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2歩 妖精

「かわ……いい寝顔だな。食……べてしまいたい」


じゅるりという音が聞こえた気がする。なんでか冷や汗が流れた。


いい匂い……

とっても香ばしい匂いがわたしの鼻をくすぐってくる。これはお肉が焼ける匂いだ。お肉大好き。

パチパチと音がするのは木かなにかが燃える音かな? たまにジューっと聞こえる。きっと肉汁が火に落ちたときの音。


「そろそろ焼け……る頃合いか」


おなかが空いちゃった。いい匂いで刺激をされたせいか空腹で目が覚めた。

なんだかあんまり明るくなくて天井が岩?


わたしは床?で寝かされているみたい。首を回してみる。地べたに敷かれた分厚い毛皮の上に座っている獣耳女性を見上げるような形になっていた。


串に刺さったおっきい塊肉に女性がかぶりついている。


「熱っつ」


言葉は理解できないけど熱がってる様子は分かる。狼っぽいのに猫舌なのかな?

静かな口調で眉間に思い切りシワができてる。串肉をひと睨みしてもう一度かぶりついて熱がってる。ふーふーすればいいのに。


おいしそ……


お肉はおいしそうに見えるけど女性の顔は無表情のままお肉を飲み込んでた。ほとんど噛んでないし。なんだかめんどくさそうに食べてるようにも見える。

おいしくないのかな?

わたしにはそのお肉がとても魅力的に見えているんだけど。お肉食べたいなあ。女性に気がついて欲しくて手を振ってみるけど気づかない。声をかけた方が早いよね。なんて思ってたら。


「ルプス〜」


唐突に甲高い声が聞こえる。わたしたちの上をくるくると行ったり来たりする生き物が現れた。飛んだ軌跡の後にキラキラと鱗粉のようなものが振り撒かれている。


「ルプス。今日もまた遊びにきてやったぞ〜」


わたしには意味の分からない言葉を喋りながら、わたしの顔の上で踊るように舞う生き物が振りまく鱗粉が顔にかかってくる。肌に触れる感触がなんだか心地よくて、溶け込むようにあたたかい。美肌になりそうな予感。


「あれ? 金色のチンチクリンがいる! 人族の赤ちゃんじゃんか! どうしたんだこれ!?」


金色? わたしの顔を覗き込んでいる謎の人型生物がびっくりするほど可愛い。


寝転がっているわたしの鼻の頭に乗ってきた。それくらいに小さい。そして煌めく羽をパタパタと羽ばたかせている。

ヒルガオの花とつるのような形をしたフリルのスカートが可愛い。淡いピンクのワンピースが濃い桃色の長髪にとてもよく似合っている。女の子にも見えるし男の子のようにも感じるけど、スカートだから女の子だよね。でも話し方は男の子。

絵本やファンタジーに出てくる妖精に間違いないと思う。


「トゥリック……花の妖精がなにしにきた?」


ルプス? トゥリック? 名前?

妖精はあってたみたいだけど花?

あれ? なんだかいろんな情報がたくさん入ってきたよ?

二人の言葉が理解できてる。だけど耳に聞こえてくる言葉は知らない言語。なのに意味が理解できる。突然なんで?


「あー?」


疑問を口にしたかったけど言葉にはならない。


「起きたのか。ふふ……空のように青……く輝くつぶらな瞳がなん……とも可愛い。……舐めてしまいたい」


「ルプスが笑ってる!? いつも死んだような顔してるのに!」


そうなの?

舐めてほしくないです。

わたしの顔を見ながらなにを言ってるの?

空のように青い? わたしの瞳が? 日本人だから普通に黒いはずなんだけど?

瞳は青いって言われたし、金色はもしかして髪の毛の色のことかな? わたしは幼くなってるみたいだし、どういうことだろう?


