてる。言ってみれば空を飛ぶドローンのようにも見える。なにかの機械?


「こ……こも見つかったか?」


聞こえないくらいのつぶやきだったけど、トゥリックの鱗粉のせいかルプスの心の声が聞こえた。

住処を変えないといけない。と。


どういうことなのかな?

見つかると嫌なことでもあるのかな?

とりあえず御礼を言わないと。

ありがとう。トゥリックさんにルプスさん。

とってもおいしい飲み物でお腹がいっぱいになりました。

「あー」


「やば。笑顔が可愛すぎる。へへ〜。そんな顔されると天宙世界樹の雫を待ってこないわけにはいかないな!」


ふふ。ありがとう。


「ルプス。この子の名前、なんていうの?」

「……名前。決め……ないとな」

「なに? この子の名前ってないの?」


うん。わたし、名前があったと思うのに思い出せないんだよね。もしもよかったらだけど二人が名前をつけてくれるとうれしいな。そしたら不安な気持ちが少しでも和らぎそう。

「あー」


「不安なの? 分かった! ボクたちが名づけ親かあ。やば。ウキウキしてきた! なにがいい? どんなのがいい? そうだなあ。キンイロなんてどう!」


一番最初にわたしに言った言葉だね? できればもっとかわいいのがいいです。

「やー」


「かわいい? じゃあ、チンチクリン!」


二つ目に言った言葉だね? できればもっとかわいいのがいいです。

「やー」


「わがままだなあ!」


名前って一生背負っていくものだよ? 子どもになって年頃になっておばあちゃんになってもその名前で呼ばれるんだよ?


「嫌になったら変えたい時に変えればいいんじゃん?」


そういうもの? 法律とかで変えられないってことがなければそれでもいいのかな?


「それなら、わしから名……を送ろう。アーヤ。はどうだ?」


ん? あーや? 可愛い響きでいいかも。でもなんで?


「可愛くていいかもってさ。でもなんでだってよ?」


トゥリックが間に入って通訳?してくれてる。ルプスにはわたしの考えていることが伝わらないんだね? ということはこの国?の言葉を早く覚えないといけないよね。


「あー。とか、やー、とか言ってたからだ」


そういう。動物の鳴き声とかを名前にするパターンね。かわいいからそれでもいいよ。


「意……味は奇跡。誰の……ものでもない。だ」


うわお。ちゃんと意味まで考えてくれるんだ。じゃあ、わたしの名前はアーヤで決定だね。とってもうれしいです!


「そ……れはよかったな。名前が決まったところで、住……処を変える」

「引越しするの! 楽しそう! ボクも手伝う!」


ルプスが洞窟の中に置かれていたり吊るされていたりする荷物を毛皮の袋の中に入れている。寝転がるわたしからはそれらがなにかは分からなかった。

トゥリックも小さな体で、自分の体よりも重そうなものを懸命に運んでるみたい。あんまり重いのか羽を高速でぱたぱたさせてるのに、荷物ごと地面にべしゃって落ちてた。可愛い。


「準……備できたな」


それなりに大きな毛皮袋が二つ、ぱんぱんに膨らんでる。袋と袋は紐で繋がっていた。

それにしてもなんでルプスはこんなにたどたどしく話すんだろう?


「ボクが教えてあげる! それはね! ルプスはほとんど話すことがないからだよ!」


ほとんど? こんな洞窟に暮らしていると人と会うことはないのかな?


「そうじゃなくて! ルプスは狼だからさ!」


狼。耳としっぽはやっぱり狼のものなんだね? だけど人の姿をしているし狼じゃないよね?


「うが」


ルプスの口から獣のような唸り声が聞こえた。ぼろぼろの服がぱさりと地面に落ちた次の瞬間、ルプスの白い肌からどんどんと銀色の毛が生えていく。ルプスの体が変身していく。四つん這いになったその姿は立派な狼のものだった。普通よりだいぶおっきい?


うわあ。なんて綺麗なんだろう。

燃えたままの囲炉裏の炎に銀色の毛皮が照らされて輝いている。野生味あふれる眼差しは力強くて、無表情が多めだった人の姿よりも凛々しく感じる。


「がう」


落ちた服を咥えてズボッと毛皮袋に入れてる。紐で繋がった袋を咥えて背中に背負う狼ルプス。

続いてわたしの体をくるむ布を口に咥えた。まるで母犬が子犬を運ぶためにするように。わたしは縦になった状態で前がよく見える。


「しゅっぱ〜つ!」


トゥリックの掛け声で駆け出す狼ルプスの脚が風を切るように疾い。囲炉裏の炎が届かない真っ暗な洞窟の中を右に左にと軽快に走り抜けていく。

わたしの目にはほとんどなにも見えないけど、揺れる感じと頬に感じる風はまるでジェットコースターのようだった。わたしたちの横を飛ぶトゥリックの軌跡が唯一の光源として輝いている。


楽しい!って言いたいところだけど、怖がりなわたしにとってはそれは無理な相談で。声にならない悲鳴をあげながら涙が宙を舞っていた。


洞窟が長い。まだなの!? 心臓に悪いスリルはいらないよ!?

こんなに深い穴の中でも息ができていてよかった。なんて現実逃避なことを考え始めたところで光が見えてきた。

やっと出口だよ〜。いまは何時くらいだろう? 寝ていたし、洞窟の中だから外の様子なんて分からなかったし。


「わふ!」


狼ルプスの脚が加速する。洞窟から飛び出すように跳躍した。

眩しい。視界がいっぺんに開ける。


うわあ! 大森林が遠くまで広がってる!

見渡す限り森が続いてる!

空が青くて綺麗!


だけど……高い!

また落ちるぅ!


飛び出した勢いでわたしの体が揺れている。くるんと回って後ろが見えると狼ルプスが空気に踏ん張るように大の字になっていた。その背後に見える断崖絶壁の中途に洞窟の穴が見えた。洞窟の穴は樹が生える断崖絶壁にあったらしい。とんでもない高さの。


目覚める前は大空から落ちて、今度は崖から!

落ちてばっかり! もういやあああ!


と、思ったら。

狼ルプスに咥えられていたわたしを包む布がすぽんと離された。


へ? いやあああ!?

どんどん離れてくぅ!

わたし、このまま落っこちて死んじゃうの!?


時間にしてほんの一瞬のことなのに長く感じる。

頭の中に駆け巡る過去の出来事。

あ。自分の名前を思い出したかも。幼いころから女子高生になるまでの記憶をなんとなく順番に思い出していた。ああ。両親に愛されている思い出がいっぱい。好きな男の子との淡い思い出……はなかった。大きなショックを受けると思い出すっていうけどほんとなんだなあ。


涙が一粒だけわたしの瞳から離れたとき。

狼ルプスの鋭い鉤爪が飛んできた生き物のようななにかを連続で引き裂いていた。

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