あ。口からよだれが垂れてる感触がする。お肉欲しさに口がだらしないなんていい歳をして恥ずかしい。


「腹が減ったのか? さて……困った……な。わしは乳が出ないが……このままでは赤……子が飢えてしまう」


やっぱりわたしは赤ちゃんになっているんだ。ミルクの話をされるというくらいだから生後間もない? だけど自分で首を動かせるくらいのことはできた。

10代にも20代にも見える美少女が母乳が出ないことを気にしてしゅんとしてる。余計な気を遣わせてすいません。


よくよく女性の姿を見てみると銀色の長い巻き髪はボサボサ。顔も汚れているし着ている毛皮の服はボロボロだし。


そもそもここはどこなの? 見渡してみると?

ゴツゴツとした岩肌にあちこち光る植物が生えている洞窟のような感じだった。きっとだけど一番奥まった場所。くり抜かれた地面が囲炉裏みたいになっていて薪が燃えている。どこかに風の通る穴があるのか煙が揺れている。

突き刺された大きな串肉をもう一本手に取って、わたしとおいしそうなお肉を交互に見比べている。


「肉は……まだ早……いか? どうした……らいい?」


食べれるものなら食べたい。だけど口の中の感触を舌で確かめると歯が生えていなさそう。離乳食にはまだほんの少し早い感じ?


なんて冷静に考えているふりをしているけど、頭の中はわけが分からなくてぐるぐるぐるぐるといろんなことが駆け巡っていた。


美少女とも言える狼耳としっぽの女性。小さな花の妖精。赤ちゃんになってる自分。唐突に理解できた言葉。巨大な怪物同士の戦い。空から落ちたのにふわりと浮いて激突しなかったこと。洞窟などなど。


そして、自分のこと。日本人女子だったことは覚えてる。だけど名前も年齢も思い出せない。なんだったかなあ? 自分の正体が分からなくて不安な気持ちがあふれてくる。すごい怖い思いもしたし、むくむくと恐怖心が湧き上がっておさまらない。泣きたいよ。

涙があふれてこぼれていた。


「む……泣くほど腹が空……いたか。トゥリック。乳は出……るか?」


女性が花の妖精さんに真顔で聞いてる。


「出るわけないよ!? ボクたち花の妖精は花から生まれるんだからね!?」


花の妖精さんが信じられないと言わんばかりの形相で答えてる。

花から生まれるなんて不思議。もしもお乳が出たとしてもその大きさじゃあっという間になくなりそう。


「ルプスこそどうなのさ! そんだけでかいんだから出るんじゃないの!」


とっても早口な剣幕で言い返している妖精さんがフリルのスカートをひるがえしてとっても可愛い。


「わしにつがいができ……たことは一度もない。出るかどうか試……してみるか?」


試さなくていいです。お腹が空いて涙が出たわけじゃないから。たしかにお腹は空いてるけど。二人のやりとりを見ていたら、怖い気持ちが薄まってなんだか楽しくなっちゃった。


「笑った……」

「笑ったね!」

「「可愛い」」

「ふさふ……さの毛がまるで綿……毛のようだ」


二人がわたしの顔を覗き込んでる。なんだか恥ずかしいよ。そんなにまじまじと見ないで欲しい。


「ねえねえ。この子、そんなに見るなって言ってるよ!」

「そうな……のか?」


え? わたし、なんにも言ってないよ?


「それに泣いたのは怖くて不安だからみたい。お腹は空いてるって!」


ええ? ずっとなにも話してないのになんでわたしの気持ちが分かるの?


「そうか。肉を口に入……れてみるか?」

「食べるわけないでしょ!? 入れようとするな! 肉なんて赤ちゃんが噛み切れるわけないし! ボクが食べる!」


わたしの口に向けられたおっきい串肉に、小さな口でがぶっとかぶりつく花の妖精さんが可愛い。


「む……噛めない……か。では……」


女性が肉を一切れだけ自分の口に入れた。

もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。さっきと違ってしつこいくらいに噛んでる。ほっぺたを丸くいっぱいに膨らしてる。


「ん」


肉汁で脂ぎった女性の唇がわたしの顔に近づいてきた。ぱんぱんになった口の端からちょっとよだれが垂れている。美少女が台無し!

離乳食かな!? いりません!

お願いします! それ以上近づかないで!?


「ルプス〜。そんな唾だらけのぐちゃぐちゃ肉なんていらないってよ」


ゴックン。口の中のものがのどを通っていく音が思い切りした。垂れたよだれを腕でぬぐってる。


「なんで分……かる?」


「あれ? 会話ができてるね? あー、そっか。ボクの鱗粉がかかると考えてることが分かるようになるからさ。いけない。うっかり加護をあげちゃったかも。女王様に怒られないかなあ?」


花の妖精さんが恐ろしいものでも想像してるのか身震いしてる。なんとなく怖さが伝わってきた。


「まあいっか! どうせならもっとあげちゃえ! うりゃうりゃ!」


わたしの顔の上でくるくるダンスを始めるとキラキラ輝くたくさんの鱗粉が降りかかってきた。わあ。すっごい気持ちいい。


「加……護。精……神感応か?」

「そうだね」


精神感応? 言葉が通じなくても理解できるの? じゃあじゃあ。ここは一体どこですか?


「ここ? 洞窟だ!」


うん。すっごい分かりやすくシンプルな答えを得意満面に答えてくれました。そうじゃなくて地名とか国の名前とかを教えて欲しいんです。


「地名? ルプス、なんだっけ?」


またまたフリルのスカートをひるがえして女性に聞いている。妖精さんにとっては地名とかは興味がないことなのかな?


「あー。ここは……」


たっぷり数分をかけて、首を何度もひねって思い出そうとしてる。


「た……しか……フォ? ホォ? ヴォ? とか言……われる大きな森林……聖……なる森と言われる深い森だ」


フォホォヴォ?

(わたしがもっと大きくなってから知ることだけど、ここは大森林フォレバストという)


ふーん。国の名前は?


「ルプス。国の名前はなにって」

「国……国……気にするな」


覚えてないってことかな? 一応聞くけど日本てところじゃないよね?


「ニホン? ルプス、ニホンて知ってる?」

「……知らない」


あ。二人とも全然分からないみたい。そもそもだけど? 地球ですらないよね? もうほんとにわけが分からない。


「チキュウも知らないなあ」

「赤子なのに色……々知ってるぞ?」

「ほんとだね。赤ちゃんだから言葉だって知らないはずなのにね?」


そうだよね。二人からしたらたしかにそうだよね。まるで夢でも見ているみたいに不思議なことが起きている。でも夢じゃない。だってこれまでのことも、こんなにお腹が空いた感覚もリアルすぎ。


「そんなにお腹が減ったの? おっぱい飲まないと死んじゃうよね? ……しょうがないなあ。緊急事態だからあげてもいいよね? これを飲めばいいよ」


花の妖精さん、トゥリックが背中に背負ってる袋からなにかを取り出した。花びらでできたような入れ物。


「ほら。見てみなよ」


うわあ。綺麗……。

花びらの蓋を開けて見せてもらえたのは液体だった。表面張力でぷるんと膨らんだ液体が炎に照らされて輝いている。花びらの入れ物は水筒みたいなものなんだね。


これって水?


「違うよ。天宙世界樹の雫。世界中の誰もが欲しがるっていう幻の薬って言われてるんだってさ。ボクは知らんけど!」


てんちゅう? 世界樹? なにそれ?


「まあいいから。飲んでみなよ!」


それってほんとに飲んで大丈夫なの?

わたしの疑問をよそに、妖精の煌めく羽がぱたぱた羽ばたいてわたしの鼻の頭に乗ってきた。花びらの水筒を傾けると、まるで宝石のようにも見えるぷるんとした水滴がわたしの唇の中に吸い込まれていく。

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